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20 真の名 2

登場人物紹介


ガイ:主人公。冒険者の工兵。在籍していたパーティを追い出されたが、旅で妖精と記憶喪失の女性に出会った。なんやかんやあって今では村一つを丸ごと所有する地主。


イム:ガイが拾った妖精。謎の木の実から生まれた。何かと不思議な力が有るようで?


ミオン:戦場跡で出会った記憶喪失の女性。貴族の子女だろう彼女から護衛を頼まれ、ガイは行動を共にしている。表向きは夫婦を装って。その正体はケイト帝国の第一皇女だった。

「ケイト帝国、皇帝一家の長女。シャンリー=ダー」

 ガイの(うち)のミオンだった女性は、記憶を取り戻しそう名乗った。


「皇帝一家の長女……死んだ筈の第一皇女なのか」

 半ば呆然と呟くガイ。

 それにシャンリーは頷く。

「死んだ事にもなるわよね。都が魔王軍に襲われた日、私と父は劣勢の中で脱出したわ。外出していた妹を探して合流するために、別の都市に立て籠もるために」


 そこから彼女の、シャンリーの話す所によると――


 都から脱出はしたものの、魔王軍の追撃部隊により、思う方向に進めず、幾度もの転戦を余儀なくされた。

 しばらく持ち堪えたものの、最後には世界三大国の、皇帝直属の精鋭軍さえ敗れたのだ。


「辛くも追撃軍を破る目前までは戦えたのよ。でも……初めて見る敵が現れたわ。今でもわからない。壊滅しかけた敵軍の、たった一体の増援。生き物の殻と植物の蔓でできた奇怪な巨人が、ケイオス・ウォリアーなのか、全く別の怪物なのか」

 シャンリーが視線を落とし、体を震わせる。

 声に恐怖が滲んでいた。


「あれが片手を振り上げると光の流星雨が降り注いだ。全て焼き尽くされたわ。帝国の、精鋭中の精鋭達が……何もできなかった。打つ手なんて何一つ、講じる暇さえなかったの。父の乗る艦が粉々にされるのをこの目で見たわ。通信機ごしに断末魔も聞いた」

 父の最期を語る時、その声に抑揚も感情も無かった。

 涙も悲しみも無い。


(表に出さないように抑えているんだろうけど)

 ガイはそう感じた。


「私もね。将来の皇后として、色々な事を学んできたつもり。色々な本を読んで、様々な教師に師事してもらって、沢山の人と話して、少しは知恵がある――と、人に言って貰える――程度には、色々考えられるようになったつもりだった」

 そこでシャンリーは笑う。

 小さく、口まわりだけで微笑む。

 目は暗く沈みきっていたけれど。


「世の中には、人の小賢しさなんて到底及びもしない物があるのね」

 同意を求めているわけではないだろう。

 口にしなければいられなかったらしい。


「結局生きていられたのは、私を脱出用の小型機に押し込んでくれた側近達がいたから。あれで水中に放り出して貰わなければ、それができる大河の上流でなければ……私も死んでいたわ。本来誰かがやるべき操縦さえ誰も担当できなかったんだものね。本当に、私を押し込むのが精一杯だったのよ」

 それを聞き、ガイはシャンリーと共に流れ着いていた多くの残骸を思い出した。

 あれが有ればこそカサカ村に着き、魔王軍に勝利して受け入れてもらえた……と考えれば、ガイも犠牲者達に助けられたのだろうか。


「その一人がミオンよ。よく仕えてくれた侍女でね。十年ぐらい前から面倒を見てくれた人だった」

 シャンリーの顔にさす陰が隠しきれなくなった。項垂れて見え難くなっていてもガイにはそれが感じ取れた。

 その侍女の生存が絶望的な事を彼女はわかっている。ガイにもだ。


「私の記憶が失われたのは……ガイの処置のせいだけじゃない。保存状態にするのに、十分な時間をかけられなかったせいもきっとあるわ。でもお急ぎだったんだからカンベンね」

 もう一度、シャンリーは顔を上げた。

 彼女がなんとか作ろうとしている笑顔は、共に暮らす中で何度も見せてきた、ちょっぴりだけ悪戯(いたずら)っぽい、ガイのために向ける笑顔だった。


 少々無理をしている事を隠せてはいなかったが。


 彼女の大きな瞳に、ガイは「優しいな」と感じる。

 そこでようやく、シャンリーは自分と共に暮らしてきた()()()なのだと実感した。

 いや……頭では理解していたが、いつのまにか、違う人かのように感じていたのだ。


 だがそうではなかった。


 あえてガイは己から訊く。

 わかりきった事を自ら。

「都へ、帰るんだな?」


 躊躇(ためら)う事なく、はっきりと。

 シャンリーは頷いた。

「帰るわ。私は帝国の第一皇女、将来の皇后だもの。だから側近も護衛もみんな命をくれたんだもの。自分を取り戻した以上、うやむやにする事は許されないわ」

 淡々と冷静に言うシャンリー。

 だが彼女を見たガイが感じたのは、今までで一番の強固な意志だった。


 ガイも頷く。

「そうか。そうだな……」

 そして想う。

(夫婦ごっこも終わりだ)


 いつか来る日であった。

 今までにも訪れかけた事があった。


 来るべき時が来た。



 だがしかし。

「でもその前に行きたい所があるの。ガイ、連れて行って」

 シャンリーがガイに頼む。

 だからガイは応えたのだ。

「いいぜ。どこへだ?」


 承知してから話を聞く。

 どこへだろうと()()()()()()()行かねばならない。


 そんなガイにシャンリーは告げた。

「ホン侯爵家よ。ユーガンがなぜ魔王軍に寝返ったのか、なぜ今でも帝国に刃を向けるのか。それを調べるの。事情によっては和解してやめさせる事ができるでしょうし……駄目なら討つわ」


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