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第六節 Restart ⑦

 ローヴァイン家の屋敷を発ったユリアは、ヴァルブルクに向かう前に花屋へと寄った。両親の墓に供えるための花を買うためだ。

 しばらくすると、片方の手のひらの上で持てるほどの小さな花束を持ったユリアが店から出てきた。贈りもの用としてラッピングがされており、さらには寒さにも強い色鮮やかな種類の花が多く、墓に合う花でもない。しかし、これでいい。両親には、このような花がよく似合うからだ。

 ユリアがヴァルブルクに着いたのは、空がほんのりと茜色が差しはじめた頃だった。

 街に到着すると、ユリアは丘の上にある城を目指したが、両親の墓には向かわず、一番高い尖塔に登った。そこで、街と城を見下ろす。


(……やっぱり、目立つわね……)


 その時に、ふと目に映ったのは、かつて謁見の間があった城の一部だ。

 今は、円形状に姿を消してしまっている。まるで巨大な生き物に食べられてしまったかのようだ。

 こうして見下ろすと気になってしまい、直したほうがよさそうだという気持ちが生まれるが、父は「気にするな」と言ってくれたため修復はしないことにしている。

 ひと月と少し前に、この城や街はようやく役目を終えた。だから、直す必要はないのだ。


(ヴァルブルク王国は、役目を果たした……。私の役目も──)


 私も、役目を果たした。

 少し前までは、役目を放り投げたとばかり思い込んでいた。いいや、思わないとやっていけなかった。

 自分は、贖罪や後悔を背負うために生きねばならない──。そう思わなければ、『あの日に起こった悲劇』の記憶とともに生きることはできなかったのだ。

 だが、今は違う。

 『ヴァルブルクの誇り』が、自分の心を奮い立たせる。


(お墓に行こう──)


 そして、尖塔から飛び降りたユリアは、両親の墓がある城の中庭へと向かった。

 冬となったことで、ふたつの墓を囲うように咲いていた花々がほとんど枯れていた。この季節だけは仕方ない。春になればまた咲くだろう。

 ユリアは、手に持っていた花束のラッピングやリボンを外しはじめる。そして、束をふたつに分け、花弁がついた茎を墓前の土に挿していく。花を生けるための容器がないため、土がその代わりだ。不格好だが、今日は風がわりと強いため、横たわらせていると花が飛んでいってしまう。それに、こうすれば少しは長く咲いてくれるだろう。

 花を活け終えると、花束を包んでいたラッピングやリボンを畳んでコートのポケットに入れた。


「……また、一段と寒くなってきましたね。父上、母上」


 冥福の祈りを捧げながら、ユリアは両親に話しかける。

 すでに、空は濃い茜色になっていた。じきに日が暮れる。寒さも強まった。祈りを捧げ終えたら、屋敷に帰ったほうがいいだろう。


(──?)


 目を瞑って祈りを捧げていると、ユリアのすぐ後ろから何かの音が聞こえた。石畳を歩くような音が、二回ほど。そして、服と服が擦れたような音。

 ユリアは目を開けた。その時、彼女を包むほどに大きなものが、肩に掛かった。とても大きな冬用の黒いロングコート──かなり背が高い人でなければ、着られないほどに丈が長い。掛けられたユリアでも、裾が地面につきそうだ。


「……!」


 ユリアの右側には、彼女よりも少し背の低い、白銀色の短髪の美しい少年が祈りを捧げていた。十代前半の少年らしいスタイルの冬服とダウンジャケットを着込んでいる。

 そして、左側には、臀部を覆うほどに長い白銀色の髪を持ち、少年とよく似た顔つきをした青年が同じく祈りを捧げていた。女性にしては身長が高めなユリアでも見上げるほどに背が高い、白銀色の髪を持った美丈夫──彼が、この大きな上着を掛けてくれた。かつて、彼の毛先にあったくせ毛は、もうなかった。


「……これで、許してくれるといいが」


 祈り終えると、青年はそう(ひと)()つ。

 この服はどこで調達を──だが、人間の肉体を作れるのなら服くらい造作もないことか。

 彼らの存在を認識したユリアは、最初こそ驚き、喜びが込み上げてきた。だが、あまりにも何事もなかったかのように帰ってきて、そのまま冥福の祈りを捧げていたため、喜びを露わにするタイミングを逃してしまった。そのため、行き場のなくなった喜びが笑いとなり、ユリアは口角を挙げた。


「……そもそも、両親は怒ってすらいなかったと思うわ。あの時の両親は、記憶を取り戻した本来のあなたの真面目さに、ほんの少し面食らってしまったように見えたわ。だから、あのようなことを言ったのでしょうね」


