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第二節 明日への調律 ③

「──星の内界には、もうその者たちはいないのかい?」


「いません。ですが、その思念を持つ『残滓』はまだ残っています。かつて、それはおれの〈きょうだい〉にあたる人が民のために造りあげた聖杯を穢し、記憶を失ってアイオーンとなった兄さんとヴィヴィアンさんたちを傷つけたもの──それが、おれたちにとって厄介なものになると思います」


 すると、ルキウスは改めて特務チームの面々に顔を向けた。


「……兄さんは、おれに生きろと言って……たったひとりで〈きょうだい〉たちに挑みました……。助けたかったユリア・ジークリンデさんには、逆に助けられてしまいました──。だから、おれは……命に代えても兄さんを助けて、ユリア・ジークリンデさんを助けたいと思っています。それなのに、烏滸がましい話ですが……皆さんには、少しだけお手伝いをお願いしたいんです。もちろん、出来るかぎり危険が及ばないようにします──お願いします」


 特務チームの皆さんなら同意してくれるはず──そう思っていたルキウスだったが、思っていたこととは違う言葉が返ってきた。


「待て」


 その言葉を言ったのは、ラウレンティウス。


「お前が命をかけたことでふたりが助かったとしても、誰も喜ばないぞ」


「そうだよね。あたしたちも喜べないよ」


 続いてイヴェット。

 さらにアシュリーとクレイグも思うことを口にしていく。


「少なくとも、命投げなアカンようなことが起こるってことやな? やったら、その詳細なことウチらにも教えてや」


「何かと戦わねえといけないってんなら、とりあえず戦力にはなれると思うぜ。少し前に、その聖杯を穢してた元凶と戦ったことはあるしな」


「せやせや。それに、意外と悪運は強いからなぁ。ウチら」


 と、アシュリーとクレイグは小さく笑う。

 さほど大事(おおごと)ではないと感じている姉弟に、ルキウスは眉間に皺を寄せて首を振った。


「笑いながら言えるほどの軽い話ではないんですよ……!」


 すると、ダグラスが「だったら尚更だな」と言葉を挟んだ。


「この件は、子どものお前さんだけに背負わせるわけにはいかんし、背負うもんじゃない。お前さんは、生まれも育ちも俺たち現代人とは全然違うのは確かだけどな──それでも、もっと誰かを頼っていいんだよ。人間じゃないから頼っちゃいかんとかいう決まりはないし。ぶっちゃけ、生まれてからの体感時間はまだ三年くらいなんだろ? 子どもどころか幼年期だぞ、それ」


「大人とか子どもとか、今はそういう話をしているんじゃないんです!」


「大丈夫だよ、ルキウスくん。みんな、わかってる。こう言っちゃう理由はね、はっきりと判ることがひとつあるからなんだ。なんだかんだいってユリアちゃんと付き合いが長いから──」


 呆れと怒りを混じらせるルキウスに、イヴェットは微笑みを浮かべる。


「ユリアちゃんは、あたしたちがルキウスくんと協力して動いてくれることを期待してるんだと思う。今のユリアちゃんだったら、危険なことがあっても、きっとあたしたちを巻き込んで解決しようとするよ、きっと。『私だけで事を運ぶのは少し大変だから、あなたたちにも手伝ってほしいの。できるわよね?』とか言ってね」


「……怖くないんですか……?」


 ルキウスが怪訝そうに問いかけると、現代に生まれた魔術師たちはどこか困ったような苦笑いした。


「あいつとの稽古では、わりと命の危険を感じるときがある。だから若干今更だな」


 ラウレンティウスがそう言うと、アシュリーが「いやぁ。まあ、な」と言いながら頬を掻く。


「怖い気持ちは確かにあるで? けど、気に食わん相手や敵に好き勝手されるだけってのは癪なんよ」


「だよねぇ。もしも死んじゃうってことになっても、せめて一矢報いてから死にたいかなぁ」


「オレもそっち派だな」


 負けず嫌いと称するには少し度が過ぎているような言葉がアシュリーから飛び出すと、イヴェットとクレイグは同意した。ラウレンティウスは反応していないが、その言葉に呆れたり咎めたりするようすがないことから、おおよそ彼も似たような感覚なのだろう。

