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瑞葉の学び舎②

「雫ちゃん、助けて~。数学の宿題全然分かんなーい……」


 二時間目が終わった後の休憩時間。愛奈はさっそく雫に泣きついた。


「では一緒にやりましょう。どこが分からないですか?」

「二問目まではできたけど、三問目からが分からなくて~」


 一時間目が終わった後の休憩時間で、愛奈は頑張って自力で解こうと奮闘した。しかし、分かったのは最初の二問だけだった。


「あれ、どうしたの二人とも?」


 そこにノートを手にした響華と伊吹が、バツの悪そうな顔で近づいてきた。


「いや~。あーしらも三問目からわっかんなくってさ~」

「……ガッデム。愛奈と同レベル……」

「ひどーい伊吹ちゃん! わたしと成績そんな変わらないじゃん!」


 伊吹の言いように愛奈は頬をぷくっと膨らませ、指さしながら手をぶんぶん振り抗議した。


「あらお二方。朝、愛奈ちゃんの宿題で賭け事をしていらしたのに。まさかご自分たちも宿題をやっていないとおっしゃるのですか?」


 雫はたおやかに二人に問いかける。だがどう見ても、愛奈より雫の方が怒っているようだ。


「いやーあはは~、愛奈っちの可愛い反応が見たくって、つい~」

「……(コクコク)……」


 響華は頬をかき、伊吹は無言で何度も激しくうなずく。雫は愛奈の方に顔を向けた。


「やっぱり三問目から難しいよね。一緒に頑張ろう! あっ、良いかな、雫ちゃん?」

「愛奈ちゃんが気にしていないなら構いませんよ。さ、始めましょうか」


 愛奈の素直な様子に毒気を抜かれた雫。四人は机を寄せ合い、ノートを開いて雫の解説に耳を傾けた。





「おう、朝丘たち! 数学の宿題を今頃やっているのか!」


 よく通る大きな声で愛奈たちに声をかけた少年、松丘(まつおか)駿平(しゅんぺい)。大柄な体型と短く立てたスポーツ刈り。見た目通り、運動が得意な少年である。


「うるさいんだけど~。そういう松丘は宿題ちゃんとできてるの?」


 近くで大きな声を出された愛奈は不満を表に出しながら松丘に返した。


「一問も解けなかった!」


 松丘は見た目の通り、勉強は全くといっていいほどできない少年である。


「わたしはちゃんと自力で二問も解いたし。松丘とは頭の出来が違うんだから!」


 松丘よりはちゃんとできていることに安心し、ツインテールを揺らして自慢げな愛奈。雫は口に出さなかったが、この宿題は並の成績で十分に解けるレベルである。それでも愛奈の得意げな顔が微笑ましくて、そのまま優しく見守るだけにした。


「はっはっは! そうか、まぁ俺はバカだからな! だから――」

「おい松丘、女子に迷惑かけるなよ……」


 なおも大きな声で話を続けようとした松丘の隣にすっと現れた少年、山下(やました)浩太(こうた)。眼鏡をかけたショートヘアと細身の体型でやや内向的な性格をしている。だが、松丘とは気安い仲なのがうかがえた。


「宿題やってるところゴメンね。こいつはこっちで引き取るから」

「なんだ山下! あわよくば宿題を教えてもらおうと思ってたのに! このままでは俺が先生に怒られてしまうではないか!」

「だからって、いきなり女子の輪に突っ込むのはやめてくれよ。……分かった、分かった。僕が教えるからそれでいいだろ」

「おお、すまんな山下! 恩に着るぞ!」


 宣言通り、山下は松丘を連れて愛奈たちから離れていった。



「……あいつうるさい。きらい……」

「まぁまぁ、伊吹ちゃん。広い心で許してあげようよ。わたし達の方が頭が良いんだからさっ!」


 常時テンションが低めの伊吹は松丘の高いテンションが苦手だった。それをなだめる愛奈。だが、その顔には松丘に対する優越感が滲み出ていた。


「あーしらも大して変わんないけどね~」


 〝どんぐりの背比べ〟そのことを認識して響華は呟いたが、愛奈には届かなかった。





「「「キャ~~!!」」」

「うわぁ!」

「……うるさ……」


 松丘が離れ、宿題に集中しようとした四人。しかし、廊下の方から響いた黄色い大歓声にまたも邪魔されることとなった。


「あー、王子様がおいでなすったかぁ」

「ええ、きっとそうでしょうね」


 芸能人ばりの歓声を受けてこんな時間にやってくる人など一人しかいない。響華と雫は、顔を見合わせて苦笑した。



「はいはいどいて、どきなさい! ほらそこはみ出さない!」


 愛奈たちの教室のすぐそばの廊下から、女子の鋭い声が飛んできた。土井(どい)峰子(みねこ)のものだ。 肩ラインまでのミディアムボブ。眼鏡をしており、きっちりした印象の子だ。その印象通り、時間や規則に厳しく、愛奈たちのクラスの学級委員をしている。時間にルーズな愛奈はよく小言をもらっており、ちょっと苦手な印象を持っている。

 どうやら土井が先導している様子が声からうかがえた。



 ガラガラと愛奈たちの教室の引き戸が勢いよく開かれる音が教室に響いた。ざわついていた空気が、一瞬で静まり返る。

その静寂を切り裂くように、現れたのは――


「やあ、おはよう。今日もみんな元気そうで嬉しいよ」


 神宮寺(しんぐうじ)清彦(きよひこ)。目も眩むような笑顔を浮かべ、爽やかな挨拶と共に教室に入って来た。

 スラリとした体躯に、無駄のない筋肉。エアリーに流した七三分けの髪は光を受けて柔らかく揺れ、整った顔立ちは芸能人すら霞むほど。その姿は、まるで絵本から抜け出した王子様だった。

