終幕 ユリア・ジークリンデ ①
ユリアとともにセウェルスとルキウスが屋敷へ帰ってくると、家にいたローヴァイン家が出迎えた。そして、ラウレンティウスの父エゼルベルト経由で、ローヴァイン家と姻戚関係にあるベイツ家にふたりが帰ってきたことが伝わり、そこからさらに『おかえりパーティー』をしようという話が発生して準備が進み、あれよあれよという間にパーティーは始まった。
「乾杯〜! ふたりともおかえり〜! そしてお疲れ様でした〜!」
このパーティーをしようと言い始めたエゼルベルトが乾杯の音頭をとる。
ふたりが帰ってきた時間帯は、どこの家庭も夕食前だった。だが、逆にそのおかげで食事や飲み物──足りないものは備蓄していたものから調達した──の準備はすぐに完了し、流れるような動きでパーティーを開催することができたのだった。
あまりにも順調に準備が進んで開催まで至ったことに、セウェルスは、実はここにいる全員は自分たちの帰りを知っていたのではないかと思わず疑念を抱いてしまった。
「──全員、少し聞いてくれ。パーティーが始まってからする話ではないのだが……『アイオーンだった頃の俺』がした愚行を、ここで詫びさせてほしい──時には、突発的な身勝手さに困惑させ、手を焼かせてしまったはずだ。だから……申し訳なかった」
明るく乾杯が終わったあとに、セウェルスが謝罪をする。
しかし、ローヴァイン家やベイツ家の者たちは、何かしたっけ? という言葉を零し、顔に疑問を浮かべている。
「記憶を失ってすぐに、俺は永く孤独に過ごした。そのせいで、愛情への渇望があった……。だから、この時代に来た当初も、唯一、自分の過去を知るユリアを独り占めできなければ不安になり、嫉妬心や独占欲を出していた。──そのような愚行はもうしない」
謝罪の理由を述べると、ラウレンティウスは呆れた目をセウェルスに向けた。
「いきなり何を言い出すかと思えば……。そんなこと、ここにいる誰も気にしてなんかいないぞ」
「それはわかっている──。それでも、個人的に言っておきたかっただけだ。けじめとしてな」
「律儀だな。気負いすぎて身体を壊すなよ」
「お前も気負う性格だろう。人のことは言えんぞ」
「お前よりはマシだ」
「言っておくが、お前もそこまで強くはないぞ」
「舐めるな。セウェルスより俺のほうが強い」
「勘違いだ。ラウレンティウスより俺のほうが強い」
「……気遣ってんのか張り合ってんのか、どっちだよ」
クレイグがツッコむと、ふたりの言い争いという名の気遣い合いは終わった。
すると、ラウレンティウスの叔父であり、イヴェットの父親であるオスカーがポロリと、
「ふたりってさ、なんだかんだ言って仲良しさんだよね」
というと、
「誰が仲良しさんだ!」
「誰が仲良しさんだ!」
ふたりは息ぴったりに反論した。
「ほら。タイミングぴったり」
そんなこんなで、パーティーは始まった。
会場となった部屋は、厨房室と隣接する食事室ではなく、そこからほど近いところにある広い居間だ。
高い椅子や机はなく、地べたとほとんど変わらない高さのローソファーや、低い長机、椅子代わりにもできる大きなビーズクッションなどがたくさんある。並べられた食事は、厨房室で作られた家庭料理や買ってきた惣菜。そして、缶の酒やジュースで溢れている。
上流階級らしさからかけ離れた光景がそこにあり、庶民の大家族の夕食のようなパーティーだ。
「──ルキウス。一番若いお前さんが変に遠慮すんなって。ここには礼儀作法とかにグチグチ言うヤツはいねぇんだ。だから、もっと食べな」
「は、はい」
セウェルスとラウレンティウスから少し離れたところで、年頃の男児だというのに食べる量が少ないルキウスに気付いたダグラスが声をかけた。それに反応したアシュリーとクレイグの母クラウディアも明るい口調で話しかける。
「そうそう。大人でも子どもみたいに遠慮しない人もたくさんいるよ。それに、この料理はおばさんたちが頑張って作ったものだからさ。もっと食べてくれると嬉しいな〜」
「きっと育ち盛りな年齢だろうから、すぐにお腹減っちゃうでしょ? これと、これと、これも食べなさいな」
ラウレンティウスの母ミルドレッドが、皿を持ってさまざまな料理を盛りつけ、それをルキウスに差し出す。
