第一節 『失われた』再会 ②
時は、少しだけ遡る。
『魂の契り』による繋がりが消失したことにより、ユリアが『消えた』ことをアイオーンが察知した──その一時間後のこと。
ローヴァイン家の屋敷の中は、静まり返っていた。
そんななか、とある部屋の扉が開く。部屋に入ってきたのはラウレンティウス。
その室内には、彼の両親である父エゼルベルトと、母ミルドレッドがソファーに座っていた。ふたりは不安に駆られた顔をしている。
「……ユリアは、絶対に生きている。アイオーンとの魔術的な繋がりが消えただけにすぎない──アイオーンもテオドルスも、そう言っていた」
「もしかして……今からヴァルブルクに行くつもり……?」
母の問いに息子は首を振る。
「いや……。夜でも魔物の動きは活発だろうから、朝を待ったほうがいいということになった」
「それがいいと思うわ……。だって、あの戦い慣れているユリアに何かが起ってしまったんだから……」
ユリアの血を飲んだことで、特務チームに属する現代生まれの人間は『普通の人間』ではなくなった。とはいえ、それでもユリアには及ばない。
ラウレンティウスはその事実に眉を顰め、悔しそうに目線をそらした。
「……聞きたいことって、ユリアのことだけか?」
両親から呼ばれた理由を問うと、彼の父であるエゼルベルトは「いや……違うんだ」と別件を話しはじめる。
「──こんな時にする話でないことは、わかっているんだが……この件が解決したら、お前は一気に婚約の話を進めてしまいそうだと思ってね……。だから、その前に聞いておきたいことがあるんだよ。少しだけ、いいかい?」
「……わかった」
嫌がることなく、ラウレンティウスはソファーへと腰かける。そのようすを、両親は少しだけ意外そうに見つめた。
「昔にさ……父さんは、ラウレンティウスに『覚悟があるなら家を継がなくてもいい』と言ったことがあっただろう? そのときのお前は、どうしようか悩んでいたが──今は、本気で家を継ごうと思っているのかい?」
「ああ。俺が家を継ぐ」
「あの子は、独身のままでも別に気にしないって言ってたわよね? 結婚してもいいけど、魔術師社会とは縁遠い仕事はちゃんと持ってるから、ひとりでも生きていけるって」
ミルドレッドが言う『あの子』とは、息子の幼馴染みである女性のことである。
ラウレンティウスは、ここ最近になって急に婚約のことを自ら進めるようになった。今まで、彼はずっとユリアに懸想していたため、魔術師社会に属する女性との縁談を断り続けていた。
だが、半年前にユリアへプロポーズをしたが断られてしまった。それ以降、彼の意識が変わったからこそ、縁談の話を進めるようになったのかもしれないが──。
それでも、両親は息子の行動に何かが引っ掛かっていた。
「ああ、言ってたな。けど、結婚してもあいつに魔術師社会に関われとは言わない。当主である俺だけが関わる」
「ユリアにフラれた衝動で婚約の話を進めた、とかじゃないんだな?」
父からの単刀直入な質問に、ラウレンティウスは「ぐっ」と驚いたような唸り声を漏らす。
「……違う。というか……なんで、そのことを知ってるんだ……」
「ごめん……。ユリアから聞いたのよ。あんたがなんの脈絡もなく『婚約の話を進めてる』とか言い出したから、びっくりして──思わずいろいろ聞いちゃったのよ……」
母の弁明に、ラウレンティウスは複雑そうに目をそらす。
「そもそもの話だけど……本当に諦めはついてるの? ユリアに一目惚れして、しかも初恋で、それに武人としての憧れも持ってるって聞いたことあるんだけど……。そんな複雑な気持ち──決着つけれたの?」
「……まあ……」
母から指摘されると、ラウレンティウスはどこか曖昧な言葉で答えた。そして、自身の本心をぽつぽつと口にしていく。
「……たしかに……あいつには身を引くと言っておきながらも、しばらくは諦められなかった。フラれても、想い続けていたら……いつか振り向いてくれるんじゃないかと思っていた時期はある。けど……一緒にいればいるほど──どれだけ時間が経っても、俺じゃダメなんだろうと感じた……。悔しくて、悲しかった……。いったい、俺には何が足りないんだ──」
しばらくの沈黙の後、「でも、俺じゃ出来ないことが……確かにあったんだ」と肩を落として残念そうに目を伏せた。
「あいつが抱えている心の闇──あれは……平和な時代で、特に不自由のない立場で生まれた俺には解らない……。あいつが抱える『複雑な感情』を感じたことがないからこそ、あいつが悩んでいても、俺は薄っぺらくて安っぽい言葉しかかけられない……。だから、ふとした時に、あいつが『遠い存在』のように感じてしまう……。そんな男だから、俺は……ユリアが求めるような存在にはなれないんだろう──そう思ったんだ」
