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不満の倉

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 うう、さむさむ……もう、いくつ寝たら春がやってくるんだろうね。

 ここのところ、僕は布団に包まりっぱなしだよ。電気代を気にするようになると、暖房費もけっこうバカにならないんだよね。

 冬になれば春の到来を期待し、夏になれば秋の到来を期待する。現金といわれようとも、この感覚にウソをつくことは、いつまでたってもできそうにない。突き詰めれば生存欲求なのだから。

 同じように、自分が準備万端ならば他の者へ「早くしろ」とせかし、いざ自分が遅れる側なら「待ってくれ」とすがりながら、いざかなわないと、自分に都合よく動いてくれないことに腹をたてることもままある。


 自分にとって都合のいいことは、常に誰かの都合にとっては悪いこと。その逆だって、またしかり。

 この世はいつも、不満の倉庫だ。そいつがたまたま噴出して事件の一端を成している。もしこれが限りなく解き放たれるなら、もうそこかしこに無秩序が生まれているはずだ。

 法、良心、恥、外聞……さまざまな要素がストッパーとして働くも、抑えきれていない部分があるかもしれない。

 僕が以前に友達から聞いた話なんだが、耳に入れてみないか?


 それは友達が学校のテストではじめて学年1位をとったときだという。厳密には数学のひと科目だけでの話だが、それはこの1年あまり一度もないことだった。

 というのも、以前からテストにおいて全科目1位をキープしていた同級生がおり、これまで張り出されてきたテストの順位表は彼の名が一番に据えられていた。それを数学単科とはいえ塗り替えたのだから、ちょっとした事件ではあっただろう。

 友達は内心で喜びこそすれ、おおっぴらにはしゃぐような真似はしなかった。事実、こうしてテスト結果が貼り出されたとき、いの一番に確認している彼の姿を見たが、今回はがっくり肩を落としているのが見られたからだ。

 これまで、一度も目の当たりにしたことがない落胆ぶり。そうとうショックだったのだろうと思うと、へたに刺激するような真似は避け、そっとしておこうと思ったわけだ。


 学校の中では、それらに触れることなく過ごし、いったん家へ帰ってから向かった習い事よりの帰り道。

 時期は二学期の末。冬至が近づいてきて、日暮れも早まっている。習い事からの帰り道はできる限り明るい道を通るようにしていたが、地元の川沿いの土手はどうしても暗がりになる。

 橋のたもとで、ふいっとそこへ曲がったとき、正面から歩いてくる人影が目に入った。


 ――あいつだ。


 暗い中ではあったが、その背格好から友達はすぐ判断がついた。あの全教科1位を保っていた子であると。

 まだ距離が開いているうちは、たまたまあいつもこの道を通るのかな……程度の認識でいた。それが10歩ほどにまで詰まったとき、これまですれ違うように道の端を歩いていたのが、すっと出し抜けに自分と正面衝突する位置へ動いてきたらしい。

 は? とすぐ反対側に移動する友達だが、彼はそれに合わせてぴったりと進路をさえぎってくる。


 嫌がらせかと思ったものの、すぐにまた元の位置へ戻りかけて、「ん?」と首をかしげかけた。

 正面から来る彼の動き、自分の動きに対して、いささかも後れを見せない。

 相手の動作をつぶさに観察したとしても、それを真似ているのなら、わずかながらタイムラグが生じるはず。それが見えなかったんだ。

 動くように見せかけ、足をぶらつかせるようなフェイントもはさんだが間違えることがない。それでいて影や鏡などと違い、間だけは一方的に詰めてくる。


 ――これ、絶対にやばいやつだ。


 友達はすぐさまきびすを返し、橋に向けて全力疾走する。

 たもとまで来て一度振り返ったところ、彼との差はたっぷり開いていたそうだ。こちらの動きを真似するような仕草を見せない。それでも先ほどまでの自分と同じほどの歩みで、構わずこちらへ向かってくる。

 またまた妙だ。本気で自分を狙っているのなら、差を離されまいと追ってくるだろうに。

 結局、友達は橋を大回りし、普段のルートの数倍以上の時間をかけて自宅へ帰ったのだとか。


 翌朝。

 かの土手沿いで重傷者が出たということで、少し学校で話題になったらしい。被害に遭ったのは陽も明けきらない早朝に、日課のランニングをしていた会社員だという。

 それ以外にも、事件前にあの土手を通りかかった生徒が友達以外にも若干名いたらしい。

 聞き耳を立ててみると、彼らもまた自分の行く手をさえぎるような手合いだったようだが、友達の遭ったものとは姿が違う。

 それは大切にしていた茶碗を割ってしまった父親のものであったり、ちょっと列を横入りしてしまったおばさんのものであったり、先を急ぐためになかば強引に押しのけた子供のようなものであったりと、外見が一致しなかった。

 ただ共通しているのが、出会った当人たちがどこか後ろめたさを覚えている相手と、うり二つだったということ。念のため、くだんの子のアリバイを調べた友達だが、あの時間にあそこへいられた可能性は無だったのだとか。

 その出会いをした生徒たちのほとんどは逃げ出したが、ひとりだけ強行突破を図ったものがいた。

 その後ろめたさを感じつつも完璧なディフェンスをしてくる相手に対し、あえて突き飛ばすように動いたという。

 すると、本来受け止められる身体がそこになく、突き抜けてしまった代わりにお腹に鈍い痛みが走った。見ると、そこにはどす黒く腫れあがった下腹部があったのだとか。

 その子はその場を逃げ出すと、例の相手はやはり追ってくることはなかったらしいのさ。


 この不思議なできごとを友達が親に話したところ、その土手はいま、不満の倉になっているかもしれない、と指摘を受けたそうだ。

 誰しも、表に出さずに内へため込んで、能動的に発散できずにいること。それらの受け皿としてひっそりと動いている場所のことらしい。

 決まった場所に現れるわけではないが、それらはときに悔いを抱いている人へ呪いのように作用し、心身を病ましめるのだという。もし話が本当ならば、その重傷者も不満の倉で自らを壊してしまったのだろう、と。

 相手の想いと、自分の影なる部分。そこが合わさったがために、そっくりとこちらをトレースする。しかし、たまたま生まれた場所ゆえにどこまでも追いかけられることもしない。


 結局、友達がその土手で同じような目に遭わなくなるには、一か月以上の時間がかかったのだという。

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