16 魔獣咆哮 3
登場人物紹介
ガイ:主人公。冒険者の工兵。在籍していたパーティを追い出されたが、旅で妖精と記憶喪失の女性に出会った。なんやかんやあって今では村一つを丸ごと所有する地主。
イム:ガイが拾った妖精。謎の木の実から生まれた。何かと不思議な力が有るようで?
ミオン:戦場跡で出会った記憶喪失の女性。貴族の子女だろう彼女から護衛を頼まれ、ガイは行動を共にしている。表向きは夫婦を装って。
――カサカ村から大河を約半日下ったあたり――
ミズスマシ型運搬機の後部座席で、タリンが窓の外を見る。
既に日が傾き始め、空には薄っすらと月の影が映っていた。
「なんか日が暮れてきたぜ」
「夜になると使い魔を通した視界が昼ほどには利かないわ」
女魔術師のララが肩に停まる青い鳥を横目に呟く。
操縦しているスティーナが頷いた。
「長時間の調査は危険ですね。一応は行くとして、陽が沈む前には一旦引き上げましょう」
通信機からもう一台の運搬機にいるガイの声が届く。
「了解だ」
一行は大型の魔物が出たという現場で一番近い所に向かっていた。
チマラハの街からさらに大河を下った川沿いの街道にその地点があり、今いる場所の目と鼻の先だった。
――隊商が襲われた現場――
川と山に挟まれた街道の途中に接岸した一行。
動く物が無い事を確認し、細かい調査のためにまずは生身で上陸する。
そこには確かに巨大な存在の痕跡があった。
街道に残る獣の足跡、破壊された数台の荷馬車、砕けて散乱する荷物の数々……
破壊の跡を眺めて肩を竦めるタリン。
「こりゃケイオス・ウォリアーで対処するサイズだな」
「ミオン、スティーナ、タゴサックは待機しておいてくれ。他の者は2チームに別れてこの辺りを……」
ガイが指示を出していた最中の、その時。
山裾の茂みから武装した集団が荒々しく飛び出した!
「敵か!」
農夫のタゴサックが両手に鉈を構える。
現れたのはゴブリンやオークを中心とした兵士達だった。旗には見覚えのある印も描かれている。
ララが杖を握りながら呟いた。
「魔王軍の残党兵……」
「絶対無関係じゃねぇな。締め上げて情報を吐かせるぜ!」
「うす」
タリンが叫んで突っ込むとそれにウスラが続く。それにララも、女神官のリリも。
ガイの元パーティメンバー達の背を見ながらスティーナが苛ついた。
「勝手な行動を……」
「仕方ねぇ。ミオンを頼むぜ」
彼女にそう頼み、ガイはタゴッサク、鍛冶屋のイアンの二人ととも敵兵士を迎え撃った。
数で劣るとはいえ、今さら雑兵に後れを取るガイ達ではない。
タリン達でさえほぼ一方的に魔物どもを蹴散らし、剣で、魔法で、次々と敵を打ち倒す。
だがその最中、オーガーを両手戦鎚で叩きのめしながらイアンが叫んだ。
「ガイ殿! 敵増援じゃ!」
山裾の茂みをかきわけ、新たに現れた敵部隊。その先頭にいるのは――赤い鎧に全身を包む戦士!
