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この想いが、わたしの力②

「今日は色んなことがあったなぁ……」


 温かい湯気が立ち込める。愛奈は今シャワーを浴びていた。一人、シャワーを浴びながら今日起こった出来事を改めて振り返っていた。


(学校で雫ちゃんたちと話して、帰りのホームルームで先生から行方不明の話しを聞いて、お姉ちゃんと待ち合わせてから買い物してその帰り道……)


 温かいシャワーが今日の疲れを少しずつ流してくれる。


(変な空間……? に迷い込んでからバケモノに襲われて、それからピュリステラ・ハーティアに変身してバケモノと戦った……)


 改めて考えてもこんなに濃密な一日は初めてかもしれない。


(変な空間も、バケモノのことも、ピュリステラ・ハーティアのことも、気になることはいっぱいあるけれど……)


「それよりも疲れたよ~」


 そう、今日は色んな事がありすぎてもう疲労困憊なのだ。





「ほぇ~。シャワーあったか~い」


 へにゃり、と緩んだ顔と共に全身でシャワーの温かさを満喫する。家に入るまでは姉の優奈の事が気になって疲れなんて無かった。

 しかし、リーフィラに会って何故だか安心したら一気に疲労感が襲ってきた。いや、本当は最初から限界だったのを無視していただけなのだろう。


 それにしても……とリーフィラについて考える。彼女はいったい何者なのだろうか。なぜ私をピュリステラ・ハーティアにしてくれたのか。なぜ名前が分かったのだろうか。

 契約って何? 私が選ばれた理由は?……それと、あの服装の意味も。改めて考えると〝なぜ〟と疑問ばかりが愛奈の頭に思い浮かぶ。


「リーフィラ……かぁ」


 シャワーの音だけが響く静かな空間。その名を口にしたとき――


「あら、呼んだ?」


 当の本人から返事があった。一人で入っていたお風呂場の中で。


「…………?……?」


 ピシリ……時が止まった。愛奈は一瞬で固まったまま、シャワーの音だけが耳を打つ。





「呼んだのに無視? 失礼ね」


 そして段々と脳が状況を理解し始めたところで羞恥心がフルスロットルで追い抜いた。


「……っ! んなぁ、っんでお風呂場の中にいるのぉ~~!?」


 愛奈は大事なところを隠して叫んだ。顔が真っ赤なのはシャワーのせいだけではないだろう。


「なんで!? なんでリーフィラ中にぃ!?」

「落ち着きなさい愛奈。言葉が変よ」

「リーフィラがお風呂場の中にいるからだよぉ!」


 理不尽にたしなめられる愛奈。


「愛奈が呼んだから来たのよ」

「確かに名前は呼んだけどさぁ! お風呂場の扉閉まってたよね!? どうやって入って来たのぉ!?」


 お風呂場には一人で入った。扉が開いた気配は無い。それなのに、なぜリーフィラが中に?――愛奈には分からない。



「どうやってって……? そのままこうよ」


 そう言ってリーフィラは扉の方に向かって飛んでいき、そのまま扉をすり抜けた。


「ふあっ!? え、ええっ!?」


 手品か魔法かトリックか、とにかくいきなり扉をすり抜ける様を見せられ理解が追い付かない愛奈。


「こんな風に――」


 ねっ、と戻って来て手を振るリーフィラ。しかし、身体半分だけが扉を貫通している。下半身は扉の向こうにあって見えなかった。



「お、おばっ……おばけーー!?」


 そう言ってシャワーを持ってリーフィラの方に向けて振り回す。シャワーでお化けを退治できるわけが無い。でも今の愛奈には、それ以外にできることがなかった。


「あはっ。今の私には実体が無いから当たらないわ。ムダよムダ」


 愛奈の反応に思わず笑ってしまったリーフィラ。実体がないと言う通り、シャワーから出るお湯もリーフィラには当たっている気配はない。愛奈の叫びと、お湯が扉に当たる音が響くだけだった。





