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第五節 React ③

「──まことに感慨深いな、カタリナよ」


「ええ……。アイオーン殿には、このような未来が待っていたのですね」


「本当に……私たちが恐れていてどうする……。私たちは、あの子の『自由』を取り戻すために来たというのに……」


「そうですわよね……。あの子の、真の『自由』のために──。恐れていては、意味がない」


 夫婦も剣を抜く。

 恐怖を見せることなく、誰もがこの星の力を利用する敵に立ち向かおうとしている。

 『彼女』──〈きょうだい〉たちの残滓は、彼らのことがなにひとつ理解できないように、空虚な目を虚空に上げた。


「……なぜ……なぜだ……? なぜ、我々は……心を持って生まれてきた……? 争いを生むだけ(・・)のものを……」


「だけ、か……。お前たちにも、運命と巡り合えて『旅』に出ることができていれば……また違う答えを見つけることができたかもしれないな──」


 一緒に『旅』をしましょう。私は、アイオーン殿と一緒に『旅』がしたいです。


 かつて、己の運命に苦しむ少女が、アイオーンにそう言った。

 その言葉を受け取ってから、アイオーンは心を持つ意味を知った。それは、万人が納得する教科書のような『正解』ではないかもしれない。

 それでも、そう思いたいと感じる答えを見つけることができた。

 敵対する〈きょうだい〉たちは、醜いものや絶望を見た末に、心から生まれる負の感情を呪った──というよりは、『その答え』を見つけられなかったことで、心そのものを否定していたのだろう。たくさんの〈きょうだい〉がいても、『意味』を見つけることはできなかった。

 そして、もはやどれだけ美しい言葉を並べても、〈きょうだい〉たちには届かない。

 そんなところまで行ってしまった──。


(俺も、さまざまな運命に出逢っていなければ、ああなっていたのかもしれない……)


 セウェルスは、ふとそんなことを感じた。相対する〈きょうだい〉たちの姿が他人事とは思えなかった。今までの運命となにひとつ縁が無ければ、自分の心は疲弊しきってしまって世界に失望していたかもしれない。

 目の前にいるアレは、『もしもの自分』なのかもしれない。


「──来るぞ。構えろ」


 『彼女』は、両手と周囲に魔力を凝縮した物体を作り出した。両手には剣を、周囲には十本の槍──ユリアが本気を出すときに見せる戦技だ。『彼女』は、星の記憶から生まれた限りなく本物に近いユリアだ。性格はあちらの都合がいいように改ざんされているが、戦闘能力は間違いなく本物と遜色ないだろう。

 あの臨戦態勢だと、人の数ではセウェルスたちが有利だとしても、あちらは簡単には隙を見せてくれない。それどころか、攻撃すら届きにくいだろう。ユリアの周囲に浮かぶ武器も、ユリアの手足そのものだ。


 戦いが始まる。

 『彼女』が、周囲に浮かぶ十本もの槍を従えながら近づいてきた。『彼女』の周囲に浮かんでいた槍が、空間内を縦横無尽に舞い、セウェルスたちを襲う。

 彼らは舞い狂う槍の攻撃を避け、はじき返しながら『彼女』に近づく。しかし、相手の直観力や判断力にくわえて、卓越した双剣術と体術、さやには魔術によって拒絶されてしまう。


(偽物だと理解していても、『ユリアであっても殺す』と口に出したとはいっても──常に『倒すべき敵』と認識し続けなければ、無意識に手を抜いてしまうかもしれない)


 平然とした様子で戦っているセウェルスだが、本心では揺らいでしまう可能性を危惧していた。それは誰もがそうだろう。

 星の記憶から抽出された情報を(もと)に『彼女』は作られている。姿はユリアと鏡写しだ。姿が彼女そのものなのは、セウェルスたちの心の隙を狙うため。

 しかし、デメリットばかりではない。特務チームやルキウスは、ユリアの戦闘時に見せる癖を知っている。どのような攻撃が来るか、ある程度は読めるだろう。現に、今でも様々な攻撃を繰り出されたが、誰もが無傷である。


(ユリアの癖は知っている。だが……戦いを終わらせるための決定打は、どう与えればいいか──)


 ある程度の攻撃は読めるが、それは向こう側も同じ。

 このまま闇雲に戦っていても、味方の体力だけが削がれるだけで何も変わらない。ユリアは短期戦だけでなく、長期戦も得意とする戦士だ。

 誰も欠けずにユリアを取り戻すには、何をすべきなのか──。

 『彼女』と剣を交えた、その瞬間。セウェルスは、あることに気が付いた。

 また、ユリアの気配がした。本物の彼女のものだ。気のせいではない。このような激しい戦闘の最中で微弱な違和感に気づけているのは、おそらく自分だけだ。


(〈きょうだい〉たちが召喚術式を凍結したのは、繋がりに気づいたユリアがこちらに来ないようにするためか……。俺達が作り上げた召喚術式は、凍結された時点でほとんどユリアのほうへと繋がっていた──。召喚術をわざわざ俺たちにさせたのは、体力を削ぐためか)


