第五節 React ②
やがて、『彼女』は悲しそうに目線をそらし、その顔をユリアの両親に向けた。
「……父上も母上も、私を殺すのですか? ──ああ……そういえば……殺すのはここにいる誰よりも容易でしょうね……。私は、一度も娘として見られたことはなかったのですから」
偽物だと解ってはいても、娘と同じ顔と声で失望された両親は言葉を詰まらせる。
「お前は……本物の我が娘ではない。そのような言葉は、私たちには効かぬぞ」
そうだ。偽物なのだ。
だが、『彼女』に武器を向けようとはしない。
そして、シルウェステルの声がわずかに震えていたのを、『彼女』は見逃さなかった。
「……父上と母上は、私と話をするためにやってきたのですか? 今更、詫びるために……? ふふ……なんという自己満足でしょうか……」
『彼女』は、薄暗い微笑みを浮かべる。
「おふたりは、私の本当の気持ちなんて過去に解ったことなどありませんでしたよね……。解ろうともしなかったではありませんか。たった一言の詫びで、私が許すとでも……? 私が抱いた負の感情は、二度と消えません……。父上と母上は、そんなことを経験したことがなくて解らないから、簡単に詫びれば許してくれると思うのですよ。私を娘どころか、『人間』としても見ていなかったくせに──今更、親として振る舞うつもりですか……?」
星の歴史には、地上で起こったすべての事象を記録しているとはいえ、秘められた個人の感情までは記録されていない。あくまで目で見ることができる出来事のみ。表面上の言葉のやりとりなどだけである。
過去に何度か、ユリアは両親への気持ちを誰かに吐露したことはあるが、良い感情と淀んだ感情の両方を抱いていた様子だった。
なので、実際に両親と話せる機会がやってきたときのユリアの素直な気持ちは、推し量ることしかできない。本音を隠して笑顔で接するか、それとも、これまでの感情を耐え切れず『彼女』のように吐き出してしまうか──。
娘に両親としての想いを伝えても、拒絶されないかという不安は消えない。
その気持ちが、娘とまったく同じ見かけをした『彼女』の言葉には、娘の本心が反映されているのではないかと錯覚してしまった。
シルウェステルとカタリナは、茫然としながら娘の姿をした者の言葉を聞いている。
「娘である私が、両親を憎んでいないとでも思って──」
『彼女』は容赦なく追い詰める、その時。
「──いい加減、口を閉じろッ! ユリアを模した姿で、ありもしない想いを語るな!」
「口から出てくんのはクソ以下の言葉ばっかやな!」
セウェルスとアシュリーが、『彼女』の言葉を遮るように怒りに任せた大声を出した。少しずつ『彼女』の雰囲気に包まれようとしていたが、それが一気に切り裂かれた。シルウェステルとカタリナは、我に返って落ち着きを取り戻す。
ほかの者たちも堪忍袋の緒が切れたように怒りの顔をあらわにしていたが、ふたりが限界を迎えるほうが早かった。
「以下同文だな……。これ以上、どこまでも悪趣味なセンスを堂々と見せつけてこないでくれよ? 偽物サン。ある程度そんなことしてきそうな気はしていたけどよ、実際に聞いてたら吐き気しか催さねぇな。──ユリアの顔と声で、最低最悪の期待を裏切らねぇクソ以下の言葉なんざ、これ以上お呼びじゃねえんだよ」
ふたりに続き、クレイグが双剣の片方をくるくると器用に回しながら鼻で笑い、張り詰めていた場の空気を軽いノリの言葉でかき乱す。
「みんなを動揺させるために、今までいろんなこと言ってたんだろうけど──残念でした。今更、ユリアちゃんと戦うことに尻込みなんてしないよ。だって、稽古の時はいつだって命取られそうになってるし。何かあったら、ユリアちゃんは『私のことよりも世界を選んで』って絶対に言うだろうから──あたしは、戦うことを選ぶよ」
と、イヴェットは、自身の身長ほどある細長い形状をした棍棒を振りし、その先端を『彼女』へと向ける。
そんな三人を見ていたラウレンティウスは、静かなため息をついた。
