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第四節 Returns ②

「……敵が多くいるのは確かだというのに──なぜ、こちらに襲いかかってこない? 俺たちは、間違いなく敵から倒すべきものと認識されているはずだ」


 その言葉に全員が黙り込む。

 敵の気配は四方にあるが、それがやってこない。

 すると、ダグラスはある推測を思い浮かべる。


「まさか、俺たちを襲えない理由でもできたのか……? 第三勢力でも出てきた、とか……」


「ですが……周囲から漂う気配は、どこも先ほどの黒い泥のものと同じです。それに今は、外からも入ってこられないはずです。防壁術が突破されたら、どこかで魔力の揺らぎが発生しますが、それもありませんので……」


 ルキウスが否定の言葉を並べたが、心のどこかでは兄と同じくその状況に違和感を持っている様子だ。


「外からじゃなかったら……内側とか……?」


 ふとイヴェットが呟く。

 従妹の言葉に、アシュリーはハッとする。


「星の内界に、なんかおった……とか?」


 だが、星の内界に潜むものは〈きょうだい〉たちの残滓。召喚術を消滅させ、ヴァルブルクを手中に収めた敵だ。

 それと匹敵する何かがいる? いいや、そうは思えない。

 だが、こうしている間にも敵が近づいてくる気配はない。こちらにやってくるのは、何かが戦う微かな音だけだ。

 その時、敵の気配がこちらに向かってきた。だが、それはひとつだけ。


「……何かがここへやってきた。気をつけろ──今ところは、こちらの様子を伺っているような素振りだが……」


 セウェルスが仲間たちに注意を促す。

 気配だけがあり、姿がない。目くらましの術か。


「──姿を見せろ。どこにいるのかなど判っているぞ。まさか、かくれんぼをしたい年頃の者か?」


 セウェルスは、ある民家の屋根を睨む。

 そこに正体不明の存在がいるようだが──。


「ふぅむ……おぬしら、さては本物(・・)じゃな?」


 女性の声が聞こえた。『敵』が喋った。

 現代でも通じる言葉だが、少し古めかしい。それでも口調は明るく、どこかノリが軽そうな印象だ。

 まさか話しかけられるとは思っていなかったため、誰もが警戒する。

 しかし、セウェルスだけはその声を聞いた瞬間、目を見張って言葉に詰まっていた。


「これこれ。ちと待たんか。そう構えるでない。わしらは、アレ(・・)とは違う。そなたらの味方じゃ」


 セウェルスの目線の先の屋根の上にて、『敵』が姿を現した。

 目まで覆った黒いフードと、体格が判らないほどにゆったりとしたローブを着た『人間ではない者』。なぜなら、フードの上には黄金(こがね)色の毛に覆われた大きな獣の耳ある。そして、臀部あたりからはふわふわとした同じく黄金色の尻尾が生えている。人間のかたちと狐らしき動物の特徴が混じり合った星霊に見える。


「ティレ、シャ……?」


 セウェルスは引き込まれたように足を前に進ませてその名前を口にする。

 すると、ティレシャと呼ばれた星霊らしき者は「ほ~」と感心したように声を出した。


「わしが生きていた頃は、名など一度も呼んでくれんかったというに……覚えておったとは思わなんだ。にしても、えらく顔つきが変わったもんじゃの……。おぬし、ほんにあのアイオーンかえ? ──いや……今は、セウェルスという名じゃったか?」


 アイオーンのことを知っているこの者は、ヴァルブルク王国に住む星霊だった。ユリアの両親である国王と王妃にとっての従者であり、ユリアとアイオーンの縁を予知してそれを伝えてくれた者だ。

 しかし、ティレシャはユリアが生まれてから数年のうちに星霊にとっての心臓である核が寿命を迎え、消滅した。そのため、ティレシャという星霊を知る者は、この場にはアイオーン──セウェルスだけだった。


「誰だ……?」


「古くからヴァルブルク王家に仕えていた星霊だ……。ユリアが生まれて数年後に、核が寿命を迎えて消滅した……」


 ラウレンティウスの問いに答えると、仲間たちは驚きの声を上げる。

 そして、セウェルスは信じられないものをながらティレシャに問いかけた。


「それよりも……なぜ、お前が流暢に現代語を操れるんだ……? それに、俺の本名も……。お前がここにいる理由はなんだ?」


「疑問の種明かしをしてやりたいところじゃが……わしは、その役目に相応しくなくてな──。わしは、一時的にヴァルブルクへ『戻る』よう命じられたのじゃ。この姿は、『戻る』ために誂えられた仮初の身体での」


「『戻る』……? 仮初の身体……」


「判るじゃろう? 今のわしの気配は、生前のものではない。今、そなたらが見ているわしは『水面に映った姿』、あるいは『影』のようなものじゃ。本物が蘇ったわけではなく、死者の魂がカタチをなしたものでもない……。星に刻まれた『ティレシャ』という星霊の情報と魔力が、『今のわし』を形づくっておる。今のヴァルブルクには潤沢な魔力があるからこそ存在できておるが、魔力が薄まれば消え失せるもの。今のおぬしのように『器』があったとしても、わしはここから離れて生きることはできぬ。──つまりは、期間限定の『復活』じゃ」


