第四節 Returns ④
「……それでは、ティレシャたちの姿を形づくったのは、ふたりなのか? ただの人間であるそなたたちが、どうしてそのようなことを成せる? まさか……この星が力を貸しているのか?」
「そのとおり。私たちは、この星から力を与えられたことで、ティレシャたちを一時的に蘇らせた。私たちの身体も同様だ──。この星には防衛システムが存在しており、それが此度の異常を感知している。そして、そのシステムに私たちの『残滓』に対する反抗の意思も感知され、その結果、力が与えられたのだ。どうやら、力を貸すから勝手にインストールされた『残滓』という異常なプログラムの削除を手伝ってほしい、ということらしい」
「……え? 星が……? それに、おふたりのことだって、母なる息吹を調べたときは何も判らなかったですが……」
ルキウスが不思議そうに呟くと、シルウェステルはその疑問に答えた。
「このことが『残滓』に露見してはいけない。それに、ルキウス殿が私たちのことを早い段階で認知することは、星の歴史にとっては『正しくない』。君たちに早く会いたいと思っていても、星の内界から出ようとすると『残滓』に見つかってしまう。ゆえに、ずっと存在などないかのように気配を消していたのだ」
シルウェステルやカタリナは、この星から直接、協力を得ている。つまり、扱える力は星と同等。そのため、この星ときょうだいのような存在である〈名もなき神〉から生まれたルキウスであっても、ふたりの存在を認知できなかったのだろう。
「そうか……。では、俺達〈きょうだい〉のことや現代の言葉を知っているのは、星の内界で歴史を見たからだな?」
セウェルスからの問いに、シルウェステルは頷く。
「私たちは『残滓』と同化したことで、星の内界で異形化した肉体が滅びても意識だけは残り、ずっと漂っていた」
そして、カタリナが言葉を紡ぐ。
「そのときに、我々はこの星が記録する数多の歴史に触れました──。〈名もなき神〉の生涯のこと。アイオーン殿にはたくさんの〈きょうだい〉、そしてルキウス殿という弟君がおり、本名はセウェルスだということ。我が子が〈星の特異点〉であること。そして、『あの日』の元凶が、セウェルス殿とルキウス殿の〈きょうだい〉たちであることなどを……。ゆえに、私たちは、皆様がご存知のことを同様に存じておりますわ」
そして、彼女は目を鋭くする。
「……我々は、星のおかげで『残滓』と対抗する力を密かに得て、『この時』を待っておりましたの。人間や星霊の心を信じられなくなった末、凶行に走った〈きょうだい〉たちの野望を討つ機会を──」
「そうか……。人間の感覚では、さぞかし気が遠くなるほどの長い時だっただろうに……よくぞ耐え抜いてくれた」
セウェルスからの労いと称賛に、シルウェステルは微笑む。
「病に臥せっていたときに襲われたとはいえ、あの敗北は悔しかったものでな。せめて一矢報いたい。だからこそ、私たちは全盛期の姿をしてここにいる──」
その言葉を口にした後、彼は罪悪感を抱えたような顔をして目をそらした。
「……なによりも、我が子のために『残滓』の野望を食い止めたい。そして……このような運命が巡ってきたからには──何のしがらみもない今だからこそ、我が子に対して伝えねばならないことがある……」
「あの子にとっては……親からの想いなど、もはや今更かもしれません。半年ほど前に、一時的に意識が繋がって『再会』することが叶ったとき、あの子は私たちを責めることはなく、『私はまだ生きていたい』とだけ言いました──。ですが、拒まれても致し方ないと理解しておりますわ……。それでも……たとえ拒絶されても、もっと伝えたいことがあるのです」
カタリナは、胸元あたりに祈るように両手を組み、強い願いを口にした。
その想いにセウェルスは頷いた。
「親として、想いを伝えてほしい。ユリアの心は、昔からほとんど変わっていないからな」
と、ずっとユリアの傍にいた彼は言う。
だが、両親の顔は浮かないものだった。
「そうだといいが……」
その後、シルウェステルは気を取り直して息をついた。
「……申し訳ない。話が脱線してしまった……。次の話に移ろう。それでは、この戦いに勝つためにはどうすればいいのかについてだが」
と、シルウェステルは、今までの会話で反応を見せることがほぼ無かった特務チームをちらりと見る。
「──皆、大丈夫かね……? 話についてくることはできているか? 星の歴史から知識を得たに過ぎない私が言うのもなんだが、普段のそなたたちと比べると奇妙なほどに静かではないか……? 相手が王族であってもズバズバ話に入ってくれそうだと思っていたのだが」
そんな指摘されてしまうと、テオドルス以外の特務チームは目線をそらして苦笑いをした。
「私は、ただ静かに控えていただけですよ。ヴァルブルク王家に仕える者ですから」
と、テオドルスが言うと、アシュリーが「ウチらも似たようなもんです」と言った。
「ヴァルブルク王国の国王様と王妃様なんですから、そんなズバズバ話に入るなんてできませんって」
「ちょっと待て。お前達が『遠縁のおば』のように接しているカサンドラもヒルデブラント王国の国王だぞ」
