4 新生活 5
登場人物紹介
ガイ:主人公。冒険者の工兵。在籍していたパーティを追い出されたが、旅で妖精と記憶喪失の女性に出会った。
イム:ガイが拾った妖精。不思議な木の実から生まれた。何かと不思議な力が有るようで‥‥?
ミオン:戦場跡で出会った記憶喪失の女性。貴族の子女だろう彼女から護衛を頼まれ、ガイは行動を共にしている。
戦いが終わり、怪獣の屍から使える部位を拾ったり機体を村の工場に戻したり……と、色々忙しいガイ。
薬を調合して寺院に持ち込めたのはもう夕刻になった頃だ。
それでもケガ人のためにと、疲れた体に鞭打ってガイは薬を「使用」する。
【道具効果増幅】スキルは薬の回復量にも有効なのだ。
ケガ人達は感嘆の声をあげる。
「おお! 皆がみるみる回復していく!」
「さすがガイ殿! さすがガイ殿!」
村長のコエトールはここぞとばかりにガイを褒め称えた。太った体を揺すり揉み手する。
正直、ガイはやめて欲しかったが。なんか嫌な思い出が浮かぶので。
ともかくガイは薬を「使用」し続けた。七輪に皿をくべて熱し、そこに白い粉薬を投入し、煙をいぶし続ける。スキルの効果により、的確な量と火加減を見極めながら。
そう、調合したのは飲み薬や塗薬ではない。
複数人を同時に癒すため、煙にして吸引する粉末を調合したのだ。
素材となるリョウゲシが手に入ったのは幸運だった。非戦闘時にパーティ全員を一度に治療するための回復剤【ヒールスモーク】の調合を覚えていたのも良かった。
というわけでガイはせっせと白い煙をたき、その中で村人達が鼻をふんふん鳴らしては酩酊状態になる。
「効くぜぇ……こいつは効くぜェ~」
「おほぉ、い、いく~」
「とぶわぁ~、めっちゃとぶわぁ~」
うつろな目で口を半開きにしたまま効果を讃える村人達。
確かな効果の割に評判がいまいちな煙薬を、ガイは頑張って炊き続けた。
イムは肩でむせていた。
――帰宅――
寺院での治療が終わって帰宅するガイ。既に夜空に月が輝いている。
「ただいま」
声をかけて戸を開けると――
「あ、おかえりなさい。今日もお疲れさま」
ミオンがエプロンをつけ、竈で料理を作っていた。
鍋が二つ、何かを煮ているようだ。
「ミオン!? 料理、できるの?」
驚くガイ。
ミオンは貴族のお嬢様だと推測しているのだが、その階級のご婦人が料理を学んでいる事は少ない。
対してミオンの返答は――
「した事は無いわね。だから料理の本を貰ってきたの。これから少しずつ覚えていくから、味見、よろしくね」
革表紙の本を見せて、にっこり笑った。
――小一時間ほど後――
ミオンが大小の鍋を順番に運んでくる。
片方は炊いたご飯、もう片方はごくありふれたシチュー。
この世界の田舎村の晩飯としてはありがちなメニューの一つである。
ミオンは皿によそうと、ガイに差し出して微笑んだ。
「はい、新妻の手料理よ。どうぞ」
「いや、まぁ、いただきますけどね……」
バツの悪い物を感じながらもガイは皿を受け取る。
ミオンとしては、どうせなら楽しく過ごそうと冗談混じりでやっているのだろうが……生まれてこの方、恋人なんて一人もおらず、そもそも恋愛経験さえロクに思い出せないガイである。
奇麗な年上の女性に夫婦設定でからかわれると、変に意識してしまって、どう流せばいいのかわからないのだ。
ともかく腹は減っているので口をつける。
(……!)
一瞬驚き、ガイは黙って黙々と食った。
「ダメ?」
少し心配したように訊いてくるミオン。
ガイは彼女をまじまじと見てしまう。
「初めて? これ……そりゃメチャクチャ美味いとまでは言わないけど、普通にちゃんとできてる」
ミオンはほっと安心してからくすりと微笑んだ。
「そりゃ本に書いてあるとおりにしたもの」
「いや、書いてあるからできますって……それで最初からこの出来なら、才能あると思うよ」
正直に感心するガイ。
そもそも料理自体をするのが初めてらしいのだが……。
(かなりの才媛だな。ぬくぬくと育てられたお嬢様っぽくはない……)
そんな考えがガイの脳裏をかすめる。
一方、ミオンはガイの言葉を喜んで掌を合わせた。
「あら、嬉しいわね。それじゃあ明日からも愛情こめてがんばりますか。ね、旦那様」
にっこり笑ってウインク一つ。
「いや、その……お芝居……」
たじろぐガイに、ミオンは顔を寄せてくる。
「でも美味しい方が嬉しいでしょう?」
「あ、うん」
ガイは頷いた。
思わず背筋を伸ばして距離をとりながら。
そんなガイを見てくすくす笑い、ミオンはテーブルの端へと振り返る。
「どうせ『お芝居』するなら楽しい方がいいに決まっているわ。ね?」
そこではイムが、切り分けられた果物を食べていた。
切った梨から顔をあげ、妖精の少女は「うん!」と満面の笑みで頷く。
ぽりぽりと頬を掻くガイ。
実は正直な所、毎度たじろいではいるが……ミオンにからかわれるのが嫌かというと、そうではないのだ。
まぁ仕方ない。ガイとて若い青少年なのである。
回復薬を「注射」にする案もないではなかったが、今回はやめておいた。
飲み薬や塗薬で傷がみるみる治る世界で針を体に刺したい奴はほとんどいないだろう。
まぁリアルリアリティという奴の一種だ。
動脈に一発ブッ刺して「トブぜぇ~オレはトブぜぇ~」とヨダレを垂らして呻く光景は、確かに効きそうではあるのだが‥‥。