 ローヴァイン家の次期当主とその血族がそんな思考の持ち主であることが露見すると、ダグラスは目が点になり、テオドルスは面白そうに微笑んだ。


「って、お前さんらな……。いつの間にか思考回路が戦闘民族になっちまってるじゃねーか……」


「やれやれ、とんでもなく負けず嫌いな一族だね」


「まさか、アンタは潔く死を受け入れる派か?」


 クレイグが問うと、テオドルスは「まさか」と笑う。


「私も、できれば最期まで足掻きたい派さ。そういうところも、我がラインフェルデン家の血筋を感じるなって思っただけだよ。代々戦闘民族であるヴァルブルク家出身のユリアと鍛錬をしたり、任務にあたるだけあるね」


「代々戦闘民族? ──ああ。そういやヴァルブルク家は、本来ヒルデブラント王国の国境を守る辺境伯家だったもんな」


「理由はそれだけではないよ。ヴァルブルク辺境伯領の周辺は、昔から力ある星霊がうじゃうじゃと集まって住みつくという『過酷』な土地柄だったのさ。どうやら、星霊にとっては居心地のいい土地だったらしくてね──それらの相手をしないといけなかったからなんだ。ヤバい星霊というのは、だいたい人間を超越した力を持っているうえに、話し合いが上手くいかなかったら武力で語ろうとするぶっ飛んだ存在が多かったからね。人間なんて小虫みたいなものだという認識の星霊なんてのも普通にいたものだし」


 ユリアやテオドルスが生まれた時代は、はるか昔に比べて、星霊と対等に渡り合えるほどの力を有した人間が生まれることは少なかった。そのため、人間を下に見る星霊はわりといたようだ。


「そのような星霊がいた半面、神のような力を持っていたアイオーンは、ずっと昔から人間らしい感性を失わずに生きていたな……。力に溺れないなど、やっぱりあいつの精神を律する力はとんでもないな──」


 ラウレンティウスが遠くを見るようにひとりごとを呟く。

 当時のアイオーンは、種族に関係なく誰かと関わることや、縁を結ぶことを嫌っていた。だが、相手から礼節を示されるとぶっきらぼうな態度ながらも話は聞き、度が過ぎた行動をしないかぎりは無闇に力を振るうこともなかった。

 うっかり話が脱線した。テオドルスは「それはともかくとして」と言って、話をもとに戻す。


「──ルキウス。先ほどの君の言葉を聞くかぎり、どうやらユリアとお兄さんに守られたことを悔やんでいるようだね。……難しいかもしれないが、そのことは悔やむのではなく、誇りに思ってほしい。ふたりは、再び会える未来を信じて君に希望を託した。それは、ふたりが君のことを深く信頼しているからこそだ。……君だって、生きてまた会える未来を信じているだろう?」


「……はい」


「私たちは君が思うほど無力ではなく、危険を恐れているわけではない。──だから、ここはひとつ対等に協力しないかい? 私たちもふたりを助けたいと思っているからね」


 ルキウスは目を伏せた。ゆっくりと深呼吸をし、目を開く。

 特務チームの面々を目に映すと、少年は静かに頷いた。


「……皆さんは、すごく前向きな人たちだったんですね。もっとこの現状に混乱して、おれは怒られたり非難されたりする覚悟をしていたんですが……」


「オレらは、だいたい『終わり良ければすべて良し』ってな精神だからな。それに、最近のユリアはゴキブリ並みの生命力持ってるからまぁいけるかって感じた」


「話聞いてたら、あたしもわりと『あ、これユリアちゃん生きてるなぁ』って思えたよ」


 と、あっけらかんとした声でクレイグとイヴェットが言う。ほかの大人たちも異論はないようだ。


「……そんなノリでいいんですか?」


「これで良いんだよ。むしろ、こんなノリじゃないと、ユリアとアイオーンがあとで気に病んでしまうからね。ルキウスもそろそろ肩の力を抜きなさい」


 どこか不安が残った様子のルキウスだが、肩の力が入っていることは事実であり、対面する大人たち全員から自身の精神を気遣われていることも感じている。少年は、ひとまずその雰囲気を受け入れた。


「──それでは、これから私たちは何をすればいいかな? 君の考えを聞かせてくれ」

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