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忍び寄る影、打ち払う光④

「……」


 変身を終えたピュリステラ・ハーティアは目を開き、しばらくその場に佇んでいた。感慨にふけるような、少し憂いを帯びたような、そんな表情をしていた。


 どのくらいそうしていただろうか。だが、そう長い時間ではない。再度目を閉じて深呼吸をする。深く息を吸い、ゆっくりと息を吐く。身体を巡る魔力は熱く、先ほどまでとは桁が違う事を改めて感じ取る。

 一連の動作を終えてから見開いた眼には確かな意思が宿っていた。


「気分はいかがかしら、ピュリステラ・ハーティア」

「うん、大丈夫。問題ないよ、リーフィラ」


 ピュリステラ・ハーティアはリーフィラに笑いかける。それから前を向き、片手を前に出して手のひらを広げる。手のひらの先に集められた魔力は主の望むとおりに世界に働きかける。

 数メートル先の空間に光の亀裂が出来上がる。亀裂は中ほどから左右に分かれて裂け目となる。光り輝く縁を伴う裂け目は静かに広がっていく。

 人一人が通れる裂け目。その裂け目の先には、先ほどと同じ光景が広がっている。

 だが、同じ空間ではない。裂け目の先は魔結界の中。一度入れば容易く引き返すことは許されない。


 主の望みどおり、裂け目は静かに形を成した。後はそこを通るだけ。裂け目からは暗く濁った空気が漏れ出てくる。只人の精神を容赦なく削る瘴気が空間に滲み出る。


 臆することなくピュリステラ・ハーティアは足を踏み出した。わずかな緊張と確かな覚悟を胸に、裂け目を通る。リーフィラも言葉なく、その背に従い裂け目に入った。



 それから寸刻の後、裂け目は消える。冷たい空気といつも通りの風景が、そこには残された――





◇◇◇





 鼻から入る空気に変な匂いが混じる。公園の街灯は不気味に点滅を繰り返す。


(空は……真っ暗……)


 そこに星は、一つもない。


(また、ここに来た)


 あの日は訳も分からずいつの間にか迷い込んでいた。だが、今回は違う。今回は自らの脚でここに降り立った。


(あのバケモノ――侵魔が蔓延る魔結界の中に)


 魔結界――星聖樹を瘴気で満たし作り変え、自分たちの楽園を作る。そんな野望を果たすために作られた侵魔達の前線基地。

 現実を写し取った小さな領域。その中に濁った瘴気を満たす。そうして出来上がった領域。星聖樹の聖気で浄化されにくい位相が僅かにずれた空間。


 普段侵魔はこの魔結界の中で息を潜めている。時折、魔結界を現実世界と接続、展開させて人々を中に誘う。そうして攫った人たちから魔力を奪い尽くし力を付けて魔結界を拡張する。

 侵魔は世界の裏から現実を侵蝕していく。


「ハーティア! あそこ!」


 リーフィラが鋭い声を上げて、ピュリステラ・ハーティアに視線を向けさせる。


「男の子!? 展開中の魔結界だったのに!」


 リーフィラが示した先には男の子がいた。ベンチの裏で膝を抱えてうずくまっており、肩が小刻みに震えていた。

 この魔結界は現実世界へ接続中であり、展開しきっていないはず。それなのに、この男の子は不幸にも魔結界の中に迷い込んでしまった。しかし、不幸中の幸いなことに、侵魔に見つかるよりも先にピュリステラ・ハーティアが見つけだした。


「だいじょうぶ? ぼく?」


 ピュリステラ・ハーティアは男の子に近づき、しゃがんで目線を合わせてから怖がらせないように優しく話しかける。


「……! だ、だいじょうぶ……でも、周り……皆、いなくなって……」


 小さな男の子だ。声が震えており、今にも泣き出してしまいそうだが、それを必死にこらえているのが分かる。


「がんばったね。お姉ちゃんが来たからもう大丈夫だよ。……でも、静かにねっ」

「……うんっ」


 男の子の頭を優しくなでる。そうしたら男の子の眼にさらに涙が溜まって来た。今は侵魔に見つかっていないが、大きな音を出したら居場所がバレる可能性がある。片目をつむり、人差し指を唇に当てるピュリステラ・ハーティア。


 男の子は侵魔を見ていないが、周りの雰囲気が異様な事は理解していた。騒いではいけないことを察した男の子は、ピュリステラ・ハーティアの言う通り静かにしていた。


「まだ侵魔には見つかっていないわ。先にこの子を元の世界に戻しましょう」

「分かったよ。リーフィラ」

「妖精……? きれい……」

「あら、なかなか見る目があるじゃない」


 男の子がリーフィラを見て驚いたように声を出す。リーフィラはアピールするように羽を羽ばたかせる。


「元の世界に戻るように想いを込めてこの子に魔力を注ぐのよ。しばらくしたらこの子は戻るから」

「大丈夫、リーフィラ。ぼく、じっとしていてね。そうしたら元の場所に戻れるからね」

「うん……わかった……」


 リーフィラが、確認するように魔結界からの救出方法を伝えてくれる。それに従い男の子に魔力を注ぐ。元の場所に戻れるように想いを込めて。こんな場所で辛い思いをする人は一人でも少ない方が良いのだから。


 魔力をゆっくりと注ぎ続けてから数分が経過した。ピュリステラ・ハーティアの手のひらから漏れ出した淡い桃色の光が、男の子の胸元へとゆっくりと吸い込まれていく。その間、男の子は何も言わずに待ってくれた。

