2 早くも再会 2
バトル串団子。
魔王軍の雑兵に襲われていた少女。
それは先日ガイを見限って切った元パーティメンバーの一人、魔法使いのララだった。
「なんで? 領主の軍にいる筈じゃ?」
驚くガイに、ララは淡々と説明する。
「魔王軍の目撃報告があったから誰か偵察に出ろって言われた。タリンが点数稼ぎしたくて立候補したけど、敵が思ったより多くて、やられそうになって。私だけが報告のために逃げた」
「マジか!? どうすっか……」
焦るガイ。
先ほど程度の雑兵どもとならもう一度戦っても確実に勝てる。
ただ消費アイテム中心の戦い方なので、ますます赤字は大きくなるだろう。
だがララはガイの袖を引っ張った。
「五人なら勝てるかもしれない」
「あのな……どのツラ下げてそれ言ってんだよ」
ガイは思わず険しい顔になる。
まぁ自分を見捨てた連中のために危険を冒せと言われたら、大概はそうなるだろう。
だが、ララは。
顔色一つ変えず、平然と。自分の無表情な顔を指さした。
このツラ、というわけである。
「あーのーなあー!?」
ガイが怒りに震えて怒鳴っても、まぁ責められる者はおるまい。
怒られたララは表情一つ変えず、しかしちょっとだけ考えた。
ほんの数秒で……
「さっき使ったアイテムの代金だけど」
「おう、払ってくれ」
つっけんどんにガイが言うと、ララは森の奥を指さす。
「パーティのお財布はリリが持ってる。助けないと損するよ」
リリとは女神官の名前である。支払いは彼女から受け取れという事だ。
金を出す気はある事だけは、ガイは肯定的に評価してやる。だが逡巡しながらも……
「このままじゃ赤字だけど、危険を冒したくはないしな」
元パーティーを襲っている部隊が先ほどの敵より強い可能性は十分にある。
いや……逃げた一人を追う部隊より、残って三人と戦う部隊の方が、まず確実に手強いだろう。
そんなガイにララが表情一つ変えず持ち掛ける。
「リリの躰もつける。お股ひらかせるから」
「なんでララがそれを約束できんだよ!?」
青筋立てるガイの指摘に、ララが表情一つ変えずに告げた。
「あの子は他の男二人ともとイイ仲だからガイも加えてくれるはず」
「それ聞いたら俺が嫌だよ!」
むしろガイの中から迷いが吹っ飛んだ。帰る方向に。
怒られたララは表情一つ変えず、しかし流石に黙ってしまった。
だがほんの数秒で……
無表情なまま、大きな瞳からだくだくと涙を流し始めた。
なんと泣き落としに移行した。
ぎりぃ、と歯軋りするガイ。
しかし……
「泣くなよ! ああもう、ハイハイわかったわかった!」
ヤケクソで叫んだ。
なんと救助に向かってやる事にしたのだ。
これが正しい判断かどうかは意見の別れそうな所だ。
なおララの涙は、ガイが背を向けて走り出した途端にピタリと止まった。
――森の奥の一画――
オーガーのメイスで吹き飛ばされ、リーダーの戦士・タリンが地面を転がった。傷を抑えて呻く。
「ぐうぅ……なんでこんな所にこれだけの部隊が!」
「マズい……」
巨漢の戦士・ウスラが焦りを滲ませて呟く。直後、彼はダークエルフの魔術師が放つ炎の矢を受け、苦悶に呻いて膝をついた。
二人の仲間から少し離れた所で、女神官・リリに雑兵達が迫る。彼女は頭を抱えてへたりこんだ。
「ひいぃ、助けてくださぁい! オーク様にもゴブリン様にもご奉仕しますからぁ! むしろさせてください、ね? ね?」
媚びた笑みを必死に浮かべて流し目を送るリリ。
オークとゴブリンは、戸惑って顔を見合わせて……二匹揃って棍棒を振り上げた。
頭を抱えてリリが泣き叫ぶ。
「うぎゃあ、人でなしぃ!」
「見ればわかるだろ!」
そう言って跳び込んでくるのは、当然ガイ!
それを見てタリンは驚きに叫んだ。
「ガイ!? お前! こんな時に仕返しにきたのか!」
「なんでそっちを先に思いつくんだよ!」
青筋立てて怒鳴るガイ。
だがタリンも怒鳴り返す。
「オレがお前ならそうするぞ!」
「マジかよ!?」
あまりの言い分に仰天するガイ。
だがタリンも怒鳴り返……
……そうとしたが、流石に魔物どもはこんな醜い争いをいつまでも眺めてはいてくれなかった。
タリンは棍棒で殴り倒され、ガイの方にも敵が殺到する。
だがガイとて覚悟の上だ。腰の小鞄から抜き出した手には、指の間に各種属性の珠紋石!
