5 特産品 6
登場人物紹介
ガイ:主人公。冒険者の工兵。在籍していたパーティを追い出されたが、旅で妖精と記憶喪失の女性に出会った。
イム:ガイが拾った妖精。謎の木の実から生まれた。何かと不思議な力が有るようで‥‥?
ミオン:戦場跡で出会った記憶喪失の女性。貴族の子女だろう彼女から護衛を頼まれ、ガイは行動を共にしている。表向きは夫婦を装って。
怪獣を撃破したガイは村へ戻る。
機体から降りると、村長のコエトールが揉み手しながら太った体を揺すって駆け寄ってきた。
「流石ガイ殿! 流石ガイ殿! ところで畑ですが、どれも普通の物になっております。あの口は何だったのやら……」
村長の言う通り。収穫物に異変が無い事はガイが確認した通りだが、株自体もどれも山で見つけた親と同じ状態で、おかしな所は見当たらない。
ガイはイムを見たが、彼女は「?」と不思議そうな顔で見つめ返してきた。何が疑問なのかわからないのだろう。
結局、ガイは村長にこう言うしかなかった。
「ごめん、俺にもわからん」
互いに首を傾げ合っている所へ、鍛冶屋のイアン爺さんが声をかけてきた。
「ところでこやつ等はどうしますかな?」
指さした先には、魔王軍親衛隊のマスターキメラが連れて来た捕虜達。元同パーティの戦士ウスラを含めた数名は煙をあげたまま倒れており、残りは戦意を喪失して武器を捨てている。
彼らを見渡し……ガイは気づいた。
魔王軍親衛隊・マスターキメラの姿が無い事に。
「魔王軍の女はどうした?」
「そういや、いませんな? 息を吹き返して逃げたのでしょう」
ガイが訊いてもイアンは今気づいた様子だ。思わず溜息をつく。
「気が付かなかったのかよ」
「怪獣とガイ殿の戦いに夢中になっておりましたもので……」
そう言い訳したのは農夫のタゴサック。
(仕方ないか。なんだかんだで村人でしかないもんな)
ガイはこれ以上追及はしない事にした。完全に行動不能に陥ったと思い、何の対処もしなかったのは己も同じなのだ。
「わかった。残りは任せるよ」
――帰宅後――
ガイは今日手に入れた花や果実を机に広げて眺めていた。
イムと共に探しただけあり、どれもこれも何かしらの素材になる物ばかりである。今後、これらからいくつかを栽培して村の特産品にするのだろう。
ガイはそれらを眺めていた。
一心不乱に眺めていた。
イムが頬をつついても眺めていた。
なのにミオンはわざわざガイのすぐ隣、肩が触れ合わんばかりに距離を詰めて座っている。
お風呂上がりの火照った体に、まだ髪も湿り肌もたっぷりと潤ったまま、白一色の薄手の寝間着だけを羽織った姿で。
頬杖をついてガイの顔を覗き込むミオン。
「いい香りだったわ。ガイも一緒に入れば良かったのに」
畑でできた作物からジャバラを一抱え貰い、ミオンは今日の風呂に入れて果実風呂にしていた。これも村の名物にならないかの実験というのは本人の言い分だ。
自分を見つめる大きな瞳から目を逸らし、ガイは素っ気なく言おうとした。
「せ、狭いだろ」
多少の動揺が混じってしまったが、湯上りで薄着の女性が肌の触れそうな距離にいるというのはガイにとって無かった経験だから仕方が無い。
ミオンの体は胸部も臀部も女性をそこそこ強調している豊かな物なので、湿った体に薄着が貼りついているのもガイにとって良くなかった。いや、ガイの個人的な好みでいえば過ぎない範囲で豊満なのは極めて理想的なのだが、だからこそだ。
ついでに匂いも困った。職業の役割上ガイは感覚を鋭敏にする必要があるので、臭覚についてもそれなりに鍛えているのだが、そのせいで至近距離のミオンの風呂上りで強まった香りをどうしても感じ取ってしまうのだ。
そんなわけでガイは頑張って全神経を今日の収穫物に集中しようとしていた。
煩悩退散。心を鎮めて悟りを啓こうと試みる。
だが試練は容赦なく襲い来るのだ。
「そうかしら? 一度試してみない?」
ミオンは体をガイに寄せ……というよりぴったりくっ付けてきた。
暖かく柔らかな感触が腕の側部一面に触れ、全神経の集中が容易くそちらへ修正される。
彼女の息遣いまで感じとる事ができそうだ。
ガイは立った。
ヘンな意味ではなく椅子から立ち上がったのだ。
「俺、入ってくるから!」
それだけ言うと風呂へと突撃する。
慌ただしく去ったガイを見送るミオンは、悪戯っぽくにんまり笑っていた。
だがすぐにその表情は消え、机の上のイムに視線を移す。
「貴女にはなぜ不思議な力があるのかしら?」
「わかんない」
イムは小首を傾げてそういうだけだ。
――風呂場――
地球の日本で言う五右衛門風呂に酷似した風呂桶の中、ガイの浸かっている湯には緑色をしたジャバラの実がいくつも浮いている。
(香りがいいってのは確かだな)
ガイは柑橘類の匂いの中で体をほぐした。体に良い薬効もあるとミオンは言っていたが……
(本当なのかな。というか、外国にしかない植物の事なんてよく知ってたもんだ。まぁ十中八九、貴族のお嬢さんだし、やっぱり貿易していたか交易路に領地がある家なんだろう)
そこまで考えた時、改めて思い出す。
自分は雇われた護衛でしかない。
夫婦というのは四六時中共にいても怪しまれないための仮の姿だ。
ミオンの記憶が戻れば、或いは身元の情報が入れば……彼女を実家へ届け、報酬を貰ってお別れである。
もう一生、会う事は無いだろう。
(いずれは、そうなるさ。わかっていた事だし……)
胸の内にもやもやした嫌な物がわいてくるようだったが、それは気のせいだとガイは思う事にした。
とりあえず沢山の収穫物を手に入れた設定なので、今後、その場で思いついた物が作られていた事になるだろう。
都合のいいポーションとか、地球の調味料とかがな。
なぜ村のすぐ側に生えていた物の利用法を村人が知らないのか、という問題に関しては、まぁ村人に妖精の知人がいなかったから素材そのものを見つけられなかったという事で一つ。