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この想いが、わたしの力⑤

(お姉ちゃんの声だ……お姉ちゃんが、起きてくれた……わたしの名前を呼んでくれた!)


 時間にしてみれば一日も経ってない。そのくらいの時間であれば、顔を合わせない時もあった。

 なのにお姉ちゃんの声を聞いただけで涙があふれそうになる。


「お姉ちゃん!」


 涙を流さないように必死で我慢する。泣いてしまったら声が震えてしまう。会話ができなくなる。ダリウスさんの言う通りなら、起きていられる時間は短いのだから。


「……あいな……」


 お姉ちゃんの顔色はあまり良くない。それでも再び名前を呼んでくれた。


「……ここは……?」


「ここは病院だよお姉ちゃん!」


「……あの……バケモノ、は……?」

「……! 大丈夫だよ。もういないから!」


 できればあのバケモノの事は覚えていて欲しくなかった。あのときの恐怖を、忘れていてくれたらよかったのに――でも、覚えてるってことは……お姉ちゃんはちゃんと、あの地獄から戻ってきてくれたんだ。


「……ごめんね、あいな……なにもできなくて……」


 そう言ってお姉ちゃんがこちらに手を伸ばそうとしてくる。でも動きづらそうだ。


「そんなことないよ! お姉ちゃんがいてくれたから、だからわたし、頑張れたんだよ!」


 お姉ちゃんの手を両手を使って握る。安心したように微笑んでくれる。そっと伸ばされた手は、昔よりずっと細く、冷たく感じた。でも、その手を握った瞬間、たしかに伝わってきた。お姉ちゃんの〝生きてる〟ぬくもり。


「……立派に……なったわね……」

「お姉ちゃんの……妹だもん!」


 お姉ちゃんが笑ってくれた。顔色も少し良くなってくれた感じがする。このまま良くなって欲しい。そう願ってしまう。でもあの瘴気が残っているから、起きてくれることは無いのが分かってしまうのが悲しい。



「……ダリウス、さん……?」


 お姉ちゃんがわたしの後ろに立っているダリウスさんの名前を呼んだ。二人が知り合いだなんて知らなかった!