今更何を言っているんだ、と言いたげな目でセウェルスは言う。すると、今度はクレイグが反論した。
「いや、カサンドラ様とはなんだかんだで小さい頃から関わりがあったからな。だから、今となっちゃ緊張とか気を遣うなんてことはない──けど、初対面かつ王族の方々ってのは、さすがにそうはいかねぇんだよ」
「しかも、心の準備とかできないほどに突然だったし……」
「失礼のないよう、あえて黙っていたんだ」
イヴェットとラウレンティウスもそのように弁解する。すると、カタリナが前に出て、歓迎するかのように両手を広げた。
「まあ、そう緊張なさらず。我々は、ユリアを助けるために集った戦友なのですから。対等な関係を望みますわ」
そして、彼女はダグラスと目を合わせる。目が合った瞬間、ダグラスは身を固まらせた。
「そして、我がヒルデブラント家の子孫の方と共に戦えることもとても嬉しく思いますわ。よろしくお願いいたしますわね」
「は、はい……! こ、こちらこそ!」
握手を求められたダグラスは、緊張を隠せない声色を発しながらカタリナの手を握る。
その後、彼女は何かに気づいてダグラスの手を離した。
「──! ……そうでしたわ。そもそも、皆様は『ユリアと私たちの関係』をご存知ですわよね……? 我々に対して、どこか良い感情を抱けずにいらっしゃるかと思います……。ですが、どうか此度ばかりはその感情を飲み込んで、共に戦ってくださいませ」
「い、いえ! そんなことは──」
ダグラスは否定するも、カタリナは首を振った。
「事実です……。すべては言い訳にしかなりません……。親でありながら、関わりが薄かったことが原因で、あの子の悩みや苦しみに気付くのが遅れ……どう接するべきかも判らず、悩みはてておりました……。接し方を間違えば、〈予言の子〉としてのあの子の意思を揺らがせてしまうのではと思い、一歩も踏み出せず──。ゆえに、テオドルスを頼りにするしかなかったのです……」
「娘との関わりを避けていた理由は……親としての愛情が、ヴァルブルク王国の在り方を揺るがし、混乱を招きかねないのではと判断したからだ──すべて、私たちの至らなさだ……」
ヴァルブルク王国は、戦いに勝つために興された国だ。
ゆえに、いずれ長く続いた共存派と不信派の戦いを終わらせることができる人物という運命を予知され、自国や同盟国から期待されて生まれてきた娘は、否応なく戦士として育て上げねばならない。戦いから逃れられない運命を背負ってしまった我が子は、どれだけ愛していても戦場へ送らなければならなかった。
親は、そんな国の国王と王妃。娘はその国の王女。
責務は果たさねばならない。たとえ、己の心を殺してでも──。
「今更の贖罪です……。生前は何もできなかった……。それでも、せめて……この時だけでも、親としてあの子を助けたいのです」
今更の『愛』。
そうだと解かっていても、拒絶されるかもしれない可能性があるとしても、両親は今まで娘に伝えられなかった愛を届けたいと思っている。
ユリアのことをよく知るセウェルスは、やれやれというふうに息をつく。
「さっきも言っただろう──あいつは昔から変わっていない。親の事情も、民の事情も、自分の立場のことも、すべてわかっている。ユリアは、それらを理解したうえで、想いを秘めながら戦士として生きていた。だから、あいつの想いや『今更』という言葉に臆することなく、素直な気持ちを伝えてやってほしい」
ユリアの両親は頷く。
そして、シルウェステルは静かに深呼吸をした。
「──それでは、今度こそ本題だ。敵の最終目的は、ユリアを絶望させて傀儡にすること。それゆえ第一にすべきことは、隠された召喚術を探して奪い取り、ユリアを連れ戻すことだ」
「召喚術式がどこにあるのか、目星はついているのか?」
「ああ。抵抗されることなく心ある者を傀儡にするためには、まず対象者に心の隙を作り、なおかつ再起しにくいように心を壊すことだと思われる。心を壊すならば、絶望させるのがいい。そして、その絶望が深ければ深いほど傀儡にしやすいだろう。ユリアの絶望を増幅させたいなら──」
「……謁見の間で、親しい者たちの骸を見せることか……? 『あの日』のトラウマを再現させるように……」
その時、セウェルスの言葉を聞いた仲間たちの目が、一斉に怒りを露あらわにする。
ユリアのトラウマ。
『あの日』──ユリアは謁見の間で、『残滓』に浸食されて正気を失いかけていたテオドルスと、異形に取り込まれて殺戮兵器を化した両親を殺した。その際の戦闘で、ユリア自身も『残滓』に侵されてしまい、心が弱っていたことでそれに抵抗できず、やがては街にいる民を殺戮する人形になってしまうことを悟ったことで自害を選んだ。
そのことがあったため、この年の春頃に起きた事件を解決するまで、ユリアは故郷に近寄ることができなかった。
そんな人の心を壊すのなら、そのトラウマを刺激するのが一番手っ取り早い。
心を抉った負の記憶など、永遠に消えないのだから。
「私たちも、そなたと同じ考えだ……。下劣極まりない推測だが……召喚術式は、おそらく城の謁見の間にあるのではないかと思っている」
「……では、行こう。すべての因縁を終わらせるために──」




