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25 この結末は間違っているけれど 6

登場人物紹介


ガイ:主人公。冒険者の工兵。在籍していたパーティを追い出されたが、旅で妖精と記憶喪失の女性に出会った。なんやかんやあって今では村一つを丸ごと所有する地主。


イム:ガイが拾った妖精。世界樹の木の実から生まれた分身体。


ミオン:戦場跡で出会った記憶喪失の女性。貴族の子女だろう彼女から護衛を頼まれ、ガイは行動を共にしている。表向きは夫婦を装って。その正体はケイト帝国の第一皇女だった。

 イムを肩に乗せたガイ。それと向き合うシャンリー。

 二人の間には誰もいない。

 人は多けれど、阻む者は無かった。


「今のガイならケイト帝国に勝つだろうとは思っていたけれど。まさかこちらに死者を一人も出さず、外敵まで排除してくれて、その上で帝国の心臓部に到達するなんてね。こちらの完敗、そちらの圧勝だわ」

 シャンリーの声には、呆れたような……どこか諦めたような、そんな響きがあった。

「力の差を見せつけたのは、自分の意を通すため、逆らえないようにするため? ガイはそんな人じゃなかったけれど」

 その問いはどこか批難めいていて、どこか悲し気だ。


(そう……まるで私達を蹴散らした魔王軍のよう)

 どう抵抗しても無駄だという力の差がそう思わせるのだろうか。

(極まった力というものは似たような物になってしまうのかしら)

 その思いが、数歩先にいるガイとの距離を、あまりに遠く感じさせた。

 遠く感じるという事が、白々しくて胸が痛かったけれど。

 それは表に出すまいと、シャンリーは努めた。



「シャンリー様!」

 我慢できず割り込もうとした一兵士……その剣が一瞬で叩き落とされる。

「傲慢ですまないが、邪魔はやめてもらう」

 静かに告げるユーガン。

 その剣が一閃したのだと、無手になってから気付き――その兵士も他の兵士も一歩も動けなくなった。


 ガイもシャンリーもそんな騒ぎにまるで反応しない。

 今、二人には互い以外に何も存在しないのだ。



 そんな人じゃなかった。そう言われたガイの返答は……

「俺は俺だ。だからシャンリー。君を貰いに来た」

 これまでのどんな戦いの時よりも真剣に、ガイはそう断言した。

 だがそれにシャンリーは納得できない。

「どうしてこんな形で? なぜケイト帝国の貴族ではいけないの? 以前、私が提示した案の何が問題なの?」


 あの時、ガイはシャンリーの案を断った。

 はっきりと、自分の口で。

 それ故にシャンリーは感じたのだ。ガイとの繋がりは切れたのだ、と。


 戻って来てくれる可能性は、有ると信じていた。

 信じ“たかった”だったのかもしれないが、信じた。

 そして戻ってきてくれた……のに。


 なぜケイト帝国の貴族ではいけないの?


 ここだけは納得いく答えが無いと受け入れられない。

 返答が無ければ、有っても納得がいかなければ……今度はシャンリーが繋がりを切らねばならない。



「それだとまずケイト帝国ありきになるからだ」

 ガイからの返答。はっきり出された彼の意思。

 それは、シャリーを絶望させる物だった。

「帝国の味方がそんなに嫌なの……?」


 シャンリー=ダー。ケイト帝国の第一皇女。

 生まれついての支配階級であり、それ故に身も行動も帝国のためにあらねばならない人間。

 彼女を養うため、民は貧しくても税を納めねばならない。

 彼女を守るため、兵は死を(かえり)みず戦わねばならない。

 だから彼女は人民が生きる場としての国に、その存在に、貢献する義務があるのだ。

 彼女の命は人民の命より重いが故に、彼女の義務は彼女の命より重い。


 それがシャンリーの価値観。

 だからケイト帝国の味方になる事を拒む者は、受け入れるわけにはいかないのだ。


 だが、ガイの意思は……


「帝国の味方で俺は結構。だけど俺の女房には、俺の家族、俺の一家……俺達やその子供達がまずありきであって欲しい。俺達の家の、そこの家族を何よりも大切にして欲しい。俺だってそうする。そこは俺と同じ所に立って欲しい」

