第四節 Returns ①
倒した魔物たちを、セウェルスとルキウスがすべて魔力の塊に変換した後、一行はヴァルブルクの街へ向かった。
魔物の『死骸』から魔力の塊となったものは、大人が二、三人で抱えなければならないのではと感じるほどの大きさとなった。それが十個。
とても大きな塊だが、重さは羽のように軽い。ユリアやルキウスが、魔力を凝固させて造り出す魔剣と似たようなものだが、あれは術者の体内の魔力も利用して造られているため、厳密には異なるものとなる。セウェルスとルキウスは、それらと仲間たちを転移術でヴァルブルクまで移動させた。
「──このあたりがいいかな。周囲に建物がたくさんあるけど、他の場所と比べると広いから戦闘になっても動きやすい」
街に着いてからしばらく進むと、テオドルスは街の中央に位置するレンガ舗装がされただけの質素な広場を指した。
「下準備をする。少し待っていてくれ」
セウェルスとルキウスは、大きな魔力の塊を円形状に配置し、それから大気中の魔力も場に集束させていく。これが術式を作るための土台だ。
「……はじめるぞ。ユリアの帰還を願いながら、体内の魔力をこの術へ注いでくれ」
特務チームは、術の土台を半円状に囲み、手を伸ばす。この場には、すでに普通の人間では耐えられないほどに濃い魔力が渦巻いている。
セウェルスとルキウスも手を伸ばし、古い言語を口上する。
現代語にすると、このような言葉だ。
『汝の欠片。星の手を誘いし者。渇きし咆哮を響かせん。夢幻の門番よ。集いし数多の叫びを刻み、結びを辿れ』
ふたりの言葉は魔力と融合し、それが大気の魔力や塊に影響を与える。
周囲に漂う魔力は、渦を巻くように動きはじめる。辺りは次第に霧が立ち込めるように白んでいき、雷のような強い輝きを放つ線がいくつも走っていく。
『告げる。かの者をここへ──希うは、我らが紡ぎし遥か遠き言の葉の残香を纏いし者。時を越えし、この世ならざる現世の生者。片割れ果てる史に名を刻まれし英傑』
人間では到底敵わないと感じるほどの『大いなる力』が、すぐ傍にいる。
その理由は、強大な魔力が何かを探すかのように身体にまとわりついているからだ。
それと同時に、得体の知れない温かさと寒さを感じる。
慈母のような優しさがあり、猛る戦神のごとく恐ろしさもある。
守ってくれているようで、見えないところで刃を向けている気がする。
この『大いなる力』は、この星が持つ力の気配だろう。この星に心は無いが、すべての人間や星霊が集まっても敵わない力がある。それに触れているのだ。
それは純粋な『力』。『力』そのものには善も悪もない。ただ、人間の心の複雑さがそう思わせる。それが、温かさと寒さの正体。
惑わされるな──今はただ、再会のために。
『天よ、繋げ。星よ、照らせ。常世の涯に導の旗を掲げよ──』
もう少しで詠唱が終わる。
その時だった。
──ユリア・ジークリンデ。
いつもそばにあった気配が、ほんの僅かな時だけ感じた。
あいつも、俺達の気配を感じ取っているのか。きっと、手を伸ばしている──。
しかし、その喜びと期待は一瞬にして潰される。
(なんだ……これは……)
セウェルスが、術式のどこかで異質な何かが蠢いたことに気付く。ルキウスも違和感を感じ、兄の顔をちらりと見た。
あれは、〈きょうだい〉の残滓──星に潜む『呪い』だ。
(っ──術式を変質させるつもりか……!)
〈きょうだい〉の残滓は、魔力の気配に擬態して術式に忍び寄っていた。
『残滓』と称するものとはいえ、膨大に使う魔力と同じほどにそれがある。一気に変質させられれば、止めることはできない。
セウェルスとルキウスは、それを直感で感じ取った。
このまま術を続ければ、ただの人間である仲間たちは残滓に触れてしまい、抵抗する術もなく『呪い』を受けてしまう可能性もある──!