かつて領主邸で会った、魔王軍親衛隊・マスターボウガス。
「テメェか! 俺らに勝てないと踏んで、嫌がらせに行商人を襲わせやがったな!?」
勢いよく叫ぶタリン。
ボウガスは呆れていた。
「馬鹿を言うな。ケイト帝国の息の根をとめるための試験運用だ。ここ以外でも活動はしている」
そう言って彼はガイ達一同を見渡す。
その視線がミオンを捉えた。
「ここから去る前に、まさか貴女の方から来てくれるとはな。運はこちらにあるようだ」
マスターボウガスをキッと睨むスティーナ。
「ミオンさんに何の用なんです?」
ガイは側にいるレレン――元魔王軍親衛隊に訊いた。
「あいつ、何物なんだ?」
「わからない。個人的な付き合いがあったわけではない。素顔を見た事もないな」
その言葉を聞いたからではないだろうが、タリンがマスターボウガスに剣の切っ先を向けて叫ぶ。
「人妻マニアか? それとも昔の男か? その顔を見せてみろや。どうせ俺ほど男前じゃねぇだろう!」
「ふむ……まぁいいだろう」
そう言うとマスターボウガスは兜を脱ぐ。
「え? 本当に見せるんだ」
「今となっては、見られて困る顔でもなくてな」
驚くララへ事も無げにそう答えると、ボウガスは素顔を露わにした。
歳は二十前後か。
銀髪碧眼で色白の、線の細い顔立ち――無骨さのまるで無い、高貴な身分を名乗れば誰もが納得するであろう青年だった。
「えっイケメン!」
驚き目を潤ませるリリ。
その後ろでスティーナがミオンに訊いた。
「あの顔に見覚えは?」
「……わからないわ」
頭をふるミオン。
それを見て青年は小さく溜息をつき……その目に敵意が満ちた。
「どうやらそちらには込み入った事情があるようだ。後でゆっくり聞かせてもらおう」
彼は剣を抜いて高々と掲げる。
それを合図に、彼の周囲にいた増援部隊がガイ達へ殺到してきた!
「そりゃこっちのセリフだぜ、半年前の恨みを思い知れ!……こいシロウ!」
『ついに命令形か』
タリンの叫ぶ声に応え、ミズスマシ型運搬機から上陸してくる骸骨馬。シロウの髑髏を備えたその馬がタリンの側へ疾走した。
急いでそれに跨ると、タリンは抜刀したままの片手運転で敵の群れへ突っ込む!
驚きながらも迎え撃とうとする敵兵士を、骸骨馬は当たるを幸い撥ね飛ばした。
もちろんシロウの髑髏が全力で姿勢制御しての芸当である。
タリン自身にこんな騎乗技術があろう筈もない。
しかし練習の成果が無いわけではなく――
タリンが剣を振りかぶった!
「人馬一体! ライディングアサルトタイガーー!!」
虎のごときオーラを纏った剣が横薙ぎに振るわれる!
それは骸骨馬の加速度を乗せ、敵の横を通り抜けざまに相手を叩き斬るのだ。
その必殺剣は敵の上位兵が一人、ダークエルフの魔法戦士に炸裂した。
敵は魔力を纏わせた剣を振るって対抗したが――タリンの必殺剣は魔力で強化された剣を弾き飛ばし、敵魔法戦士を両断する!
迸る血飛沫を浴びるより、吹き飛ばされた敵上半身が地に落ちるより、先にタリンはその場を通り過ぎていた。
勢いに乗ったタリンは敵の大将へ突撃する。
「ヒャッハー! 次はお前だーッ!」
対するマスターボウガスは……動じる事なく剣を構えた。
強烈な異界流が発せられ――瞳が紅く染まり、その剣に変化が生じる……!
(マスターボウガス・素顔)
設定解説
【夜になると使い魔を通した視界が昼ほどには利かないわ】
「鳥目」とは言うが、どうも夜になったからといって鳥が急に視力を落とす‥‥という事も無いらしい。
単に昼ほど遠くが見えない事、それは飛行にとって危険な事、そんな時に敵に襲われたら危険な事、等から昼行性の生活を送っているだけだそうだ。
となると鳥の使い魔も夜に空を飛べる筈‥‥だが、その目を通して「人間が」物を見ても、夜に高所から地上を見下ろしているのと同じ事‥‥つまり灯りの無い所は見えない、という状態になってしまうだけではないだろうか。
そういう事を細かく説明するのが面倒臭いので、ララは「視界が昼ほどには利かない」と言っているのだ。