この想いが、わたしの力⑥
「精霊様……まさか、本当に……?」
ダリウスが椅子から立ち上がり、リーフィラを見上げながら呆然としたように言葉を漏らす。そんな様子を見て、この精霊は自分だけにしか見えない存在ではなく、他の人にも見える存在なんだなとちょっとズレたことを思った愛奈。
「いつまでボーっとしているつもりかしら?」
「も、申し訳ありません。私はダリウス・ベルナードと申します」
ダリウスが自己紹介しながら恭しくリーフィラに頭を下げる。
「知っているわ」
「おお、ではやはり……!」
「ええ、そうよ。あなたたちが守っている星聖樹、その精霊よ」
二人に何らかのつながりがあるのは分かったが、星聖樹を知らない愛奈はいまいちピンと来ない。
「へ~。リーフィラって本当に精霊さんだったんだ」
頼りになりそうな大人であるダリウスが、リーフィラの事を精霊様と言って敬意を払っている。その様子を見て、愛奈もリーフィラを精霊だと認めた。
「な~に愛奈。まだ私の事を疑ってたの?」
「だって、昨日おふっ……なんでもないです……」
〝昨日お風呂でセクハラしたじゃん〟と、さすがに第三者がいる前では言えない愛奈は、目を逸らしながら途中で言葉を濁した。
「お二人は、親しい様子で……まさかっ!」
ダリウスが愛奈とリーフィラの様子を見て、何かに気付いたように声を上げた。
「ええ、そうよ。私と愛奈は契約を結んだわ!……言ってなかったの愛奈?」
「えっ?……あれ?……あっ! 言ってなかった!」
ダリウスにマナに関してどこまで知っているか尋ねられた時、無意識のうちに自分に関することが抜けていた。
「なんと! 精霊と契約を結んでいたと! これは失礼しました愛奈様」
「愛奈様っ!? いえいえいえいえいえいえ……そんなっ〝様〟なんてっ。い、今まで通りでお願いしますーっ」
ダリウスの敬意が急に自分にまで向けられた愛奈。急に大人にそんな態度を取られても恐縮してしまうとばかりにツインテールをブンブンと揺らしながら、必死に遠慮する。
「まぁ、そうね。愛奈に様は必要ないわね。でも私には敬意を払いなさい!」
「リーフィラってば……」
リーフィラのあまりにも直球な言い方にちょっと笑ってしまった。
「そう……ですか。分かりました。しかし愛奈……くんが〝聖契士〟になっているとは思わなかったよ」
「せーけーし……?」
ダリウスの態度が元に戻り安心した愛奈。しかし、知らない単語が出てきたため顔を傾け、頬に指をあててオウム返しのように呟く。
「ああ、精霊様と契約し、特別な装備を持って侵魔などと戦う方々の事だ」
「特別な装備……?」
「愛奈の場合、ピュリステラ・ハーティアへの変身のことよ」
「あっ! そっか…」
ダリウス、リーフィラからそれぞれ回答をもらい、聖契士が何のことか理解する愛奈。
(特別な装備……。ピュリステラ・ハーティアの衣装……)
改めて愛奈は脳裏に描く。昨日の夜、姉である優奈を守りたいと、あのバケモノを追い払う力をと、求めに応じて成った自分の姿。
聖契士〝ピュリステラ・ハーティア〟――
――むき出しの肩、素肌を晒している腕の付根の内側のくぼみ
(…………?)
――袖のない服から垣間見える双丘の麓
(…………んっ?)
――双丘の麓の布地は背中で合流し、天使の羽は風に直接触れる
(…………あれっ?)
――揺れる布の下、乙女を支える柔き双柱が垣間見える領域
(…………ちょっと?)
――極めつけは中央の小さな神秘のくぼみを眺めし間は、生命出ずる場所の方まで切り込む
(…………おかしくない!?)