 『彼女』の内側からユリアの気配を感じるのは、そこに召喚術式があるからだ。

 ユリアの気配が感じるのは、彼女が向こう側で凍結を解こうと試みているのかもしれない。

 では、なぜ召喚術式は『彼女』の内側にあるのか。

 星の内界は〈きょうだい〉たちが主導権を握っているとはいえ、この星そのものは〈きょうだい〉たちを異物とみなして排除しようとしている。星の内界で保管していれば、星が召喚術式の凍結を溶かして脱出させようと動き始めるかもしれない。だから、『彼女』の内側で監視し、封じていたのだろう。


(……なあ、ユリア・ジークリンデ。俺は、お前と俺との運命の力というものを信じてみたい。──なんてことを言ったら、お前はそんなことを何を言っている場合かと怒るだろうな)


 弟がここに来るまで、『再び出逢うという約束』はお互いに持っていなかった。星霊アイオーンとユリアの出逢いは、ただの偶然なのだと思っていた。

 でも違った。数千年前に、再会の約束を交わしていたことを思い出すことができた。生まれたばかりのヴァルブルクの王女に『ユリア・ジークリンデ』という名を贈る約束──あれは、運命であり必然だった。


(それから、お前は顔を赤くしながら困ったようにそっぽを向くんだろう。……だが、ユリア・ジークリンデも、俺の気配を感じ取ったはずだ。召喚術式が奪われる前にも、かすかにお前の気配を感じた。気配を感じたのは、繋がっていたからだ。今もお前の気配が感じる──お前は、諦めずに手を伸ばし続けているんだろう?)


 俺たちは、普通に考えると不可能だと思われそうな約束を果たせていたんだ。

 お互いに望めば、また会える。今度こそ、約束の記憶を持って再会できる。

 『本当』の再会を果たそう。

 待っていろ。今度は、俺がお前の手を掴む。


(俺は、お前の力を信じたい──)


 あいつは、苦しみながらも手を伸ばし続け、『星』を掴んだ女だ。

 俺は、それを傍で見ていた。

 その時、セウェルスになんらかの変化が生じた。魔力による気配の変化ではないが、言葉では言い表せない何かが変わった。『彼女』は、そんな彼の変化を察し、警戒して間合いを取り始める。

 変化したといっても、敵も味方も変わらず互いの動きを読めている。やはり、決定打となるような隙は作れない。


(互いに手の内を知っている。先も読める……。さらには、ほとんど『本気のユリア』と戦わなければならない──。これほど頭を悩ませる戦いは、後にも先にもこの戦いくらいだろうな……)


 『本気のユリア』とは、『周囲の被害を考える必要がないこと』、『戦闘中に気にかけるべき事や人物が存在しないこと』、『敵に慈悲は必要なく、滅ぼすべきだと認識していること』という三つの条件が揃っているときに彼女が見せる姿だ。

 『ほとんど』と判断したのは、敵がまだ慈悲を見せようとしている節があるからだ。敵である〈きょうだい〉の残滓は、こちらが心変わりすれば攻撃は止めようと考えているのだろう。だが、心変わりなどあり得ない。


(こちら側も、まだひどい怪我はしていない。現代人である五人も、敵の攻撃を防ぐことができている。ある意味、これほどユリアとの稽古が役に立っている戦闘はない。ユリアの両親も、娘の戦闘能力についての情報を持っている)


 仲間たちの怪我は、治癒術ですぐに治る程度のもの。

 しかし、十対一だというのに──共に戦う十人の仲間のうち五人は現代人であるとはいえ──『彼女』にはほとんど攻撃が通っていない。

 当時のユリアは、〈予言の子〉だの英雄だのと言われて大勢の民や家臣たちから持て囃されていた。彼女が会得したのは、魔術、剣術、槍術、弓術、体術──それらの武術を戦場で難なく扱えるのは、彼女に戦いの才能があったからだ。しかし、なによりも、その運命に生まれた彼女の責任感の強さと努力の賜物だろう。

 そのこともあり、ユリアは攻撃の手段が多く、場数を踏んでいるため直感にも優れている。これだけでも敵に回したくない相手だ。そのことも『彼女』に反映されている。


(……だが……これ以上、敵の動きを弱めることができなければ──)


 生きる者として、限界が来てしまう。

 それなのに、ただ、いたずらに時間がすぎていくだった。

 生者である仲間たちに、疲労の色が見え始めてきた。対する敵は、生身の人間ではなく作り物を動かしているにすぎないため、疲弊はない。シルウェステルとカタリナは生者ではないため疲れは見えないが、それでもふたりは敵に命を握られているようなもの。味方の人数がひとりでも減れば、勝率が低くなる。

 終わりが見えない戦いを終わらせるには、どうすればいい。

 少しずつ、負の思考がちらつく。

 彼女の力を信じるのは、仲間を苦しませるだけで、無意味なことなのか──。

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