第一節 『失われた』再会 ④
「……ははっ。何を言っているんだ、わたしは……。すまない、真に受けないでくれ。突然、そんな言葉が頭に浮かんだだけだ」
どことなくアイオーンの様子がおかしい。
ユリアの安否が不明で、夜であることから確かめに行けないからだろうか。
すると、ふたりの背後から魔力の気配が近づいてきた。これはダグラスだ。
「よぉ。お前さんら、こんなところにいたのか。探したぞ」
「何かあったのか?」
アイオーンが問うと、ダグラスは頭を掻いた。
「いや。テオドルスに、ちょっとした質問があってな。といっても、全然この状況に関係ない質問なんだけどよ……」
「構いませんよ。なんでもどうぞ」
「……王という立場のことなんだけどよ──王って、いろいろなモン背負ってるし、一般人とは違う日常を過ごすだろ? だから、長く王をやってたら精神的に動じなくなるモンなのか?」
「……どうでしょう……。立場ゆえに慣れる部分もたしかにありますが、やはりその人の性質が大きいと思います。しかし、どうして総長がそのような質問を?」
「いや、ただの個人的な疑問だよ。……だよな。そういうのって、個人によるわな……。けど、思い返せばあの時もなんか演技っぽいんだよな──」
ダグラスの返答に、アイオーンは眉を顰める。
どうして、このような状況でそんなことに疑問が出てきたのだろうか。
「いったい何に引っ掛かっている?」
アイオーンが問う。
すると、ダグラスはこんなこと言ってもいいのかと言いたげに悩みつつも「ただの気のせいかもしれんけどな──」と前置きをして、抱いていた疑問を伝える。
「さっき、カサンドラ伯母さんと電話してたんだ。そのときの伯母さんの声色が、なんとなく『非常事態だからこそ冷静になろうとしている』冷静さじゃなくて、『何か知ってるからこそ』冷静なんじゃないかって感じたんだ──。『女王をやってる時の伯母さん』と『日常の時の伯母さん』を知ってるから、なんとなくそう思った。けど、そんなこと聞くのもアレだろ……? こんな事態だしよ……」
ダグラスは再び頭を掻きむしった。
テオドルスとアイオーンは沈黙する。
しばらくすると、アイオーンはズボンのポケットから板状の携帯端末を取り出し、何かの操作を始めた。
「……おーい、アイオーン。お前さん……何しようとしてんだ?」
どことなく良くないことが起きそうな雰囲気を感じ取ったようなダグラスは、顔を顰めながらおそるおそる聞く。
「ダグラスが感じた違和感を、直接カサンドラに聞いてみることにする」
「おい!? 止めろって! ただの勘違いかもしれんってのに──!」
ダグラスが止めようと近づくと、アイオーンは彼の体内を巡る魔力に働きかけ、ダグラスの動きを止めた。
「ちょっ──!?」
「すみません、総長。私もアイオーンと同意見です。たとえささやかな疑問でも、少しでもユリアに関係していそうなことならば明らかにしたいです」
と、テオドルスは言う。なので、彼はダグラスにかけられた魔術を解こうとはしなかった。ふたりの気持ちは彼も理解している。ややあって、ダグラスは喉の奥で唸ったあとに「わかったから解いてくれ」と言うと、アイオーンは魔術を説いた。
アイオーンの端末から発信音が聞こえてくる。しばらくして、スピーカーから女性の声が聞こえた。
『はい。カサンドラです』
「カサンドラ──教えてくれ。そなたは、わたしたちが知らない『何か』を知っているのか? ダグラスが、カサンドラの冷静さに違和感を持っているぞ」
何かを考えているのか、カサンドラは黙り込んでいる。
突然の電話に戸惑う様子もない。
何かが起こっても冷静でいられるからか。それとも──。
『……このような事態ですけれど……あなたに伝えないといけないことがあるのです』
帰ってきた言葉は、質問に対する返答ではなかった。
「わたしに、伝えたいことだと……? いや、待て。質問に答えてくれ」
そんなアイオーンの様子を見ていたテオドルスとダグラスも、カサンドラからの返答が何かおかしいことに勘付き、怪訝そうに見守っている。
『アイオーン。あなたには……弟さんがいるのですよ。何も覚えていませんか……?』
「突然、どうしたのだ……? 弟などあり得ない……わたしは人間ではなく星霊なのだぞ? ユリアやテオドルスと出逢うまでは、ずっと独りで──」
『兄さん』
アイオーンの言葉を遮ったのは、少年の声だった。
「──」
アイオーンは固まった。わずかに驚きと困惑、混乱を感じる顔を浮かばせて、携帯端末を持つ手を小刻みに震えさせている。
「……なに……もの、だ……」
震えた声で、向こう側にいる少年に問いかける。
『おれの名前は、ルキウス。……やっと会えた。勝ってくれて……ひとりで頑張ってくれて……生きてくれて、ありがとう。セウェルス兄さん──』
少年は涙ぐんでいる。
「……」
しかし、アイオーンは状況を理解できないのか呆然としており、その声に応えることはなかった。
やっと会えた? 勝った? 生きていたことを、感謝された──?
