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この想いが、わたしの力⑧

 談話室に時計の針の音が響く。再び止まって動かない三人に対し、時計の音だけは何も気にすることなく黙々と時間を告げていた。


(……あ、あれ……?)


 愛奈はピュリステラ・ハーティアに変身した。眼をつむっていてもそれは分かる。肌に感じる衣装が変わっている。身体に魔力が巡る感覚が分かる。

 だからこそ分かる。初回の時とは明らかに違うことが。


(なんか、なんか違うーー!)


 初めて変身した時は違った。包み込むような温かさが、身を任せられる安心感が、傷を癒してくれる優しさがあった。

 元々着ていた服をゆっくりと脱がせてくれて、新しい衣装(コスチューム)を丁寧に着せてくれた。


(なんていうか、こう……雑ーーっ!)


 だが今回は違った。そんな温かさも安心感も優しさも微塵も感じられなかった。


 例えるなら、部屋でゆっくりと着替えをしようとしていた時に、突然乱入されて上着をひん剥かれた挙句に足蹴にされて部屋から追い出された――そんな気分である。


(なんで!? わたしが悪かったの!?)


 確かに変身時の気持ちが違っていた。初回は純粋に変わりたいと思って言葉(キーワード)を唱えた。今回は投げやりにヤケクソ気味に言い放った。

 変身をつかさどるシステムさん?に態度が伝わってしまったのだろうか。その違いだろうか。

 そもそもシステムさんって何なんだろう。自分で考えていてよく分からなくなってきたピュリステラ・ハーティア。





(というか……なんで誰も何も言わないのーーっ!)


 時計の針の音だけが談話室に響いている。


 変身時の浮遊感に身を任せようと思っていた瞬間に終わったため、ピュリステラ・ハーティアはちょっと変な体勢のままだった。

 初回は変身の時間が体感でそれなりに長かった記憶がある。その時間は身を任せるつもりだった。

 だた、想像と違って今回の変身は体感一瞬で終わってしまった。そのため、変身後の心構えが全くできていなかった。


 そのため、何となくタイミング逸してしまい眼を開けることも体勢を変えるもできず、ピュリステラ・ハーティアは固まったままだった。


(変身終わった後って、どうすればいいのっ!)


 やはり定番は決め台詞と共に格好良くポーズをとることだろうか。


(家に帰ったら練習しなくちゃー!)


 段々思考がズレていくピュリステラ・ハーティア。この辺りの残念な思考は変身しても変わらなかった。



(というか、ヤバいヤバいヤバい! あ、あしがーーっ!)


 中途半端な体勢のまま固まっていたが、いよいよ脚に限界が来て――


「うわぁあっ!……ぁだっ!」


 盛大にすっ転んだ。





「あ、あははっ……」


 取りあえず笑ってごまかそうとするピュリステラ・ハーティア。スカートを手ではたき立ち上がる。

 しかし、ダリウスは固まったままだった。とても気まずい。


「えっと……ダリウス、さん……?」


 話しかけてみるが反応が薄い。


「あ、ああ……」


 ダリウスからやっと反応が返って来た。左右を見渡した後、こちらを一瞥した。


「済まない……君は、どなただ……?」

「ふえっ!? ダリウスさんっ!? わたしですよ!」


 まさかの知らない人扱い。憧れだった聖契士がドジだったので、こんなもの認められないという事なのだろうか。


「何してるのピュリステラ・ハーティア。認識偽装を解かないとダリウスには誰だか分からないわよ」

「なにそれぇ!?」


 見かねたリーフィラが呆れた声でピュリステラ・ハーティアに声をかけた。認識偽装。意味はなんとなく分かる。しかし、そんなものがあるとは初耳である。


「何って、あなたが望んだ機能じゃない」

「わたしのせいなのっ!?」


 服と髪色は変わっても顔は変わってない。基本的に魔法少女なんてそんなものだ。しかし、それでは見る人が見たら正体など丸わかりだ。

 魔法少女とは人知れず悪と戦うものという認識があった。愛奈のそう言う深層心理が反映されたのだろう。

 しかし、当の本人はそんな機能があることは全く知らなかった。


「ど、どうすればいいの!?」

「強く思えばいいのよ」

「それでいいの!?」

「それ以外なにがあるのよ」


 思うだけでどうにかなるとはどういう事だろうか。さっぱり意味が分からない……が、初めてバケモノと戦った時も強く思えば確かに答えてくれた気がする。

 いまいち納得はできないが、物は試しと心の中で声を出す。


(システム?さん、認識偽装をオフしてください。……これでいいのかなぁ?)


