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第一節 『失われた』再会 ③

 ローヴァイン家の当主とその妻、そして、ふたりの息子である次期当主との話し合いに、親戚一同が加わる少し前。

 裏庭に面した屋敷の棟の屋根の上に、アイオーンとテオドルスが座っていた。

 ユリアは生きている──。ふたりはそう信じながらも、心の中では焦燥感や不安感に襲われていた。

 しかし、今は朝を待つべきだろう。気配を察知できても、暗いと戦いにくい。身体を休めることも必要だ。


「……テオドルス。改めて、ひとつ聞きたいことがある」


 そんなとき、アイオーンが話しかけた。


「……なんだい?」


「きみは、まったく予期せぬ出来事を経て、現代へとやって来た──。誕生した時代とはまったく異なるこの世で、どのように生きていこうと思っている……?」


 テオドルスは死を受け入れて、一度はこの世から『いなくなった』。

 しかし、死ぬことはなかった。実際に起こったことは、この世の(ことわり)が通じない異空間に閉じ込められていたということ。時の流れが止まったところだったのか、閉じ込められていた間に肉体の老化が起こっていなかった。それどころか、深手を負っていたはずなのにいつの間にか癒えていた。

 いったい何が起こったのか──彼にはわからなかった。その異空間を開く力を持つアイオーンでもわからない。

 なにであれ、今から三年前に、テオドルスは『およそ千年が経ったこの世』へと舞い戻ることができたのは事実だ。

 彼との再会は、アイオーンですら予期しなかったことだったため、これからの彼の身の振り方が気になったのだろう。


「ヴァルブルク王国は、もうなくなっているからね……。今は、ユリアが選ぶ未来を見守りながら、自身の未来を見つけていくつもりだよ。私も戦う能力はあるから、極秘部隊の一員を続けるのもアリだとは思っているけれどね。今は……そんな感じかな」


 ここは、彼が生まれた時代から千年ほどが経った時代。そんな世に舞い戻ってから、半年が過ぎた。

 何事もなかったかのように穏やかに振る舞っているテオドルスだが、心の底ではきっと家族と故郷が知らぬうちに失くなった喪失感に苛まれているはずだ。アヴァルで家族のことを話していた彼は、懐かしさと愛しさを抱いていたように見えた。気にしないはずがない。

 それでも、今抱いているであろう負の感情は見せなかった。

 自覚したくないのか、あるいは見せたくないのかもしれない。


「ユリアの兄という立場は譲らないようだな」


「そりゃあね。あの子は、小さい頃から何もかも自分だけで背負おうとして、何か悪いことが起これば、すべては自分が至らない人間だからだって責めるクセがある。今は、みんながいるから、そんな様子はあまり見えないけれど──きっと、そのクセは昔のままだろうからね……」


「……そうだな」


「……今だって、あの子は絶対に覚えているはずだ──死んでいった家臣や兵たちの顔や名前をね……。身体の傷跡を、魔術で完全に消そうとしないのもそのためだ。今でも、みんなの死を背負っている……だから、ヒルデブラントを守るために働きたいんだろう。力ある者としての責務だとも思っているだろうけれどね……」


 ヴァルブルク王国とヒルデブラント王国は、同じ志を持っていた。

 魔力が噴き出す〈母なる息吹〉がある地を、ヒルデブラント王国から借りて興したのがヴァルブルク王国だ。それゆえ、このふたつの国は兄弟国とも呼ばれており、ヴァルブルク王国にはヒルデブラント人が多く在住していた。


「──なによりも……オレ(・・)にとって、ユリアは残された唯一の『家族』なんだ。死の覚悟はしたけれど……家族がいない世の中で生きることの覚悟は……していなかったな……。まさか、見送ることすらできなくなるとは……」


 この時、テオドルスは肩の荷を降ろし、素の自分をさらけ出した。

 ここにいる青年は、元ヴァルブルク王国の副王でも、ユリアの側近だった戦士でもない。

 ラインフェルデン伯爵家の第四子だ。


「テオドルスの実家は大家族だったな。賑やかな日常があったことだろう」


「そうだな……。七人きょうだいで、みんな個性豊かで自由だったから、幼い頃は毎日が賑やかだった気がするよ」


 その後、少し間を開けてから「だからかな──」と言葉を紡ぐ。


「ラウレンティウスたちがベレンガリア姉上の子孫だと判った時は、すごく嬉しかったんだ。千年ほど離れた子孫だけど……血筋を重視しないところとか、妙に庶民派なノリはラインフェルデン家にもあった。そのおかげか、寂しさが少し薄まったかな──」


