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忍び寄る影、打ち払う光②

「そーだっ、冷蔵庫の中に~」


 朝食を取り終えた愛奈だったが、何かを探しに冷蔵庫の中を覗き込んだ。


「まだ何か食べる気なの?」


 若干呆れたように聞いてくるリーフィラ。そんな言葉を気にすることなく愛奈は目的のものを冷蔵庫から取り出した。


「じゃ~ん。ヨーグルト~」


 そう言って片手にヨーグルト、もう片手に深皿とスプーンを持ってテーブルに戻って来た。


「本当に食べる気だったのね……」

「デザートは別腹だよ~。……ヨーグルトは健康にも良いんだからねっ!」


 明らかに甘いものが食べたいだけのようだ。健康云々は、どう考えても取ってつけた言い訳だった。


「今日はハチミツにしよ~っと」


 冷蔵庫に目ぼしいトッピングが無かったため、キッチンからチューブタイプのハチミツを持ってきた。



「はっちみつ はっちみつ ぶんぶん ばびゅーん♪」


 愛奈は妙なリズムでヘンテコな歌を口ずさみ、身体を揺らしながらヨーグルトにハチミツをかける。


「これくらいかなー。でももうちょっと! もう一回! 追いハチミツ!」


 一度は満足したかに思えたが、諦め悪く何度もハチミツを追加する。


「入れすぎじゃないの……?」

「いーいーのっ!……そーいっ!」


 完全に呆れているリーフィラ。だがその意見は聞き入れない愛奈。ぷいっとリーフィラから顔をそらして、さらにハチミツを追いがけした。


「甘い方がおいしんだから!……はむっ。……んーっ!」


 ハチミツ入りヨーグルトを一口食べて、ニコニコとご満悦な愛奈。


「おいし~。やっぱりヨーグルトにハチミツは正義だよぉ」


 ツインテールを揺らしながら二口三口と食べ続けたが、途中で手が止まった。


「……」

「どうしたのリーフィラ。リーフィラ?」


 リーフィラがスプーンの先をじっと見つめているのだ。戸惑いながら聞いてみるも反応が無かった。


「……すいっ」

「……」


 ヨーグルトをよそったスプーンを口の方ではなく試しに上に持っていった。リーフィラの視線も併せて上に向いた。


「……そいっ!」

「……」


 今度は腕を伸ばし身体とは反対方向にスプーンを持っていく。リーフィラの視線も釣られて動く。


「ヨーグルト、気になるの?」

「……大丈夫よ……」


 普段の凛とした態度が消え去り、半口を開けたままスプーンの上のヨーグルトとハチミツを見つめるリーフィラ。明らかに物欲しそうな顔をしていた。

 その視線にたまらず愛奈はリーフィラに声をかける。


「リーフィラもヨーグルト、食べ――」

「そこまで言うのなら仕方ないわね! いただこうかしら!」


 返事が早い。しかも、ものすごく食い気味に返って来た。〝食べてみる?〟と言い切っていないのに食べると言って来た。


「何惚けてるの愛奈! 早くいただけないかしら!」

「あ、うん……はい……」


 リーフィラのあまりの勢いに戸惑いながらもスプーン差し出す愛奈。


「それじゃあっと、こんなもんかしらね」

「お、おおっ……」


 完全に固体とは言い切れないヨーグルトをどのように食べるのかと思っていたが、リーフィラは魔法のようなものを使い、スプーンに乗ったヨーグルトを丸めて空中に浮かしていた。その器用な持ち上げ方に愛奈は感嘆の声が出た。


「ではさっそく、いただこうかしら」


 空中に丸まったヨーグルトから一部分だけが糸を引くように伸びて、リーフィラのすぼめた口に吸い込まれていった。


「すごい食べ方だね……」


 空中に丸まっていたヨーグルトはリーフィラの口に収まる大きさには見えなかった。しかし、リーフィラは一口で吸い込んだ。


「ふむふむ……~~~~!!」


 ヨーグルトとハチミツを思案げに口の中で味わっていたリーフィラ。突然感極まったように声にならない声を上げ、さらにその小さな身体を震えさせた。


「美味しいわ! 甘いって! 素晴らしいわね!!」


 リーフィラが今まで見たことのないほど高いテンションで感想を熱く叫んでいた。その瞳はきらきらと輝いていた。小さな身体から光る粒子が舞い散っているようにも見える。


「そ、そうだね……」


 そのテンションに完全に気おされてしまった愛奈は曖昧に同意する。


「何をしているの愛奈! 早く次の一口をすくってちょうだい!」

「ええっ!? わたしのハチミツヨーグルトだよっ!」

「早く!すくったわね……それ!」

「ああっ! わたしが食べるために取ったのに!?」


 スプーンですくったヨーグルトを魔法で何回も横取りされた。結局半分以上リーフィラに食べられた愛奈。口寂しく物足りない気分となり、リーフィラへの文句が口に出た。

 でもこうやって一緒に笑いながら分け合うのも――なんだか、とっても幸せだった。




◇◇◇





「ふうっ……こんな感じかな」


 洗濯に掃除、洗い物にゴミ出しの準備。溜まっていた家事をこなすため一日中家で忙しなく動いていた愛奈。それらが一段落し、リビングのソファで寝転がっていた。


「愛奈、愛奈! 何か甘いものを食べましょう!」


 すっかり甘いものにハマってしまったリーフィラが愛奈に甘いものを要求する。時計を見るとおやつを食べるのにちょうどいい時間だった。動き回った愛奈も良い感じに小腹が減っていた。