「これもどうぞ〜。お肉が好きだってユリアから聞いているわよ〜」
イヴェットの母ディアナも別の皿を持って肉料理を盛りつけ、ルキウスに渡した。
「あ、はい。ありがとう、ございます……」
ルキウスがいつもよりも口数が少なく、緊張した口調であるのは、まだ接し慣れていない人たちが大勢いるからだ。なので、素の自分を出しにくい。さらに、多数の人間から一気に世話を焼かれたことがなかったためか、動きがぎこちない。
仲間たちも帰ってきたセウェルスとルキウスたちと盛り上がるなか、ユリアは少し離れたところにいた。人を駄目にするような柔らかくて大きなビーズクッションに背中を預け、酒に弱い人でも飲めるものを飲みながら鳥の串焼きを食べている。
やっと、日常が戻ってきた気がする。
ぼんやりとそんなことを思いながら、家族たちの喧騒を聞く。
日常が戻ってきた安心からか、なんだか眠たい。だが、ごはんは食べたい。
すると、いつの間にか酒を持ったクレイグが隣にいた。ユリアと同じ、人を駄目にするような柔らかくて大きなビーズクッションに背中を預けて──。
「串焼きに酒って、チョイスがおっさんだな」
「お酒に合うのよ。仕方ないでしょう」
若干、眠気と戦っている様子でユリアが言い放つと、クレイグは小さく笑った。
「──それはそうと、良い機会だから話し合いでもしておこうかなって思ってさ」
「話し合い?」
「まだ少し先の未来のことだけどな。オレら現代人が、『普通の現代の魔術師』に戻る方法が確立したらどうするか──。そのことついてだよ」
串焼きを食べようとしていたユリアの動きが止まった。
彼ら現代人は、星霊だったアイオーン──当時のセウェルスの血を飲んだことで、現代の魔術師とは言い難い力を持ってしまっている。その事実が広がってしまえば、世間も騒がしくなり、穏やかに暮らせなくなってしまう。
なので、彼らは『騎士』と呼ばれる魔術師警察官から極秘部隊に所属することとなった。この転職は、世間には知らされていない。極秘部隊とは、王国から個人情報を秘匿される存在だからだ。表には出しにくい理由で、並みの魔術師以上の力を持った、国に忠誠を誓う魔術師たち──。世間では、極秘部隊という名は世に知れ渡っているが、その職に就けるのは優れた魔術師だということしか判っていない。
極秘部隊とは、ヒルデブラント王国軍に属する部隊であり、仕事は自国や他国の主導者から頼まれる。世間には公表できないようなことだ。といっても、血なまぐさい仕事ではない。普通の魔術師には頼めない命の危険がある場所へと赴いて調査を行うことや、魔術師警察官でも相手にすることが難しい犯人を捕まえるなどだ。
しかし、彼らの存在は、やはり『現実的』ではない──つまり、普通ではないのだ。なので、世間を騒がせてしまう。そのせいで不特定多数の人間の欲望を刺激し、事件をもたらしてしまうかもしれない存在。穏やかではない言い方だが、世間の毒ともなりえるのだ。だから、極秘部隊に属する者の個人情報は秘されている。主導者といえども、他国の極秘部隊を知ることは叶わない。
「方法が確立したら……昔から抱いていた夢を叶えたい、とか……?」
「まあ、それは叶えたいな。オレは元〈持たざる者〉として世間に実績を残して、魔術師社会にはびこってる偏見にメスを入れることが目標だ。姉貴は、研究者としてゆっくり研究したいだろうし。イヴェットは、恵まれなかった魔術師の子どもや〈持たざる者〉のための教師になりたいんだと。総長は、騎士団のトップだってのに、いきなり離れちまったもんだから、一旦は騎士団に戻ってしっかりと体制を整えたほうが良さそうだって言ってたな」
「……そう。まあ……そうよね」
クレイグをはじめとした現代人たちにとって、極秘部隊という肩書きは、今でも一時的なものであることにすぎない。
クレイグたちがもともと所属していた騎士団の各部署には、彼らは別のところへ出向していることになっているはずだ。彼らがなろうと思ってなった立場ではない。
彼らは、現代人だ。
いつかはそうなると思っていた。
悲しむことではない。
寂しがってはいけない。
「寂しがるなよ?」
見透かされたような笑みで、ユリアはクレイグにそう言われる。