迫る魔王軍。ゴブリンやオークに混じり、今度は巨体のオーガーもちらほらいる。
明らかに先ほどの敵群より強力な布陣、だが……ガイの手から赤く輝く結晶が飛んだ。
そして起こる炎の爆発。
しかしその爆発の規模は、先刻使ったレベル3呪文【ファイアーボール】を明らかに上回る!
火領域魔法【ファイアーボム】。呪文レベル4……今のガイが造る事のできる最高位の呪文レベルに属する。敵を手強しと予測していたガイは、己の持つ物の中で最大の破壊力を持つアイテムを使ったのだ。
猛火の嵐は屈強な鬼どもを含め、敵群を容赦なく焼き払った。
だがしかし。
炎の向こうで朗々と詠唱する声が響く。
ダークエルフの魔術師だけは、後衛――離れた所にいたので無事だったのである。
魔術師は【ファイアジャベリン】をガイに向けて放った!
魔術師は勝利を確信していた。
彼の放つ攻撃呪文は、同レベルの魔術師でも一歩抜きんでている。
呪文を補助するスキルも様々な物がある。消費を軽減する物、射程距離を延ばす物、発動を確実にする物、etc……。
この魔術師は破壊力を増幅するスキルを習得しており、攻撃魔法の威力に自信があったのだ。
しかし魔術師は見た。
ガイが咄嗟に投げた珠紋石が竜巻を生み出すのを。
それが炎の槍とぶつかり、完全に相殺したのを!
「馬鹿な!? アイテムの魔法などで私に匹敵する威力が出る筈が無い!」
思わずそう叫ぶ魔術師だが――それは他職業への理解の無さから来る偏見だ。
普通、アイテムに込められた魔法を発動させると、誰が使っても同じ威力が出る。そうでなければ魔力を持たない戦士や盗賊が使った時に、雀の涙程度の効果しか出ない。
だが何にでも例外という物はある。
ガイは【道具効果増幅】というスキルを習得しているのだ。
これは工兵を始めとしたいくつかの職業で習得できるスキルで、何のひねりも無くその名の通り、アイテムで発動する呪文の威力を底上げするスキルである。
攻撃魔法に習熟した魔術師の呪文と、道具の使用に習熟した職業の魔法アイテムが互角の威力を放つ。特におかしな事は何も無い。ありはしないのだ。
「お、おのれ!」
ダークエルフは怒りに任せて炎の槍を生み出し、放った。
対するガイも苦虫を噛み潰した顔で、攻撃魔法を生み出す水晶球を投げる。
幾度もぶつかり、相殺する、炎・冷気・竜巻・電撃……。
だがやがてダークエルフが膝をついた。
渾身の呪文を撃ち続け、魔法力が尽きたのだ。
一方、ガイは小鞄からさらに珠紋石を取り出す。
専門の魔法職を攻撃呪文のぶつけあいで退けるガイ。
アイテム使用の補助スキルを持つ職業は、高価なアイテムをいくらでも消費していいなら最強に限りなく近いのだ!
ダークエルフの無念の断末魔が響き、炎の中に消えた。
動く物なき死屍累々の戦場跡。敵軍団の屍を前に、ガイは恐怖と興奮で荒い息を吐いていた。
「ハァ、ハァ……昨日せっかく拾ったレア素材、あらかた使っちまった……」
改めて後悔がわいてくる。だが今さら言っても仕方が無い事だ。
ガイは元仲間達へ怒鳴った。
「さっきのも合わせてドロップ品は全部貰うからな! あと足りないぶんは町に帰ってから払えよ!」
助けられた元メンバーはと言えば……
「うす」と返事して頭を下げるウスラ。
無表情でリリを指さすララ。
潤んだ瞳で「さすが! ステキ! ぬれる!」と流し目を向けてくるリリ。
そして――
「てめぇ、ガイ!」
タリンはなぜか怒鳴り、よろよろ立ち上がると、ガイに詰め寄ってきたではないか。
(元パーティメンバー。左上・タリン、右上・ララ、左下・リリ、右下・ウスラ)
設定解説
【高価なアイテムをいくらでも消費していいなら最強に限りなく近い】
まぁ理論上最強でも前提が非現実的なので、結局は店売りの安い低級消耗品をメインにした自転車操業になるのが普通である。
出費を少しでも減らすため、自分で採集・作成のスキルを習得し、仕事が無い日に近場で素材を集めて造れる品物を用意する……等の涙ぐましい準備をする者も少なくない。丁度ガイのように。
不人気クラス・不人気スキルには相応の理由があるという事だ。