21 魔の領域 1
登場人物紹介
ガイ:主人公。冒険者の工兵。在籍していたパーティを追い出されたが、旅で妖精と記憶喪失の女性に出会った。なんやかんやあって今では村一つを丸ごと所有する地主。
イム:ガイが拾った妖精。世界樹の木の実から生まれた分身体。
ミオン:戦場跡で出会った記憶喪失の女性。貴族の子女だろう彼女から護衛を頼まれ、ガイは行動を共にしている。表向きは夫婦を装って。その正体はケイト帝国の第一皇女だった。
――関所最寄りの村――
数日かけて、ガイ達はホン侯爵領最寄りの村へ着いた。
村の守りは鍛冶屋のイアンと農夫のタゴサック、元パーティメンバーのララ・リリ・ウスラに任せてある。
ゾウムシ型の運搬機で出かけたのはガイ、ミオン、イム、スティーナ。さらにレレンとタリンも同行していた。
村の出口の向こうには、荒野を貫き街道が真っすぐに延々と伸びている。
その道の脇、村の端に薄汚れた雑貨屋があった。
ガイ達一行はその店の前にゾウムシ型の運搬機を停め、店で食料を買い足す。
取引を終えると、店主――枯木のような老人――は背を丸めて下から見上げるようにして不気味な笑みを浮かべた。
「へへへ……この向こうの領へ行きなさるのかね。やめておきなと、忠告はしておくぜ」
「なぜだ?」
ガイが訊くと店主はニタニタ笑いながら片手を出す。
ガイはその掌に金貨を一枚置いた。
金を握ると店主は再び滑らかに喋り始める。
「あそこの領は魔王軍が侵攻してきた時に、傘下に入って見逃してもらったのさ。だから帝国が崩壊する前から独立して自治領だし、今でもゴブリンやオークが領内に普通に住んでいるし、関所を見張っているのはそいつらだ。半分魔物の国なんだよ、あそこはな」
「そんな事になっていたの……」
そう呟くシャンリーの顔には憂鬱な翳りが隠しようもなく浮き出ていた。
――関所――
街道は山間に入り、その途中に関所があった。
聞いた通り、ゴブリンとオークの兵士が数匹ずつ見張っている。オーガーも一匹、それらの後ろに控えていた。
「止まれ! そこの運搬機、止まれ!」
改造ゾウムシが近づくと、関所の見張り塔からゴブリンの一匹が大声をあげる。
ガイ達の運搬機は言われた通り止まった。
操縦席の戸が開く。
そして中から、ゴブリンが一匹出て来た。
そのゴブリンは見張り塔を見上げて声をあげる。
「へい兄弟。ゴブリンが逃げ込むならここだと聞いたんだがよ」
「なんだ、人間どもから逃げて来た奴らか。悪いが銭はとるぜ」
そう返事をすると、見張りは関所内へ何か合図した。
数分待つと関所が開く。
下級の魔物兵達が出て来て操縦席を覗いたが、助手席に座るのもゴブリンだった。
操縦席のゴブリンが言われるままに数枚の金貨を渡すと、関所の門を通るよう合図が出される。
「この領なら人間どもの町に住む事もできるが、オレらの居留地があるからよ。そこに行けば気兼ねなく住めるぜ。まー銭稼ぎのために人間の町で暮らす奴らもいるが、いきなりはお勧めしねーな」
そういう見張りゴブリンに、操縦しているゴブリンが手を振った。
「ありがとよ、兄弟」
関所を通り過ぎ、山間の道を進む運搬機。
やがてゴブリンはブレーキをかける。するとその体が薄くなり、消えて、ゴブリンの歯が一本残った。助手席にいた奴も同様だ。
座席の後ろにある毛布がごそごそ動くと、そこからスティーナが顔を出す。
さらに格納庫への戸が開き、他のメンバーが次々と顔を出した。
「上手く行ったな」
安堵の声を漏らすガイ。
レレンがしきりに感心していた。
「召喚魔法にこんな使い道があるとは……」
「戦闘にしか魔法を使えないのは二流止まりです」
