忍び寄る影、打ち払う光⑥
頭には西洋甲冑の兜、体は青黒い筋肉の鎧、異常に太い二の腕、両の肩にはギョロギョロと血走った眼玉があった。そんな異形の大男が立っていた。そして一際目を引くのは大男と同じくらいの大きさを誇る分厚い鉄の塊――それは盾であった。
「ヨケタカ……ガキメ……!」
「しゃべった!?」
今まで見た侵魔はバケモノだけで鳴き声しか出していなかった。だがこの侵魔は口からでた音は片言ではあるが、明確に言葉として聞こえた。その事実に驚きを隠せないピュリステラ・ハーティア。
「ホウ……聖契士カ、少シハ楽シメソウダナ」
「気を付けてハーティア。あれはフロギーと違って明らかに下級ではないわ!」
相手から感じる圧がフロギーとは比べ物にならない。ただそこにいられるだけで身体が重く感じるほどだ。リーフィラが警戒を促してくる。改めて甘い相手では無い事を突き付けられ、ピュリステラ・ハーティアの身体に緊張が走る。
「血が……付いてる!?」
侵魔がその大きな盾をこちらに向けた。その表面にはまだ乾ききっていない血が大量に付着している。
「オマエ以外ニモ二組イタガ、ドイツモ簡単ニ潰レタ。手応エノ無イ雑魚シカ居ナカッタゾ」
「まさか、翠芽の会の人達を…!?」
侵魔が血が付着している理由を嘲笑いながら語った。ダリウスは他の班との連絡が途絶えたと言っていた。この侵魔が言っていることが本当かは分からないが、班の数は合っている。単なる通信不良で全員無事だったと考えるのは難しい。
(ジュードさん……、ヨルシアさん……)
魔結界に突入する前に少し話をした程度。顔も知らない二人だ。それでも無事でいて欲しいと願わずにはいられない。
「はぁっ!」
だから、この侵魔を一刻も早く倒して救出に向かう必要がある。そう考えてピュリステラ・ハーティアは駆け出した。
相手は大柄で装備も重そうな盾のみ。鈍重な見た目の通り、接近に対して反応できていない。このまま懐に入って切りつける――
「うわっ!?」
地面を擦る音と共に、視界が一気に鉄色で埋め尽くされた。とっさに星光の剣を振るったが、ガギン、と硬いものとぶつかる音がするだけだった。
「くっ…」
攻撃を防がれたピュリステラ・ハーティアは一旦後ろに飛んで間合いを取る。
「盾……!? あれで防がれたってこと!?」
盾の無い方を狙ったつもりだった。近づくまで相手に動きは無かった。なのに急に視界を塞がれた。つまり、こちらの接近に合わせて素早く盾を動かしたという事だろう。
「グッグッ……。イキナリ攻撃シテクルカ。オマエ……躾ノナッテナイ犬ダナ」
「上からいきなり襲ってきたのはそっちでしょ!」
盾には傷一つ付いていなかった。しかも、この侵魔はあの分厚くデカい鉄の塊を自在に操る膂力を持ち合わせている。軽口を言ってくる知能まである。今までの敵とは比較にならない強さを持つ侵魔。その事実にピュリステラ・ハーティアの頬を汗が伝う。
「オレ様ノ名ハ〝ガドボーク〟! オマエヲ潰スモノダ!」
侵魔が自分の名をはっきりと告げる。その体から瘴気があふれ出し、その巨体から発せられる圧が更に上がる。その存在感だけで押し潰されそうになる。
(こんなの……フロギーとは比べ物にならない!)
一歩、足が引きそうになる――けれど。
「わたしは〝ピュリステラ・ハーティア〟! あなたを打ち倒す者よ!」
負けじと叫び、宣言する。名前を、為すべきことを。下がりそうになる足と気持ちを前に踏み出し星光の剣を構える。
(こんなやつに……負けられない!)
