星が輝いた日②
キーンコーンカーンコーン……
響き渡るチャイム。学生として勉学に励む時間が終わりを告げる。
ある者は帰り支度に取りかかり、ある者は友人と雑談し始め、またある者は本日の授業の復習に没頭する。
暖かい陽光が大きな窓から入り教室を照らす。窓の外に見えていた満開だった桜も、吹いた風で花びらが舞い上がり、大方散っていった。
そんな中、ひとりの少女――朝丘愛奈は落ち着きなく、そわそわしていた。
少女は顔立ちが幼く、周りのクラスメイト達よりも一回り小柄だが、胸は同年代の少女達と比べてもとても大きく、制服の胸元を押し上げている。トレードマークのツインテールは茶色が混じった黒色の髪。満面の笑みと共にせわしなく身体を揺らすその姿は見た目以上に幼さを感じさせるものだった。
「そんなに嬉しそうにして、何か良い事でもありましたか?」
そんな愛奈に声をかけ、話しかけてきたのは友人のひとり、上水流雫。
背は愛奈よりは高いが、平均よりは少し低い。腰まで伸びた艶やかな黒髪をなびかせて優雅に歩いてきた。
「あ! 雫ちゃん! えへへ……実はね!」
愛奈がはにかみながら理由を話そうとする。
「あら……先生が来てしまいました」
「むぅ~。先生タイミング悪い~」
しかし、担任の先生が教室に入ってきたため会話はすぐに中断となった。愛奈は少しむくれたが、嬉しさを抑えられず、すぐに笑みを浮かべた。
(今日はお姉ちゃんと一緒に帰れる! 最近はずっと帰るの遅くて全然話せて無かったもん)
愛奈には仲の良い年の離れた姉がいた。最近は仕事が大量にあるためか帰りが遅く、なかなか一緒の時間が取れずにいた。
しかし、連日続いた仕事が片付いたようで、今日は早めに帰宅するとお昼過ぎに連絡があった。
会ってから何を話そうか。新しい学校での生活、新しい友達、個性的なクラスメイトのこと。電車通学や気になる寄り道スポットの話もしたい。学校の中も、外も――話したいことは、山ほどあった。
話したいことばかり考えてたので、午後の授業が全く身に入らなかったのはご愛敬。
(先生、話が長い! 早く終わってー!)
待ち遠しい時間というのはどうしてこうも長く感じるのか。声に出すわけにもいかず、愛奈はひたすら先生に念を送る。だが、超能力者でもない愛奈の念など先生に届くはずもなく、先生の話は続く。
「あー、数学の授業からはー、宿題がー……」
「えー、水曜の5時間目はー、来月から選択授業となるためー……」
「それからー、昨日渡したプリントはー、忘れずに親御さんにー……」
長い。とにかく長い。
話をする前につい口から出てしまうのだろう。しかし、こうも頻繁につなぎ言葉が出てくると、聞いている方はダレてしまう。例にもれず、愛奈も段々姿勢が崩れていく。
「あーそれからー、最近は行方不明者が出たりしているので、変に寄り道せずに、早めに帰宅を心掛けるようにー」
(……!)
そう、最近この街では物騒な事件が発生していると噂されている。気が抜けた時に突然聞かされた話により、愛奈は楽しい気分に水を差されたような気分になった。
(お姉ちゃん大丈夫かなぁ。もぉ、先生が変なこと言うから心配になっちゃったじゃん!)
