第三節 ふたたび ③
「地中から、上空から、そんで地上からって……。誰も望んでねえ欲張りセットだな」
このような状況へ変貌したことにクレイグはげんなりとした。
「ここまでゾロゾロと来ちゃうものなんだ……」
イヴェットも見たことがない魔物の大群に呆気にとられている。
ラウレンティウスも少し嫌気が差したような顔でため息をつき、ダグラスも眉を顰ませながら笑っている。
魔物を研究サンプルとみなすアシュリーは、喜びと戦闘をする面倒さの狭間を揺れ動いていた。
「アイオーンとルキウスの異常な魔力の気配に怖がっていてほしかったんだけどなぁ……。造られた『魔物もどき』といえども、この世にいた魔物を模してる──だから、相手が強敵であっても、魔力補給のために種族を問わず群れを形成して襲ってきたみたいだね」
「魔物が活動できるのは、ヴァルブルク領だった範囲だけだ。そこに結構な魔物がいたから、こんだけの大群になっちまってるんだよな……」
テオドルスとクレイグが言うと、ラウレンティウスが「やるしかないな」と呟く。
「魔力を保管する入れ物とはいえ、わざわざ魔物として造る必要はなかっただろうと言いたいところだが──ヴァルブルクの異変の原因を見破られないよう、俺達を混乱させるためでもあったな……。まんまと引っ掛かったが……」
「でも、魔力で造られたわりには、魔物からはそこまで強い魔力は感じないよね……? ユリアちゃんも、何も気づかずに普通に食べてたし──本当にリソースになるような魔力があるようには見えないよね……」
イヴェットが疑問を呈すると、ルキウスは答える。
「今は、必要最低限の出力で魔物らしく活動し、大気中の魔力を取り込みながら『生きて』いる状態です。実は、あの魔物もどきの心臓は、高濃度の魔力で出来ているんです。ですが、普段は普通の心臓に擬態している状態で、リソースとなる時にだけそれが解かれて魔力が溢れ出すようになっています」
「魔物の肉体は、元素も構成されとるって言っとったよな。ってことは、殺しても肉体を構成する魔力が一気に飛散して消えるわけやなくて、ゆっくり腐って朽ちていくってことやな? 『普通の魔物』みたいに」
アシュリーの仮説にルキウスは頷く。
「身体が消滅していなかぎり、『死体』となっても貴重な魔力リソースであることには変わりありません。なので、これを機にすべての魔物を『活動停止』にまで追い込んでしまおうと思います。すみませんが、皆さんの力を貸してください」
特務チームの面々はそれぞれ頷くと、虚空からヴァルブルク王国で造られた特製の武器を取り出した。
「すぐ傍まで来られると、なかなか迫力あんなぁ……。初日にもこんなことがあったが、それよりすげぇや」
ダグラスは、珍しいものを見るように小さく笑い、長銃を群れがやってくる方向に構えた。長銃に魔力が集束していく。
「勢いに呑まれて物理的に喰われないでくださいよ、総長」
ラウレンティウスが軽口を叩く。
「バカ言え。こんなのより姫さんとの鍛錬のほうが怖くて死にそうになるってぇ──のっ!」
銃口から魔弾が放たれたと同時に、特務チームのメンバーたちとルキウスは、魔物の大群へと向かっていった。
ダグラスが撃った魔弾は、大気中の魔力を取り込みながら颶風を起こし、それが地を駆けてくる狼や猪に似た魔物を飲み込んで蹴散らしていく。
この戦いで気をつけることは、魔物の肉体をなるべく傷つけずに倒すこと。
そして、ヴァルブルクの街に近い平原にて、さまざまな魔術が同時に発生した。
空を飛ぶ魔物の行く手を阻むいくつも竜巻、地面に這うよう走りゆく雷、勢いよく隆起した地の槍──さまざまな魔術が発動され、魔物の叫びが響く。
「……わたしのことは案ずるな。今すべきことに集中しろ。わたしの仲間を──」
そんななか、ルキウスはアイオーンの近くで戦っていた。アイオーンは負の感情を抑えられているようだが、戦う姿を見るかぎりやはり本調子ではない様子だ。
「あの人たちは、戦いながら兄さんを元に戻せって言うと思う。それに、特務チームの皆さんは弱くないよ。おれはそう信じたい」
「……」
それ以降、アイオーンは何も言わなくなり、敵を葬り続けていく。
すると、いくつもの棘がついた鱗に覆われ、鋭い牙を持った巨大な蛇が現れた。地上の魔物の中で一番大きい。鱗から発する魔力を感じ取るに、耐久面に優れていそうだ。普通の武器では絶対に攻撃は通らない。
「──はっ!」
しかし、ルキウスは人間ではない。その魔力から編まれた剣は鱗を斬り刻み、蛇の身を削ぐ。
──やはり、あの少年の魔力の気配や、戦い方の癖には身に覚えがある。
アイオーンは、何かを急く気持ちに揺さぶられていた。今すべきことに集中しろと言ったというのに、弟と名乗る少年から目が離せないでいる。
──知らないはずだ……。なのに、なぜ既視感ばかり抱く……?
