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22 ホン侯爵家 4

登場人物紹介


ガイ:主人公。冒険者の工兵。在籍していたパーティを追い出されたが、旅で妖精と記憶喪失の女性に出会った。なんやかんやあって今では村一つを丸ごと所有する地主。


イム:ガイが拾った妖精。世界樹の木の実から生まれた分身体。


ミオン:戦場跡で出会った記憶喪失の女性。貴族の子女だろう彼女から護衛を頼まれ、ガイは行動を共にしている。表向きは夫婦を装って。その正体はケイト帝国の第一皇女だった。

――夜――



 月が明るい夜だった。

 その夜空からホン侯爵邸に降り立つ機体が一機。

 コウモリの頭と翼をもつ人造巨人が、装甲に月の光を反射させ、庭……本邸のすぐ前に着地した。


 ガイ達は広間に移動していたが、その目と鼻の先である。格納庫に入れた運搬機、その中にある自分達の機体よりよほど近い。

 その機体を見上げて叫ぶポリアンナ。

「あれは……兄の機体!」

「そこに停めるのか」

 苦い顔で呟くガイの横で、シャンリーの目が鋭くなる。

「私達がここにいる事を知っているのね。影針(えいしん)という暗殺者から情報を得ていれば、ポリアンナがここに戻った事から読めるはず」



 機体が膝まずき、操縦席から銀髪の騎士――ユーガンが跳び下りる。何メートルもある高さを苦も無く着地し、庭に面した大きな窓から入って来た。

「ただいま戻りました」

 そしてガイ達を見回す。そこに驚いた様子は全く無い。

「客人もお揃いか」

 慇懃無礼(いんぎんぶれい)にさえ見えるユーガンに、ポリアンナがたまらず叫んだ。

「兄上! 聞きたい事があります」


 義妹の必死なさまに、ユーガンは察した。

「父上。ポリアンナに私の身の上を話しましたな?」

「うむ」

 苦悩に顔を歪めつつもホン侯爵は頷く。

 そこでシャンリーが毅然と問いかけた。

「私も興味があるわ。ユーガン、なぜケイト帝国にいまだ弓引くの? まさか皇帝になれないから……というわけでもないでしょう?」


 冷たい目を彼女に向けるユーガン。その視線には敵意が籠っていた。

「そのまさかだと言ったら? 可能性が()()()()()。それが気に入らない……だからだと言ったら?」


 彼は己の掌を見つめる。

吸血鬼(ヴァンパイア)の力に覚醒した当時、私は信じられなかった――それまで己を人間だと思っていたからな。両親が養父母だなどと思ってもいなかった。しかし思い悩んで訊いてみれば、私は異世界から来た半吸血鬼(ダンピール)だという」

 掌が握られた。拳に力が入り、震える。

「私には生まれながらに、皇帝への道は無かったのだ。それを誰も知らなかった」


 それを聞き、タリンが「ヘッ!」と吐き捨てる。

「そんなに地位が欲しいのかよ。それとも皇女さんに内心惚れ込んでいたのか?」

 今度は彼に目を向けるユーガン。しかし……

「あれば嬉しく、さりとて無いならそれで……といった所か。どちらもな」

 その言葉に怒りや苛立ちは無かった。落ち着きさえあった。

 

「わけがわかりません。ならばなぜ封印された古竜を、改造までしてけしかけているんです?」

 スティーナが問う。

 するとユーガンが目を向け、話かけたのは、己の義両親にだった。

「父上、母上。私が人外種族だったとわかったあの日。貴方達は悲しんで私に詫びましたよね。わからなかった、すまない……と」

 言葉から落ち着きが次第に消えていく。

「なぜ貴方達が悲しむのでしょうか? 私を我が子として慈しみ、面倒をみてくださったというのに。それは、本来持っていた……と思っていた可能性が無かったからでしょう?」


 無いとわかっていたのと、有ると思っていた物が無かったのと。

 その二つは違う。違うのだ。


「私も悲しかったですよ。私にも、顔も知らない実母にも、ひきとってくださった貴方達にも、誰一人落ち度などなかったというのに、貴方達を悲しませた事が。原因が、私が私自身だという事が」

 声に憤りが籠っていく。

 何に、誰に対してなのか……。

「そして私が将来子を作っても、その子が男でかつ人間でなければ、やはり可能性は無い。孫に望みを託した所で、その頃貴方達が生きているかどうか……貴方達は人間なのだから。私はそうではないのだから!」

 ユーガンの子が人間の男子である見込みは、半々のさらに半々。妻が人間だと限定した上でだ。その分の悪さもまた彼が彼身だからだ。



 彼の心情をぶつけられ、その両親は驚き、戸惑った。

「何を……言っている!? 皇帝などそこまでこだわる物では……」

「全く期待していなかった、と断言できますかな?」

 養子がそう問うと、一瞬言葉に詰まりはしたが。

 それでも侯爵は訴えた。

「それは、お前が真面目でできが良く理髪な子だったから……そうなれば嬉しいと、親の贔屓目程度の話で……」

 ユーガンはその言葉に頷いた。喜び、満足して。

 そしてだからこそ――

「その親馬鹿一つ許されないから、私に詫びたのでしょう? 何も悪くない貴方が」


「成りたかったわけではなく、許せなかったという事か?」

 ガイが訊くと、ユーガンは「ああ」と肯定した。

 しかしこうも付け加える。

「何を嫌おうが内心だけなら自由だ。私が公言するのはこれが初めてだし……本当なら心の奥底に一生押し込めていただろう。何事も無い時代なら。平和な時代ならな」


 誰しも、どうにもならない事がある。

 どうにもならなければ諦めもつく。

 だが――


「だが、この時代にはチャンスがあった。この決まりを……帝国を土台から崩してしまうチャンスが。それが私の前に来てしまった」

 機会が与えられなかった事が天運なら、機会を得るのもまた天運。

「だから魔王軍に降った。封印された魔竜を手土産に、戦わずしてな」


 そこで微かに、ユーガンは笑った。

 どこか自嘲気味に。


「だが世の中はとかく思い通りにいかぬもの。ケイト帝国は首の皮一枚で繋がってしまった。ならばとどめを刺さねばならん。人間しか皇帝になれないという掟を、皇帝が最上位にある地で変えるには、一度叩き壊すしかない」

「そして貴方が皇帝になると」

 シャンリーが問う。

 ユーガンは……頷かなかった。

「他の者でもいいし、いっそ別の国が興ってもいい。前例が一度できてしまえば、今度は他種族が元の掟を断固認めなくなるだろう」


「今の帝国の掟は差別だ、それを破壊する……という大義名分でしたか」

 スティーナは理解したように、しかしどこか揶揄するように言った。


 だがユーガンは……それを否定した。

「裏切りで始めているのに大儀や正義などあるものか。戦後の復興を踏みにじってでも帝国に剣を向けるのは、ただ私の身の上にとって許せないという……己の私情だ。私怨だよ」


「お前のぶんだけ無かったわ。けど別にいいよな?」

 これをガキの頃に食らった時の苛立ちが今回の元ネタだ。

 理解できない人には意味不明だろうから、このキャラの思考もやっぱり意味不明だろう。

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