瑞葉の学び舎③
「えー、我がクラスの数学の宿題の提出率はー、百パーセントだったと、数学の先生が誉めていたぞー。クラス全員のお陰でー先生も、鼻が高いぞー」
帰りのホームルームの最中、愛奈のクラスの担任の先生の間延びした話が続く。
(ふっふーん♪ 雫大先生に教えてもらったんだから当然だね!)
愛奈たち三人はお昼休みにまで跨ったが、雫に教えてもらいながらなんとか最後まで宿題を解くことができた。心の中でお礼を言っていたところで、振り返った雫と目があった。
(雫ちゃん! ありがとう~)
もう一度心の中でお礼を言い、感謝のサインを全身で送る。雫もこっそり手をかざして返答をくれた。
担任の先生は自分の話にのめり込んでいてクラスの様子はほとんど見ていない。とは言え、やりすぎて目を付けられると面倒なので、ほどほどにして二人は前を向いた。
(松丘も解いてたっぽいのが気になる~。けどあっちは山下くんに色々言われてたからホントに自力で解けてたのかな? いや、松丘だし、解けてないよね)
担任の先生が言う通り、宿題の提出率が百パーセントなら、当然あの松丘も出したことになる――信じがたいことだけど。
しかし、お昼休みに山下の呆れた声が漏れ聞こえていた。だから自分たちとは違って、宿題を写したのではないかと愛奈は思い込むことにした。
愛奈は自分がそこまで頭がいいとは思っていない。でも――あの脳筋松丘にだけは、絶対に負けたくない。
そう思ってしまうのは、小さいけれどプライドの問題なのかもしれない。
「あー、今月の標語はー……」
「えー、数学の先生は褒めていたがー……」
「それからー、今週から、あー、部活動の体験入部がー……」
それからも担任の先生の話はだらだらと続いた。
(他のクラスは生徒たちだけでその日の出来事を話し合ったりするけれど、うちのクラスは先生の話だけで終わっちゃってるよね~)
では他のクラスが羨ましいかといえば、微妙なところである。話題が無くてすぐ解散となり放課後となるクラスは羨ましい。
だが、何でもいいから議題を出せと担任に言われ、ひたすら沈黙が続くクラスは絶対に嫌だ。そのクラスは帰りのホームルームが沈黙で終わると、そこから担任の説教タイムが始まるのだ。そのため、帰るのがとても遅くなる。
(あのクラスだけはやだなー。あれは地獄だよ~)
その点、このクラスでは――
「あーそれからー――」
「先生、時間です」
時間に厳しい学級委員、土井峰子がいる。
(いいぞー委員長~! 先生は時間を守れー! 生徒の時間を無駄にするなー!)
朝の登校で、遅刻ギリギリになると毎回お小言をもらっており、そんなに時間にこだわらなくてもと思っていた。しかし、こういう時はちゃっかり応援に回る愛奈であった。
「おお、もうそんな時間か。えー、では最後に今月の標語のおさらいを――」
「時間です。その内容であれば明日で問題ありません」
「あーいや、だが……」
「時間です。終わりの挨拶をお願いします」
先生相手に一歩も引かず時間厳守を迫る土井。
(委員長の〝時間です〟連続パンチが炸裂! 先生はグロッキーだぁー! 先生は立てるか!? 立てるのか!?……いや、立たなくていいぞー! そのままKOまで行っちゃえ~!)
もうすぐ帰りのホームルームが終わり、この拘束時間が終わる。そのことにテンションが上がり、愛奈の脳内では変な実況がなされていた。脳内であることをいいことに、その実況は大変恣意的なものだった。
「ま、まぁー、そうだな。えー、では帰りのホームルームを終わりにしよう。あー、学級委員、挨拶を頼む」
(委員長のKO勝利だー。やったー! 実況はわたし、放課後プロレス実況一年生の愛奈がお送り致しましたー!)