 冥福の祈りをささげた夫婦の娘からの言葉に、青年は「フ──」と笑う。


「ともあれ──おかえりなさい、ふたりとも。いきなり現れるものだから、驚いて声が出なかったわ」


「ただいま。──だが、驚いたのは俺達もだ。ようやく、すべて終えることができたから外界へと戻り、そのまますぐに墓参りへ行ってみれば……。まさか、お前もいるとは思わなかった」


 と、セウェルスは笑いながらもその偶然さに少し困惑していた。


「たしかに……。変なタイミングでの再会となってしまって、すみません」


 ルキウスも同じのようだ。

 ユリアは首を振る。


「大丈夫よ、気にしないで。……実は、このお墓参りは──ここに来た理由ではないの」


「何かの用事のついで、ということですか?」


 ルキウスが問うと、ユリアは恥ずかしそうに小さく笑う。


「なんとなく、あなたたちが帰ってきてくれそうな予感がしたから──。だから、私は……ここに来たの」


 そう言うと、セウェルスは彼女の心情をからかう声色で言葉を返した。


「ただの直感で、ここに来たとは──。それほど寂しかったのか?」


「ええ……。寂しかったわ」


 ユリアが素直に白状すると、彼は少しだけ意外そうに目を見張り、やがて「ふっ」と小さく笑った。


「やはり、お前は寂しがりやだな」


 すると、ユリアもからかうような笑みを返した。からかわれてばかりいてたまるかという意思を感じる。


「あら。あなたも寒いでしょうに、上着をかけてくれるのは有り難いけれど──。無理しなくていいのよ」


 と、ユリアは肩に掛けられた上着を脱ぎ、セウェルスに渡した。彼女の言葉は、さりげなく『上着をかけてくれたことは嬉しいけれど、登場の仕方を少しかっこよくするためにやったわね?』という意のものだった。


「子どもが大人の服を着たかのようにぶかぶかだったな」


 寒いだろうにという言葉にも否定することなく、彼は返された上着を着る。しかし、そのかっこつけがユリアに効かなかったことに対し、少しだけ不貞腐れているような顔をしていた。


「あなたの身長は、この国ではなかなか『規格外』だもの。それに体格差もあるわ」


 そのような性別差にくわえて、個人差がある。

 ふたりの身長差は二十五センチほどだろう。セウェルスと弟のルキウスを比べると三十センチ近くあると思われる。

 体格差に関しては、ユリアはよく食べているが肉は付きにくい体質であり、鍛えているが細身なほうだ。対してセウェルスは、筋肉質で厚みがある。


「……そういえば、ふたりの身体は『人間』と変わらないものになっているの?」


 そう問いかけると、ルキウスは頷いた。


「はい。念のため、現代人と比べると魔力生成力は段違いに強いままにしていますが、それ以外は普通の人間です」


「お前たちと再会するために不老不死を得ていたが、今となってはもう必要ない──。人間の身として、ようやく再スタートできる」


「再スタート──」


 セウェルスからその言葉を聞いたユリアは、もう一度その言葉を口にし、ゆっくりと息をつく。


「私も……ようやく、スタートラインに立てた気がするわ……。両親と話すことができたからかしら……。今までは、なんとも言えない薄暗い感情が渦巻いていて、それが消えてくれなかったけれど──今はもう無い」


 自分にとって、驚くほど両親という存在が大きかった。その部分は、幼い頃からまったく変わっていなかったというのに、今まで実感できていなかった。『大人』になったつもりでいただけで、まだまだ『子ども』だったのだ。