セウェルス?
お前は、何者だ──。
『また会おうって約束したこと……覚えてる……? アイオーンという名前は、セウェルス兄さんの仮の名前だよ。セウェルス兄さんは、今から何千年も前に、未来からやってきたユリア・ジークリンデさんとの約束を果たすためにアイオーンになったんだよ。……兄さん。皆さんと一緒に、ユリア・ジークリンデさんを──』
「うっ、あ──あぁああッ──!?」
アイオーンが咆哮する。
目から流れる涙の意味はなんだ? 胸が苦しい意味はなんだ? 心が歓喜しているような気持ちはなんだ? 少年の声がこんなにも愛おしくも誇らしく感じるのはなぜだ?
これらの感情は嘘ではないのに──どうして、この少年を殺さねばならないという気持ちが駆り立てられる──?
何も判らないというのに、殺さねばならない気がする。
違う。話がしたい。もっと声が聴きたい。
懐かしい気がするのだ。わたしも、ずっとこの声を待っていた気がする。
それでも、少年を消さなければならない感情が、心に溢れ続けている。
純粋な負の感情から来る殺意ではない。悲しみ、怒り、失望といった感情をぶつけて、消さねばならないという使命感だ。
意味のわからない『使命感』──アイオーンは、涙を流しながら『殺意』を満たしていった。まるで、そうなるよう設定されていた機械のように。
「アイオーン!?」
「どうしたんだ、アイオーン!?」
テオドルスとダグラスが叫ぶ。
アイオーンには、ふたりの声は届いていない。涙を流しながら殺意の目を虚空に向けている。
やがて手の力を失ったように携帯端末を落とし、立ち上がる。
「──消しにいかなければ」
涙を流し続けながら色彩のない声を呟いた直後、アイオーンは屋根を蹴り上げて姿を消した。
「カサンドラ様! おそらくアイオーンはそちらへ行いました! あまりにも様子がおかしいです……! 私たちもすぐに向かいますので、アイオーンに近寄ってはいけません!」
◆◆◆
電話の向こう側にいたカサンドラとルキウスは、ルキウスの自室にいた。携帯端末のハンズフリーで会話をしていたため、テオドルスの警告もふたりの耳にしっかりと入ってくる。ルキウスの手には、兄の愛剣と首巻きがあり、それを強く握った。
カサンドラが「アイオーンに伝えて! 話していた少年は敵ではないわ!」と伝えると、テオドルスの短い了承の返事が聞こえ、その場を発ったような大きな音が聞こえた。画面を操作して通話を切ると、カサンドラは悟った顔をしているルキウスを見た。
「ルキウス……」
「……大丈夫です。こうなる予感はしていましたから……」
兄から殺意を向けられても、ルキウスは驚かなかった。その事実を受け入れているようだが、声色には悲しみがあった。
「兄さんは、〈きょうだい〉たちの望みを、ほとんど打ち砕くことはできましたが──やはり、兄は『無事』ではなかったようです……。きっと、相打ちのようなかたちになったのでしょう……。兄さんに記憶がないのも、姿が少し違うのも、きっと〈きょうだい〉たちの力によるもの……。姉さんが〈予言の子〉として生まれてきたことも、不信派の人間たちが異形と変貌したことも、アヴァル国にあった汚染された聖杯のことも──歴史は、おれたちに繋がっていた……」
ルキウスは、手に持っていた兄の愛剣と首巻きを強く握りしめる。
「だから、おれは〈きょうだい〉のひとりとして責務を果たします。これ以上、何も起こらないよう、完全に終わらせるために……。そして、今度はおれが兄さんを助ける──」
そして、ルキウスは兄の剣を背中に帯び、灰色の首巻きを首に巻いた。そして、裏庭に面した窓に寄ると、大きく開けた。
「貴方、どこに行くつもり……!?」
「今からヴァルブルクへ向かいます。兄さんは魔力の気配を辿って、おれを探しにくるはずです。ここで戦いになれば、間違いなく宮殿を破壊して大きな被害を出してしまう──だから、カサンドラ様はここにいてください。……いってきます」
そう言い残すと、窓から飛び出してしまった。
残されたカサンドラは眉を顰めて思案する。
やがて、携帯端末を操作して誰かに連絡を取りはじめた。




