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第二節 暗影 ②

 結局、特務チーム全員がヴァルブルクの街で寝泊まりすることになった。非常事態だからという気持ちと、好奇心や興味も多少なりとも含まれていた。浮かれすぎるのは少し問題があるが、必要以上に不安がるよりまだいいことだろう。この数日、特務チームには常に肉体的な、そして精神的なストレスがかかっているのだから。

 ユリアたちは、寝泊まりのために、街の入り口付近に建つ民家を利用することにした。民家の造りはしっかりとしており、机や椅子といった家具や生活用器具が一部残っている。だが、千年近く経っているため、さすがに汚れがひどくて埃っぽかったが、ユリア、アイオーン、テオドルスが魔術で掃除すると簡単に綺麗になった。

 その後、民家に気配遮断の術式を組み込むと、一行はキャンプ道具や食料などが入った荷物を置き、またヴァルブルクの調査を開始した。


「──なんかドキドキするわぁ、ヴァルブルクでの寝泊まり。状況が状況やからあんま素直に喜べんけど、テンションは上がるな」


 そして、調査を終えて夕方になった。

 民家に入ると、アシュリーがニヤけた顔で言葉を零す。

 この日の調査も、特に収穫はなかった。わかったことは、魔物の数が減っていないことくらいだろう。どこから出てきているのか不思議でならないが、今の特務チームの半数ほどは、ヴァルブルクの暮らしを体験できることのほうが興味があるようだ。ヴァルブルクという土地は、魔力研究者や歴史家などにとっては巨大で豪勢な宝箱のようなものだという。

 そもそも、ここはヒルデブラント王家の土地であり、通常でも魔力濃度は世界一高い場所だ。王家からの許可がおりても、その魔力濃度に耐えられる防護服がないと無理だ。防護服があっても短時間しかいられない。

 ここに問題なく足を踏み入れることができ、なおかつ泊まり込むことができるのは、世界中を探しても特務チームの八名のみだ。


「なあなあ。これって当時の洗濯機みたいなもんか? 複雑に術式が組み合わさってる」


 と、クレイグが珍しく少年のように目を輝かせながら、大きくて底の深い器を持ってきた。彼が手に持つそれは、民家の外に置かれていたものだ。歴史好きな彼にとって、ヴァルブルクの街は夢のような場所であるため、興奮が抑えきれないのだろう。


「うん。そうだろうね。この術式は、器に入ったものを零れ落ちないように動かすものだ。大きさ的に、たぶん子どもの服を洗う用のものかな。私や弟たちや妹も、小さい頃はよく服を汚して帰ってきていたから、使用人たちに汚れた服を脱がされてね。そして、こういう容れ物の中に、水や洗剤を入れて洗っていたよ」


 クレイグが持つ底の深い器に触れながら、テオドルスは言う。

 術式とは、物質に目的の現象が起こる魔術情報を込めた魔力を組み込み、その物の内外で目的の現象を発生させる魔力技術だ。術式は手間のかかる技術だが、魔力の消費を少なくして現象を起こすことができる。しかし、魔力を組み込める物質が必要となり、普通の魔術より複雑で面倒な仕組みを理解していなければならない。


「時代的に、大気中の魔力の消費を極力抑えたかったから、魔力の利用をできるかぎり制限するっつー決まりがあったんだよな。そんで、その決まりは、共存派の各国にもあった」


「あー、懐かしいなぁ。学校の歴史の授業で習ったやつだ」


 と、イヴェット。

 その後、母なる息吹を有する国々から星霊がいなくなり、魔力の噴出量もさらに減ってゆき、人々は少しずつ魔力のある生活から離れていった。

 やがて、ほとんど魔力を使わないようになってからは、母なる息吹が存在しない国々と同じような生活水準になったという。そして月日が流れ、今に至る。


「さらに前の時代やと、全部のこと魔術でしてたって話やろ? ある意味、いろいろとすごい暮らしやったんやろな」


「ああ。古代だと、日常生活でも魔術をめちゃくちゃ使っていたから、身分に関係なく魔術に長けた人は多かったらしいからな。魔術に長けていれば、いろいろなことがわりと簡単にすぐできるから、その時代の服装はかなり凝った意匠のものが多かったらしい。豪勢さを演出するために装飾過多だったり、無駄にヒラヒラさせたものが多いんだとよ」