「……きみは、副王となった頃から、必要以上に本音を隠すようになったな。あまりにも普通に振る舞っていたものだから、生まれた時代に心残りはないのかと思っていたぞ」


 テオドルスがあまり明るくない想いを零すことは、ユリアの前でも少ない。それを指摘されると彼は苦笑した。


「副王は、国王代理という責任ある立場だからね──弱音なんて簡単には吐けなくなってしまうものなのだよ。……ユリアと似たようなものだ」


 そして、テオドルスは小さなため息をもらす。


「あの子も、なかなか悪いクセが治らないからね……。オレのクセも、すぐには治らないかもしれないな……」


「その様子では、ユリアに対して自分の本音を言っていないようだな」


「ユリアは言えないよ。オレが悩んでることまで背負い込むようになるからね。──そもそも、オレはユリアの側近でもあるから、(あるじ)の重荷になるようなことはしたくないんだ」


 テオドルスが副王に任命されたときに、ユリアとの主従関係は正式に解消されている。

 国王代理の役割を担う副王のほうが、王女であるユリアよりも立場は上だ。

 だが、彼とユリアの間には上下関係はおろか、男女の性別を超えた絆や愛があり、ふたりはその関係を『半身』という言葉で称している。

 テオドルスの言葉は、強がりから出た軽口だ。そんな彼にアイオーンはフッと笑う。


「さすがは側近だな。殊勝なことだ」


「……でもね……今は、少しだけでもユリアに伝えるべきだったかもしれないと思う……。あの子も、普通の女の子なんだ。オレにも苦しい気持ちを感じるという事実を共有して、心が弱ってしまう時があってもいいんだということを伝えるべきだったかもしれない……。あの子は、『英雄』としてずっと強くあらねばならないと思い込んでいたからね……」


「それでも、ユリアや他の誰かに弱音は吐きにくいか?」


「まあね……」


「ならば、しばらくはわたしに言うといい。そういう感情は、背負い込まずに吐き出したほうがいいものだ。きみは、大抵のことを要領良くこなしていく人間だが、そのままだといつかは潰れてしまうだろう。この星には、完璧な者などひとりもいないのだから」


 と、アイオーンは自らが支えることを宣言した。その言葉を聞いたテオドルスは一瞬ポカンとしたが、すぐに微笑みを浮かべて両手を頭の後ろで組んだ。


「それじゃ、その言葉に甘えさせてもらおうかな。よろしくね、お兄ちゃん」


「誰がお兄ちゃんだ」


「だって、オレの兄上みたいに過保護なことを言うものだからさ」


「友として支えはするが、きみの兄代わりとなることは全力で遠慮する」


「いや、即答? ひどいなぁ。もう少し考えてくれてもいいじゃないか~」


「頭が回り、隙あらばイタズラを仕込もうとする魔術に優れた弟など、確実に手に余る。弟とするならば、もう少し大人しくて素直な──」


 気の置けない間柄ゆえに遠慮のない軽快なやり取りが続いていたが、その言葉を口にしたとき、アイオーンは時が止まったように動かなくなった。


「……どうかしたのかい?」


 テオドルスに問いかけられたことで、アイオーンは我に返る。


「……一瞬……誰かの姿が頭によぎった──。わたしと同じ髪の色をした……わたしよりも背が低い、誰か……」


「同じ髪の色──? でも、昔のアイオーンは……」


 アイオーンは頷く。


「きみとユリアに出逢うまでは、ずっと独りだった……。だというのに──。記憶に異変が起きる頭痛のせいで、おかしくなってしまったのか……?」


「そういえば、その記憶の変異や頭痛はもう治まっているようだね」


「ああ。奇妙なことだがな……」


 あの症状は、『魂の契り』が断たれてから一度も起こっていない。

 ユリアの気配が消えた時からだ。


「そうなった原因は、いったい何だったんだろうね……。ユリアも同じ症状が出ていたけれど……」


「特定の記憶のみがおかしくなるなど、あり得ない。だが、実際にそれが起きた──。ならば、『あり得ないことを()せる存在』が現れた、ということなのか……」


「それがいた(・・)と仮定するならば……そいつは、どこから現れたのかな……。明らかに次元が違う存在だ……」


「……いくつもの歴史を越え、遥か彼方からやってきた──」


 と、何かを知っているような口振りでアイオーンは呟く。

 だが、次の瞬間、自らが放った言葉を不思議に思うような顔をした。

 やがて、片手で顔を覆い、自身を嘲笑する。

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