第五節 React ①
特務チームとユリアの両親は、戦場と化したヴァルブルクの街中を駆けていく。敵は、人らしい温もりを感じない操り人形のようなヴァルブルクの戦士たち。味方は、ヴァルブルクの戦士としての誇りを持った者たちだ。
時々、魔術が飛んでくる。そして直接、急襲してくる敵もいる。だが、誇り高きヴァルブルクの戦士たちが抑えてくれているため、苦戦することなく進むことができている。
この街が戦場と化したのは、これで二回目だ。一度目は、ユリアが自害しなければならなくなった『あの日』の戦い。『あの日』は、民だけでなく兵もたくさん死んだ。だが、今回は誰も欠けさせない。いや、欠けない。
目指す場所は、街の中心部に位置する城。そこにある謁見の間。数千年続いていた、敵対する〈きょうだい〉たちとの戦いに終止符を打つために。そして、ユリアを取り戻す。
「……何の気配もないか……」
一行は、正門に到着し、城内へ入った。
城のなかは、外から切り離されたかのように静まり返っている。
「敵の気配がなく静かでも、ここも敵の手に落ちている場所だ。警戒して進むように」
シルウェステルが注意を促す。
外は敵ばかりだが、城のなかは、戦闘が繰り広げられている外からの音や一行の足音しかない。敵の気配もない。全員が奇妙に思いながらも、さらに城内の奥へと進んでいく。
やがて、謁見の間に続く大きな両開きの扉の前に到着した。
「……気をつけろ。謁見の間には、何かが施されている」
その時、セウェルスが扉を睨みつけながら仲間たちに伝えた。
ルキウスも同じようで、兄の言葉に頷く。
「たぶん……あいつらは、おれたちに対して中に入るよう誘ってます」
「へえ、喧嘩のお誘が来るとはね。誘われたら応えねぇとな」
クレイグがこの世の存亡を賭けた戦いの前だとは思えない見解を口にすると、イヴェットは「違うよ」と異を唱える。
「まずは、謁見の間で喧嘩しようとする無礼者へのお仕置きをしなきゃでしょ?」
「お仕置きしたら、ついでに研究サンプルになりそうなんドロップしてくれへんかな」
そして、まるで緊張感のない発言をアシュリーが零すと、ラウレンティウスはため息をついた。
「テレビゲームの敵じゃあるまいし……。落ちたとしても断末魔の叫びくらいだろう」
「お前さんらなぁ……。国王様と王妃様の前で、特有の緊張感の欠片もない会話はじめるなよ……」
そんな四人に、ダグラスは口角を上げながらも、笑っていいのか注意したほうがいいのか反応に困った呆れを見せながら指摘した。
しかし、意外にも四人の気の抜けた会話に注意をしたのは彼だけだった。
「なに。気にすることはない。この扉の向こうに行けば、きっと現代ではあり得ない戦いが始まるだろう──それなのに、緊張や恐怖で身体が震えないとは戦士として立派なことだ」
と、シルウェステルはダグラスを宥める。
「緊張や恐怖で震えるどころか、敵がいたら立ち向かっていくのがこの特務チームだからな」
「平和な現代で生まれた人たちですけど、やっぱり根っからそういう人たちなんですね」
そして、セウェルスとルキウス。
「うふふ。どこから湧き出ているのか判らない自信とその勇猛さは、ラインフェルデン家の方々を思い出しますわね。さすがは歴代戦闘一族と称されたヴァルブルク家と対等な戦友であれた一族です。千年後の子孫までその特徴が受け継がれているなんて、なんだか安心しますわね」
「カタリナ様もそう思われますか。ここまで血が濃い子孫がいると、私もなんだか安心します」
カタリナとテオドルスは、戦いの話から脱線して血族の話題で盛り上がっていた。
マイペースな一行に対し、ダグラスが頭を掻いていると、シルウェステルが彼に声をかける。
「ダグラス殿も緊張はしないのだな。ユリアとの稽古を始めたのは、まだ最近のことだろう?」
「まあ、そうですね……。ですが、ユリアにつけてもらっていた稽古では、命の危険を何度も感じたことがあるもので──意外と慣れたところはありますかね……」
「ほう。やはり、ユリアは、そなたたちに感じたのだろう。我が国とアイオーン殿が製造した武器や、戦う技術を与えるに値する精神力と潜在能力をな──。でなければ、このような問題に現代人を巻き込もうとも思わぬはずだ」
歴史に名を残す王に褒められ、ダグラスは困り顔を向けながらも微笑んだ。
「──さあ、開くぞ。皆、心して入れ」
気持ちを解す時間は終わりだ。
