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第五節 約束の贈り物 遥かなる時へ ③

「──兄さん!」


 すると、ルキウスが焦った様子で戻ってきた。


「さっきの鳥の鳴き声、ディゼーリオさんの使い魔のだよね……!?」


「ああ」


 ディゼーリオの使い魔。

 初めて聞くことに少しの困惑を見せたユリアに、ルキウスは説明する。


「使い魔とは、人間や星霊が調教した魔物のことです。ディゼーリオさんは、人間や星霊に魔物を調教するのが上手いんですよ。さっきの鳴き声は、ディゼーリオさんが馴らした魔物のもので、魔力に非常に敏感で探査能力と識別能力、さらに気配遮断にも優れている(しゅ)なんです。おそらくディゼーリオさんがおれたちに連絡をとりたくても離れられない状況だから、使い魔がやってきたんだと思います」


 また綺麗な歌声が聞こえてきた。

 それに応えるかのようにセウェルスが指笛を吹くと、鳴き声の主が上空で現れた。

 淡い金と白が入れ混じった羽毛を持ち、たおやかな令嬢のような優美さを漂わせた細い鳥だった。一部の触角のように長い羽は水色をしている。

 その鳥は、くちばしに小袋をくちばしに挟んで持っていた。セウェルスはそれを受け取り、中身を確認すると、魔力がこもった綺麗な深い緑色の石があった。それが何なのか察したセウェルスは、石に込められた魔力を読み取る。おそらく、アヴァル国滞在中にモルガナから送られてきたものと同様の『魔力を用いた手紙』だろう。


「『一部の魔孔から出てくる魔力に、未知の力を検知。それを取り込んだ者の感覚に異常が発現。異常が見られた〈きょうだい〉曰く、何かを忘れていく感覚があるとのこと』か……」


「もしかしたら、負の感情を感じることが鈍くなってきている感覚なのかもしれない……」


 ルキウスが呟くと、セウェルスは喉の奥で唸った。


「……時間は、ほとんど残されていないようだな……。外界に生きる心ある者たちにとっての『当たり前』が無くなっていく──」


 そして、セウェルスは深い緑色の石の魔力に情報を書き込んでいく。

 ディゼーリオへの返信だ。書き込みを終えると、小袋に石を入れて使い魔の鳥に渡した。使い魔の鳥はそれを咥えると、三人の前から飛び立っていった。


「……兄さん、もしかして全部伝えたの?」


「ああ。──すべてが終わったら、あいつらだけが頼りだ」


 すべてが終わったら、ディゼーリオさんたちが頼り?

 何のことだかさっぱりわからないが、今は聞く時間が惜しい。ユリアは、セウェルスとルキウスを信じることにした。


「……ルキウス。思った以上に時間はとれなかったが──できそうか?」


「……」


 兄の言葉にルキウスは眉を顰めている。不安なようだ。


「お前ならやれる。俺は信じている」


「……うん」


 ルキウスの声は不安が拭えないものだったが、セウェルスは微笑んで「大丈夫だ」と言い、弟の頭に手を置いて励ました。


「これから、どうするの?」


 ユリアが聞く。すると、セウェルスはさまざまな想いをこもらせた目で彼女を見つめた。


「……ユリア・ジークリンデ。俺は、お前に言いたいことがあるんだ。だが、このことが言えるのは想像以上に先のことになるだろう──。それでも、いつかは俺の言葉として伝えたい。……俺の想いを聞いてくれないか?」


