忍び寄る影、打ち払う光③
「愛奈くんか、ちょうど良かった。こちらでも先ほど魔結界が展開されそうな兆しを観測したんだ」
愛奈は自宅のリビングでスマホを持って会話をしていた。会話の相手は先日連絡先を交換していたダリウスだ。
「三か所で侵魔が出現するってリーフィラが言ってます! ダリウスさんの方ではどうですか?」
「ああ、こちらでも同じだ。三か所確認している。申し訳ないが、こちらの戦力では二か所までしかカバーできない。……残りの一か所を任せてもいいかい?」
「わたし、独りで……?」
自ら望んで戦うことを選んだ。そう決意してからの初めての戦闘。ダリウス達と一緒に戦い、色々と教えてもらったりサポートしてもらえると思っていた。
だが、現実はそう甘くは無いらしい。独りで戦うことに不安と恐怖がこみ上げてくる。
「愛奈なら大丈夫よ。あなたの心の光はこの程度では陰らないわ!」
不安に沈みそうになる心を、リーフィラの声が支えてくれる。リーフィラは戦い自体に参加できるほど強くはない。でも一緒にいてくれる。
戦うのは一人、だが独りじゃない。そう思ったら不安も恐怖も薄れていった。
「分かりました。……残りの一か所はわたしとリーフィラで対応します!」
「済まない……君の勇気に星の感謝を。公園付近のポイントが愛奈くんの家からだと近いが、行けそうかい?」
ダリウスが言った公園は大きな噴水がある憩いの場だ。昼間なら子どもたちの声でにぎやかな場所――そこに、侵魔が現れるなんて。
「リーフィラ! 侵魔って後どのくらいで出てきそう?」
「今回の魔結界は展開速度が速くないわ。このままなら一時間以上はかかるわね。それまでなら人は襲われないはずよ」
公園なら自転車を使えば20分程度あれば到着できると頭に思い浮かぶ。充分間に合う。
「今は家にいるので大丈夫です。わたし達はこれから公園に向かいます!」
「ああ、健闘を祈る!」
スマホの通話を終了させた。外に出るための準備はもうすでに終えてある。
「行くよ! リーフィラ!」
「ええ、行きましょう。愛奈!」
玄関の扉を勢いよく開けた瞬間、風が頬をかすめた。
――怖いし緊張する……それでもやるって決めたんだ! 見ててね、お姉ちゃん!
決意を胸に家を飛び出した。
◇◇◇
「着いたっ!」
目的の公園に到着した愛奈。普段は憩いの場となる公園だが、妙に空気が冷たく重く感じられる。黄昏時の伸びた影すら奇妙に感じられるような異様な雰囲気に包まれていた。
「ふぅ……思ったより、時間かからなかったね」
自転車を止めて一息つく。スマホの時計を見ると想定していたよりも早い時間だった。
「あなたの身体に魔力が巡っているからよ。変身後ほどではないけれど、身体能力が向上しているわ」
「おおっ! 確かに急いで来たのに疲れが全然ない!」
愛奈が飛び跳ねながら自身の状態を確認していた。周りを見渡すと少し離れたところにカップルの姿が見えた。
「はやく行こっ! なんかここ気持ち悪いし~」
「そうだなぁ。なんかうすら寒いし、電波もつながらねーし。何か変じゃね?」
「やだ~、そういうこと言わないでって言ってるじゃん!」
カップルはそそくさと――というより、逃げるように公園から立ち去っていった。
イチャついてはいたが、二人とも虚勢を張っているように見えた。
「電波がつながらない……?」
男性が話していた内容が気になり、愛奈はスマホを再度見る。
「ホントだっ。圏外になってる!」
「魔結界の影響範囲では電子機器は異常をきたすから当然ね」
「ええっ! ダリウスさん達と連絡取れないよっ!」
「問題ないわ。テレパシーを使えばいいのよ。そろそろ向こうから来るんじゃない?