先生に悪気がない事は分っているが、それでも姉に早く会いたいと気持ちが逸る中、長々と話をされたせいで、愛奈は心の中で先生に文句を付けた。
(うぅ……先生の話がここまで長くなるなんて~)
姉に会える喜びで午後はずっと興奮していたが、先ほどの連絡事項ですっかり落ち着いてしまった。落ち着いたら今度は謎の疲労感を愛奈は感じてしまった。
周りのクラスメイトを見ても先生の話を真面目に聞いているのはごく少数。肘をついて目をつむっている男子や机の下でスマホをいじっている女子もいた。
さすがにスマホを取り出すのはどうかと愛奈は思ったが、先生の話は頭に入ってこず、さりとて何もできることは無かった。
結局愛奈は足をプラプラさせ、ツインテールの毛先を指に巻いたりして弄り、先生の話が終わるのをボーっとしながら待っていた。
「起立、礼」
「「さようなら」」
学級委員の号令に合わせ、帰りのあいさつをクラス全員で行う。先生はまだ話足りない様子であったが、学級委員が時間を理由に先生の話を力強く打ち切った。
クラスメイト全員が学級委員に心の中で拍手喝采したであろうことは、想像に難くない。帰りのホームルームがやっと終わり、待望の放課後がやってくる。
「今日はお姉さんと一緒に帰れるのですか。それで嬉しいのですね」
「うん! お姉ちゃん最近残業が多くて帰ってくるの遅かったから。今日は久しぶりにいっぱいおしゃべりするんだ!」
愛奈は喜色を浮かべ、慌ただしくノートや教科書をカバンに詰めて帰りの支度を行う。
「ふふ……それは良かったですね。あぁ、愛奈ちゃん。カバンがまだ開いてますよ」
そう言って雫はよどみない動作で愛奈のカバンのチャックをキッチリと閉める。
「カバンまだ開いてた!?危なかった~。雫ちゃんありがとっ!」
「この前もチャックが閉まって無くて、中の教科書などが床に散乱してしまいましたしね」
クスリとたおやかに微笑む雫。
「う……それはー、忘れて欲しいかな~」
照れながら頬をかく愛奈。
「ふふ……冗談ですよ。ではわたくしも帰りの支度がありますので、愛奈ちゃんは先に行ってください」
姉に早く会いたがっている愛奈をあまり引き留めるのも悪いと思った雫は、愛奈の帰りを促した。
「うん! カバンありがとね。じゃ、またね! 雫ちゃん!」
そう言って大きく手を振る愛奈。
「ええ、また。愛奈ちゃん」
応じて、雫は小さく手を振った。
◇◇◇
「うーん……お姉ちゃんはまだ居ないのかなぁ……」
切れた息を整えながら周りを見渡す愛奈。待ちきれないとばかりに走ってここまで来たが、目的の姉の姿を見つけることはできなかった。
待ち合わせ場所はいつも買い物を行うスーパーの前。何も特別ではないありふれた場所だが、今の愛奈には特別な時間に感じられた。ようやく気温が安定して暖かく感じられる日が続いており、今日も過ごしやすいいい天気だった。
日は傾き始め、見慣れた街をオレンジ色に染め上げ始める。太陽にも今この時間をお祝いされている感じがして愛奈の頬が自然と緩んでいく。
「何か連絡来てないかな~っと?」
そう言ってスカートのポケットからスマホを取り出して確認を行う。電源を付けてみたが特に連絡は来ておらず落胆する愛奈。しかしながらと気を取り直す。
「でも連絡するってことは遅れるってことだよね。つまり連絡が無いこの場合は……お姉ちゃんはもうすぐ来るってことだね!」
名推理とばかりに、愛奈は「ふふん!」と鼻を鳴らして胸を張る。何かのアニメキャラでも連想したのか、声も仕草も少し芝居がかっていた。
「先生の話が長かったからお姉ちゃんを待たせちゃうかと思ったけど、思ったより大丈夫だったなぁ。でもズバッと先生を切ってくれた委員長には感謝だね」
時間に余裕はあったとはいえ、あの先生の間延びした話を長々と聞くのは、 正直かなり忍耐が必要なのだ。
「そう言えば先生、何を話してたっけ……」
スマホの電源を切り、ポケットに戻そうとしながら、愛奈はとりとめもなく記憶を辿る。
――行方不明
そう、最近行方不明者が発生していると言う噂について注意していた。
背筋に走る悪寒。愛奈は全身の血が一気に下に流れ落ちていく感覚にとらわた。単なる噂だと思っていたが、噂で済んでいるならわざわざ先生が帰りの会で話す訳が無いのでは?
(……もしかして……お姉ちゃんが行方不明に……?)
そんな未来を想像してしまった。体がこわばり、頭が真っ白になっていく。目の前の景色さえ霞んで見えた。嫌な想像を振りほどくように頭をブンブンと振る愛奈。
「そ、そんなことあるわけないじゃん! そんな……」
しかし、一度思い描いた最悪の未来を振り払うことは出来ず、不安な気持ちばかりが募る。
しまおうとしたスマホの電源を再度付け、行方不明について調べ始める。しかし、ネットでは陰謀論やデマなどばかりでこれと言った情報はない。
大して発展しているわけでもないこの街の噂の事など形もない。あっても古く胡散臭い記事ばかり。この広大な情報の海から目的の情報を拾い上げるのは不可能に近かった。
あるいは、調べても出てこないなら、そんな事件は無かったとも言えるのではと自分を安心させようとする。
(……でも、もし本当にあったら……?)
呼吸が浅くなり始め、冷や汗が流れ始める。日は暖かいはずなのに手が微かに震え始める。ここで待っているだけで良いのかと焦燥感が沸き立つ。その衝動のまま駆け出そうとした時――
「愛奈ー」
背後から届いた自分を呼ぶその声は、いつものようにあたたかく、すべての不安を溶かしてしまうほど優しかった。
こわばった顔のまま急いで振り向いた愛奈の目に入ったのは、
「おねえ……ちゃん」
姉である朝丘優奈が手を振りながら近づいてくる姿だった。