 その挨拶に多くの女子がため息まじりに彼を見つめる。一部の男子はそれを冷めた目で見ていた。


「相変わらず神宮寺くんは忙しそうだね。でも、遅刻して来ても何も言われないどころか、歓迎されるのはちょっとうらやましいな~」

「うらやむとこがそこかぁ。愛奈っちはカワイイな~」

「普通は容姿とお家の方を羨望しますからね」


 雫が補足した通り、彼は決して容姿だけの男ではなかった。実家は神宮寺財閥として金融、エネルギー、IT、商社、鉄鋼などあらゆる業界の会社を傘下に有している。その名前を聞けば、誰でも納得してしまうほどの日本屈指の大財閥。神宮寺 清彦は、そんな家の御曹司だった。



「きゃ~! 神宮寺く~ん! 私をだい――ぐぇ!」


 一人の女子が暴走して神宮寺に抱きつこうと飛び出してきた。しかし、その行動は神宮寺の周りを固める複数の女子によって阻まれた。そして物理的に排除され、取り押さえられた。


「対象確保!」

「よくやった! それでこいつはメンバーか?」


 メンバー――それは絶大な人気を誇る神宮寺を慕う女子たちの集まりである〝神宮寺ファンクラブ〟。それに所属している会員の事を指している。

 入学間もないこの時期ですでに会員数は三桁を突破している。ファンクラブ以外の人間が神宮寺にアプローチしようとした場合、一致団結して制裁がくだされる。

 神宮寺の周りを固め、護衛のように周囲を警戒している女子達もこのファンクラブの会員から選ばれる。


「はいメンバーです! 番号63番、秋野すも子です!」

「未遂とはいえ、故意の接触禁止に該当。点数一だな。」


 ファンクラブ内部でも抜け駆けをしないように相互監視しており、鉄の掟が存在する。それに違反した者は点数が加算され、それに応じた罰則が設けられている。


「なっ! すでに三点目じゃないか! どれだけ違反を繰り返しているんだ!」

「邪魔しないで! 私の愛を示しているだけじゃない!」


 護衛リーダーらしき女子がスマホのアプリで違反点数を入力した際、前科があることに驚きの声を上げた。取り押さえられた女子は反省する素振りも見せずに鼻息を荒くして抵抗している。


「貴様、執行妨害で三点追加で加算してもいいのか!」

「ぐ……でも私は諦めないわよ……!」

「よし、連れていけ!」


 いったんは大人しくなった秋野と呼ばれた女子は、他の女子に連行されていく。


「お騒がせしました神宮寺様」

「構わないよ。いつもご苦労様。みんなもありがとう」

「「は……はいっ!」」


 神宮寺はファンクラブの活動に対して黙認している。とは言え、護衛のまねごとをさせて苦労をかけているのは事実であるため、ねぎらいの言葉をかけた。その言葉をかけられた護衛達は感極まったように返事をした。



「すごかったね。なんか〝警察27時〟って感じの迫力だったね!」

「愛奈っちの感想はそっちかー。『神宮寺様かっこい~』とかにはならないよねぇ」

「神宮寺くんがかっこいいのは間違いないけど、さすがにあの中に入るのはちょっとね……」


 先ほどの捕り物の感想を言い合う愛奈と響華。響華は愛奈の興味を探ってみたが、愛奈の反応は淡白なものだった。神宮寺本人というよりはファンクラブの熱気に気おされている様だった。





「あのすも子ちゃんって子。名前も行動もインパクト抜群だったね!」

「あっはっはー、あだ名はモスコかコスモスかねぇ。しっかし、学校でも勝手に護衛が集まるんだから御曹司ってスゴイよねー」

「……でも雫のお家もスゴイ……」

「そう言って頂けるのはありがたいのですが、醸造業を営んでいるだけです。神宮寺財閥とは比較になりませんよ」


 雫の家である上水流家は、一部の愛好家にはたまらない銘酒を生み出す、知る人ぞ知る酒造の名家である。庶民からしてみれば神宮寺も上水流も立派な上流階級だ。

 しかし、雫の言う通り、傍から見れば同じ上流階級に分類されているが、その中でも上水流家は控えめな存在であり、神宮寺家はまさに頂点の一角だった。


「雫っちも神宮寺も何でこの学校にいるのか相変わらず謎だよね~」

「わたくしは女子ですから、学歴は重要ではありません。神宮寺さんに関しては不思議ですよね」


 響華の探るような視線を向けられたが雫は受け流した。瑞葉学園は近年人気になってきているとはいえ、制服デザインと大学受験が必要ない面が大きい。

 上流階級の二人、特に神宮寺に至っては、都心の進学校に行き、国内最高峰の大学か海外の一流大学に進学するのが当然と考えられる。

 その明らかに順当と思われるレールを外して、なぜ大財閥の御曹司がこの郊外の学校を選んだのか。その理由を知るものはいない。


「そんなことよりも、わたしは雫ちゃんと一緒の学校に通えるのが嬉しいもん!」

「愛奈ちゃん……!」

「雫ちゃん!」


 御曹司の謎よりも雫と一緒になれたことの方がよほど重要な愛奈、そしてそのことに感動した雫。お互い見つめあい――そして抱き合った。


「……二人の空間ができ上ってしまった……」

「あーこれはしばらく戻ってこないね~。宿題全然進まなかったけど、休み時間ももう終わるし、次の休み時間に頑張りますかー」


 二人の息の合った行動にあきれ顔の伊吹。響華は打つ手なしと言わんばかりに手を上げ、解散を宣言した。その言葉通り、休み時間の終わりを告げるチャイムが鳴った。


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