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第六節 Restart ②

「──おいおい。なんで帰ってきた途端に黒歴史増やしてんだよ」


「ち、違うのよ! これはさすがに弁解させてちょうだい! 私は、あなたたちが空間に閉じ込められていることと、その内側に敵がいることしか教えられていなかったの!」


 ユリアは、慌てながら肩に置かれた彼の肘を退ける。

 すると、テオドルスとアシュリーがひょっこりと会話に混じってきた。


「教えられていたとしても、君なら壊してたと思うよ? 今でも魔力の手加減は下手くそだし」


「せやな。謁見の間はこうなる運命やったんやろ」


「どうして誰もフォローしてくれないのよ!?」


「まあまあ。でも、なんだかんだで直せるでしょ? ユリアちゃんなら、魔術でパパッと終わらせられそうな気がするけど」


 イヴェットの言葉に、ユリアは口を尖らせて首を振る。


「パパッとでは無理よ……。それなりにかかるわよ、これ……。そもそも私は戦うことが専門だし、建築関係の魔術なんてなにひとつ知らないわ。瓦礫すら消滅させてしまったものだから、まずは資材を集めるところから始めないといけないのは判るけれど……」


 いかにも面倒くさそうな気配が漂う説明だ。それを聞いていたラウレンティウスは、小さく息をつく。


「資材集めはともかく……修理の件は、お前でも無理なら俺たちにも無理だぞ……」


 建物の修復には、専門の技術が必要となる。余暇に行うような木工作業くらいならどうにかなるが、建物の修復はさすがのユリアもしたことがない。テオドルスも知らないだろう。

 彼女の顔は、みるみる萎んでいった。


「……あー、姫さん。ちょっといいか──。姫さんに、会ってほしい人たちがいるんだけどさ」


 突如、ダグラスがそう声をかけた。


「……会ってほしい人たち、ですか……?」


 今、このタイミングで、なぜ彼がそんなことを言い出すのか。

 ユリアが首を傾げていると、ダグラスは誰もいない方向へと目を向けた。


「──さあ。お二方とも、遠慮なさらないでください」


 誰もいないのに。

 彼が丁寧な言葉を使う人たちなど、誰だ。

 そうして、少し離れたところで、上流階級の出身らしき戦士の装備を身に着けた、二人の若い男女が姿を現した。


「──」


 ユリアはわずかに口を開き、そのまま固まってしまった。

 姿を見せたふたりは、ユリアとそこまで年齢差がないほどに若い見た目だが、彼女はふたりの正体を即座に両親だと理解する。


「な……なぜ──。うそ……」


 ユリアに拒絶の意思は見えない。

 ただ、今起こっていることに思考がついていけていないようだ。


「……元気そうで……何よりだ」


「無事で良かった……」


 両親は、おずおずと心配の言葉を娘にかける。

 ユリアの戸惑いは消えない。

 半年前のヴァルブルクの事件後に、幻であろう両親と対面したが──あれは、夢のような感覚だった。実際に会話をしたようで、現実ではない。

 今、この時が、初めて両親から話かけられた。しかも現代の言葉で。

 なぜ、若い姿の両親がここにいるの?

 いったい何があったの?

 何を言えばいいの?

 私を心配してくれていた。だから、『ありがとう』と言えばいいの?


(……けれど──もう、こんな状況は有り得ないはず……)


 娘は戸惑いを隠せない顔で、何かを調べるように周囲を見渡しはじめる。


「……な、何かの魔術……?」


「違う──。こういう理由だ」


 見かねたセウェルスが、指先でユリアの額に触れる。魔力を使って、両親の身に起こった出来事をすべて教えてくれた。

 その事実にユリアは愕然とし、一時的に言葉を失った。

 それからも、未だ感情の整理が追い付かないのか、ぼんやりとしながらも首を振り、両手で顔を覆う。消えそうな声で、「そんな……」という言葉を繰り返している。


「……まさか……こんなことが……。では……ならば……」


「──シルウェステル・ヴィーラント国王殿下! カタリナ・ゲルトルーデ王妃殿下! すべての敵の消滅を確認しました! 街の調査も完了しております!」


 か細いユリアの声が、男性の声によってかき消された。

 声がした方向を見ると、崩壊した謁見の間から、多数の人間や星霊が列をなして入り込んできている。

 その光景を目にしたユリアは、またもや言葉と思考が止まった。


「これは──ユリア・ジークリンデ様……! ご無事で何よりでございます……! やはり、ここから発せられた大いなる魔力は、貴女様のお力だったのですね」


 この男は、ヴァルブルク王国の軍隊を統率していた者だ。ヒルデブラント王国の出身で、その家系は代々王国の戦士として仕えていたという。

 その者が、ユリアの存在を認識して安堵の言葉をかけると、彼やその後ろに控えていた多くの人間や星霊たちは喜びを見せ、一斉に恭しく目上の人に対する礼節を示す。

 その光景を目に映していたユリアは、表情を動かすことなく、統率者の男性と周囲にいる人間や星霊たちのもとへと近づいていく。その雰囲気は、現代で暮らす彼女のものとはまったく違っていた。