そのことが少しだけ悔しかったのか、ユリアは「なにを言っているの。子どもではないのだから」と意地を張った。
「──あなたたちは、もともと普通の魔術師だもの。戻れるのなら、『普通』に戻ったほうがいいわ」
クレイグたちの身にある『現代人離れした力』は、後天的に得たものだ。研究を進めれば、現代の技術でも取り除ける。
先天的な力を取り除くことはほぼ不可能だが、体質変化などによる後天的な力は取り除くことができる。それが魔術師という人間の特徴だ。
仲間たちが得たその力については、もしかしたら来年には解決できるかもしれないという話が出るまで研究が進んでいる。その研究は、半年前から始まっており、彼らの血はアシュリーが定期的に採血し、王立研究所に送られている。近い将来には、彼らはまた普通の魔術師として暮らすことができるだろう。
しかし──。
「……最近になって思い始めたんだけどよ──この力は、全員がずっと持っといたほうがいいんじゃねえかと思うんだよな。これは、オレだけの意見じゃなくて、ラウレンティウスや総長たちを含めた全員の意見な」
と、クレイグは言った。
その時、ユリアの目つきが変わる。
「駄目よ──。いつか結婚ことになれば、子どもにそんな力を受け継がせてしまう可能性があるのよ。後天的に得た力であっても、あなたたちの血に流れる魔力には、その力の情報が濃く刻まれているわ。だから、子どもにも受け継がれてしまう可能性は高いの」
「力の遺伝については、オレもそうだろうとは思ってたさ。けど、そもそもオレは結婚するつもりはねぇしよ。姉貴たちも、結婚とかそういう話には興味ねえってよ。近寄ってくるのは、ローヴァイン家の財産目当てや魔術師の血を求めるヤツばっかだろうからな」
刹那、クレイグの顔が真顔に変わる。
「それによ……ぶっちゃけ何らかの理由でアンタが暴れたら、それ止められんのもオレらだけだろうし。普通に一つや二つや三つくらい国潰せそうな力持ってるし──」
「国潰れすぎよ。現代の大気中にある魔力量だとさすがに無理よ。あなた、私を何だと思っているの」
ユリアはジト目を向け、話をもとに戻す。
「……それでも、将来は極秘部隊を辞めるつもりでいるのでしょう? その場合、どうやってその力を隠し通すつもり? 騎士団では、定期的に健康診断を受けないといけないのに。一発で身体の異常性がバレてしまうわ」
すると、クレイグはニヤリと口角を上げて、「だから、アンタにしか頼めなさそうなことを頼みたいんだよ」と言った。
「機会があったら、カサンドラ様に提案を持ちかけてほしいんだ。『日常』と『非日常』を掛け持ちできる王家公認の新組織を作ってくださいませんかってな──。もちろん、おこがましい願いだってのはわかってる。けどさ、極秘部隊を続けるアンタやセウェルスの身にまた何かあったら、助けに行けんのはオレらだけだろ? それぞれの夢を追いながらも、いざって時にはアンタやヒルデブラント王国の助けになれる。ヒルデブラント王家にとっても、オレらが極秘部隊のような仕事に片足突っ込み続けんのは悪い話じゃないはずなんだよな。オレらが極秘部隊になるときに、カサンドラ様は極秘部隊になることに有り難がってたろ?」
「それは、まあ……。私を助けられるのはあなたたちだけ、というのも事実だけれど……」
「対象となる人物は、誰もが王家と深い関係にある。ヒルデブラント王国と王家にとってデメリットはなく、メリットはある──いろいろなことを考えた結果、みんなも片足突っ込んだままのほうがいいかもなって言ってたぜ」
しばらくの沈黙のあと、ユリアは頷いた。
「……一応、カサンドラ様に話は通してみるわ。けれど、こればかりは簡単にはいかないと思うわよ」
「わかってるって」
と、クレイグは満足そうに言って手に持っていた酒の入った缶を口につけた。
賑やかな時間が過ぎていく。
時間が経つにつれて、酒が入っていたビンや缶が空になっていく。
ここにいる者たちは、まったく上流階級らしくないローヴァイン家と、その姻戚関係にあるベイツ家出身の者が大半だ。そして、そんなローヴァイン家の源流であるラインフェルデン家のテオドルスがいる。
誰も何事もなく穏やかに終わる、ということはなかった。




