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玉露の秘薬と、妃の影 〜後宮の片隅で香と医術をひそやかに〜  作者: 楠木 シオン
第一章:翠華宮にて
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第3話:影に潜む香り

朝靄が後宮の屋根瓦をぼんやりと包み込む頃、シンファは薬房の隅でひとり、茶葉の断片を手にしていた。


まだ昨夜の出来事が胸を締めつける。消えたはずの茶葉が見つかったが、その姿は無残だった。香りは歪み、どこか不自然な腐敗を含んでいる。


(誰かが……わざと混入物を隠そうとした)


彼女の指先は震え、思わず息を呑む。



夕刻、翠華宮の廊下には沈黙が漂っていた。だが、その静けさを破るかのように、侍女たちのささやき声がひそやかに広がる。


「リーシャの容体は?」


「まだ危険な状態だって」


「香りの異変と関係あるのかしら」


その中で、黒い瞳が静かにひとりの女を見つめていた。


 宦官の李華だった。彼の表情は穏やかに見えるが、その瞳は冷徹に周囲を計っている。


「香りは単なる装飾ではない。情報を隠す道具でもある」


彼の考えは深い。後宮は表向きの華やかさの裏に、底知れぬ闇を抱えていた。



その夜、シンファの小さな寝所に、軽いノックが響いた。


「シンファ、起きているか?」


声の主は李華だ。


「お忙しいはずなのに……」


「話がある。来てくれ」


シンファは急いで身支度を整え、李華の案内で離れの書庫へ向かった。


 

書庫は静まり返り、古い薬草書や医学書がひしめいている。


李華は扉を閉めると、低い声で言った。


「お前の薬学知識は本物だ。だが、今後はもっと慎重に動け。お前の正体が露見すれば、命の危険がある」


シンファは黙って頷いた。


「そして、この茶葉の件だが、単なる盗難ではない。誰かが後宮内で……毒を用いた陰謀を企んでいる」


「……私には何ができるでしょうか」


「共に謎を解き明かすことだ。お前の観察眼と知識が必要だ」



翌朝、再び茶葉の成分分析を進めるシンファの背後に、沈婆が静かに現れた。


「若いのにずいぶんと気が強いな」


沈婆の声には不安と同時に、どこか励ますような温かみもあった。


「この後宮で、生き延びるにはその強さが必要だ」


シンファは小さく笑った。


「ありがとうございます。私、諦めません」


 

その時、廊下の向こうから突然、遠くで何かが落ちる音がした。


不吉な予感が胸をよぎる。


(この後宮の闇は、まだ始まったばかり——)


シンファは拳を握りしめ、次の一手を思案した。

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