本当に知らないのか?
ならば、勝手に生まれては自らを振り回す負の感情はなんだ? あれは、邪魔している。自身の記憶が蘇るのを拒んでいるのではないのか。
かつての己は、あの少年と肩を並べて戦っていたのではないか。
でなければ、あの者の次の動きを読め、自分はどう動くべきかなど思いつはずがない。
身体が勝手に動き、少年の戦いを支えようと動くはずがない。
「……お、れ……は……」
それは、意識せずに出てきた言葉。
共に戦いたい。
一緒に戦っていたのだから。
その強い意志が、無意識に湧き起こる負の感情を抑えつける。
「──兄さん! 後ろッ!!」
ルキウスの叫び声が届き、アイオーンは我に返った。
後ろには確かに魔物の気配──しまった!
刹那、頬のそばに高濃度の魔力がまとった何かが通り過ぎた。頬がかすかに熱く、痛みが生じる。
ルキウスを見ると、二本あったはずの魔力で編んだ剣が、一本ない。それを投げたようだ。背後で魔物の悲鳴が耳に入り、声が消えたとともに倒れる音がした。
すると、ルキウスは「わああっ!?」と何かに驚きと焦りの声を上げて、急いでアイオーンに近づいた。
「に、兄さ、ご、ごめ──! 血が……! ごめんなさい!」
アイオーンの頬からは血が滲んでいた。
ルキウスは、今にも泣き出しそうな顔をしながら慌てふためいているが、当人は呆然として少年を見つめている。
そして、こんなことを口にした。
「……前にも……似たようなことがなかったか……?」
アイオーンの脳裏に、とある場面が流れた。
今よりも幼いこの少年に、剣の扱い方を教えていた。
ひと通り教えたある時、「不意打ちや予想外の動きを見せることも戦闘では有効だ」と教えた。
すると、少年は少し考え、やがてさり気なく自信ありげに頷くと、突然剣を思いっきりぶん投げた。しかも魔力を特大に込めて。これが当時の少年にとっての『予想外の動き』だったようだ。
結果、剣は魔力の塊となって自身の頬をかすり、大地に刺さった剣はその後、爆発した。もちろん剣は跡形もなく消えた。
そして、少年は真顔のまま何も喋ってくれない兄を見て、何かを間違ったことを察し、半泣きになって謝った。
その時の自分は怒っていたのではなく、少年の予想外の動きに心底驚いてしまい、反応することを忘れていたからだ。
あとでそのことを思い返した自分は、少年に可哀想なことをしたと反省し、詫びの言葉だけでなく、少年が興味を示したものをすべて買い与えた気がする。
「それって……魔力を帯びさせた剣を、兄さんに向かって投げちゃったこと……? おれが生まれたばかりの頃で、戦いに慣れるための稽古をしていた時だったかな……」
ああ、そうか。
今、必要なことは、この少年と共に戦うことだ。そんな気がする。それを強く望む自分がいる。
わたしを蝕む負の感情よ、邪魔をするな。
思い出さねばならないことが、きっとまだたくさんあるはずだ──。
「……ルキウス。共に戦わせてくれ。わたしはお前の戦いに合わせて動く。──お前の戦い方には、覚えがある」
「……!」
ルキウスは大きく頷いた。言葉がうまく出てこないのか口を開けたままで何度も頷いている。心から喜んでいる様子だ。
ふたりは剣を構え、目の前にいた敵に向かっていく。敵を倒した数が増えていくごとに、ふたりの息が合った一撃が増えていく。やがて、動く魔物の数が減っていった。
「……これで、終わりだ!」
魔力を込めた剣で、ルキウスは魔物の胸部を斬り裂いた。魔物は血が流しながら倒れ、やがて動かなくなった。
長きにわたる魔物の大群との戦闘は終わった。
特務チームの面々に大きな怪我はないようだが、細かな切り傷はたくさんあり、疲労も見える。
魔物を倒しきったことで心の緊張が緩んできた時、アイオーンが膝をついた。
「兄さん……!」
そばにいたルキウスは兄の様子を伺う。
アイオーンは、頭の痛みを堪えた顔でルキウスを見つめる。兄も疲労が溜まっているようだ。
そういえば、負の感情による暴走や、それによる苦しみに歪む顔がない。
まさか、制御が出来ている──?
(今なら、『魂』を受け取ってくれるかもしれない……)




