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第一節 『失われた』再会 ①

 旧ヴァルブルク領。

 時刻は日没。ユリアが『ローブの者』の魔術によって姿を消した直後。

 光の中に消えゆくユリアを見送った『ローブの者』は、空を見上げた。日が沈んだことで、暗くなっていく空にはいくつかの星が輝いている。

 『ローブの者』は、顔が隠れるほどに深くかぶったフードの縁を掴み、めくりあげた。


「……ひとつめの約束を果たしましたよ。姉さん」


 白みのある銀色の髪。青みを帯びた淡い緑の目──ルキウスは、この世にもあの世にもいない義理の姉に報告する。その後、少年はこめかみあたりに指先を添えた。


(姉さんを過去に送ってから、頭痛が無くなった……。やっぱり、あの痛みは『星の歴史』に矛盾が発生しそうなことが起こったら、星がそれを修正しようとしていたからだ──)


 ルキウスがこの時にユリアを過去へ送らなければ、歴史が変わる。『星の歴史』は、それを『警告』していたのだろう。

 ここに来たばかりのルキウスは、時を越える力を十分に扱うことはできなかった。だが、ユリアたちがヒルデブラント王国を離れた約半年間、旧ヴァルブルク領に入りびたり、術の技能向上に努めていた。だからこそ、こうしてユリアを過去へと送ることができたのだ。

 大きな仕事を終えたばかりだが、彼にはやるべきことがあった。

 ルキウスは、ヴァルブルクにある母なる息吹へ向かった。それは廃墟となった街にある。


(少し前に調べたときと同じ──。『星の歴史』に変化はない)


 ユリアを過去に送ってからも、変化がない。ユリアを過去へ送った直後に頭痛がなくなる。

 これが『正しい歴史』だ。


(今日はもう戻ろう……。もしかしたら、兄さんたちが、姉さんを探しにここへ来てしまうかもしれない……)


 明るい空が小さくなっていく。

 魔物が跋扈した夜のヴァルブルクは危険だ。それでも、ユリアを知る者たちは彼女の安否に気を揉んでやってくるかもしれない。

 ルキウスはふたたびフードを深くかぶり、気配を消してヴァルブルクを去った。

 ヴァルブルクから一番近くの村のはずれに到着すると、ルキウスは(ふところ)から板状の携帯端末を取り出した。端末の画面を指の腹で素早くスライドさせる。かなり慣れた手つきでメールの文章を打ち込み、それを送信した。

 しばらくすると、全体に艶やかな黒をまとった高級車が到着した。扉は自動で開き、ルキウスはそこに乗り込んだ。


「──お迎え、ありがとうございます。エドガーさんには、今までずいぶんとお手数をおかけしました」


 運転手は高齢の紳士、ヒルデブラント王国の現国王カサンドラ・オティーリエに仕えるエドガー・ロイ。

 ユリアが所属する極秘部隊特務チームのなかで、一番の最年長であるダグラス・ロイの養父にあたる人物だった。


「いいや。君ほどの魔術師ならば、車よりも自身の足で帰ったほうが早いのだろうが──王家の事情を優先させてもらっているがゆえに、効率が悪くて不便なことをさせてしまっているね」


「とんでもありません。ヒルデブラント王家やエドガーさんたちのご協力がなければ、姉さんとの約束は果たせませんでした。特別領地衛兵課の方々にも怪しまれることなく、かつ危険に晒すこともなく事を進められましたから。……世間のほうは、大丈夫ですか?」


「安心したまえ。世間には、ヴァルブルクの異変は伝えられていない。もちろん、特別領地衛兵課の者達にもだ」


 「良かったです」と呟くと、ルキウスは静かに深く息を吐いた。しばらく車内が静かになると、エドガーがひとりごちるように所感を述べる。


「……それにしても、『昔の時代のような環境』にすることができるとは──魔術とは無縁な普通の現代人には、頭が追いつかん状況だ」


「そもそも、おれの生まれが特殊ですからね……。ヴァルブルクの魔孔──母なる息吹から、この星の『設定』を少しいじることができます。一部の区域だけとはいえ、たったひとりだけで行う作業なので、かなりの時間がかかりましたが……」


「……記憶障害を引き起こしていたという頭痛は、治ったのかね?」


「はい。約束を果たせましたので、大丈夫です」


 その時、車内に電話の着信音らしき音が響いた。

 エドガーが「カサンドラ様からだ」とつぶやき、ハンドルにある小さなボタンを押す。


「──はい。エドガーでございます」


『エドガー。ルキウスはいるかしら?』


 車と携帯端末を無線で繋いでいるため、車内にカサンドラの声がしっかりと聞こえる。


「はい。先ほど合流しました」


「……何かありましたか? カサンドラ様」


 ルキウスが答えると、カサンドラは小さく息をつく。


『先ほど……甥のダグラスから連絡が入りました。アイオーンにのみ察知できるユリアの気配が、突然なくなってしまったと──』


「姉さんが現代から去ったことで、魂の契りが断切されたからですね……。『この時代の姉さん』は、今から三千年ほど前の『ウェールカトル祭の前日』に流れ着いています。おれは、姉さんを確実に『その日』へと送るために、その準備を整えていました。──姉さんは大丈夫です」