 魔結界は侵魔が作り出した只人の屠殺場。入るのは難しくなくとも、出るのは容易くない。


「よしっ、これでもう大丈夫だよっ!」


 ピュリステラ・ハーティアは確かな手ごたえを感じた。男の子と現実世界がつながった感触を得た。男の子の全身がうっすらと光輝いている。


「ありがとう……お姉ちゃん……」


 もう大丈夫なことが何となくわかったのだろう。溜まっていた涙は完全に引っ込んでいて、その声はもう震えていなかった。しかし、どこか名残惜しさが含まれていた。


「お姉ちゃんは、どうするの?」

「わたしは残るよ。まだここでやることがあるから!」


 男の子は一緒に元の場所に戻る雰囲気を出していないピュリステラ・ハーティアの心配をした。ピュリステラ・ハーティアにはここで侵魔と戦う役目がある。男の子を安心させるため軽くポーズを取った。


「わ~かっこいい! お姉ちゃんは女神様なの?」


 男の子が目を輝かせてピュリステラ・ハーティアに尋ねてきた。


「めがみっ!? ち、違うよ……。そうだね~、ま、魔法少女っ、かな」


 女神と言われて思わず動揺してしまうピュリステラ・ハーティア。本来であれば聖契士となるが、この男の子に言っても伝わらないだろう。だから自ら言うのは気恥ずかしかったが、ちょっと上擦った声で魔法少女を名乗った。


「魔法少女! ほんとにいたんだっ! すごいっ!」

「そ、そう?……なかなか見る目が、あるじゃない」

「ふふっ」


 男の子の純粋な尊敬の視線を浴び、まんざらでもないピュリステラ・ハーティア。だが、とっさに出た言葉はさきほど聞いたことのある言葉だった。そのことに気付いたリーフィラだったが、ただ二人のやり取りを見守っていた。


「真っ直ぐお家に帰るんだよ」

「うん! じゃあね! 魔法少女のお姉ちゃん!」


 そう言って男の子は目の前から消えた。魔結界から出て現実世界に戻っていった。幾分魔力を消費してしまったが大した量ではない。戦闘に巻き込んでしまう恐れが無くなったことが重要だ。何より、辛い目にあう前に助け出せて良かったと安堵する。


「かっこいい、か……」

「良かったわね。ピュリステラ・ハーティア」


 男の子に言ってもらった言葉を噛みしめる。


「うん……でも、戦いはこれからだよ!」

「ええそうね。あなたの言う通りよ」


 ピュリステラ・ハーティアは瘴気が流れ出てくる方を向く。


(もらった言葉に恥じないように、お姉ちゃんみたいにかっこよくなるために、わたしがこの魔結界を壊すんだ!!)


 侵魔を倒すべく、ピュリステラ・ハーティアが駆け出す。その軌跡に薄紅の粒子を残しながら――





◇◇◇





「魔結界の規模、展開速度、濃度から見て、この中には下級の侵魔しかしないわ!」


 走るピュリステラ・ハーティアの後ろに付いてきているリーフィラが声を出した。


「だからそのまま――」


 目の前に侵魔が見える。二足で立っているバケモノがいた。


「ぶちかましてやりなさい!」

「せぃやぁぁぁっ!」


 ピュリステラ・ハーティアは走る勢いを利用してそのまま蹴り込む。侵魔は蹴られる直前までこちらを認識していなかった。認識してからも突っ立ったまま。だからそのまま蹴り飛ばした。


『ギョヘィィ……』


 蹴り飛ばされた侵魔は倒れたまま二、三度痙攣した。その後、黒い染みをまき散らして消えていく。


「よしっ!侵魔を倒したよ!」


 一体倒した。だが、油断はできない。


「良いわよ!でもまだまだいるわ!」


 ぞろぞろと侵魔が集まってきていた。カエルのような醜悪な顔。口は半開きで長い舌がだらんと垂れており、粘り気を帯びた息がにじみ出る。

 体が粘液で濡れて光を反射し、ぬらぬらといやらしく光っていた。腰には申し訳程度に布がまかれている。


「……っ! あの時のっ!?」


 似てる。あの日襲ってきた侵魔と似ている。そのことに身体が硬直する。


「落ち着いてピュリステラ・ハーティア! あの侵魔とは違うわ。さっき蹴り飛ばしたのと同じ下級侵魔よ!」


 その言葉で身体の硬直が解けた。一度深呼吸して改めて侵魔を確認する。


(リーフィラの言う通り、あのバケモノとは……違う!)


 あのバケモノと違い、体は鱗で覆われておらずブヨブヨしていて大きさも一回り小さい。顔もトカゲっぽさが無くて鋭さが無い。何より、その体から放たれる威圧感が全然違う。


「ありがとうリーフィラ! よく見たら結構違うね。あのバケモノはこいつらの上位種だったのかな?」

「もしくは変異種的なものかしらね。あいつらは〝フロギー〟って言うみたい」

「へ~。あれ、それってどこで聞いたの?」

「なんとなくよ。星聖樹の記憶かしらね」

「ええっ!? それ合ってるの?」


 ピュリステラ・ハーティアの緊張は完全に解けており、リーフィラといつも通りの調子で会話をしている。


「あはっ。そろそろ真面目にやりましょうか」

「わたしのせいっ!? もぉ、リーフィラってば!」


 軽く文句を言いつつも、ピュリステラ・ハーティアの表情が引き締まる。片手を前に出し手のひらを広げて魔力を込める。集められた魔力は魔法となり光を放つ。


「来てっ!」


 一瞬の光が収まった後、その手にはステッキが握られている。先端に星と翼が形どられた短いステッキ。


「はあああぁぁっ!」


 そのステッキに魔力を込める。星が回り、翼が羽ばたく。小さな粒子が連続して煌めく。

 込めた魔力にステッキが呼応する。ステッキの先端から伸びた桜色の光が刃となりて固定される。


 〝星光の剣(ステラキャリバー)


 この武器を握りしめる。


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