ラウレンティウスの言葉は続く。
「それに、あいつは……今も『ヴァルブルクの戦士』の精神を持ったままだった。過去を乗り越えても、そうあり続けたいと思っていそうだと感じる……。普通の暮らしを楽しんでいた気持ちは本物だろうが──それでも、最近まで『現代の魔術師』だった俺とユリアは『違う』んだ……。あまりにも近くにいて、あいつも現代にすっかり馴染んでいる雰囲気だったから……俺はいろいろと勘違いしてたんだろうな……。それが解ったから、ユリアへの気持ちを、少しずつ解いていけそうな気がする──」
「そう……。ユリアって……現代の一般人とは程遠い立場に生まれて、小さいころから『英雄』になるからってことで期待されながら武術を学んで……普通の家族に憧れてて──その後も、いろんな経験したものねぇ……」
ミルドレッドがぽつりと呟くと、エゼルベルトは息子を見据える。
「この婚約を進めて結婚したら……お前は、幸せになれると思うかい?」
「……こういうものなんだろうなって思う……人生というものは……。ユリアだって我慢をしながら育って、国や民のために戦っていた──」
両親の耳に入ってきた言葉は、肯定や否定ではなく、諦念という感情に近い言葉だった。ラウレンティウスは少しずつ目線を下へと落とし、両親の顔を見ないようにした。
「俺は、間違いなく『幸せ』だ。相談できる家族がいて、十分な財産や立場を持った上流階級の息子として生まれた──多方面に恵まれていると思う」
エゼルベルトは、息子をまじまじと見つめている。そして、「あー。そうか」と何かに納得した。
「ラウレンティウス。お前は、やっぱり『自分の本音』というものをよくわかってないな? 『自分』があるようで無い──迷子なんだ」
「は──? なんでそうなるんだ……?」
返ってきた答えが斜め上なものだったことに、ラウレンティウスはジト目を返す。
「覚悟があるなら家を継がなくてもいいって、父さん言っただろう? それなのに、律儀に魔術師社会の常識に準じようとしているからだよ。表には出さないけど、お前だって魔術師社会なんか嫌いだろうに」
「……」
ラウレンティウスは反論しようと口を開く。だが、言葉が出なかった。それが答えだ。
エゼルベルトは続けて言葉を紡ぐ。
「もしも、ユリアがお前の想いに応えていたら、お前は間違いなく『ユリアのために生きる』と言っていただろうね。そのためなら、嫌な社会に身を置き続けていただろうけど──彼女に断られ、彼女の幸せは自分には叶えられないとも悟った。恋に破れた今、お前は自分が持っている立場どおりに人生を進もうとしている。──でも、ちょっと待ってくれ。恋が破れても、想い人を支えようとはとは思わなかったのか? ずっと片想いしていただろう?」
「あいつには、たしかに心の闇がある。けど、少しずつ前に進もうとしているんだ。あいつは、俺たちが思うほど弱くない──むしろ、強いんだ」
「へえ。これ以上まとわりつくと、ユリアからしつこいと思われそうだから大人しく下がったのかと思ったよ」
「ち、ちがっ──!」
「それじゃあ、質問を変えよう。──お前は、本気で『魔術師社会が望むような生き方』で生きていても構わないって思っているのかい?」
ラウレンティウスが固まる。じょじょに眉間に皺を寄せると、首を振って否定した。
「あんな社会のなかで……生きたくない……」
その声色には、苛立ちを放っていた。
ラウレンティウスは拳を握りしめる。
「〈持たざる者〉だったクレイグを平然と差別して……誰にも迷惑をかけていないのに、社会の常識から少しでも外れたら陰口を叩き続け、嫌がらせをして『矯正』しようとする。それが正義だと思い込んでいる──そんな魔術師社会なんか、本当なら生きたくない……」
やがて、拳の力を解いた。
「けど……俺が魔術師社会に沿って生きていたほうが、家族や親戚は安全なはずだ。ローヴァイン家は、魔術師社会の中だと目立つ家柄だろ……? だから、俺は家族を守る。幼馴染のあいつだって守れる──俺が結婚を選んだのは、そういう意味だ」
「……あ~、やっぱりそう来たかぁ……」
ラウレンティウスは本音を打ち明けると、父から返ってきたのは、気の抜けた反応。しかも『予想通り』と同意義の言葉だ。
すると、エゼルベルトは部屋の扉のほうへ顔を向けた。同じく扉のほうを向いたラウレンティウスはハッとする。
おかしい。扉は部屋へ入ったときにしっかりと閉めたはずだ。それなのに、今は少しだけ開いている。いつから開いていた!?