「実体が、ない……!? ってどういうこと?」


 ようやく落ち着いた愛奈だが、リーフィラの言う事はいまいち理解できていなかった。


「さわってみようとすれば分かるわ。ほらっ」


 再びお風呂場に完全に入って来たリーフィラは、愛奈に近づいて小さな手を差し出した。


「あ、あれっ……本当だ、さわれない!」


 その小さな手に触れようと手を伸ばすが、触れることはできなかった。何度か手を往復させるが、いずれも触れることは無かった。


「うわっ、すっごい……! なんかおもしろーい!」


 自分の指がリーフィラの手をすり抜けるのを確認したあと、今度はリーフィラのお腹をつついてすり抜けるのを楽しんだ。


「あまり人の身体で遊ばないで欲しいわね」

「あっ! ご、ごめんなさい……」

「素直でよろしい」


 調子に乗った愛奈はすぐに怒られた。





「でも、でもなんで……」

「どうしたの?」


 一泊置いてからまた愛奈は話し始めた。その声には少し硬いものが含まれていることに気付き、リーフィラは続きを待った。


「なんでわたしはピュリステラ・ハーティアになれたのかなって……」


 そして愛奈は確信に触れる質問をする。


「それは私と契約したからよ」

「その契約って……別に、わたしじゃなくても……よかったんじゃないかなって……」

「どういうことかしら?」


 契約をしたことは聞いた。しかしそれでも疑問は残る。愛奈は眼を伏せながら問いを続ける。


「あの変な空間にはわたし以外の人もいた……あの人たちじゃダメだったのかなって」

 バケモノを最初に見た時、両手に男性と女性がそれぞれいた。それに隣には姉である優奈もいた。

 それなのになぜ自分が選ばれたのか。自分はそんな特別な存在じゃないのにと言外に匂わしていた。


「いいえ、あなただからこそ……私は契約することができたの」


 リーフィラはそんな愛奈を否定する。


侵魔(しんま)に襲われ、傷つき、魔法でその身を焼かれた。それでもなお侵魔に対して抗う意思を持ち続けた……」


 リーフィラは愛奈を真っ直ぐ見据える。


「そんなあなただから。私とつながることができたのよ」


 その真摯な声と眼に愛奈も顔を上げる。


「誇りなさい、朝丘愛奈。あなたの精神には特別な輝きがあるわ!」

「リーフィラ……」


 その言葉はまっすぐに、愛奈の心に届いた。


(そっか……あんなバケモノ見たら普通、怖くて逃げたくなるもんね……)


 なぜバケモノに立ち向かう勇気が出たのか。

 お姉ちゃんが勇気をくれたのかもしれない。


 愛奈は心の内が熱くなるのを感じた。しかし、リーフィラの言葉に聞き捨てならない言葉が含まれていた。


「あれ……身を、焼かれた……?」


 なんのことかと首を傾ける愛奈。


「そうよ。私が見つけた時、あなた全身燃えてたわよ」

「うそぉ!?……全身っ!? それ本当に大丈夫だったの!? 私、今ちゃんと人間!?」


 ピュリステラ・ハーティアに変身する直前、紫黒の炎に吹き飛ばされていた。とにかく全身痛かったのは確かだ。でも全身焼かれていたと聞かされて穏やかではいられない。


「さすがの私でも……黒こげのお肉とは、契約できないわよ?」

「や、やめてぇ~! わたし……焼いても美味しくないよぉ!?」


 愛奈は縮こまって両手で自分を抱きしめる。自分の身体に変なところがないかと今更になってワタワタし始めた。


「あはっ、大丈夫よ。契約の時にあなたの中に流れ込んだ魔力が、あなたの身体をちゃんと治したから」

「本当っ!? その契約って大丈夫なの!? 実は魂が抜かれてた……とかないよねぇ!?」

「魂? 抜く?……なにそれ物騒ね」


 しばらくワタワタしていた愛奈だが、身体に異常が無さそうなのでひとまず安心した。


「でも気を付けて。今回は契約時だったからすぐに全身治ったわ。だけど、あれほどの大ケガは普通簡単には治せないわ」

「……! そっか……そう、だよね……」


 なんでも都合よくいくわけでは無いと聞かされ、少し冷静になる愛奈。

 そしてゆっくりと自分の身体を見つめ――裸である。まごうことなく全裸である。





「あ、あれ……? なんでわたし、裸でこんな……話をしてるんだっけ……」


 今まで真面目な内容の話をしていたが、よくよく考えれば裸である。


「なに言ってるの。あなたが聞いてきたからじゃない」

「違うよねぇ!? リーフィラがお化けみたいに入って来たからだよねぇ!?」


 確かになんで自分を選んでくれたのか、それについて聞いたのは愛奈の方からだ。

 しかし、そもそもの発端はリーフィラが勝手にお風呂場に入ってきたことにある。改めて身体の大事なところを隠して愛奈は抗議した。


「それにしてもぉ……ふぅ~ん……」


 愛奈の抗議はリーフィラには通じない。それどころか、リーフィラの視線は愛奈の顔より下の箇所に固定される。


「えっ……? な、なに……? そんなに……じっと見ないでよぉ……」


 急に身体を見つめられてたじろぐ愛奈。何となくその視線に邪なものを感じ取り嫌な予感がする。


「良いものもってるわよね~」


 そう言ってリーフィラは愛奈の胸に近づき、そこにあるものを凝視し始めた。愛奈はその小柄な体型に反して胸に形の良い立派なものが二つ付いている。今は片腕で大事なところを押し隠しているが、適度に押しつぶされた胸はその柔らかさが想像できる。


