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第六節 Restart ③

「ちょっとさぁ……シルウェステルとカタリナ。いい加減、あんたたちも何か言ったら? 娘のことになると、言葉数が少なくなって前向きになれない難儀な性格になるのは相変わらずだよね。それとも、娘とその仲間たちの再会に気を遣ってんの? まさか、実際に会話するってなったら緊張して何も言えないって? ──けど、せっかくここまで来たんだから一言くらい言いなよ。示しがつかないだろ?」


 星霊からためらいなく指摘されたユリアの両親は、ばつが悪そうに目線を落とす。やがて、シルウェステルとカタリナは静かに娘と目を合わせた。


「……星の内界で、お前の旅路を見た。私たちがいなくなった後の……。ヴァルブルクにいた頃では成し得なかった、様々なことを経験したのだな……」


 両親が星の内界で歴史を見たということは、ここにいる家臣たちも知っているのだろう。セウェルスからもらった情報によると、彼らは両親の力から生み出された存在だ。


「……ご存知、でしたか……」


 ギクシャクとした雰囲気のなか、ユリアはぽつりと呟くと、無表情で目線を下げていく。

 何を話せばいいのか、今でもわからない。

 まともに話したことはなかったし、家族らしい話など当然したことがない。どんな話が適切なのか、ユリアには想像がつかなかった。

 少しの間があったあと、シルウェステルは目を伏せて、再び娘の顔を目に映す。恐怖を呑み込むように、口を開けた。


「ああ……知っている……。ユリアは……いつだって、立派にやり遂げていた」


「ええ、そうよ……。本当に立派だったわ。だから、どうか……自責に苛まれて、苦しむために生きようとしないで──。私達は、そのことを伝えにきたの」


 カタリナも続く。短くとも、愛を乗せた言葉を両親は伝えた。

 娘は目線を下げたままで、表情は動かない。

 やがて、それは我慢をしているからだということが判った。少しずつ目に涙が滲み、眉がわずかにさがり、口元も震えるように微動しはじめる。

 娘は、言葉に詰まったように、何度か口を開いては閉じる。


「……あの時に……今ほどの強さがあれば、と……ずっと、悔やむばかりで……」


 かつて、この娘は、大勢の人間や星霊から望まれて英雄となった。

 しかし、心の底では『普通』を望み、そんな英雄らしくない自らの本性を『悪』と捉えていた。そして、周囲からの幻滅と失望にひどく怯えていた。

 そんな人間が、今、その『悪』を曝け出している。


「──違います。ユリア・ジークリンデ様は、昔からずっと強い御方です」


 ユリアから少し離れたところで親子の会話を見守っていた人間の女性が、想いを伝えようと無意識に足を一歩前に出した。


「貴女様は、いつだって持てる力のすべてを、常に民と未来のために奮ってくださりました。私は、たくさんの戦場へと赴きましたが、ユリア・ジークリンデ様がおられる時は、被害はいつも微々たるものだったと記憶しております」


「そうです……! それに、戦場では下々の者たちにも細やかに気を配ってくださいました。それゆえ、ユリア・ジークリンデ様が率いる軍の士気はいつも高く、戦いが多い日々でも希望を持つことができたのです」


 さらに、その女性の隣にいた小さな星霊が言う。周囲の者たちも同調している。


「……だから、なのでしょう──。今思えば……我々は、無意識のうちに、貴女様の御心やその強さに甘えておりました……」


 そして、シュライヒ家出身の男が、肩を落としてそんなことを言った。彼は言葉を続ける。


「貴女様は、卓越した戦闘技能と優れた能力をお持ちです。ゆえに、ユリア・ジークリンデ様についていけば、きっと戦いが終わるという確信を持ち──貴女様が抱えていた苦しみに気付くことなく、幼子のように頼り、甘え続けていた……。ユリア・ジークリンデ様の心の淀みは、浅はかで愚かだった我々の心が生み出したようなものでしょう……。我々は、そんな貴女様に甘え続けず、立派な姿を見ても安心せず──もっと慮り、支えるべきだった……」


「馬鹿なことを申すな! あれらはすべて、私の至らなさだ──。民の心に光を灯すことも、〈予言の子〉である私の務めなのだから」


 ユリアが声を荒げる。だが、男は引き下がらなかった。


「それでも、我々は貴女様の優しさに甘え、心の淀みに気づかなかった……。胡坐をかいていたも同然──。深く、お詫びいたします」


 男が謝罪すると、家臣たちも一斉に深く謝罪を示した。

 ユリアは両親に顔を向ける。心のどこかで、ふたりが言わせた言葉ではないかと疑ってしまった。その目の意味を察したシルウェステルは、否定の意で首を振る。


「──たしかに私たちは、星に刻まれた情報と魔力を用いて、この者たちを一時的に『蘇らせた』。だが、彼らの心に関しては、私たちは一切手を加えていない。彼らの言葉は、お前の本心を知ったこの者たちの偽りない気持ちなのだ」


