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第三節 ふたたび ⑥

 ──あとは、ユリアがいないことだ。

 微笑みを浮かべていたセウェルスの顔が、少しずつ憂いを帯びていく。


「……ユリア・ジークリンデは、『あの空間』にいるんだな──」


 もうひとつの再会の約束。

 喜びに浸り、気を緩ませるのはまだ早い。

 ルキウスは兄から離れ、目線を下へと向けながら深く息をついた。


「……うん。姉さんは、あの空間に残ることを決意してくれた……。だから、おれは〈母なる息吹〉から星に働きかけてヴァルブルクの環境を変えて、姉さんを召喚するための魔力を確保するために魔物を造ったんだ。姉さんをこの時代に連れ戻すだけなら、召喚術を使ったほうが安全だろうから」


「そうだな……。禁忌とされている魔術とはいえ、明確な目的と十分な力があれば術自体に危険性はない。問題は、〈きょうだい〉のせいでこの星そのものが、ユリアの帰還を邪魔してくる可能性が高くなっていることか──。だが、必ずユリアを連れ戻すぞ。そして、この星をもとに戻す。これは、〈名もなき神〉から生まれた者としての使命だ」


 セウェルスは静かに、されど力強い決意を示す。ルキウスは、その心をまっすぐ見つめた。


「俺もそう思う。人や星霊が持つ可能性を信じなかった〈きょうだい〉たちの残滓を消さないと──この星は、きっと姉さんやおれたちを何らかのカタチで『呪い』続けると思う。叶えられなかった自分たちの望みを、絶望した誰かが叶えてくれるまで……」


 兄弟は、互いの意思を確認し合うと、立ち上がって仲間たちと向き合った。


「……次は召喚術──の前に、疲労した身体を癒すのが先だな。全員、そのままじっとしてくれ」


 と、セウェルスが言うと、彼は目を瞑って集中した。

 しばらくして特務チームがいる範囲だけの地が青白く輝き、全員を包んでいく。傷は癒え、疲労感を取り除き、さらには空腹感や喉の渇きまでもが取り除かれていく。その感覚に現代で生まれた者たちは驚いた。


「な、なんか、地味にすごいオプション付けた治癒術したな……!?」


 昔から非常に難しいとされている──しかも、さまざまな効果がついた──治癒術をいとも簡単にかけたセウェルスに、アシュリーは唖然とした。しかし、彼は素でこう答える。


「記憶を取り戻したからな。『器』の身といえども、これでも一応は、地上の人間や星霊たちから神様と崇められていた存在から生まれたんだ。十分な魔力さえあれば、これくらいは可能だ。──次は、先ほど以上の激戦になる可能性がある。万全に備えておいて損はないだろう」


「……そこまで念を入れるほどか」


 ラウレンティウスがそう言うと、ルキウスが「はい」と答えた。


「召喚術は、この星の力を借りて発動する大魔術──なので、星の内界に潜む〈きょうだい〉たちの残滓が反応すると思います。何が起こるのかは、おれたちにも読めませんが……念を入れておくべきです」


「たとえ想定外の何かが起こったとしても──必ずあいつをここに連れ戻す」


 ラウレンティウスがそう言うと、ダグラスは「だな」と同意する。


「姫さんのことだから、たぶん腹空かせて待ってるだろうさ」


「帰ってきた瞬間『お腹空いた』って言うぜ。絶対」


 と、クレイグも軽い会話に加わる。


「──全員、いけるな?」


 セウェルスが確認すると、イヴェットは頷く。


「大丈夫。やれるよ」


「一応、戦うのは次で最後だよな?」


 と、ダグラス。


「そう願いたいところだが、敵はすべてが未知だ。確証はできない」


「だったら、早く終われるようにみんなで頑張るか」


「フ──軽く言ってくれるな。敵は、この星の内側に潜む『呪い』のようなものだというのに」


 まるで残業をこなすかのような口調に、セウェルスは愉快そうに指摘する。


「この星が記録してる歴史を読み取ったルキウスによると、アヴァルでの聖杯の『呪い』の正体は〈きょうだい〉の残滓やったらしいな。あの時は、ユリアの力があったからとはいえ、今のうちらでも勝てん相手やないはずやろ。ルキウスもおるし、アンタも記憶を取り戻したことやし」