一行は、心を切り替える。武器を持ち、戦士の顔つきへと変わっていく。
またこのような他愛のない会話ができる時間を作れるように。
そして、数千年間の因縁を断ち切るために。
セウェルスは、謁見の間の扉を開いた。
広い空間の奥には、十ほどの段数の階段が設けられており、その上に玉座がある。床や壁は大理石のような石を研磨した素材が使われており、まるで目視できる魔力のような優しい白が包む空間となっている。柱には重厚感ある彫刻が施され、扉から玉座までは、青と赤を基調とした長い絨毯がまっすぐに敷かれている。天井や壁の一部には、空間に日の光を入れるための装飾的な縦長いステンドグラスが玉座を囲うようにある。
全員が謁見の間に入り、警戒の目線を四方に向けていた、その時。開いていた扉がひとりでに動き、大きな音を立てて完全に閉じてしまった。
「!?」
そして、扉の中央部に黒いシミのようなものが現れる。写真が小さな火で燃やされていくように、わずかな朱を縁にまとったような黒が広がっていく。やがて、謁見の間の内部すべてが黒で塗りつぶされてしまった。
刹那、空間を塗りつぶした黒は薄まっていき、やがてとある風景が見えてきた。
「なんや、ここ……」
アシュリーが言葉を零す。
目に映ったのは、炎に包まれた場所。空には星がなく、茜色の光がわずかに天空を染めている。ここは、召喚術を試みたヴァルブルクの広場だろうか。
人間や星霊はいない。しかし、民家らしき建物はすべて瓦礫と化しており、血が付いた剣や槍といった武器が地面に転がっているか、あるいは突き刺さっている。その地面にも至る所に血だまりがあり、火の光に照らされた土はひび割れていた。
そして、炎の熱さは肌に感じず、代わりに邪悪な気配が漂っている。
「──どうやら、謁見の間は虚像領域となっていたようだな」
と、セウェルスは聞きなれない言葉を言い放つと、ラウレンティウスが「なんだ、それは……」と聞く。
「ここは、幻影術と空間術を組み合わせて作られたような『異空間もどき』だ。現実世界と切り離された──。助けは来ない」
仲間たちは言葉を詰まらせた。
刹那、地面から黒い何かが滲み出できた。水──いや、泥だ。泥の量はだんだんと増え、意志を持っているかのように形を成していく。
やがて、それは人型となっていき、誰もが知る姿へと変化した。
ユリア──。
「……星の記憶から作り出したか」
そう呟き、セウェルスは現れた偽物のユリアを睨む。その姿は、ヴァルブルクの戦士として戦っていたころの装備を身にまとっていた。
「……私に、剣を向けるつもりなの……?」
彼女の姿をしたものは、心のない人形だと思っていたが──言葉を口にした。一行は、目を見張る。
やがて、セウェルスは小さく舌打ちをした。
「──喋ってくるとはな」
「当たり前でしょう……! 私は、人間よ……?」
『彼女』は、ユリアの顔で怯えたように表情を変え、ユリアの声で恐れるように言葉を紡いだ。
セウェルスはそんな姿を見せる『彼女』の姿を見ぬように目を伏せて、静かに苛立ちを募らせていく。
「何を言う。ユリアの形と精神を模しただけの偽物だろう」
「だから、私を殺すの……?」
「必要であれば……俺は、たとえユリアであっても──討つ。半年前、ユリアは必要であれば自分を殺すようにと俺に望み……俺は、それを受け入れた」
それは、半年前の任務の終盤でのことだった。
ユリアは、〈きょうだい〉たちの『残滓』に汚染された聖杯に取り込まれたが、同じく取り込まれていた星霊ヴィヴィアンを助けるために、アイオーンとテオドルスとダグラスの三人にある約束を取り付けた。それは、己の精神が汚染された聖杯によってやられてしまった場合、聖杯をこの世ではないところに追いやること。つまり、自分を殺してくれというものだった。
あれは、あの場限りの約束ではない。その先もずっと、ユリアはそのような事態が訪れることがあれば、それを望むだろう。
セウェルスの決心は変わらない。
それを察した『彼女』は、理解できないというふうな目でセウェルスを見る。
「かつては、力を求める醜い者たちのせいであなたは精神を病み、この世に幻滅し、ずっと消えない心の淀みを抱えていたというのに……。そんな世界のどこがいいの……?」
『彼女』の言葉に、セウェルスは微笑む。
「あったな。そんな時も……。だが、それでも今の俺には仲間がいる。だからこそ、この世を愛することができ、『今』を生きていたいと思った──。それだけだ」