「分かりました。起立、礼」
「「さようなら」」
委員長が終わりの時間を切り出した辺りからクラス全員が終わりの挨拶の準備をしていたため、帰りの挨拶はスムーズに終わった。
◇◇◇
「愛奈っちー、雫っちー。部活見に行かない?」
「部活?」
放課後の教室。愛奈と雫が話をしているところに響華と伊吹がやって来た。
「……今日から体験入部可能だって。いろいろ巡ってみる……」
「へ~。体験入部って今日からなんだ」
どうやら体験入部のお誘いのようだと理解した愛奈。
「愛奈ちゃん……さっき帰りのホームルームで先生がおっしゃっていましたよ……」
「あ、あれ!? そうだっけ!?」
「……どうせ愛奈のことだから、しょうもない妄想でもしてたに違いない……」
「そんなことっ……! う~っ!」
否定しようとした愛奈だったが、脳内プロレス実況はしょうもない妄想であることを自覚してしまったため何も言えず唸るだけになった。
「あっはーっ! 愛奈っちは世話が焼けるなー」
「ううっ……(扱いが雑で酷いっ!)」
だが、すでに雫にも呆れられている状況なので、旗色の悪さを感じて愛奈は泣き寝入りした。
「お誘いはありがたいのですが、本日は用事があります。申し訳ありませんが、わたくしはご遠慮させていただきます」
雫は丁寧に響華に告げた。響華は少し残念そうにする。
「あらら、用事じゃしょうがないね~。愛奈っちはどうするー?」
「うーん……うん、わかった! 一緒に行こっ!」
愛奈は放課後の予定を考えた。なにも無ければ優奈のお見舞いを考えていた。しかし、部活の体験入部は長い期間はやっていない。
(お姉ちゃんは、学校生活を楽しんでって言ってくれた……)
その時間を蹴ってまで会いに行っても喜んでもらえないだろうと思い、今日のところは体験入部を優先することにした。会いに行く機会はある。でも、ちょっとだけ胸がチクリとした。
「ではわたくしは先に帰りますね。皆さん、体験入部を楽しんでください……愛奈ちゃん、また明日」
「じゃーねー! 雫ちゃん!」
「まった明日ね~」
「……雫、宿題マジ感謝……」
用事があると言っていた雫は別れの挨拶をして教室から出ていった。
「それっじゃー気を取り直して、部活巡りへレッツラゴー☆……って今どき誰も言わない? ま、いっか~!」
「お~!」
「……おー……」
響華が音頭を取り、愛奈と伊吹が続く。こうして三人で部活巡りをすることとなった。
◇◇◇
「お~! 勧誘が賑やかだね!」
「……ちょっとうるさい……」
「さーて、どっから行きましょっかね~」
今日は運動部を主に回ると決め、体操着に着替えた愛奈、伊吹、響華が校内をうろつきまわる。
あちこちで部活の勧誘をしており、壁にも様々なポスターが貼られている。
(あ、プロレス部のポスターだ)
ふと目についたのがプロレス部のものだった。男子用の部活のため、愛奈には関係ないが、帰りのホームルームで脳内を騒がした実況が頭をよぎった。
「……ふんっ!……ふんっ!」
(あのパンチ……そう、こんな感じで……〝時間ですっ!〟 〝時間ですっ!〟)
〝委員長の連続パンチ〟が頭をよぎり、周りの熱気に当てられて、つい何もない空間に向けてワンツーパンチを放ち一人でドヤ顔を作る愛奈。
「……何やってんの愛奈……」
「えっ! あ、いや、プロレス部のポスターが目に入って、つい……」
突然の愛奈の奇行に呆れ気味に聞いてきた伊吹。愛奈はそれに答えてしまった。
「いやいや、愛奈っちの動き、完全にボクシングじゃん! やっばい! ウケる! あっはっは!」
「なんで響華ちゃんそんな爆笑してるのっ!」
お腹を抱えて苦しそうにする響華に納得がいかない愛奈。
「……ていっ……」
「あいたっ……って、なんでチョップ!?」
愛奈の頭部が軽く揺れた。伊吹からチョップの攻撃を受けたためだ。
「……プロレスでパンチは反則。だから普通はチョップする……」
「へ~そうなんだー……って、なんでわたしチョップされたの!?」
別段威力は無かったので痛くはない。けれど、やっぱり納得いかないと頭をさする愛奈。
「う~っ……別に痛くないけど……なんでわたしが……」
「……愛奈は物覚えが悪い。身体で覚える……」
「頭叩かれたら忘れちゃうよ!」
「愛奈っち……! 気にするとこ、そこ!? あーしもう無理……! ヤバいっ……ツボったぁ……!」
愛奈のズレた突っ込みが響華のツボに入ってしまった。四つん這いになりながら床を叩き、涙目で笑い転げる響華。愛奈はそれに気付く様子もなく、ただただ納得いかない顔で頭をさすっていた。
しかし、〝プロレスでパンチは反則〟というのは愛奈にとっては初めて聞いたルールである。
(あれ、でもそうするとさっきの〝委員長の連続パンチ〟もプロレスだと反則ってことなのかな……?)
そのことに気が付いた愛奈の脳内がまた騒がしくなる。
(ああっ、止めてください! 観客の皆さん落ち着いてください! ちがうんです! わたしまだ実況一年生なんです! あ~んもぉ、リングにプロレス警察が上がってくるなんて聞いてないよ~!)
妄想のゴングはまだまだ鳴りやみそうにない――