 だから、前に進めていたのは半歩だけだったのだろう──。ユリアは、静かに天を仰ぐ。


「今の私には、ヴァルブルクの誇りがある──。だから、私は……ヴァルブルクという名字を、もう一度堂々と名乗れるようになりたいと思ってしまうのでしょうね……」


 私は、ヴァルブルク王家の娘。

 しかし、現代に残る歴史では、ヴァルブルク王家は途絶えたことになっている。

 それでも、なにかしらのかたちでヴァルブルクを名乗りたいのだ──。


「ヴァルブルクの名字を……?」


 ルキウスが零す。


「ええ。今日、ここに来る前に、電話でカサンドラ様に頼んだの。この現代の世の中で、ヴァルブルクの名字を名乗らせてくださいとね」


「お前が、またヴァルブルクの名を──」


 と、セウェルスは何かを思案するように目線を上にやった。

 やがて、「そうか」と言って微笑む。


「……シルウェステル国王とカタリナ王妃は、きっと喜んでいるだろうな」


 そして、セウェルスはユリアとルキウスをやんわりと抱きしめた。


「兄さん?」


「どうしたの?」


「いや……。こうしてお前たちと喋っていると、三人で穏やかに長旅をしていたあの頃を思い出してな──。感慨深い気持ちになった」


 セウェルスは、誰よりも永く生き、孤独だった時間も長い。大げさだと思われても、彼はこの何気ない時間への愛おしさを噛み締めてしまうのだろう。

 そのことを感じ取ったユリアは、セウェルスの背中に腕を回す。ルキウスも、静かに兄のほうへ身体を寄せて顔を(うず)める。


「今度は、テオやローヴァイン家とベイツ家のみんなと一緒よ」


「ああ」


 彼が感慨深くなってしまう気持ちはわかる。ここに至るまで、とても長い旅路だったのだから。

 そのせいか、ユリアにもいろいろな気持ちが込み上がってきた。


「──ふたりとも。本当の私を見つけてくれて、ありがとう」


 いつの間にか、無意識にこんな言葉が零れてしまっていた。


「急にどうした」


「……言いたかっただけよ。言いたいと思った言葉は、できるかぎり早く伝えていこうと決めたの。だって……チャンスを逃せば、もう二度と伝えられなくなってしまうことだってあるじゃない……。昔は、そんなことばかりだったもの……」


「大丈夫だ。もう二度とそんなことは起きない。──俺が起こさせはしない」


「おれたち、でしょ? 兄さんひとりじゃ、さすがに難しいと思う」


 ルキウスの正論という名の鋭いツッコミに、セウェルスは寂しそうに「……少しくらい兄にかっこつけさせてくれ」と呟く。そんな兄弟のやり取りにユリアは笑いをこらえていた。


「……私たちのために、今まで頑張ってくれてありがとう。せめてものお礼として、何か要望があればなんでも聞くわ。だから、たくさんわがままを言ってちょうだい」


「本当ですか? それじゃ、王宮で暮らしていたときの食事に出てきた肉料理を作ってみたいです。エドガーさんに頼んで、料理長からレシピをもらっています。俺はまだ料理が不慣れですので、姉さんや兄さんと一緒に作ってみたいです」


 その刹那、ユリアは手のひらで口元を隠し、目を輝かせた。


「なんて可愛らしいわがままっ……! しかも、ヒルデブラント王家お抱えの料理長のレシピですって!? では、なるべく早く王宮に置いてある荷物をローヴァイン家の屋敷へ持ってきましょうか。できれば明日にでも──」


「ルキウスの可愛らしさと料理長のレシピにテンションを上げるのは結構だが──言質はとったぞ。本当に、なんでも聞いてくれるんだな?」


 セウェルスがユリアの言葉を遮り、そう言った。彼の表情は真顔だ。なにを考えているのだろう。言葉も意味深なものであったため、ユリアはセウェルスに対してささやかに疑いの目を向ける。


「言質って、あなた……。度の過ぎたわがままは、さすがに受け入れられないわよ」


「当然、節度は守る。深い繋がりがあろうとも、礼節を欠くことはしたくない。俺は、もう『愛に飢えていたアイオーン』ではないからな」


 アイオーンではあったが、もう違う。

 セウェルスとアイオーンは同一人物ではあるものの、持っていた記憶や境遇が違いすぎるのだ。『アイオーンだった頃の記憶を持つセウェルス』は、かつての己との境界線をはっきりと示す。

 その後、彼は柔らかく笑った。


「だが、頑張っていたのは事実だ。ある程度は甘やかさせてもらうぞ。どう甘えるかは、これから考えておこう」


 そして、セウェルスはふたりを離した。


「──そろそろ帰るとするか。暗くなるとさらに寒くなる」


 そう言って、彼は中庭から出るようふたりの肩を掴んで身体の向きを変え、背中を押した。ユリアは頷いてそのまま歩き出す。

 すると、セウェルスは彼女が前を向いている隙に、弟の頭に手を置いた。


「……えっ? それって──」


 頭に兄の手が置かれた時、ルキウスの身体を巡る魔力にある言葉が刻まれた。

 兄の意思──それを受け取ったルキウスは、刻まれた言葉の内容に思わず声を出して答えてしまう。しかし、すぐに兄の手で口を防がれ、その先の言葉は出ることがなかった。


「どうしたの? 何かあった?」


 その声が聞えたユリアが後ろを振り返る。


「いいや、なんでもない。──早く帰るぞ」


 その時には、セウェルスは弟の口元から手を放していた。

 セウェルスは事実をはぐらかし、ルキウスも「歩こうとしたら、ちょっと転びそうになっただけですよ」と答える。

 その日、ローヴァイン家の屋敷の日常が、ようやく元に戻った。

第四章が終わりました! 次回からは第一部、第二部とは違い、『エピローグ』の代わりとなる『フィナーレ』へと続きます。ユリア・ジークリンデの物語も終わりが見えてきました。最後までよろしくお願いします!

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