「そうだね。おやつの時間だし、なんか食べよっか。ギューたん、何食べたい?」


 ウシのぬいぐるみの〝ギューたん〟を持ち上げながら問いかける。


『そ~だねぇ。おせんべいとクッキーと~、それからポップコーンとナッツ~食べたいモ~』


 ただのぬいぐるみであるギューたんは返事をしない。返事をしているのは愛奈自身だ。


「しょっぱい系が多いね。でもリーフィラが甘いものって言ってるからクッキーにしよっか」

『わかったモ~。チョコチップとのりしお味が欲しいモ~』

「のりしおじゃポテチだよ! クッキーにそんな味はありませーん」

『そうだった~。チョコのいっぱい入ったクッキーを食べるモ~』


 しょうがないなぁと呟きながら愛奈はギューたんを抱きしめた。その顔は少し照れくさそうだった。


「あら、この子は食いしん坊さんなのかしら?」


 愛奈とぬいぐるみのやり取りを見ていたリーフィラがぬいぐるみに話しかけてきた。

『…………ぼくは~、ギューたん。食べるのは大好きなんだぁ。よろしくだモ~』

「ええ、私はリーフィラよ。よろしくね」


 愛奈は顔の前にギューたんを持ってきて、しばらく間をおいてから自己紹介のセリフを言った。そして、リーフィラもギューたんに対して真面目に自己紹介を行った。


「ふふっ、ギューたんと仲良くしてくれると……嬉しいな」


 ギューたんの脇から顔をのぞかせ、リーフィラに笑いかける。


「愛奈のお友達だもの。仲良くするわ」

「……」


 愛奈はギューたんをおいてキッチンにクッキーを急いで取りに行った。

 ありがと――その声は、どこかかすかに震えていたようにも聞こえた。





◇◇◇





「おまたせー、あはは……」


 しばらくしてから愛奈がクッキーの箱を持ってキッチンから戻って来た。単にモノを持ってくるだけにしては時間がかかっていた。

 そのことを愛奈も自覚していたため、愛想笑いで誤魔化そうとする。


「来たわね愛奈! ギューたんも待ちくたびれてるわよ」


 リーフィラがギューたんの腕の中に納まるように座っていた。愛奈が来た瞬間、リーフィラの目が輝いた。

 ギューたんを言い訳にしているが、待ちくたびれているのはどう見てもリーフィラの方だ。


「ごめんごめん。ちゃんとチョコチップのクッキー持ってきたから許してギューたん」


 待たせてしまったことは間違いない。なので、愛奈は軽く謝りつつクッキーの箱を顔の近くまで持ち上げて軽く揺らす。


「それじゃあ、わたしとリーフィラで半分こだね。ギューたんにはわたしからあげるから大丈夫」


 愛奈はテーブルにティッシュペーパーを二つ敷いてクッキーを置いていく。並べられるクッキーの数が増えるたび、リーフィラの羽が忙しなく動き、光の粒子を舞い散らす。


(なんだか〝待て〟をしているワンちゃんみたい)


 リーフィラのその態度は動画で見たエサを待つイヌのようだと感じた愛奈。しかし本人に言うのはさすがに失礼な気がしたので心の中で思うだけに留めた。


「はい、こっちがリーフィラの分だよ。こっちはわたしのだから取らないでね!」

「取らないわよ。そんなに意地汚くないわ」


 では朝のヨーグルトは何だったのだろうか。だがそこを指摘すると藪蛇になりかねないので愛奈は愛想笑いに留めた。



「せっかくだからアニメでも見よーっと」


 ギューたんをわきに抱え、ソファに座った。テレビのリモコンを操作し、動画サイトにつないでアニメを再生した。


「リーフィラはアニメって知ってるの?」

「どういうものかは知ってるわ」

「じゃあ一緒に見よっ!」


 再生したアニメのオープニング曲が映像と共に流れる。一緒にクッキーを少しずつ食べながらゆったりした時間が流れる。





「行けー! 炭火郎ー! あっ! 負けるな~! 超集中だー!」


 愛奈はアニメにのめり込んで熱くなっている。市松模様の羽織を着た主人公の男の子が刀を手に鬼と激しく戦っているシーンがテレビに映っている。


「そんなに叫ばなくても展開は決まっているでしょう」


 少し呆れたように言うリーフィラ。だが、その視線はテレビに釘付けとなっている。


「あっ! あー終わっちゃったぁ」


 主人公の男の子が必殺技を繰り出したところでエンディング曲が流れた。クッキーは二人ともすでに食べ終わっており、愛奈は下に敷いたティッシュを捨てる。


「続きが気になるー。一週間が長いよ~。ね、リーフィラ」


 興奮冷めやらぬ愛奈は隣にいるリーフィラに話しかけた。


「……」

「リーフィラ?」


 一緒にアニメを楽しいでいたはずのリーフィラは返事をくれなかった。リーフィラの方を見ると、テレビではなくどこか遠くを見ている。


「愛奈、どうやらあなたもバケモノ退治をしてもらう必要がありそうよ」


 リーフィラは愛奈に振り向き、真剣な表情で話を切り出した。


「……! それって……」


 リーフィラの話す内容を察した愛奈に緊張が走る。


「ええ、侵魔が現れるわ……!」


 部屋の空気がほんの少しだけ、冷たくなった気がした。


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