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23 皇女の帰還 8

登場人物紹介


ガイ:主人公。冒険者の工兵。在籍していたパーティを追い出されたが、旅で妖精と記憶喪失の女性に出会った。なんやかんやあって今では村一つを丸ごと所有する地主。


イム:ガイが拾った妖精。世界樹の木の実から生まれた分身体。


ミオン:戦場跡で出会った記憶喪失の女性。貴族の子女だろう彼女から護衛を頼まれ、ガイは行動を共にしている。表向きは夫婦を装って。その正体はケイト帝国の第一皇女だった。

 ミオンが洗い物を終えて振り向くと、ガイはテーブルでこしらえ物に集中していた。

 消費型の魔法道具(マジックアイテム)……安い低レベル品から高価で高レベルな品まで。それを村の商店に収めるため、また自分で使うため、ガイは毎日内職していた。

 素材を集め、両手で道具を使いこなし、細かい作業をこなしてゆく。とても器用だが、休憩もせずに作業に熱中する所は不器用でもある。


 そんなガイの背中にこっそり近づき、そっと体を押し付けた。


 え、え、え? ななな、なんだよ?


 露骨に動揺するガイを見ると可笑(おか)しくなってしまう。

 思わず微笑(ほほえ)みながらも彼に言ってあげた。


 根を詰めるとバテちゃうわよ。そろそろ休憩しないと。


 するとガイは道具をテーブルに置くのだ。


 わかってるよ……言われなくてもさ。


 まるで邪魔みたいな口ぶり。

 けれど、離れろ、とは言わない。

 きっと、ちょっとドキドキしているのだ。実は嬉しいくせに。

 そんな事はお見通し。


(チョロイって、こういう事かな)


 そう考えると思わずにんまりと顔が緩む。

 不器用で真っすぐなのにちょっと素直じゃない彼を、手玉にとるイケナイ感覚。

 でも……そんな彼だから安心して頼りにできるのも本当なのだ。


 ちょっと外の空気でも吸ってこようかしら?


 そう言うと、ガイは思い通りに応えてくれた。


 わかったよ。月でも眺めるか。


 そう言って立ち上がる。

 一緒に行こう、とはあえて言ってやらなかったけれど。ガイはそれが当然だと思っているのだ。

 でもそれは指摘しない。おかしくて、くすぐったくて、思わずくすくすと笑ってしまうけど。

 不思議で謎めいた力を秘めているくせに、面白いぐらい期待通りなガイを……よろしくないと頭ではわかっているけれど、やっぱりもうちょっとドギマギさせてみたい。


 ガイからすっと離れて、自分が先に夜の庭先に出る。

 夜空に月が輝いていた。

 遅れて出てくるガイに、ちょっぴり媚びた、内心すこし自信のある笑顔を向ける。


 綺麗よね。


 そう言うとガイは頷いた。

 その目は月ではなく、こちらを見つめていた。



――朝。第一皇女の寝室――



 朝日が眩しくてシャンリーは目を覚ました。

 昔から()()()()()()己の寝室で、寝床から身を起こす。

(夢……か。なんだか遠い昔の事みたいね)

 まださほど経っていないのに。短い時間だったのに。


 自分が深い溜息をついている事に、彼女自身気づいていなかった。



――執務室――



 何枚もの地図を前に、妹や数人の家臣達とともにシャンリーはあれこれと議論を重ねていた。

 その途中で扉が開く。

「まだ会議中なのか? 俺達、呼ばれて来たんだけど……」

 ガイ達一行であった。

「ああ、もうそんな時間なのね」

 シャンリーの言葉は言い訳や演技ではない。本当に時間が経つのを忘れていたのだ。


 地図は旧ケイト帝国領の現状……今でも従う領、独立を選んだ領、敵対までする領、中立で様子見をしている領を現す物だ。この状況でこれからどこへ対しどう動くか。案も懸念も不明点も無数にあり、いくら考えてもまとまる物ではなかった。時間などいくらあっても足りない。

 だがまとめねばならないのだ。決めて動きを指示せねばならないのだ。

 今のケイト帝国が抱える問題の、これは一つでしかないのだから。


「では一旦休憩にしましょう」

 シャンリーは家臣達にそう言い、間髪いれずガイ達へ振り返る。

「ガイ。率直に言うわ。ケイト帝国の要職に就いて頂戴」


「要職って……?」

 首を傾げるレレンにシャンリーは説明する。

「具体的には将軍ね。軍事力を外部に頼っている情けない現状も、ガイがいてくれたら一変させる事ができるわ」


「カサカ村はどうすんだ?」

 ガイという()()を求める言い分に、今度はタリンが訊く。

 それにもシャンリーは用意していた答えを返す。

「カーチナガ領主には再び帝国に恭順するよう求めるわ。ガイがこちらに着けば断らない筈よ」


 だがそれを聞いた家臣の一人が、後ろから耳打ちするかのように意見する。

「シャンリー様? あの辺境とこの都の間に、離反した領がいくつかあります。地続きにはなりませんぞ?」

「地続きにするわ。ガイ達がいれば難しくないもの」

 振り向きもせずに答えるシャンリー。

 その声の大きさも顔の向きも、明らかにガイ達へ聞かせる意思があった。


 ぶすっとした顔で聞いていたスティーナが「ふん」と鼻を鳴らす。

「皇女に戻ったら師匠を部下扱いですか? そこまで頼るなら、いっそ皇帝になってもらえばどうです。夫婦だったんだから」

「おいィ!? 何をのぼせとるんじゃ! それはお芝居でやってた事じゃろ!」

 目を吊り上げて第二皇女のヨウファが怒鳴った。

 それを片手をあげて制するシャンリー。

 妹が不満ながらも黙ってから、シャンリーははっきりと告げる。

「ガイを皇帝にはできないわ……既に人間ではないもの。ケイト帝国の皇帝になれるのは人間族だけよ」


 そう言うシャンリーの目は、真っすぐガイを見つめていた。

 ガイもまたシャンリーを見つめていた。だが……何も言わない。じっと、探るように窺うだけだ。


 少しの間、部屋は重い沈黙の底に沈んだ。


 そこへ入室してくる兵士が一人。

「ユーガン殿。よろしいですか?」

 呼ばれたユーガンは部屋の中を一瞥してから、自ら兵士に近づき、小声で何かの報告を受ける。

 それを聞いてから部屋の中の皆へ呼びかけた。

「話は後にしてはどうかな。影針(えいしん)の居場所がいくつかの候補に絞れた」


「わかった。そうしよう」

 頷くガイ。

 その瞳は、まだシャンリーを見つめていたが。

「任せるわ」

 同意するシャンリー。

 その瞳は、ガイから逸れる事は無いままだったが。


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