ピュリステラ・ハーティアは再び駆け出した。
◇◇◇
「てやぁぁっ!」
気合と共に剣を振るうピュリステラ・ハーティア。しかし――
ガン、と火花が散る。刃が分厚い鉄塊に跳ね返されて反動だけが手に残った。
「かったい……!」
何度目かの交錯、しかし毎回同じ結果。素早く近づき切りつけようとするが、全て盾で防がれた。
「ナンダ、サッキカラ。オレノ盾ヲ撫デル事シカ出来ナイノカ?」
「なでてない! 切りつけてるのっ!」
「切ッテイルダト……? グッグッグッ、盾ノ表面ニ傷ハ付イテ無イ様ダガ?」
ガドボークにバカにされてつい反応してしまう。だが相手の言う通り盾に傷は無い。ガドボークもわざわざ盾をわきにやり、体を出して盾の表面を触って確認している。
「今だっ!」
こちらを挑発するためだけに盾から体をはみ出させた。自らさらけ出したスキを逃す手は無い。最短距離を突っ切り上段から切り下す――はずだった。
「なっ!?」
再びふさがれる視界。上段から振り下ろそうとした剣は振り下ろす前に止まった。いや、止められたのだ。両手に走る痺れに顔をしかめる。全力の切り下しの成果として盾に傷が入った。だがその代償は大きかった。
(誘いだった……!? でも、あんなにスキを見せたのに――!)
背筋に悪寒が走る。しかし、完全に足は止まっていた。切りかかる途中で真正面から止められたため腰が浮いたまま、体勢が崩れていた。
「ぁぶっ!」
目の前の鉄の壁がいきなり迫って来るのが見えた瞬間、顔面に衝撃が走る。単なるシールドバッシュだ。だが、鉄塊に込められた重量が単なるシールドバッシュを凶悪な攻撃に変えた。
(な、にが――)
鈍い音と共に視界が跳ねた。口の中が鉄臭く耳鳴りが激しく響き考えがまとまらない。世界が遅く感じられる。リーフィラが叫ぶ声がやけに遠くから聞こえた。
その声の理由が分かった。どこかで魔力が渦巻いている。あの侵魔が魔法を使おうとしている。シールドバッシュは足止めで、次に来る攻撃が本命だ。
(このままじゃ、ダメ……!)
直撃を受けたら無事で済むとは思えない。のけ反り倒れそうになる身体を無理やり捻って地面を蹴る。体勢が悪くて地面に充分な力を伝えられなかった。
僅かに身体の位置をズラしただけだったが――
「きゃあああぁぁっ!」
爆音。それが耳を貫き中から揺さぶる。爆風により身体は吹き飛ばされて自分の体勢も分からないまま地面を転げまわる。ただ悲鳴を上げて転げまわることしかできなかった。
「茂ミノ中ニ隠レタカ?」
【爆破】の魔法を使ったガドボーク。煙は晴れたが視界の中に相手の聖契士はいなかった。
「雑魚ノ癖ニ、面倒ヲカケサセヤガル……」
ガドボークはピュリステラ・ハーティアを侮っていた。動きは速かったがそれだけだ。フェイントを混ぜた動きをしてきて何度か惑わされたが、結局盾を迂回して剣による攻撃しかしてこなかったので防御は充分間に合った。
「チッ、盾ヲ傷ツケヤガッテ……!」
あからさまな誘いにも簡単に乗って来た。聖契士になってからまだ大した年月は経っていないだろう。しかし、盾を傷つけられるとは思っていなかった。咄嗟に【爆破】の魔法を使ってしまった。直撃せずに相手に隠れられる結果となった。
「マアイイ、後ハ探シ出シテ止メヲ刺セバ終ワリダ」
力を付ければ面倒になるかもしれない。だが、今倒してあの魔力を喰らうことができれば、自分は侵魔の中でも有数の実力を持つものになれる。そう夢想してゆっくりとピュリステラ・ハーティアを探し始めた。
「うっ……ぐっ……!」
(早く立たなきゃ……負けられないのに、身体が……!)