「え、ええ……。でも、どうして今では駄目なの……?」


 セウェルスの様子がまたおかしい。

 胸がざわつく。

 ルキウスは、これから起こることを予期しているのか、拳を強く握りしめて悲しそうな目を兄に向けている。


「今の俺は、世界の命運を背負っているようなものだ。そんなときに心が揺らいでしまうなど──格好悪いことこの上ないからな」


 向けられた顔は、悲しげな笑み。

 その刹那、彼の身体が浮き上がり、金色の光に包まれる。


「まっ、待って! あなた、何をしようとしているの!?」


「心配するな。死にはしない。なにせ俺は、〈名もなき神〉が『力加減を盛大に間違えて生み出した』人間でも星霊でもない存在だ。だから、〈名もなき神〉の力を構築するための情報さえ手に入れば、俺ひとりだけでも〈きょうだい〉たちに対抗できる可能性がある──能力面での潜在能力は俺が一番上だろう。〈名もなき神〉に一番近づくことができるのは、俺だからな」


 〈名もなき神〉に一番近いからこそ、この外界に生きる者たちから『神』のように思われていた。

 セウェルスの魔力の気配が変わっていく。体内に何か大きな変化が起こっている。

 いったい彼に何が起こっているのか。

 わからないはずなのに、ユリアはわかった。

 変質したセウェルスの魔力を、ユリアは知っていた──。


「あなた……まさか、星霊になろうとしているの……!?」


「なんだ。わかるのか」


「だって、その気配は……アイオーンと同じ──」


「そう、だろうな……。俺達の読みは、やはり間違ってはいないんだな」


 セウェルスは目を伏せて笑う。

 ルキウスは、兄の行動を悲しげな目で見守っている。


「──お前から貰った魔力は、様々な星霊の力が合わさって複雑に変質していた。それをひとつひとつ解いていくと、ひとつだけ『奇妙な魔力』があった。その力も複雑に変質していたから、はじめこそは判らなかったが……調べてみると、それは間違いなく俺の魔力だったんだ」


 ユリアは、セウェルスの魔力を持っていた。未来から来たというのに。

 思いもしなかった事実に、彼女は呆然といている。


「俺は、この世に生まれてから誰にも血を与えていない。それなのに、未来から来たお前は持っている……。考えられることは、ひとつだけ──『アイオーンという名の星霊』と、『〈名もなき神〉の力から生まれたセウェルスという男』が、同一人物だからだ」


 セウェルスが、アイオーン。

 出会ったばかりの頃は、もしかしたらそうではないかと考えたことはあった。それでも、魔力の気配が違っていた。だから、ずっと違う人だと思っていた。


「価値観や性格は違うが、アイオーンは『俺』──だから、俺は、『アイオーン』となろう」


「でも……! それなら、どうして私とルキウスとの思い出をすべて無くしているの……!? 〈きょうだい〉のことも何も覚えていないわ!」


「おそらく……〈きょうだい〉たちの企みを阻止する際、〈きょうだい〉たちの抵抗か攻撃によって俺の記憶は消されてしまうのだろうな……。そして、ルキウスがどこにもいないのは──」


 セウェルスがちらりと弟に目をやると、ルキウスは重い口を開いた。


「……姉さんが、この時代にやってくるきっかけとなった『正体不明の白いフードをかぶった人間』──それが、おれではないかと思うんです」


「……!?」


「時を渡る力を手に入れているのは、世界でもおれだけです。なので、なんらかの理由であの時間軸にやってきたおれが、『あの時間軸にいた姉さん』を過去に送った──。そうじゃないと、そんなことは誰にもできません……。姉さんの双剣術と似た技能を持ち、姉さんの武術についていくことができる戦闘力──そのことだけでも、可能性があるのはきっとおれだけです。おれは、姉さんとの稽古で『姉さんの双剣術』を知っていますから」


 ルキウスの言葉が事実だと、ユリアが過去にやってくることは必然だったということになる。

 そんなことが有り得るのだろうか。未来など、本来なら誰にもわからないはずだ。


「お前は、『星の歴史』を守るためにも、この時代に来なければならなかったのだろう。『人間や星霊が伝える歴史』には残されていなくとも、『星の歴史』には、お前がこうなる運命が存在していたということだ。そのため、白いローブの者は──ルキウスは、己の知る歴史を守るためにお前をこの時代に送ったんだ」