 目をつむってとりあえず唱えてみる。




「お、おおっ!? 愛奈くん!?」

「あ……あっ! はいっ!」


 ダリウスに急に名前を呼ばれた。思わず返事をしてしまった。


(ホントに変わったー! 思っただけで変わるんだ!)


 ピュリステラ・ハーティアは身体を巡る魔力の動きが少し変わったのを感じ取った。

(じゃあ思ったらまた変わるのかな? やってみよう! システムさん、お願いします!)

「おっ、おおうっ!? 何だこれはっ!? 一体何が起きているんだっ!?」


 ダリウスがまた大きく反応し、愛奈を探すように左右を見渡す。


「……ふふっ♪」

(おもしろーい!)


 思うだけで認識偽装のオンとオフが切り替わるようだ。その度にダリウスが大きく反応することにイタズラ心が沸き立つ。

 ダリウスからはどのように見えているのだろうか。目の前の人物が急に入れ替わるのだろうか。それとも透明人間のように見えているのだろうか。

 次はどうしようかと考えるピュリステラ・ハーティア。


「遊んでんじゃないわよ!」

「あいだっぃ!」


 リーフィラに叱られた。しかも物理的に。


「痛い~ひどいよ~」


 叩かれた頭をさすりながら被害を訴える。


「あなたが遊んでいるからでしょう! さっさと認識偽装を解除しなさい」

「すみません……」


 ピュリステラ・ハーティアは涙目になりながら認識偽装を解除した。





「ああ、愛奈くんか……あまり驚かせないで欲しいものだ」

「スミマセン……」


 認識偽装を解除したことによりダリウスは落ち着きを取り戻した。


「あ、でも……、この姿の時に愛奈って呼ばれると、ちょっと落ち着かないって言うか……」


 そう言いながら恥ずかしそうに顔を赤らめてピュリステラ・ハーティアはもじもじする。


「一応、変身した後ですので……」


 今は愛奈ではない。ピュリステラ・ハーティアである。変身前と変身後はちゃんと切り替えたいと思っている。


「認識偽装を解除しすぎなのよ。名前の部分は偽装したままにしなさい」

「そ、そうなんだ……」


 そんなことまでできるのかと。しかしリーフィラができると言うのだから可能なのだろう。

 何でもありなんだと思う反面、ちょっとは慣れてきた。


「それで、その時の君は何と呼べば良いのかな〝ピュリステラ・ハーティア〟くん」


 ダリウスが変身後の名前を聞いてきた。しかし、その口からはすでに変身後の名前が出ていた。


「おや、私は今何と……。確かにピュリステラ・ハーティアくんと……、んんっ!?」


 ダリウスとしては愛奈の名前を言おうとしたのだろう。しかし、その口から出る言葉は置き換わっているようだ。ダリウスが困惑しているのが手に取るようにわかる。


「なかなか面白いでしょう、ピュリステラ・ハーティア」


 その様子にリーフィラが自慢気に語る。


「ええっ! なんか逆に怖いよっ!」


 これはもはや催眠とか洗脳ではないだろうか。さすがにこれで遊ぶ気にはなれなかった。


「何も問題ないわよ。使うの止めるの?」

「……使う……」


 とは言え名前で正体がバレるのは嫌だ。リーフィラも問題ないと言っているので使うことはやぶさかでない。


「これは、何とも不思議な感覚だ……」


 ダリウスはそう言って、ピュリステラ・ハーティアの名前を何回か呟いた。そして、愛奈と呼べない感覚に戸惑っていた。


「よし、分かった。これから共に頑張ろう、ピュリステラ・ハーティアくん!」


 ダリウスは納得した様子で、ピュリステラ・ハーティアの名前を呼んだ。


「はい! よろしくお願いします!」


 ピュリステラ・ハーティアは元気よく返事をした。


(ピュリステラ・ハーティア――うん、今のわたしの名前。ちょっとくすぐったいけど、なんだか嬉しい)


