第四節 Returns ③
すると、夫婦は優しい目で彼を映した。
「息災で何よりだ、テオドルス。〈星の内界〉以来……とは、言い難いか。あれは互いに存在を認識し合えていただけで、こうして対面で会話をするのはずいぶんと久しい」
「ええ、本当に……。よく頑張りましたわね、テオドルス。国や民、そしてあの子のためにも頑張ってくださり、ありがとうございました」
女性はテオドルスの手を両手で握った。
「どうして……ここに……。オレは……幻覚でも見ているのか……」
すると、テオドルスは感涙を流して俯いた。嗚咽を漏らす彼に、女性は少しむくれながら背中を擦る。
「まあ……それは失礼ではありませんこと? 幻覚ではなくってよ。さあ、涙を拭いて。ここは今も戦場なのです──まだ泣くときではありませんわ」
女性から喝を入れられたテオドルスは、何度も頷きながら涙に濡れた顔を上げた。
特務チームの面々は、目線を三人に向けながらも時が止まったかのように動かない。そんななか、セウェルスが夫婦のほうへと足を動かす。
「──シルウェステル・ヴィーラント国王……。カタリナ・ゲルトルーデ王妃……」
夫婦の名前を呼ぶと、シルウェステルとカタリナは鳩が豆鉄砲くらったような顔をした。それは夫婦だけでなく、特務チームの仲間たちも同様だった。
なぜなら、その名前は昔から学校の歴史の教科書に載っているものであったからだ。
「これは……なんと……。いや……まさか、そなたが私たちの名前を覚えてくれていたとは──」
「は、はい……。てっきり、あなた様は……ユリアやテオドルス以外の、人間や星霊には興味がないものだと思っておりました……」
「そう思われるのも無理はないか……。信じられないだろうが、これでもかつての俺は、世間に興味を持っていた。だが、世間の者たちは、私がどれだけ努力をしても得られないものを普通に持っていた──。当たり前に持っていることが妬ましくて……あのような悪態をついていた……。ユリアとテオドルスに出逢うまでは、そのような態度を示すことしかできなかった……」
と、セウェルスは遠い目をしながら言葉を紡ぐ。
寿命があることや、世間に馴染めるほどの過不足ない平均的な能力──アイオーンは、それが羨ましかった。それさえあれば、もっと穏やかな暮らしができたはずだからだ。
かつての心情を開示したセウェルスに、シルウェステルは口元に指先を添える仕草をしながら何かを納得する。
「……そうか。そなたは、もう『アイオーン』ではなく、『セウェルス』なのだな」
「ああ──。俺は、たしかにアイオーンだった。しかし、本当の名はセウェルス。そして、人間の男だ。だからこそ、これからの俺は『星霊アイオーンであったセウェルスという人間の男』として生きていくつもりだ」
「……感慨深いものだ。……そなたが……。そうか……」
そう呟くと、シルウェステルはちらりと現代の人間たちに目を向ける。全員が未だにぽかんとしており、現状についていけてなさそうな様子であることに気が付いた。
「ああ……これは失礼を……。初対面の方々もいらっしゃるというのに、内輪の話ばかりしてしまった……。改めて自己紹介を──私は、シルウェステル・ヴィーラント・フォン・ヴァルブルク。こちらは妻のカタリナ・ゲルトルーデ」
「はじめまして。カタリナ・ゲルトルーデ・フォン・ヒルデブラント・ヴァルブルクと申します。お目にかかれて光栄ですわ。そして……我が子が、大変お世話になっております。現代に生きる皆様には感謝しきれません。本当にありがとうございます」
「私からも礼を言わせてほしい。本当にありがとう。深く感謝を申し上げる」
かつての国王と王妃に礼を示されたが、特務チームの面々はこの状況をうまく飲み込むことができず、たどたどしい反応しかできなかった。
ここにいる夫婦は、亡くなったはずのユリアの両親。幽霊ではなく、実体のある人物として目の前にいる。しかも、見た目はどちらも娘のユリアとあまり変わらない年齢に見える。これは、いったいどういうことなのだろうか。