「……自分でもよく解らないが、なんとなくいろいろと大丈夫な気がしてきたな」
そして、彼も『彼女』に槍の穂先を向ける。
その光景を見ていたテオドルスは、満面の笑みを浮かべて手に持っていた長剣を構える。
「さすがは、ラインフェルデン家の血を引いた我が親戚たちだ。──私も血が騒いできたよ」
「なあ、星の内界にいる〈きょうだい〉さんらよ。お前さんら……千年ほど前に、姫さんたちへずいぶんな仕打ちをしてくれたよな? 俺は、その子孫と友達として、いろいろと礼がしてぇからよ──ただの人間でも全力で挑ませてもらうぜ」
ダグラスも、殺気を含んだ目で『彼女』を睨む。
最後に、ルキウスはユリアの姿をした〈きょうだい〉を見据えながら静かに口を開く。
「……〈きょうだい〉。みんなの心を揺るがそうとしても無駄だよ」
だが、『彼女』は憐れむように相対する者たちを見た。
「なにを抜かすか、末の〈きょうだい〉。よく見よ──。ただの人間が六人。我が手駒だったものがふたつ。〈きょうだい〉の数は、たったのふたり……。そのうえ、長兄の身体は未熟な『器』だろう。星と一体化した我らに挑んだどころで、この未来にもいずれまた絶望が訪れるというのに……。愚か者の思考は、よく解らないものだ」
『彼女』は、ユリアの口調ではなく、〈きょうだい〉として言葉を紡ぎはじめる。
「そりゃ解らんだろうさな。お前さんらと俺らは、真逆のことを信じてるんだ。俺にも、小さい頃はなんだかんだいろいろあったもんだが……まだこの世の可能性を信じてみたいとは思う。──お前さんらには、『そう思えるような光景』を見る機会がなかったんだな」
ダグラスが所感を述べると、『彼女』は口をつぐんだ。
やがて、『彼女』は諦めたように息をつく。
「……たしかに、我らは生まれてから、争いばかり目に映っていた。美しいものも確かに見たはずなのに……心とは、醜いものばかり残る。ゆえに、この世界は『醜い』のだろう……。貴様らは、善の心を持ってはいるが、何かを機に争いを生む者となりえる──負の感情を生み出さぬ人類になるべきだ」
「何を言う。お前たちも俺たちと同じく『争いを生む者』だろう」
ラウレンティウスが異論を述べる。
しかし、『彼女』は肯定も否定もせず、ただ訝しげに遠い目をする。
「心とは、時に珍妙だ──。死の恐怖という負の感情を必死に抑え込んでいるというのに、威勢が衰えぬ……。長兄と末弟は、なぜ友と称する者らの、その心を助けようとしない? なぜこの争いに巻き込んだ?」
「セウェルスやルキウスのせいではなく、成り行きでこの戦場に来たわけでもない。自分で決めたんだ」
迷いなくラウレンティウスが答えると、クレイグは微笑みながら頷いた。
「あれだけいろいろありゃ、少し先に起こることくらいなんとなく読めるっての。つーか、これでも死にかけたことくらいはあるし、一般的な現代の魔術師と比べたら戦力はかなりあるぜ?」
「そうそう。まあ、現代人やめたような力貰っとるとはいえ、ウチらはただの人間やし? 死ぬの怖いって感じてんのは否定でけへんわ。──けど、戦ってる時にセウェルスやルキウスの精神状況がヤバくなるかもしれんやろ? その時が来たら、ウチらが喝入れて立て直さなアカンから参加すんねんよ。なぁ?」
と、アシュリーがイヴェットに問いかけると、彼女は「そうだよね」と笑う。
「セウェルスやルキウスくんって、自分には強い力があるから一人でやんなきゃって思い込んで無理しちゃうタイプだもん。精神的には意外とそこまでなのに」
「ははっ。なんかサラッとボロクソ言われたな」
ダグラスがイヴェットからの評価に笑うと、セウェルスは「まったくだ──」と言って、満足げに微笑みながら呆れた声色で零す。
「なんで俺の周りにいる人間は、どいつもこいつも生死を賭けた戦いの前にこんなにも大口を叩けるんだか」
「たぶん、類友ってやつだと思うよ」
と、ルキウス。
「ならば、仕方ないな」
そして、セウェルスは剣を抜き取り、ユリアの姿をした偽物へ切っ先を向けた。
その光景を見ていたシルウェステルは静かに笑う。