 彼らは生者ではない。父と母の力によって生前と同じ精神と姿を再現された『作り物』。

 だが、心は本物。星の記憶に刻まれたままの魂が、その言葉を紡いだ。


「……やめてくれ……謝罪など……。そんなこと……私は、望んでいない……」


 たしかに苦しかった。悲しかった。あの頃は、本当に欲しいものを「欲しい」とは言えなかった。手に入ることもなかった。

 でも、それを知ってくれただけでいい。誰にも恨んではいないし、憎んでもいない。あの時代は、誰もが何かに縋りたい気持ちを持っていたはずだ。私にも縋りたいと思う気持ちがあった。

 私は、誰かがしなければならないことをしていただけだ──。


「……親らしいことを、何もしてやれなくて……本当にすまなかった……」


「本当に……ごめんなさい……」


 そして、両親からの謝罪。

 ユリアは固まった。


「私たちは、〈予言の子〉となってしまったお前と向き合うことを避けていた……。お前は、ずっと寂しがって……苦しんでいただろうに……。我が子を赤ん坊のころに手放し、王家の者としての責務を優先した親では、どう接してやればいいのか判らず──何もできなかった……」


「許してくれとは言わないわ……。憎しみも恨みも、すべて受け入れるつもりでここに来たの」


 ユリアの固い表情から、少しずつ力が抜けていった。

 やがて、彼女は伏し目がちに両親を見て、自身の本心を言葉にしていく。


「……王と王妃という立場上、その両親の娘である私は〈予言の子〉として振舞って生きるしかなかった──それは解っています……。王は民のために。ヴァルブルク王国は、勝利のためにあった国なのですから」


 そして、腰に帯びた剣を鞘ごとベルトから取り外し、この言葉を口にした。


「……ですが……許されるのなら……ただの一個人として──これだけは申し上げさせていただきます……。『父上と母上から、この剣を貰いたかった』──!」


 負の感情を曝け出すことを『悪』のひとつだとみなしていたユリアが、その感情をぶつけた。

 この言葉は、ヴァルブルクの異変を調べているときに、ユリアが両親の墓前で吐露したものだ。憎しみや恨みではなく、怒り。

 両親は、初めて娘から怒りを向けられた。

 その剣は、両親の形見だ。テオドルスによれば、その剣は両親がユリアに贈ろうとしていたものだったという。

 まだ夫婦となる前に、シルウェステルがカタリナへ愛とともに贈った剣。それを次は、自分の娘に──。

 だが、贈ることは断念された。ユリアは、魔力で自分に合った武器を作ることができた。それは類まれな才能だった。

 さすがは英雄となる者。〈予言の子〉だ。王族が特注した剣とはいえ、そんなものは必要ないだろう──そう判断された。

 ユリアは、それ以上語らなかった。だが、その言葉には『心の澱み』と『負の感情』が強く込められていた。

 心の支えとなる、両親との繋がりが欲しかった。彼女のその言葉は、かつての欲望の叫びだ。


「……」


 ヴァルブルク王国の兵士たちは黙り込む。両親も悔やむように俯いた。

 ユリアも、落ちこんだように目をそらす。

 しばらくの沈黙があった。だが、ユリアはその時間を長引かせることなく、両親にもうひとつの想いを紡いだ。


「……見苦しい心を、見せてしまいましたが……私は、父上と母上を愛しています。本当です……。もう一度、こうして会うことができて……話をすることや、触れることができて……すごく嬉しいです……」


 『父上』と『母上』。そして、『愛している』ということ。

 ユリアは両親の手を握った。初めて、両親に触れることができた。初めて、実の両親に心からの気持ちを言うことができた。

 伝えられる機会などないと思っていた、夢のような言葉。

 今でも気持ちがふわふわとしていて、都合のいい夢でも見ているかのような感覚だ。両親も、何が起こっているのかわかっていないような反応を見せている。

 それからも、ユリアは心にある想いをひとつひとつ吐き出していく。


「──私は、ヴァルブルクの戦士たちが抱いていた誇りを決して忘れません。ヴァルブルクの民が、常に誇り高くあれたのは、父上と母上のお心が気高かったからだと思います。今でも、私はかくありたいと思っております。その誇りを持ちながら、私はこの世に生きる人々のために戦い、現代で生きていくつもりです」


 言えた。これも素直な気持ちだ。

 両親は、何を思っているだろう。ふたりは、握られていない手を娘のほうに伸ばし──抱きしめた。


「……ありがとう。私たちも、ユリアをずっと愛しているわ」


「私のように病気にはならないでくれ……。いつまでも元気で──胸を張って生きてくれ」


「……はい」


 初めて、抱きしめてくれた。両親に抱きしめてもらうというのは、こういう感覚だったのか。

 とても温かい。

 でも、これが最初で最後──。ユリアの頬に、涙がつたう。

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