「──離れろ!」
「術式を放棄します!」
兄弟の号令が耳に届くと、特務チームは即座に召喚の術式との繋がりを断ち、距離をとった。
刹那、召喚術に異変が起こった。
組み上がっていた召喚のための術式──月白色に輝いていた強い光──が、中央部から黒ずんでいく。
宙に浮かんでいた魔力の塊は、すべて黒い泥のようなものに変わって地に落ちた。
「あれが例の『妨害』ってやつか……!?」
術式の異変を睨みつけながら、ダグラスが拳を握る。
「ああ──全員、油断するな。何かが来る……」
特務チームは武器を異空間から呼び出し、兄弟は腰に帯びていた剣を抜き取り、体内の魔力を纏わせる。
黒ずんだ強い光が、消えた。それと同時に、ヴァルブルクの街全体に禍々しい気配が漂いはじめた。
そして、ヴァルブルクの街を守るための術式が施されている三重防壁にも異変が起こる。
「ヴァルブルクの三重防壁が勝手に起動した!?」
アシュリーが叫ぶと、テオドルスは「くっ」と喉を唸らせる。
「しかも、ヴァルブルクの防壁術とは異なる性質のもの──私たちを閉じ込めるつもりか……!」
出口が閉じられ、ヴァルブルクの街から見える青空が、じょじょに赤紫色へと変色していく。
そして──。
「見て! 黒い泥が動いてる……!」
黒い泥と化した魔力の塊が、波打つように動いていた。そして、ある泥は細長く、またある泥は全体に肥大化した。やがて、それらは人間や動物の姿をした星霊らしきカタチをとりはじめる。それぞれのシルエットがしっかりと定まると、黒い泥はどこかへと引いていき、人間の肌や動物のたてがみなどが色を伴って姿を現す。人間と星霊、その数は合わせて十体。
すると、テオドルスは目を見開き、怒りを露わにした。
黒い泥は、彼にとって懐かしい者たち──ヴァルブルクの戦士たちの姿をとったからだ。
「あれは、ヴァルブルクの……」
セウェルスが言葉を零す。
くわえて、そこには彼が知るかつての部下がひとりいた。あの者は伝令役をしてくれていたため、顔を合わせたことが何度もあった。
「悪趣味なことを──」
泥から生まれたテオドルスの部下たちは無表情だ。その顔のままと組むチームの存在を認識すると、敵は臨戦態勢をとった。
「全方角に、目前の敵と同じ気配が多数感じられます! おそらく、敵はヴァルブルクの戦士たちの姿をとっているかと思われます……!」
気配を感じ取ったルキウスは、そう叫びながら剣の柄を強く握る。
その瞬間、半数の敵は特務チームに接近し、もう半数は炎や風の魔術を繰り出した。
「──!」
セウェルス、ルキウス、テオドルスの三人は、前に出ようとする仲間たちを制し、咄嗟に防壁を張り、放たれた魔術や武器による攻撃を防ぐ。そして、敵の武器に見えない衝撃を与えて後退させ、防いで留めていた敵の魔術に威力を上乗せしたものを跳ね返した。
すべての敵に損傷を負わせたかのように見えたが、それで仕留められたのはひとりだけだった。残りの敵は空中へ逃げ、またも魔術を発動させ、それが放たれた。
敵によって繰り出された大きな火球が迫る。セウェルスは、それと同等の大きさをした火球を作り出し、勢いをつけてぶつけた。衝突した大きな火の玉たちは爆発し、敵もセウェルスも関係なく飲み込む。
一見、被害を大きくしたような行動だが、彼は無意味にそうしたわけではない。敵の魔術と自分の魔術をぶつけることで勢いをつけさせて、そのまま自分の魔術として支配下に置くためだった。
あの爆発のあと、炎は勢いを弱めることなく嵐のように荒れ狂い、大きな火柱が上がる。
火柱が消えると、大半の敵は灰燼と化していた。
残りは、剣を持ったひとりの人間。テオドルスの部下だ。
「っ……!」
テオドルスが前に出て、部下の剣技を防ぐ。
一撃が重い。魔物以上の衝撃が身体に響く。
作られた存在であろうと、ヴァルブルクの戦士。歴戦の武人。
しかし、剣術の腕はテオドルスが数段上だった。魔術と掛け合わせた剣術で敵を追い込み、最後は泥が部下の姿に化けた敵の身体を、怒りのこもった剣で斬り刻んだ。斬り刻まれた身体は泥に戻り、地に浸み込んで消えていった。
「……姿も似て、戦い方まで似ている……。ここにいる『ヴァルブルクの戦士』は、私の知る者たちとほとんど同等の存在だ」
テオドルスは彼の凄みのある雰囲気を漂わせながら、低い声で仲間たちに伝える。
「なるべくひとりで戦うな。敵がヴァルブルクの戦士を模しているのであれば、確実に難敵もいる」
セウェルスが忠告すると、クレイグは「……ちょっと質問いいか?」と疑問を投げる。
「さっきの光景を見るかぎり、黒い泥は地中に引っ込んだだけで消滅はしてねぇよな……? だったら、敵は無限。戦いになればオレたちに無駄な疲労が増えるだけ……。そんでもって閉じ込められた挙句、安全地帯がねぇ。召喚の術式も消えた──この時点で、俺たちは何をすりゃいい?」
「まず、退路の確保として三重防壁の解除は?」
アシュリーが問うと、テオドルスは大きな防壁を見上げる。
「どうだろうね……。気配から察するに、あれはヴァルブルクで使われていた防壁術ではない……。その詳細を調べる時間と解除するための時間が欲しいところだが……我々は今、敵に囲まれている。たとえ解除できたとしても、また術を張られる可能性が高い」
「そして、クレイグの読みどおり、敵は無尽蔵に出てくるとみていいだろう。敵は、俺たちが力尽きるのを狙っているのだろうな……」
と、セウェルスは言う。そして、何かが引っ掛かっていることがあるのか、眉を顰めて周囲を見渡した。
刹那、遠くの方から爆発が起こった。
「──!?」
セウェルス以外のメンバーは、驚いた様子で音が聞こえてきた方を振り向くが、セウェルスはさらに怪訝そうな顔をした。