 その言葉に、カサンドラは冷静な声で「わかりました」と返事をした。


『特務チームは、ユリアが突然いなくなったことで精神的に参っているはずです……。今から訪ねることは、止めておいたほうがいいでしょう』


「はい──。ですが、『この時代の姉さん』を過去に送った今、『おれと兄さんとで旅をしていた姉さん』を助けることができます。だからおれは、一刻も早く姉さんを助けたいです」


 『ルキウスとセウェルスと旅をしたユリア』は、『この時代のユリア』が過去に送られるまでは存在していない。だから、すぐに助けることが出来なかった。

 ユリアがすでに知っている歴史を変えてはいけない。変えてしまえば、変えたくない出来事が変わってしまうかもしれないからだ。

 ルキウスは、急く気持ちを抑えるように、拳を強く握りしめた。


「……姉さんを過去に送ったことで、特務チームの皆さんから非難されることは承知の上です。だから、おれは明日になったら兄さんたちに会いに行きます。……姉さんだけでなく、兄さんとも約束しているんです。アイオーンからセウェルスに戻してくれって──」


『……それでは、明日は、私も行きましょう』


「えっ……いいのですか? ですが、国王としての公務は──?」


『あなたは、早くアイオーンに会いたがっていましたからね。こうなることは薄々感じておりましたよ。なので、息子や親族に頼めば何とかなるよう手はずは整えております』


 すると、ルキウスは安堵したようすで肩の力を緩めた。


「……ありがとうございます。そして、この日が来るまで、おれのことを信じてくださったことも感謝しております」


『隠している事実を、すべて言い当てられてしまってはね……。国民だけでなく、母なる息吹を有する国々の首相や王族にも隠していることです。こちらとしては、もはや信じるしかありませんでした。極秘部隊の証である金の指輪も、間違いなく本物でしたもの。……それでも……今でも、信じがたいと思うこともありますけどね……』


「そうでしょうね……。それでも、星の内界で生まれたおれには判るんです。おれは、人間でも星霊でもない──〈名もなき神〉の力から生まれた存在ですから」


『これらの事も、彼女が〈星の特異点〉だから、ということですか』


「はい」


『〈星の特異点〉という運命は……これからも、ユリアは背負っていかないといけないものなの……?』


「それについては、なんとも言えません……。でも、未来でその運命が待っていたとしても、おれは姉さんの味方です」


『……そうですか。ともかく、明日は私もローヴァイン家を訪ねます。ふたりとも、気を付けて戻ってらっしゃい』


「はい。ありがとうございます」


 その後も、車はヒルデブラント王国の宮殿に向かって走っていく。

 宮殿付近へ着くと、車は正門ではなく裏門を目指した。ルキウスは王族の中でも限られた人物にしか存在を知られていないからだ。

 ルキウスは、宮殿の端にある部屋を貰っていた。

 それは、ごく一部の職員しか出入りできない区域にあり、部屋は客間でもない物置部屋のようなところに簡易的な寝台が置いてあるだけのところだ。

 当然、部屋だけがあっても暮らしていけない。なので、カサンドラの側近であるエドガーが、ルキウスの世話役としてついてくれていた。食事の運搬や『約束』のために必要となるものの準備などを請け負ってくれていたのだ。そのため、室内の床にはたくさんの書物が積まれている。

 ルキウスが自室で休んでいると、扉がノックされた。エドガーが食事を運んでくれた合図だ。扉を開けると、エドガーは次の業務ためにその場を去っていた。付近に置かれていたワゴンカートには、肉料理やサラダが乗った皿と水差しにコップ、食器具があった。

 食後、ルキウスは空になった皿をワゴンカートに乗せて廊下に置いた。エドガーが持って行ってくれる。他人から知られないようにするために、このような生活を半年ほど続けていた。

 ふたたび自室に入ると、ルキウスは部屋の隅の壁に立て掛けているものを手に取った。

 兄の愛剣と、それに巻かれていた灰色の首巻き。

 ルキウスの身長では扱いづらいと感じる長さだが、長身なセウェルスはちょうどいい長さだと言っていた。


「……兄さん……」


 無意識に兄を呼びながら、鞘から剣身を抜き取る。状態は綺麗だ。それが置かれていた付近には手入れ道具らしきものが置かれているため、ルキウスが手入れをしていたのだろう。

その直後、また扉がノックされた。


「──はい。何か御用ですか?」


 ルキウスは魔力の気配で誰か来たのかを察知していた。

 扉の前にいるのは、カサンドラだ。


「こんな時間にごめんなさい。もしかしたら……明日ではなく、『今から』になってしまうかもしれないわ。……先ほど、ダグラスと電話をしていたのだけど、そんな予感が頭に浮かんだの」


「微々たるものでも、カサンドラ様は未来予知の能力をお持ちですからね。多分、その直感は当たります」


 カサンドラの言葉は抽象的だったが、ルキウスはすべてを理解していた。


「大丈夫ですよ。むしろ、おれにとってはそちらの方が有り難いですから──」

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