「おお……! テレパシーってなんか魔法っぽいね!」
いかにも魔法という感じのものが出てきてちょっとテンションが上がる愛奈。
「な、何か来た!」
そんな愛奈の頭の中にコール音のようなものが響く。おそらくこれがテレパシーが来たという事なのだろう。
「よ、よしっ、通話!」
魔法はたいてい強く思えばなんとかなると学んだ。理屈は分からない今は使えれば良い。
『愛奈くん、聞こえるかい?』
「は、はい! 聞こえます」
通信相手はダリウスだった。なんとなく目の前にいない相手と会話しているのに、両手が空いているのが気になった愛奈は指を耳に当てた。
「こちらは公園に到着しました!」
『了解した。他二か所ももうすぐ到着する。もう少し待ってくれ』
「分かりました!」
言われた通り少し待っているとテレパシーに新しい声が響いた。
『こちら第一班のジュードだ。到着したぜぇ』
『第二班ヨルシアです。同じく現場に到着しました』
「うわっ! あっ、すみません。朝丘愛奈です! 本日はよろしくお願いします!」
いきなり響いた声に驚いた愛奈。知らない人だったので自己紹介が口から出た。目の前に相手はいないけど頭を下げてしまう。
『お~、噂の聖契士のお嬢ちゃんかぁ。今度一杯飲みに行こうぜぇ』
『ご丁寧にありがとうございます。ヨルシア・リーデンです』
「お酒ですかっ! お酒は二十歳になってからってお姉ちゃんが言ってましたので……」
『ジュード! 愛奈さんは未成年ですよ。ふざけないでください!』
『あーそっかぁ。じゃあノンアルコールで一杯って感じで――』
『飲みから離れなさい! しかし、顔合わせは一度行いたいですね――』
どういう方向性の会話なのか戸惑ってしまう愛奈。
『三人とも! 魔結界の内部ではテレパシーは通じにくいが使えないことはない。各自、何かあったら連絡してくれ』
ダリウスが会話を締めてくれた。
『了解~』
『了解です!』
「わかりました!」
『では健闘を祈る』
ダリウス達との通話が終わった。テレパシーは今使ったのでやり方は分かる。分かってしまった。
「んふっ……♪」
なんだか笑いがこみ上げてきた。ちょっと場違いな感情かもしれない。でも縮こまっているよりは全然良い。
「どうしたの、愛奈。気持ちが昂ってきた?」
リーフィラが軽い口調で聞いてきた。
「そう……かもしれない」
魔力を知らなかった頃の自分にテレパシーが使えるようになったと言ったらどんな反応を示すだろう。一回使っただけで使い方が分かるようになったのだ。自分の変化に戸惑いを覚えるが、悪くないと思ってしまう。
「いい表情よ、それじゃあ行きましょうか。〝私の契約者〟」
眉間に軽く力が入り、眉尻が上がる。口は引き締まっているが口角は上がっていた。程よい緊張と覚悟の気持ちが溢れている。
「うん!」
愛奈の力強い返事。どこに行くと言うのか、そんなものは言わなくても分かる。
体中に魔力を巡らせ昂らせる。風が吹き荒れ光の粒子が舞い踊る。
光に呼応するかのように胸元に結晶が現れた。
純潔で、清浄な、ハート型の結晶が。
愛奈はその結晶をつかみ取る。
胸元にある結晶を握りしめる。
――私は、変わる。
『ピュリティステラ・グローイング!』
〝言葉〟を叫ぶ。そして――星が、地上で輝く。
◇◇◇
眩い光がわたしを包む。溢れんばかりの輝きに包まれる。光の奔流に身を任せ、眼をつむる。
着ていた衣服が端から輝く粒子になって光に溶けていく。全ての衣服が光に溶けて産まれたままの姿になる。
ちょっぴり恥ずかしい。
でも、心地いい。
誰かは分からないが、全身を優しく抱いてもらう。その優しい揺れに身をゆだねる。
何にも持ってなかったわたしだけれど。運命に抗うための力の象徴をイメージする。
そのイメージに沿って形作られる。戦うためのわたしに作り変える。
光がわたしの体に収束する。光がわたしの衣装を編み上げる。
――なびく髪が光を吸収して鮮やかなピンク色に変わる。
――ハート型の結晶を中心に据えた桃色の大きなリボンが首元に付く。
――リボンの下にセーラー風の付け襟が添えられる。
――脚には真白のオーバーニーソックス。
――腕には乳白のオペラグローブ。
――トップスの純白のノースリーブには胸下から臍上までに淡紅のラインが引かれる。
――ボトムスの桜色のプリーツスカートは裾に沿って雪白のラインが引かれる。
――金色に輝く金属が斜めに腰に巻き付きベルトを成す。
――その上から黄色の大きなリボンが腰に据えられる。
――足には薄紅色のブーツが組みあがる。
――そして最後に飛んできた星が左前髪に付いてオーナメントに変わる。
わたしを包んだ浮遊感が終わりを告げる。準備は整ったと終わりを告げる。
ここからはわたしの時間だ。
わたしが戦うための時間だ。
強く眼を見開く。
強く前を見据える。
瞳はピンク色に輝く。
〝ピュリステラ・ハーティア〟
それが今のわたしの名前。
誰に呼ばれたわけでもない。
魂に刻まれたわたしだけの名前。