 アシュリーの一言で、クレイグがさらに話を深める。

 古代では、戦士であっても装飾が多い服を着る者が多かったようだ。その時代の文化でもあり、戦いの邪魔になりそうな服を着ていても、服を傷つけないほどに戦いに長けていることを示すためでもあったという。


「でも、魔術が当たり前にあるから、人や星霊の争いは過激だったんだよね?」


「そうだな。ヴァルブルクが興るよりも古い時代のころの戦いは、たしかに過激だった気がする」


 イヴェットの問いにアイオーンが頷くと、ラウレンティウスは「今とは時代が違いすぎるな」と呟いた。


「──おーい。歴史の勉強もいいが、そろそろ食事やら風呂やら準備しようぜ。ボタン押せば終わりな機械と違って、術式は起動したら微調整が必要なんだろ?」


 唯一、キャンプ道具の準備をしていたダグラスが声を上げる。


「はい。それでも、術式の扱いに慣れていれば難しいことではありませんので大丈夫ですよ。私は日常生活で使う魔術は苦手ですが──とりあえず、始めてみましょうか」


 ユリアたちも準備を始めた。

 寝具は寝袋だが、せっかく魔力がたくさんあるということで、調理と食事はすべて魔術で行うことにした。持ってきた食材と、おろした魔物と動物の肉を空中に浮かせ、魔術の火で焼いていく。

 ヴァルブルクがあった時代は、魔力消費を抑えるために、生活用水や飲水は川や井戸から汲んでいたが、今回は魔術で水を作り出す。

 飲水を入れるコップや盛り付ける皿は無く、宙に浮かせたまま量を分けていく。食べるときも、食べる分だけ口元に持っていくように魔力を操作する必要がある。

 これらは千年以上前の古い時代の食事方法であり、現代の仲間たちにとっては異文化の経験だ。戦うときとはまた違う細やかな魔力の使い方をするため、仲間たちは魔術での食事方法に苦戦しながらも、その新鮮さに心を踊らせていた。

 その夜。仲間たちは眠りについた。しかし、ユリアだけは防寒用のショールを羽織り、気配遮断をして民家の屋根に登っており、立ったまま星を見ていた。

 後悔とトラウマに苛まれていた頃は、こうしてヴァルブルクでまた夜空を見上げることができるようになるとは思ってもみなかった。後悔とトラウマは、これからもずっと消えないものだが、それでも抱えて生きていくことを決心している。

 その時、背後から微かな足音が聞こえた。魔力の気配は、ラウレンティウスのものだ。


(……あまり顔を見たくないというのに……)


 心の中でため息をつくと、ユリアはその感情を表に出すことなく振り返った。


「眠れないの?」


「まあ……そんな感じだ。お前は?」


 仲間たちは寝ているため、ふたりは小さな声で話をする。


「私は、久しぶりにヴァルブルクで星を見たかったから起きていただけよ。もうしばらくしたら休むわ」


「そうか」


 と言って、ラウレンティウスはユリアの隣にやってきた。


「横になるだけでもいいから、今は休んでおいたほうがいいと思うわよ」


 やんわりとここから離れるよう促すが、彼は首を振る。そうするつもりはないようだ。

 ラウレンティウスといると、どうしても縁談のことについて考えてしまう。縁談を断り続けていたのに、急に進めようとしている理由は、彼の両親ですらまだわからない。

 可能性があるとすれば、魔術師社会の目から家族を守るため。彼のことだから幼馴染みのことを守る意味合いもあるだろう。

 ユリアもラウレンティウスも会話がない。妙な空気だ。居心地が悪い。


「……ここまで魔力が濃い環境下にいると、生まれ育ったあの時代に戻ってきたかのように感じるわ」


 無言で居続けるのも苦しいが、盛り上がれそうな話題も見つからない。だから、ユリアはこのようなことしか言えなかった。


「……もしも、俺もお前と同じ時代に生まれていたら、俺もヴァルブルクの戦士として生きていたと思う」


 すると、予想もしない返しをされた。頷くだけでも構わなかったのに、急にどうしたのだろうと思いながらも、ユリアは彼の言葉に返事をした。


「けれど、私たちとは知り合えなかったでしょうね。私は王家の人間だから……。テオも大貴族の人間だし、アイオーンは私でも、ある意味では雲の上の存在だったもの」


「そうだろうな……。その頃のローヴァイン家は、戦う力があるだけの平民だった。こうして話すこともできない──雲の上の存在だな」


「ええ……」


 そこで会話が終わってしまった。無言の時間が落ち着かない。何か、話題はないか──。

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