「──甥っ子と姪っ子たち〜。次期当主の言葉を聞いててどう思ったかな〜?」
エゼルベルトはおちゃらけた口調で問いかけると、扉の隙間からクレイグ、アシュリー、イヴェットの顔が現れた。全員が呆れた目で従兄を見ている。
「まず、オレらの本音を聞いてから話進めろって思った」
「ホンマや。何カッコつけてんねん」
「っていうかさ、ラルス兄の婚約者になった幼馴染の女の人って、逆にラルス兄の精神面を気にして結婚しても良いよって言ってくれたんじゃない……?」
「お、お前たち……!? いつからそこに──!?」
ラウレンティウスが静かに仰天すると、アシュリーは「あー、はじめっからここで聞いとったで」と悪びれることもなく答えた。
その瞬間、彼の顔が真っ青になり、続いて真っ赤になった。
「はい。それじゃ、それぞれ思ったこと発表しちゃおうか」
そんな息子を気にすることなく、エゼルベルトは話を進める。
「オレは、元〈持たざる者〉として、〈持たざる者〉の立場向上のためにも実績が欲しい。だから、これからも極秘部隊の仕事を続ける。そもそも、オレは『魔術師社会の目や口とかそんなモン知らねぇ派』なの知ってるだろ?」
「ウチは、これからも研究生活続ける。研究所ってのは、魔術師社会なんかとはほぼ無縁やからな。せやから、ウチのことはぶっちゃけなんも気にせんでええんやで」
「あたしは、魔術師なのに必要なことが学べなかった子たちのための先生になりたい。アヴァルでの任務のときに、そう思ったんだ──。そういう団体、小さいけどあるでしょ? いつか、それに入りたいって思ってるんだ。あたしの夢も、魔術師社会の常識から反するものだから、ラルス兄は気にしなくていいんだよ。全部、覚悟して夢に向かっていくから」
年下のいとこたちからの夢に、ラウレンティウスは戸惑った。誰もが魔術師社会に属さない道を選んでいる。
「叔母さんたちのことも気にすることはないわよ〜」
さらに、三人の後ろからのんびりとした声が聞こえてきた。イヴェットの母であり、ラウレンティウスの叔母にあたるディアナだ。
「むしろ、叔母さんたちローヴァイン家はね、魔術師社会に反発して普通の家柄だったベイツ家と姻戚関係になったのよ〜。だから、ラウレンティウスくんが気にしていることは今更なことなの。──覚悟なんて、ずーっと昔からに出来てるわ」
すると、ディアナは小さな隙間程度しか開いていなかった扉を大きく開けた。彼女の後ろには、夫のオスカー、そしてアシュリーとクレイグ姉弟の母であるクラウディアと、父のウェスリーもいた。
ローヴァイン家とベイツ家一同は、魔術師社会から反発している。その覚悟もできていた。
「それじゃあ、もう一度聞くよ。……お前は、どのように生きていきたい? もちろん、無理強いはしないよ」
再度、父から問われ、彼は実感する。
自分は、己どころか家族のことすらよく見えていなかったのか──。
「……俺は……」