「また会ったね優奈くん。ちなみに君が倒れてからまだ一日だ」

「……そう、でしたか……」


 お姉ちゃんに日付の事を言ってなかった。どのくらい寝ていたか気にしてるかもってことに気が付かなたっか。わたしもお姉ちゃんに安心してもらえる事を言いたいのに……。


「まだ眠いだろう。寝ても構わないよ。君の命に別状はないが、しばらくの間入院する必要がある。そして、君と愛奈くんの生活は私が保証する。安心して欲しい」

「……ありがとう、ございます……」


 お姉ちゃんが心配していることをダリウスさんが先回りして答えている。でも、お姉ちゃんのことなのに、わたしが言いたかったのに……ちょっと悔しい。


「……でしたら、ダリウスさん……わたしのカバンから、青いノートを……お願い、しても、いいですか……?」

「分かった。確認するよ。任せてくれ」


 青いノート……? なんのことだろう。


「お姉ちゃん。わたし、毎日来るからね!」

「……ふふ、ありがとう……でもたまにでいいわよ……あいなは、学校を楽しんで……」


 お姉ちゃんのためにと思ったが、逆に心配させちゃった。なかなかうまくいかない。……長く話したからかお姉ちゃんがちょっと苦しそう。


「……あいな……ごめんね……おねえちゃん…ちょっと、ねむいんだ…」

「だっ……! だい……っ、だいじょぅ……」


 〝大丈夫だよ〟その一言がうまく言えない。お姉ちゃんがまた眠っちゃう。次に話せるのがいつになるか分からない。そう考えると抑えていた涙がこみあげてくる。


「……あいな……」


 お姉ちゃんが心配そうにわたしの名前を呼ぶ。違う。心配させたいんじゃない。心配させるだけじゃダメだって、そう決めたんだから。


「……大丈夫、っだよお姉ちゃん!……今度、一緒に、ハンバーグ……作ろうね……!」


 笑うんだ。無理やりにでも! ここでわたしが泣いたら、お姉ちゃんが心配しちゃう。


「……あいな……」


 さっきと同じ言葉。でもさっきと違う。ちょっと安心したような、呆れたような声。


「お姉ちゃんが、良くなるまで……くらいなら、一人でだって、大丈夫だから……!」


 口元が、目元が震えるのが分かる。今にも涙がこぼれてきそう。でも頑張って笑うんんだ。たぶん変な顔になっている。お姉ちゃんの呆れたような声は、わたしの変な顔のせいかもしれない。でもいい、心配されるより、ずっといい。


「……あいな……おやすみ……」

「うん……、おやすみ……おねえちゃん」


 お姉ちゃんが目を閉じた。胸がゆっくり上下に動いている。手も暖かい。お姉ちゃんはまた起きてくれる。目が覚めない訳では無い。それは分かっている。

 分かっているけど、心配させたくないって強がったけど……嫌だ。起きて欲しい。わたしとお話して欲しい。ワガママだって分かってる。だけど……!


「……おねぇ、ちゃ……んっ…………っぅぅ……」


 お姉ちゃんはまた、静かに眠りについた。そして、残されたわたしの嗚咽だけが、部屋に小さく反響する――





◇◇◇





 病室の窓の外では、木々がわずかに揺れていた。朝より少し高くなった太陽の光が、ベッドの上の優奈と、泣きはらした愛奈を優しく照らしていた。


「お姉ちゃん……」


 愛奈は名残惜しそうに優奈の手を握ったまま呟く。


「あれ……? ダリウスさんたちは……」


 愛奈は周りを見回したが部屋の中には誰もいなかった。ようやく、ダリウス達がいなくなっている事に気が付いた。気を使われたのかと思ったら少し恥ずかしくなってきた。そんなことを考えていたら病室の扉が開いた。


「ああ、愛奈くん。済まないね。飲み物を買いに席を外させてもらっていたよ」


 そう言ってダリウスは病室に入って来た。先ほどは持っていなかったカバンから、封の切られていない買ったばかりの飲み物を見せてきた。それが気を遣わせないための方便だという事は愛奈にも理解できた。


「さて、先ほど優奈くんが言っていた青いノートを借り受けるとしようかね。では優奈くんのカバンを開けるから一応見ていてくれ」


 ダリウスは愛奈にも確認した貰いながら優奈のカバンを開けた。


「ダリウスさんはお姉ちゃんと知り合いだったんですか?」


 愛奈はダリウスと優奈の関係が気になった。姉である優奈がダリウスを見て安心したような顔をしていた。ただの知り合いという感じには見えなかった。


「ああ、ボランティア関連の仕事の関係でね。」

「仕事の関係……だったんですね」

「もっぱら、世話になっていたのは私の方だが……青いノートはこれのようだ。中を確認するかい?」


 優奈のカバンに青いノートは一冊だけだった。ダリウスは間違いがない事を確認し、ノートの内容を確認するか愛奈に尋ねた。


「あ、いえ、大丈夫です」


 仕事関係の資料だろう。最近は身内にも見せてはいけないから面倒だと優奈がぼやいていたことを愛奈は思い出した。


(しゅひぎむ……とかって言ってたかな?)