「──判っていることはすべて教えてほしい。いったい、ふたりの身に何が起こった……?」
セウェルスが問いかける。
この夫婦は、〈きょうだい〉たちの残滓により在り方が変貌した不信派の人間たち──異形に取り込まれてしまい、制御の効かない『殺戮兵器』と変貌してしまった。やがて、僅かな理性を取り戻したときに自らの死を望んだため、ユリアに星の内界へと送られたという過去がある。
それからは、星の内界の高濃度の魔力によって死んだと思われていた。あそこはどのような生物であれ、地上で生まれた存在が生きられる環境ではない。
「では、まずは私たちの現状から説明しよう。……不信派の急襲に遭った『あの日』から、私たちは〈きょうだい〉たちの残滓と同等の存在となってしまった。先ほど、そなたたちを襲っていた敵と同じ気配をしているのはそのためだ」
それには誰もが察しがついていた。ふたりは黒い泥と同じ気配を漂わせている。しかし、こうして理性的に会話ができていると、そうは見えない。
シルウェステルは続ける。
「現代の言葉を借りて説明すると、星の内界に溶けた〈きょうだい〉たちは、自分たちの野望を叶えるために星をいじり、星のシステムの一部と化した。それが、君らが言う『〈きょうだい〉たちの残滓』の正体だ。私たちは『残滓』と同等の存在となっているため、同じく星のシステムの一部と化しているが、『残滓』となった〈きょうだい〉たちとは違って個を保っている」
「個を保つことができている理由はなんだ? 数多の星霊の血を飲み続けた結果、後天的に純粋な人間ではなくなったユリアとは違い、ふたりはただの人間だったはずだ」
セウェルスがさらに問う。
両親とは違い、ユリアは生まれつき特異体質の持ち主だった。
その特異体質とは、体内で生成される魔力の量があまりにも膨大であったことだ。魔力の生成量は、肉体の成長とともに増えていくが、彼女は赤ん坊のころからすでに並みの大人を超えていたという。そのおかげで、どのような星霊の血を飲んでも身体は耐えることができ、自分にはない能力を獲得していった。彼女が〈英雄〉と呼ばれるに至った理由のひとつである。
ちなみに、この特異体質や育った環境のせいで、ユリアは魔力に関する感覚が人とはかなり違い、魔力の力加減も昔からずっと下手だった。
「間違いなく〈きょうだい〉たちの意志だ。どうやらアレは、過去を変えるためにユリアの心を破壊し、傀儡にすることを望んでいる──。そのために、私たちの魂を人質、あるいは駒として残したのだろう」
「ユリアの心を破壊し、傀儡にする──ということは、俺達が組み上げた召喚術は消えていないということだな?」
「そうだ。召喚術式は隠されており、発動の一歩手前で凍結されている状態だ。〈きょうだい〉たちの残滓は、そなたたちが倒れた後に完成間近の召喚術を起動させてあの子を呼び戻し、そなたたちの骸を見せて絶望させようとしているのだろう。絶望すればユリアの心は弱くなり、おのずと大きな隙が出来る。その時に、〈きょうだい〉たちの残滓はユリアの身体を乗っ取って傀儡とし、野望を叶えるためにユリアを動かそうという魂胆だ」
そして、カタリナが口を開く。
「あの子が〈星の特異点〉であることは、この時代でも変わりません。この星にとってイレギュラーな存在である〈星の特異点〉。だからこそ、この星に邪魔されることなく過去を変え、かつて夢見た『誰もが負の感情を抱かない、争いのない平和な世界』を作ることができる──〈きょうだい〉たちの残滓は、そう考えているようですわ」
星の内界に向かって、この星と一体化した己の〈きょうだい〉たちは、今もなお〈星の特異点〉であるユリアを狙っている。かつてセウェルスとルキウスに語ったあの『夢』を諦めていない。その方法は下劣──。平和を愛しているといっても、その夢のためには多少の犠牲や非道な方法は仕方がないと思っているのだろう。
特務チームの仲間やルキウスの顔には嫌悪感が出ている。セウェルスも話を静かに聞きながら拳を握りしめた。