 アヴァル──。

 アシュリーの口からその単語が出てくると、セウェルスはばつが悪そうな顔をした。


「……いつかは、ヴィヴィアンにあの事件の真相を伝えないといけないな……。あいつは何も悪くない……俺のせいで巻き込まれただけだ」


「違うよ。あの事件は兄さんのせいじゃない。敵となった〈きょうだい〉たちのせいだよ。事の顛末を話せば、ヴィヴィアンさんもそう思ってくれる」


 弟からの反論に、兄は「……そうだな」と呟き、息をついた。


「すまない……。では、始めるとしよう。まずは、魔物が保有していた魔力を収集し、星霊の核のような塊へと変質させる。それが完了すれば、召喚術に適した場所へ──母なる息吹が近くにあるところがいい。星そのものに働きかける魔術だからな」


「そうなると、ヴァルブルクの街だね」


 テオドルスは言う。

 ヴァルブルクの街は、星の内界から流れる魔力が地上へと噴出する孔の上に作られている。

 とはいえ、〈母なる息吹〉が街の下に埋まっているということではなく、噴出された魔力がすべて地上へ出ていくよう整備されているのだ。

 なので、この街は旧ヴァルブルク領内のどこよりも遥かに魔力濃度が高い状態のため、一番適した場所とは街になる。

 だが、危惧すべきことがひとつある。


「ああ……。だが、戦いになれば、ヴァルブルクの街が破壊されてしまうことになるが……」


「罪悪感があるというのなら、元ヴァルブルク王国の副王だったこの私が許可しよう。そもそも、ヴァルブルク王国とは、戦争に勝つために興された国だ。だから、あの街は、生まれたときから戦場となる覚悟があるのだよ。それは今でも変わらない──ヴァルブルクは、時代が変わろうとも、人間と星霊の普通の暮らしを愛するために戦う街だ」


 かつての副王はそう語る。

 この地に眠るヴァルブルクの民たちも、そう思ってくれるだろうか。

 この地に眠る民たちよ。ここを戦場とすることを許してくれ。この国の王女を──英雄を助けたいのだ。


「……わかった」


 それに信頼する友の言葉だ。

 きっと、民は許してくれる。


「兄さん。今回ばかりは、おれたちであっても慎重になったほうがいいと思う。だから、言霊で術式を構築しよう」


「そうだな。それに、心の想いが重要となる魔術は、言霊の力で術式を構築したほうがやりやすい」


 そのやり取りを聞いていたアシュリーは驚いた。


「まさかの詠唱? アンタらが?」


「たとえ俺達であろうと、今回ばかりは詠唱という技法に頼るべきだ。召喚術についての知識はあれど、術式を組み上げたことすらないからな」


 詠唱で魔術を発動するということは、古来から一般的には感覚的に魔力を操ることが不得手な者がとる技法だったという。

 そのため、古来から詠唱という方法は格の低い魔術師がするものだという認識があった。

 だが、状況によっては、無詠唱で魔術を繰り出すよりも、言霊による発動のほうが成功しやすい、あるいは効果が高いなどというメリットとなる場合がある。その一例が召喚術だ。

 現代でも詠唱という技法は辛うじて残っているが、この時代でも未熟者というレッテルを貼られてしまうため、人前で使うことは避けられている。


「詠唱って、現代のヒルデブラント語? 使う言葉によって何か違いがあったりするの?」


 そんなイヴェットの疑問に答えたのはルキウスだった。


「この星は、地上で起こった出来事、あるいは無形有形問わず『存在』した一切の事柄を記録していますので、現代のヒルデブラント語でも大丈夫だと思います。使う言語によって効果の違いはありませんが、今回は特殊な事情があるため、おれたちが生まれた時代の言葉で召喚を試みます。それは、この現代で、数千年前の特定の地域で使われていた言葉を自在に操れる人なんて、おれたち兄弟とユリア・ジークリンデさんだけだということです。これも、特定の存在を召喚するために有効となる縁となると思います」


「たしかに縁にはなるかもな……。そこまで古い時代となると、当時は、魔力そのものが持つ情報保持能力を利用して物事が記録されていたからな。大気中の魔力が薄くなりすぎたこのご時世じゃ、魔力に刻まれた情報を読み取ることすら難しいし、そもそも当時の文字が書かれた書物なんざ少ねぇし。その時代の文字を解読できる学者だろうと、その時代の言葉を流暢に話せる人がいるなんて聞いたことがねえ」


 と、歴史に詳しいクレイグは納得する。


「そういうことだ。ひとまず、今は魔物の『死骸』を純粋な魔力の塊にしてヴァルブルクに向かおう」

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