 しかし、こんな状況でも仕事の心配をするとは。もっと私と話してくれても良かったのにとちょっとむくれる愛奈。


(でもお姉ちゃんがちゃんと仕事してくれているからわたしが生活できるんだよね……)


 そう考えれば、こんな状況でも悲嘆せず、日々の生活を守るために仕事を気にする姉が誇らしく感じた。


「さて、優奈くんのことは病院に任せよう。まだ時間は大丈夫かい? 話したいこともあるからね」

「あ、はい。時間は大丈夫です。お姉ちゃん……また今度、ねっ!」


 愛奈は眠る優奈に一言挨拶してから席を立った。部屋を出る途中で代わりに入ってきた看護師にお願いしますと伝え、もう一度姉の方を振り向いてからダリウスの後を追って部屋を出た。





◇◇◇





「飲み物はお茶とミルクティー、どちらが良いかい?」


 愛奈はダリウスに連れられて病院内の談話室の中にいた。木製のテーブルと椅子が丁寧に並ぶ落ち着ける空間だ。その談話室は小さな部屋であり、今は愛奈とダリウスの二人だけだった。


「あ、いえ、その……」

「まぁ、遠慮せず受け取ってくれるとありがたいね」

「じゃあ、ミルクティーで……」


 はい、とダリウスは愛奈にペットボトルの飲み物を渡す。最初は遠慮していた愛奈だったが、おずおずと飲み物を受け取って礼を言い椅子に座った。


「君のお姉さんの事なんだが、本当に申し訳ない……本来、こういった侵魔や瘴気による被害を出さないために我々が活動しているのだが……」

「いえ、そんな……」


 謝られても困ると言うのが愛奈の感想だ。マナや侵魔の事は昨日初めて知ったことだし、翠芽の会がどのくらい責任を負うべき事柄なのかも分からない。結局愛奈はテーブルの向こうにいるダリウスの事を見れず、手元のミルクティーを見つめながら曖昧な返事を行った。



「それで……お姉ちゃんの中にあるって言う瘴気の結晶ってどのくらいで無くなるのでしょうか。お姉ちゃんはいつ頃起きるのでしょうか……」


 愛奈にとっての一番の関心事は姉である優奈の体調についてだ。正直に言ってしまえばマナも侵魔も偶然関わっただけで、積極的に関わりたいとは思わない。どちらも遠い世界の事で、そちらでいい様に対処して欲しいとすら思っていた。



「済まない……現時点では正確な見込みは立てられない。一年、二年……いや、下手をするともっとかかるかもしれない」

「っ! そんなっ!……すみません……」


 ダリウスの言い方的には年単位でかかる。しかもそれも最低限でだ。そんなにかかると思っていなかった愛奈は声を荒げようとする。しかし、目の前のダリウスが悪い訳ではない。怒鳴ったところで優奈の回復が早くなる訳でもないと声と気持ちを抑える。


「本当に……すまない……」

「……いえ……」




 それきり、二人は黙ってしまった。嫌な沈黙が続く。


(お姉ちゃん……瘴気の結晶……浄化……)


 手元のミルクティーを両手で強く握る。ペットボトル越しに冷気が手のひらに伝わる。どうすればいい、どうしたらいい。そればかりが思い浮かぶ。先ほど優奈に対し〝大丈夫〟と、そう言ったばかりなのに。

 良い考えは思い浮かばないが、この嫌な沈黙に耐えかねて愛奈が言葉を発しようとした時――


「だったら愛奈が浄化を行えばいいじゃない」


 二人しかいなかった談話室に新たな声が響いた。


「リーフィラ!?」


 光をまとい、宙に浮く妖精のような小さな女性の姿――病院に行く前にふらりといなくなった精霊が、今度もまた突然現れた。


「あ、いえ!……えっと、これはっ、その!」

「……?」


 突然現れたリーフィラについ強く反応してしまった。しかし、この自称精霊は他の人からどう見えているのか。怪しい生物に見えていないか、そもそも見えているのか、実は自分にしか見えていないのではないか。見えていなかった場合、自分のこの行動は何なのか。

 沈黙を保つダリウスに対し、愛奈は何と説明すればいいのか分からず、あたふたとただ意味のない言葉を重ねる。


「精霊様!?」

「ぅひゃい!?」


 いきなりダリウスが大きく声を上げた。それに驚いた愛奈も変な声を出した。


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