 消滅した本人が生き返ったわけではないが、本人の鏡映しのような存在がここにいる。ヴァルブルクの異変が解決すれば、おそらく消えてしまうということだろう。


「……ちなみに、ここに『戻ってきている』のは、わしだけでないぞ」


 すると、ティレシャは面白がるような声色でそんなことを言い始めた。


「そらそら。わしと『同じ』者たちが近づいておる。顔を見てやるがよい」


「──テオドルス・マクシミリアン副王! お待たせしました!」


「な……!?」


 テオドルスは、声がした方に勢いよく振り向いた。そこには、ヴァルブルク王国の紋章が施された軽武装をした兵士がふたりいた。ふたりの兵士は、テオドルスと目を合わせると一礼して背筋を伸ばす。


「申し上げます! この場に集った全兵は、敵と交戦しております! 敵も同じくヴァルブルク兵の姿をしているものであり、勢力の大きさは我々と同等。そのため、状況は拮抗しておりますが、しばらく時間は稼げるかと思われます」


「なぜ……お前たち……」


 ふたりの兵士は、ヴァルブルク王国の隊長を務めていた者たちだった。

 ──夢でも見ているのか。

 久しい声と顔ぶれに彼はそう呟き、やがて声を殺して涙を流す。

 対してラウレンティウスたちは、状況をうまく飲み込めないようすで呆然としていた。

 セウェルスも混乱したようにティレシャを見る。


「……ティレシャ。お前たちをここに『戻る』よう命じたのは──」


 セウェルスが問おうとした、その時だった。

 特務チームの後ろから、突如としてふたりの男女の姿が現れた。


「その説明は、私たちがしよう」


 穏やかながらも意志の強さを感じさせる男の声が届いた瞬間、セウェルスの動きが止まり、目を見張る。

 ラウレンティウスたちは振り返り、声の主を見た。少し離れたところにいるため、顔は少しわかりにくいが、男も女も昔の時代を思わせる鎧とマントを身にまとっている。どちらも羽織っているマントは濃紺色を基調とし、差し色には真紅、金の刺繍が印象的な豪奢なものだ。腰には実用的な剣を帯びている。

 遠目でも、とても高貴さを感じる出で立ちであることがわかる。男女ともに若者だろう。このふたりもヴァルブルクの戦士だろうか。


「ティレシャよ。この場は私たちが受け持つ。そなたは、皆と共に周辺の敵を掃討してくれ」


 離れていても青年の声がよく聞こえるのは、拡声器のような効果をもたらす魔術を使っているのだろう。

 その声に命じられると、ティレシャは民家の屋根から飛び降り、丁寧に礼を正した。テオドルスの部下たちも、緊張したようすで佇んでいる。


「御意」


 ティレシャの声には、先ほどまでの軽い雰囲気は一切なく、心からの礼節を感じさせる。短い返事をしたのちに、ティレシャの姿は一瞬にして消えた。


「あなたたちも、ティレシャと同様に持ち場へと戻りなさい。こちらのことは気にせずに」


 続けて女性の声も聞こえてきた。女性の声も若々しいが、意志の強さを感じる。


「はっ。それでは、護衛は不要とのことですね」


「その通りです。我々への心配は無用。私も旦那も、ヴァルブルクの戦士なのですから。今は、一体でも多く敵の動きを封じ込めなさい」


 テオドルスの部下たちは背筋を伸ばして胸に拳を添えるジェスチャーをとった後、その場を去っていった。あのふたりは、相当高い地位にあるようだ。

 そして、高貴な出で立ちの男女が、セウェルスたちに近づいてくる。その時に、ふたりの顔をはっきりと見ることができた。

 男性のひとつに束ねられた長い髪は、淡い色味の金色。目は空色。優しげな雰囲気のある顔つき。

 女性のほうは、栗色の髪に深い青の目。顔立ちは、あのユリアにとてもよく似ていた。

 誰もがふたりの正体を理解したが、誰も声が出なかった。


「……まさか、我々を『呪い』に取り込んだことが敗北の一因になろうとは──。このような運命は、『敵対していた〈きょうだい〉たち』も思わなかったことだろう」


「ええ……。ですが、これでようやく『あの日』の借りを返せますわね。せっかく若き日の肉体を一時的に得られたのですから、ヴァルブルクの戦士として最後まで戦いますわよ」


「死んで蘇っても相変わらず好戦的だな。その愛らしくも美しい顔つきからは想像もできない」


「まあ。人など見かけによらないものですわよ。第一印象で実力を測ろうとする者など愚か者です」


「私も、お前と出逢った当初はその『愚か者』だった……」


「そうでしたわね。あの頃は、まさかその殿方が私の旦那様になるなんて思いもしませんでした」


 夫婦がそんな他愛のない会話をし始めると、テオドルスは呆然としながらそのふたりに近づいた。


「……また、お会いできるなんて──」

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