スティーナは少々得意になって「ふふん」と微笑む。
ゴブリン達はスティーナが魔法で作成した物だったのだ。
歯を触媒にして、一時的にかりそめの命を与え、コントロールしていたのである。
そんな中、シャンリーは難しい顔で外を眺めていた。
「魔王軍が滅んでも魔物の居留地なんて残っている……やはり完全に掌握されているようね」
――サイーキの街――
侯爵領内の街道上にある最初の街。
貿易拠点の一つでもあるサイーキは広く大きく、行きかう人も多かった。
運搬機で中央通りを進みながら、ガイ達は街の様子を窺う。
巨人でも不自由なく歩けるほど広い道の両側には、無数の店舗が並んで客を迎えていた。
「なんだ、街は他所と変わらんぜ」
呑気にタリンが笑うが、ガイの目が鋭くなる。
「そうでもないようだ」
派手な酒場の前で睨み合う集団があるのだ。
片方は古風な民族衣装を着た剣士の一段。
「新参ども。今日こそ死にたいらしいな?」
「スッゾコラァ? カビくせーんだよ任侠気取りが」
聞き取り難い活舌でダミ声を張り上げているのは……オークやゴブリン等、下級の魔物の兵士達!
しかもそこへ三つ目の集団が割り込む。
「ヘーイ、ここは既にウチのシマになったネ。イキッてるとコロすヨ?」
露出の高い蛮族風の戦士達である。褐色や赤銅色など、住民とは肌の色が違う者が多い。その全員、頭に黄色いバンダナを巻いていた。
野次馬根性も露わに、窓をあけて身を乗り出すタリン。
「なんだありゃあ?」
側にいた地元民の一人が心配そうに声をかけてくる。
「あんたら、領の外から来た人!? どうやってこんな街に……」
「借金取りに追われて逃げてきたんだわ」
即座に適当な嘘をタリンが返すと、なんと地元民はすんなり納得した。
「なるほど。この街まで追ってくる奴はもういないだろうからな。だがここの方が酷いかもしれないぞ……」
タリンは刃物をチラつかせあう三集団を指さす。
「で、あれは?」
「魔王軍に降ってからは治安も悪くなる一方でな。古くからの地元ヤクザと、下級の魔物どもと、移民系のギャングが三つ巴で抗争してやがるのさ」
地元民はほとほと困っているようだった。
だがしかし。
まだ若いモヒカンの野盗が悲鳴をあげながら駆け込んできた。
「ヤベーよマジヤベーよ! ポリ公どもだよ!」
「ヒィッ!」「ウヒャアア!」「ギョエー!」
途端に三集団が混乱に陥り、我先に逃げ出そうとする。
だがその時には……板金鎧で武装した戦士達が姿を現していた。
「何度言ってもわからんらしいな」
そう言って前に進み出たのは、真っ赤な鎧を纏った一際小柄な戦士。フルフェイスの兜で顔は見えない。
「ま、待ってくれ! あいつらの方から……」
地元ヤクザの一人が何か言いかけた。
直後、戦士の剣が閃く!
抜刀即斬撃の鮮やかな剣技だった。
その一閃は三つの光と化し、ヤクザ・魔物兵・移民ギャングからきっちり一人ずつを捉える。
火花が弾け、三人が焼け焦げた傷口を露わに倒れた。
一撃で絶命している。
(電撃と斬撃の融合……魔法剣士か)
ガイはその太刀筋を運搬機の中から見極めた。
赤い戦士の技量が達人級である事も。
ならず者達の三集団は恥も外聞もなく逃げ出し、通行人を掻き分けて姿を消した。
それを追おうとはせず、赤い戦士は兜を脱ぐ。
赤毛を後ろで束ねた女――ガイと歳の変わらない少女だった。
設定解説
【銭稼ぎのために人間の町で暮らす奴らもいる】
盗品やおクスリ等の、仕入れや売買が主な産業である。街中で他の集団と揉めていたのはそのシマの境界や活動範囲が原因。
一応、屋台や肉体労働等で地道に働いている奴もいないわけではない。