(こここここれって! もしかして、エエエエエエエ…)
そう、ピュリステラ・ハーティアの衣装は――
(エッチだよぉぉぉ~~~!!)
ピュリステラ・ハーティアの衣装を思い出し、愛奈は顔が火照るのを自覚した。恥ずかしさのあまり両手の掌で顔を覆ったまま、椅子の上で小さくバタバタ足をばたつかせた。
(戦っているとき、結構あぶないとことまで見えちゃいそうだったけどぉ~)
確かにあのバケモノと戦っている時に際どい格好にもなった。しかし、それはあくまでバケモノの攻撃によって衣装が破かれたため――
(ううぅ~。あんな恰好、人様に見せられないよぉ!)
そう思っていたが、よくよく思い出してみると元から際どい格好だった。
(へへへ、変態さんって思われたらど~しよぉ!)
〝露出が好きな危ない子〟そんな風に思われてしまったらと考えると……顔の火照りは収まる気配がない。むしろなんだか頭のてっぺんから湯気が立ち昇り始めたような錯覚すら覚え始める。
「……そうね。よし!」
(顔が熱い~。たぶん真っ赤だよぉ。早く収まってー)
火照った顔を見せられない愛奈は顔を伏せていたが、頭上ではリーフィラとダリウスの話し合いが継続していた。そして何らかの結論をリーフィラが出したようだ。
「愛奈! ピュリステラ・ハーティアに変身しなさい!」
「……ぅえ゛っ!?」
今ちょうどその衣装について恥ずかしいと思って顔が真っ赤だと言うのに。予想していなかった流れに思わず変な声が出てしまった。
「え゛じゃないわよ! なにそのカエルが潰れたような声出して! しっかりしなさい!」
「何でカエルっ!? しかも潰されてる!? わたしそんなひどい声出してないよ!」
頭上でどういう会話が行われたか聞いていなかった愛奈。変な声が出てしまったが、酷い言われ様に顔をガバっと上げてリーフィラに文句を言う。
「顔が赤いわね? それにそんなに慌てて……何かいやらしいことでも事でも考えていたんじゃないでしょうね!」
「そんなことっ……な、なんにも考えてないよ! ホントだよっ!」
顔が真っ赤なことをリーフィラに指摘された愛奈は、あたふたしながらよく分からない弁明を図る。
「なにも考えてないなら話くらい聞いてなさいよ……」
「あああっ、違うの! これは!……それより何で変身なのっ!?」
弁明が逆効果となりリーフィラに呆れられてしまった。取りあえずのごまかし半分に話題の軌道修正を図る。
「ホントに聞いてなかったのね……これからもあなたは侵魔と戦うことになるのよ。そのバックアップをこのダリウス達にさせるために、変身後の姿も見てもらった方が早いわ」
「ええっ!? 侵魔って、あのバケモノみたいなのと、これからも戦うの!?」
昨日はいきなり訳も分からず襲われたため、姉である優奈を救うために必死で戦った。だが、それは昨日限りの事であり、今後も積極的に戦うための理由なんて無いはず――
「あなたのお姉さんのためでもあるのよ」
「っ!……お姉ちゃんの、ため……!? って、どういうこと!?」
〝お姉ちゃんのため〟そう言われたら、愛奈は真面目に話を聞くしかない。
「聞いたでしょう。こいつらの浄化ではあなたのお姉さんの瘴気は全然晴らせないわ」
「でも、少しづつなら回復に向かうって、ダリウスさんが……」
時間はかかるが、これ以上悪くなることは無い。愛奈はそう思っていた。
「この街の状況を分かっていないようね」
「どういうことなのっ!?」
しかし、リーフィラの態度はそうでないと物語っている。
「侵魔は増え続けて活動範囲を広げている。そしてそこら中で瘴気をばらまいているわ。忌々しい事に私の本体でもある星聖樹に影響を及ぼすほどよ」