 この姿の自分も認めてもらえた。そんな気がした。





「というか、服くらいしっかり着なさいピュリステラ・ハーティア!」

「え……?」


 リーフィラから服装に対して指摘が入った。契約者のだらしない格好は精霊的にも許せないようだ。


「あ、ホントだ……」


 よくよく見てみるとグローブが二の腕まで伸び切っておらず、肘のあたりでシワになっていた。同様にオーバーニーソックスも太ももまで来ておらず、膝下のあたりで弛んでいた。


(変身システムさん雑だよぉ!)


 今回の変身は唐突に終わったし、なんだか雑な対応をされた気がしていた。どうやらただの気のせいだった訳ではなく、本当に雑な対応をされたとピュリステラ・ハーティアは知った。

 そのことにちょっとショックを受けたピュリステラ・ハーティアは、いるかどうかも分からない変身システムさんに対して嘆いた。


「あ……!」


 そんなことを思っていたら片側のオーバーニーソックスがストンと落ちた。


(こ、これはまさか変身システムさんに文句言ったから!?)


 事実かどうかは分からない。しかし、あまりにもタイミングが良かったため、ピュリステラ・ハーティアは本当に変身システムの存在を信じそうになる。


(や、やだなぁ。わたしが変身システムさんに、そんな、文句なんて~)


 存在があやふやなものにまで下手に出るピュリステラ・ハーティア。


「に、ニーソックス直さないとねっ……」


 誰に対して言っている訳では無いが、なんとなく言い訳がましく服装を直そうとして脚を上げた。



「おうふっ!」


 ガタっと音がして、正面から変な声が聞こえた。正面にいるのはダリウスしかいない。


「ダリウスさん?」


 オーバーニーソックスを直すために頭を下げていたピュリステラ・ハーティアはダリウスの方を見るために顔を上げた。


「あ、ああ、大丈夫。そのまま続けて構わないよ……」


 だがダリウスは顔を横に背けたままだった。そして椅子に座った。


(……?)


 不思議に思ったピュリステラ・ハーティアだが、ダリウスの行動はよく理解できなかった。

 気を取り直してニーソックスを直すため改めて下を向いた。


「あれ……? スカート……」


 そこで気が付いた。今は変身した後であり、ピュリステラ・ハーティアのスカートは短いのだ。そんな状態で脚を大きく上げたらどうなるか。

 ダリウスが露骨に眼を逸らした。それが意味するところとは――


(もしかしてパンツ見えてたーーっ!?)


 例え見えていたとしてもダリウスが悪い訳ではないだろう。むしろこちらが見せてしまったようなものだ。一瞬で顔が赤くなるのを感じる。


(あわわわっ! 早く、直さないとっ!)


 何ともいたたまれない気持ちになり、オーバーニーソックスを早く直そうとする。


 しかし、片足を上げたまま慌ててしまったピュリステラ・ハーティアは――


「おっとー! ふあっ……!……ぶへっ!!」


――盛大にズッコケた。それも顔面から行った。



「ピュリステラ・ハーティアく……! おわぁっ!」


 ダリウスが心配して名前を呼ぼうとしたが途中で途切れた。

 今のピュリステラ・ハーティアは顔面を地面にへばりつけ、腰を高く浮かしている。

「ちょ……、ハーティア……あなた……、しっかり……しなさい、パンツ……丸見え、じゃない……」


 リーフィラが言葉に詰まりながらピュリステラ・ハーティアの状態を説明してくれている。明らかに笑いを堪えているのが分かるくらいに声が震えていた。



(もうヤダーーーっ!)

「…………ぐすっ……」


 恥ずかしいやら情けないやら、様々な感情がない交ぜになるピュリステラ・ハーティア。

 その桃色の瞳には悲しみの涙が溜まっていた――


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