「……あなたたちは、我が仲間のためにずっと戦ってくれていたのだな。──礼を言う」


「滅相もございません。ヴァルブルクの戦士は、守るべき者たちのために在るのですから」


 統率者の男性が答える。


「ああ、その通りだ──。此度の戦いでも、昔と変わらぬ統率力を見せていたようだな。さすがはシュライヒ家の者よ」


 王族として、人間と星霊の未来と心を守る戦士として──そんな彼女からの賞賛に、シュライヒ家の男性は「光栄でございます」と喜びを噛み締めた言葉を告げる。

 その時、狐のような耳と尾を持ち、ローブを着た二足歩行の星霊がユリアに近づいてきた。


「ユリア・ジークリンデ様。何の知らせもいれずに、ぞろぞろと不躾に参ってしまって申し訳ありませぬ。さぞや困惑されたことでありましょう」


 ティレシャの言葉に、ユリアは一瞬だけ目を見張り、やがて小さく笑いながら「いいや。気にするな」と返事をする。


「頭の動きが鈍くなっているのか……うまく思考が追いつかないだけだ。──そなたも戦場を駆けてくれていたのだな。ご苦労だった」


「なに。ユリア・ジークリンデ様の苦労に比べれば、全くもって苦ではありませぬ」


「ティレシャは強いのだな。……それにしても久しい姿だ。こうして、そなたと言葉を交わせたことは喜ばしい。あの頃の私は、まだまだ幼かったからな」


 ユリアがかつての家臣の名を口にすると、ティレシャは「なんと……」と驚いた。


「わしのことを、覚えておいでとは……。ユリア・ジークリンデ様の(よわい)が二つになるかならんかの頃に、わしの核は消滅したというに──」


「忘れるものか。幼い私に、たくさんの魔術を幾度となく見せてくれただろう? そのなかでも、水の玉のようなものをよく作ってもらい、それを叩いたり蹴ったりしていた記憶がある。それに光が入ると、七色に輝いていたな──」


 ユリアが幼い頃の思い出を語っていると、ティレシャは彼女の手を握った。


「……わしの心は今、この上ない喜びに満ち溢れておりまする」


 ティレシャは、狐の耳と尾を持っているが、手は人間のものだった。深く被られたフードからも、人間らしい顔つきが見える。

 身体の部位が人間に近い星霊は、星霊という種のなかでは珍しい部類に入る。そのなかでもティレシャはほとんど人間型であるため、かなり希少だ。

 しかし、星霊社会では、人間の形に近い星霊は力が弱いという偏見があり、なおかつ侮られる傾向がある。そのため、ティレシャはあえて体格がわからないほどにゆったりとしたローブを着て、人間らしい姿を隠していた。

 そのことから、ティレシャは人間とまったく同じ姿をしていた星霊アイオーンに親近感を抱き、親しげに接していた。


「──へぇ……? 顔つきがちょっと変わってるじゃん、ユリア・ジークリンデ。昔は、戦いのことしか頭になさそうな仏頂面で可愛げのない顔だったのにさ」


 すると、遅れて謁見の間へとやってきた巨体な猿のような星霊が、歯に衣着せぬ物言いでユリアに近づいてきた。猿のようだが、長い八本の尾はそれぞれ個を持つ蛇だった。

 ヴァルブルクに協力していた星霊の中には、ティレシャのようにヴァルブルク王家に仕えるのではなく、あくまで同盟者として対等に戦っていた者たちがいる。それが、この星霊たちだ。


「……変わったか?」


 ユリアのほうも、遅参した星霊の態度を無礼と感じることなく普通に会話をする。


「昔よりは、多少の余裕がある雰囲気。そのほうが、こちらもしては妙な圧迫感を感じることは(いな)


 と、尾である一体の蛇が淡々と述べた。

 精神的に余裕がなかったことで、知らず知らずに周囲の空気を張り詰めさせてしまっていたことを知ったユリアは、少し落ち込む。

 すると、獅子の星霊は彼女の両親を見てため息をついた。

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