 それはある意味でシャンリーを根本的に否定する要求だ。だから以前、ガイはシャンリーの提案を断ったのだ。

「ケイト帝国の味方はするよ。俺の女房の故郷なら。でもそれは、そこありきって事じゃないんだ」


 この想いを人知れず秘めて、シャンリーの要求通りにケイト帝国の貴族になり結婚する道も、ガイにはあった。

 不自由も問題も、それで無かった筈だ。

 なのにガイは、どこに一番の重きを置くかの一点を、どうにも誤魔化せなかったのである。

 そのせいで要らぬ苦労を背負ってまでも。


 そんなガイの不器用な性分を前に、シャンリーは動揺していた。

(これじゃ、まるで……)


「あんな……お遊戯みたいな夫婦ごっこで、そんなに入れ込んで。馬鹿ね」

 それでガイが怒れば、あるいはこの指摘に同意されてしまえばそれまでだ……そう危険を認識しながらも。

 シャンリーはあえて口にした。

 平然を()()()()()

 ガイがぶつけてくる不器用な想いをはぐらかすため。自分が話の主導権を握るために。 


 果たして、ガイは……

「そうだな。でもこれからはごっこじゃない」

 少々怒ったように、少々ムキになったように。

「本当に夫婦になって入れ込むよ。俺は」

 指摘を認めながらも、想いをぶつけるのをやめなかった。


 そんなガイの、感情的で高みや落ち着きとは縁遠い意地を前に、シャンリーは動揺していた。

(これじゃ、まるで……)


「私がガイにちょっかいかけてたのは、その気にさせて守ってもらうためだって、まだ気が付かないの?」

 薄っすらと笑みを()()()()()、シャンリーはさらに危険な言葉を口にする。

 でもここまでやらないと、ガイに圧されたままだろう。

 互いに正直になってはいけない。

 全部を残らず(さら)け出す話し方を()()()()()()知らないのだから。


 果たして、ガイは……

「そうだったのか。言われて気づいたよ」

 ちょっぴり衝撃だったようだが……

「でもそんな事はどうでもいい。何も変わらない」

 問題でさえなかった。


 そんなガイの計算や打算の無さに、シャンリーは動揺していた。

(これじゃ、まるで……)


 シャンリーはもう笑っていられなかった。

 己も真剣にならざるを得なかった。芝居やポーズで偽る余裕は無かった。

 真っすぐに顔をあげて、ガイの目を見つめた。

「私を生かしてくれた人達。待っていてくれた人達。今期待してくれている人達。頼ってくれている人達。それを全部捨てろと言っているのよ、貴方は。貴方の気持ち一つのために」


 責めるような物言いである。

 他者の存在を持ち出し、ガイの要求は彼らを否定しているのだと指摘すれば……ガイは想いをあえて曲げてくれるかもしれない。

 シャンリーの要求をのんで帝国側についてくれるかもしれない。

 帝国ありきのシャンリーで妥協してくれるかもしれない。


(やっぱり私はずるいのね……)

 それでもシャンリーは思いつく材料全てを使うつもりだった。

 ガイに、己の思い通りに動いてもらうために。


「そこが一番、悩んだよ。俺の望みが間違っている事になるから……なんとか正しい事にできないかって」

 ガイは、困って頭を掻いた。明らかに弱っていた。

「でも、何も思いつかなかった。というか……理屈つけてその人達が間違っている事にしたいわけじゃないし……」


 そう言ってガイが目を逸らしたので、シャンリーは「勝った」と思った。

 これでガイを己の思う方向に誘導できると、そう思った。


 嬉しさよりも、寂しさと胸の痛みはあったけど。

 帝国のために、自分がガイを得る事はできる。


 だがしかし。

 それが勘違いであった事を、すぐにシャンリーは思い知らされた。


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