「~~っ~!」


 愛奈は顔を真っ赤にして、顔を伏せながら無言でシャワーをリーフィラに向けた。シャワーのお湯はリーフィラをすり抜けるだけ。それでも愛奈はシャワーを向けて無言の抗議を続ける。


「そうね~。せっかくだしぃ……」


 シャワーを全く気にせずマイペースに行動するリーフィラ。おもむろに手を伸ばし、さらに愛奈に近づいていき――


「えいっ♪」

「ふみゅぅあぁ!?」


 次の瞬間、愛奈は悲鳴とも呻きともつかない声を上げた。





「大きいって良いわよね~」


 しばらく愛奈を堪能したリーフィラは満足したように呟いた。その顔は、どこか妖精じみた無邪気さと、いたずらっぽい笑みで満たされていた。


「はあっ……! はあっ……!……っ!」


 逆に散々悲鳴を上げさせられた愛奈は憔悴していた。


「はあっ……! なんでっ!? 実体ないってリーフィラさっき言ってたじゃん!?」


 さわれないことは確かめた――なのに何でさわられたのか。


「魔力を消費すれば一時的に実体化できるのよ。消費が激しいから無暗には使えないけど」

「じゃあなんで今使ったの!? 絶対必要ないよねっ!」


 涙目になって愛奈は文句を叫ぶ。


「その胸があればどんな相手もイチコロね♪」

「お胸のことはいいの! それよりもわたしはお姉ちゃんみたいに格好良い大人になりたいの!」


 なんだか恥ずかしい事を言われた愛奈は再びシャワーをリーフィラに向ける。実体があると言った通り、今度はリーフィラにお湯がかかっていた。


「あら、意外と気持ちいいわね」


 まんざらでもない態度を示すリーフィラ。


「でも顔に当てるのは良くないわ……えいっ」

「もぉ~、リーフィラはぁ~……わぷっ!?」


 リーフィラは強く羽ばたき、愛奈にお湯のしぶきを返した。そのお湯は愛奈の顔面に返っていった。


「リぃ~フィラぁ~……!」


 愛奈はプルプルと震え、怒りをあらわにする。


「あら、あらら……ご、ごめんなさいね……」


 返したお湯が愛奈の顔面にちょうど当たるとは思っていなかった。リーフィラは素直に謝ることにした。


「もぅ! もぅ! もぉ~っ!」


 しかし、愛奈の怒りは収まらない。

 しばらくお風呂場には、二人のはしゃぐ声が響き続けた――





◇◇◇





「つかれたよぉ……」


 ベッドに突っ伏して愛奈は呟く。お風呂場から出た後、愛奈はパジャマに着替えて自分の部屋のベッドに倒れ込んだ。


 疲労を回復させるためにシャワーを浴びたのに、逆にさらに疲れが増したように思える。


「……でも……ふふっ♪」


 お風呂場でのリーフィラとのやり取りを思い出して笑みを浮かべる。


 驚かされたし、恥ずかしい事もされた。振り回されっぱなしだった。それでもなんだか自然と笑みがこぼれる。


「リーフィラ……かぁ」


 名前を呟いたが、今度はリーフィラは現れなかった。愛奈が部屋に戻る際、リーフィラは部屋の中に入ることを遠慮した。お風呂場には無断で入ってくるのに妙なところで律儀な妖精?だ。

 結局彼女自身どんな存在なのか、聞いていなかったことに今更気が付いた。



 愛奈は部屋に多数ある内の、一体のぬいぐるみを手に持った。


「ねぇポーくん……お姉ちゃん大丈夫かな……」

『大丈夫だぶー。今日は遅いから早く寝るぶー』


 ブタのぬいぐるみの〝ポーくん〟をゆすりながら話しかける。応えているのも愛奈自身だが、愛奈にとってはこれでいい。


 姉である優奈に悩みも愚痴も聞いてもらっていた。それでも話しかけづらい時もあったし、何でもかんでも愚痴を吐くのは迷惑だろう。

 そんなときはもっぱらぬいぐるみと話してきた。話しているとなんだか悩みを聞いてもらっている感じがするからだ。


 幼いころに両親を亡くした愛奈にとって、部屋に多数あるぬいぐるみは立派な話し相手であり、家族とも友達ともいえる。


「それもそうだね……おやすみ、ポーくん…」


 愛奈は部屋の明かりをそっと消し、ポーくんを抱きしめながら、静かに目を閉じた。





 優奈がいない日は寝つきが良くない愛奈。

 しかし、今日の寝顔は穏やかなものだった。


 ――独りじゃない。

 そう思わせてくれる相手がいるからだろう。



 こうして、朝丘愛奈の長い一日がやっと終わりを告げた。


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