 セウェルスのいう『星の歴史』とは、星で起こった『あるがままの事象』の記録という意味だろうか。

 あまりにも壮大な話に、ユリアは困惑を隠せない。


「未来からやってきた存在のお前は、普通ならば『有り得ない存在』だ。だから、この星ときょうだいのような存在である〈名もなき神〉に、お前は〈星の特異点〉と予知されたんだろう。〈星の特異点〉とは、『この世の理屈が通用しない、有り得ない存在』という意味だったんだ」


 その時、ユリアはあることを思い出す。


「……それなら、ここに来てから頭痛と記憶の違和感が一度も無かったのは──」


「この時代に来る前に起こっていたという頭痛のことですね。名付け親がアイオーンさんではなく、両親だということに記憶が書き換えられてしまい、アイオーンさんも頭痛を伴って記憶がおかしくなっていたという──」


 ルキウスとセウェルスは、ユリアの魔力を取り込んだことで、彼女が辿ってきた人生の記録をすべて知っている。そのため、ユリアが説明していなくとも、そのことがあったと彼らもわかっている。

 ユリアがルキウスの言葉に頷いて肯定すると、セウェルスは口を開いた。


「それは、お前が〈星の特異点〉だからこそ起こった現象だろうな。おそらく、その頭痛の原因は『歴史の矛盾を修正する星の力』だろう──。もしも、お前が現代からこの時代へと来なければ、『星の歴史』に違いが生じることになる。だからこそ、その予兆として記憶障害が起こったのだろう。定められていた歴史が変わるかもしれないという合図だ。……ユリア・ジークリンデがこの時代に来なければ、名付け親になってくれるアイオーンは生まれない。生まれていたとしても、アイオーンとは似て異なる存在が生まれていたかもしれない──」


 そして、セウェルスは息をつく。


「だから、『アイオーン』となる俺は──お前の名前だけは、たとえ星に天変地異が起きようとも絶対に忘れない。必ずお前に『ユリア・ジークリンデ』の名を贈る。……その代わりといってはなんだが、頼みがある」


「頼み……?」


「『俺』は、死にたくない……。アイオーンとなっても、また『俺』に戻りたい。お前とルキウスに会いたい──。だから、俺を信じて、ルキウスとともに時を越えてくれ」


 今も、頭が追い付かない。

 セウェルスは、アイオーンそのヒト。

 ということは、あのヒトになるために、セウェルスはこれから永い時を生きなければならない──。


「私が生まれる時代が来るまで、永く生きていくの……? 星霊でも想像がつかないほど永く……」


「その先に、また幸せを掴めるのであれば……俺は生きる。どのような障害があっても、お前とルキウスに──未来にいる家族とも、会ってみたい」


 セウェルスの決心は変わらない。

 それもそのはずだ。

 彼が覚悟を決めなければ、『今ここにいるユリア・ジークリンデという女』は、未来で生まれないのだから。


「……わかったわ。……私の名前と『アイオーン』という名前だけは……絶対に忘れないで……。あなたに名前を貰わなければ、私は『私』ではない……」


 ユリアは、自分に言い聞かせるように呟く。その顔は苦悶に満ちている。

 また会える。約束は果たされる。

 だが、それまでに受ける苦しみを考えると、心のどこかで許したくないという気持ちもあった。


「ああ、約束する。お前と、もうひとつの俺の名前だけは、絶対に忘れない。お前たちにまた出逢えるのなら、何があっても忘れない。──だから……遠い未来で、約束の名前をお前に贈ろう」


 セウェルスが誓うと、小指を差し出した。

 約束を誓う際におこなう小指を互いに引っ掛け合う行為。この時代にはない風習だが、ユリアが現代で過ごして馴染んでいることから、彼はその行動をとったのだろう。

 差し出された小指に、ユリアは自分の小指を絡める。

 彼の顔を見ることができない。見てしまえば、きっと泣いてしまう。

 ──泣くな。この約束があったからこそ、今の私がいるのだから。

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