全身がズキズキと痛む。立たなければと焦燥感が高まるが、身体が思うように動かない。
(ハーティア。落ち着いて、静かに。そのままで大丈夫よ)
リーフィラの囁き声が聞こえた。大丈夫と、その優しい声で言われ、落ち着きを取り戻し、ゆっくりと目を開けるピュリステラ・ハーティア。
「リーフィラ……」
「今あなたはちょうど茂みに身を隠している状態になっているの。ガドボークは別の方向に行っているわ。ほら、あそこ」
音を出さないようにゆっくりと自分の周りを探ってみると確かに茂みの中だ。その中でうつ伏せになっている。
リーフィラが指す方向を見ると、青黒い大男の背中が見えた。両肩の眼もギョロギョロとあたりを探っているように見える。
「あの侵魔、厄介ね……ピュリステラ・ハーティアの速さについてこれてないけれど、ギリギリのところで盾で防がれてる」
「たぶん、あの肩にある眼で見られちゃっているんだと思う。だから回り込んでも見つかって防がれちゃってる……」
「そういうことね。先に肩の眼を攻撃して……ああ、でもそれも盾で防がれてしまうわね。どうしたら……」
何か打つ手は無いのかと悔し気に顔をゆがめるリーフィラ。
「そうだね。相手の目を誤魔化すとか……」
とは言えそう簡単に都合の良い作戦は思い浮かばない。手品みたいな器用に相手を騙すことなどできない。
「あっ……ねぇリーフィラ――」
だけど、騙されたことならたくさんある。だから――
◇◇◇
「チッ……ドコニ隠レヤガッタ……」
ガドボークは茂みを適当にかき分けたが目的のピュリステラ・ハーティアの姿は見つけられなかった。
「アァ、モウ面倒ダ。全部吹キ飛バシテヤル!」
ちまちまと探すのが面倒になったのか、茂みを離れて広場に戻っていった。
「オオオオオッ!」
ガドボークが力を込めて声を上げる。魔力が高まり、風が逆巻く。魔法の威力を高めるため詠唱を始めようとした時。
「アァン?」
探していた茂みとは全く別の方向の茂みが、薄く桃色に光るのを肩の目が捉えた。そこから薄紅のラインが引かれる。先ほどまでは目にもとまらぬ速さだったが、今は簡単に追える。ダメージ色濃く残っていることが分かる。
(オレ様ノ魔法ヲ恐レテ、破レカブレ出テキタダケカ!)
あの速さなら受け止めて相手の足を止めるまでもない。先ほどとはタイミングを変えて、剣を振るうのに合わせてシールドバッシュをしてやる。そう考えて両肩の眼でピュリステラ・ハーティアの動きをじっくりと見極めようとする。
(左カラ来タカ!)
ピュリステラ・ハーティアの小さな身体は一瞬盾の陰になって見えなくなる。しかし、盾を貫くことはできないため、結局回り込むしかない。今回は左の方から出てきた。盾を持つ手を逆方向なら僅かでも時間があるとでも考えたのだろうか。
(バカナ奴メ! 浅ハカナ考エダ!)
盾を素早く動かし相手との間に壁を作る。後はタイミングを計って盾を押し出すだけ。それで終わり――
「ガアッ!?」
そう考えていた時、突如痛みが右肩を襲う。何が起きたのか、右肩の眼で見ようとしたが何も映らない。
慌てて体ごと右に向けた時、自分から離れていく薄紅のラインが見えた。
「バカナ……!?」
左に回り込もうとしたのは間違いない。それは眼で捉えていた。なのに何故か右側から攻撃を受けた。
「オマエ……!」
少し離れたところで立ち止まり、ガドボークを見つめて剣を構えるピュリステラ・ハーティア。ボロボロの姿の癖にその瞳はピンク色に輝いていた。