「星聖樹に影響が!?」
この言葉に反応したのは、星聖樹の守護を行っていると言っていたダリウスだ。
「今すぐ悪影響が出る訳ではないわ。ただこのまま手をこまねいているだけでは悪くなる一方よ。愛奈、そうなった場合、あなたのお姉さんにも……悪い影響があるわ」
「……そん、な……」
愛奈は手で口を覆い顔色を悪くした。そんな愛奈の様子を察知したためか、リーフィラは優奈の状況について、最後の方は言葉を濁した言い方となった。
「ごめんなさい愛奈……でも悪いことばかりじゃないのよ」
リーフィラは愛奈を気遣うように近くに寄る。
「侵魔を倒せばこの街の瘴気は薄れるわ。それに侵魔を倒してあなたが強くなれば、その分あなたの浄化は強力になるわ」
「浄化って、さっきの……?」
先ほど見た神秘的な光景。優奈から瘴気という悪いものが取り除かれた。その光景を思い出し、愛奈は落ち着きを取り戻す。
「先ほど見ていてどうにかしたいと思ったでしょう。だから〝スターサイン〟が繋がって、あなたも使えるようになったわ」
「聖契士である愛奈くんが使えば、たしかに我々が使うよりも、はるかに強力な浄化になるだろう。優奈くんの体力の問題もあるので、すぐに完治とはいかないが……」
「そこは何回かに分けて浄化する必要はあるわね。でも、光の属性を持つピュリステラ・ハーティアの浄化は取り分け強力よ!」
よく分からない情報も含まれていた。しかし、愛奈にとって重要なのはただ一点――
「わたしが、お姉ちゃんを……助けられる……?」
そう、この一点だ。
「ええ、そうよ。それができるのはあなたしかいないわ、愛奈!……ついでで良いから星聖樹にも愛の手を♪」
「リーフィラ……」
リーフィラが真面目に、その後にお茶目に、愛奈の気持ちを後押しする。
「もし、君が聖契士として侵魔と戦ってくれると言うなら我々〝翠芽の会〟も全力でバックアップを行うと誓おう」
「ダリウスさん……」
ダリウスが真面目に、そして力強く言い切る。
(正直に言うと……怖い……)
今まで暴力とは無縁の生活をしていた。またあのバケモノに襲われると考えると手が震える。
(誰かが……解決して欲しい……)
どれだけ大変な事か分からない。できればそんな苦労はしたくない。
(でも……それじゃあお姉ちゃんは……)
では誰がわたしのお姉ちゃんのために命を懸けて戦ってくれるのか。
(わたしが……頑張るしかない……!)
そのための力はある。あの衣装がわたしに勇気をくれる。
眼をつむり顔を伏せ、己の心の内を対話した愛奈。
ゆっくりを顔を上げて眼を見開く。
その瞳には星のごとき光が宿っていた。
「わたし……やります! お姉ちゃんを助けるため……ピュリステラ・ハーティアとして……侵魔と戦います!」
愛奈は己の意思で戦いに身を投じる覚悟を決める。立ち上がり、胸に手を当て、誓うように宣言する。
談話室に入る陽の光が愛奈を照らす。その光景は英雄譚の一幕を思わせるほどのものだった。
「愛奈……」
「愛奈くん……」
その宣言を聞いた二人は愛奈の名前を感嘆を持って呟く。
「愛奈の覚悟は受け取ったわ。ダリウス達にも協力してもらうから、やっぱり一度ピュリステラ・ハーティアの姿を見てもらいましょう」
「リーフィラ……?」
「さあ愛奈! 変身よ!」
「……ぅえ゛っ!?」
再度カエルが潰れたような声が出た愛奈。
戦う覚悟はした。怖い思いも乗り越えた。姉である優奈を救うため、できることを全うすると心に誓った。ピュリステラ・ハーティアとして戦うことを決意した。
そんな愛奈に最初の試練()が訪れる――




