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第五節 約束の贈り物 遥かなる時へ ②

 セウェルスがふたりから遠ざかっていくと、ルキウスが小さな声でそう言った。


「私も、そう感じたわ。彼なら今の状況を重く捉えて、口数も少なくなると思うけれど──心に迷いがあるというか……うまく言えないけれど、何かを抱えているような気がするの……」


「はい……。ですが、あの感じだと聞いても素直に話してくれなさそうですよね……」


「そうね……」


 そう呟きながら、ふたりはセウェルスの背を見る。

 今は、何も言わないほうがいいのだろうか──。

 もやもやとした心を抱えながらも、ユリアは話題を変えた。


「ねえ、ルキウス。私の血に『時を渡る力』がなかったということは、〈名もなき神〉も持っていなかったということなの?」


「はい。〈名もなき神〉は、外界の者たちから『神』と呼ばれていましたが、全能な存在ではありませんでしたので……」


「そうね……。そもそも、時を越える力が必要になるときが来るなんて、〈名もなき神〉も思いもしなかったでしょうし──」


 そうして、しばらく静かな時間が流れた。

 その後、ルキウスが「そういえば、思い出したことがあるんです」と言って、かつての事を話し始める。


「もう半年ほど前の──レティエムさんの街が魔物の大群に襲われた時に、おれは姉さんの戦い方が綺麗だと言ったことがありましたよね? あの時は、自分でもそう感じた理由がよくわからなかったですけど……今はわかります。あれは、姉さんが戦っている姿から、誰かを守ろうと想う精神を感じたからこそ『綺麗』に見えたんです。おれは、ずっと前からあなたは素敵な人なんだと思います」


「ありがとう、ルキウス──。とても嬉しいわ」


 今だからこそ、ユリアはその称賛を素直に受け止めることができた。

 時が経ち、その日の夜。

 一行は、エレスドレア近郊にある禁足地の神殿へと到着した。

 その神殿のすぐ近くには林があり、その地に生える木々や植物が、人間のように魔力を生成する機能を持っているという。たしかに、このあたりは魔孔があるかのように魔力濃度が高い。理由は判っていないが、このような植物が生えるところは少ないながらもいくつかあるようだ。

 今日は、もう夜も更けているため、三人は野営の準備を始めた。

 日が暮れる前の道中で、魔物の肉を手に入れていたため、今晩はそれを調理する。だが、このような地には野苺のような甘酸っぱい果実があるとセウェルスが零すと、ユリアは欲しいと言って探しにいってしまった。こんなときでも食欲旺盛なようだ。


「──ルキウス。ユリア・ジークリンデが寝入ったら、話したいことがある」


 そして、ふたりきりになることを見計らったようにセウェルスは伝えた。いつになく神妙な面持ちをしている兄に、ルキウスはなんともいえない嫌な気持ちに囚われる。


「……うん」


 だが、断る理由はない。

 昼間に感じた違和感の理由を、もしかしたら聞けるかもしれないからだ。



◆◆◆



 夜中。

 見張りをセウェルスと交代したユリアが横になり、しばらくすると寝息が聞こえてきた。

 セウェルスは、ユリアから離れたところで寝ていた弟の肩を揺すって起こす。ルキウスが起き上がると、セウェルスはユリアに近寄り、彼女の頭に指先を置いて何かの魔術をかけていた。


「あれ……。兄さん、どうしてそんなこと──姉さんは、もう寝てるのに」


「念のためだ。話の最中に起きられたら少し困るからな」


 ユリアにかけていた魔術は、さらに深い眠りへ誘うものだったようだ。

 そこまでするほどの話とは、いったいどのようなものなのか。ルキウスの心は身構えた。聞きたいような、聞きたくないような──おそるおそるに問う。


「話って、何……?」


「ユリア・ジークリンデの血に含まれていた、『あの魔力の気配』についてだ」


 と、セウェルスはルキウスの隣に座って静かに息をつく。


「……あいつの血を飲んだことで……お前()、これから先に起こることを理解したはずだ──。だからこそ、お前は『時を渡る力は、自分が作る』と言ってくれたんだろう?」


 ルキウスは、兄から目をそらした。

 そして、小さな声で「そうだよ」と肯定する。


「……本当は、そんなこと信じたくなかったけど……」


「ああ、そうだな……。変質していたから、俺も少し信じられなかったが──」


「でも、あれは……やっぱりそうだった……。姉さんの血に『この気配』があるのは、おかしすぎる。だから、未来は……」


「ああ……。──そうなんだろうな」


 ふたりだけにしか解らない会話。ユリアの血には、ふたりにとって受け入れがたい事実があったようだ。

 セウェルスは、地面につけていた手の指先に力を込め、土を巻き込みながら拳を握りしめた。


「……だから、おれは──。姉さんは、もしかして……」


「……ああ。そうだとしか思えない──」


 そうして、ルキウスは黙り込む。

 セウェルスも口を閉ざした。


「……怖くないの……?」


 しばらくして、ルキウスが疑問を零す。


「正直……怖いとは感じる。それでも……俺はやる。お前もそうだろう」


 ルキウスは頷いた。眉を顰め、悲しげな顔で。


「……姉さんには、いつ言うの?」


「『その時』が来たら、言おう──。今言えば、あいつは絶対に悲しそうな顔をする。あいつに悲しい顔をされたら、変に心が揺らぎそうでな……。あと──これは個人的なこだわりなんだが、俺に怖いものがあるなんてことは、ユリア・ジークリンデには言わないでくれ」


「どうして?」


「……格好つけたい。格好良いと思われたい──そんな欲望があるんだ。……自分でも、馬鹿で子どものような感情だとは思うがな」


「……兄さんは、やっぱり馬鹿だよ……」


「ああ……。馬鹿だな、俺は」


 ルキウスは俯くと、小さくすすり泣く声が聞こえた。そんな弟を咎めることなく、セウェルスは弟の頭に手を置いた。


「……だから、『もうひとつの俺』を作らないとな──」



◆◆◆



 朝がやって来た。

 日が昇ると同時に、ユリアたちは朝食を食べながらこれからの話を始める。


「あなたたちが力を構築している間、私は何をしていればいいかしら?」


「特に無い。だから、お前はまだ休んでおけ。今まで常に呪いと戦っていたからこそ、体調も万全ではないだろう」


「おれは、力を構築するために集中したいので、しばらくひとりになりますね」


 と、ルキウスは調理した肉を頬張りながら、木漏れ日が美しく輝く林の奥へと向かっていった。

 林の中は、小鳥のさえずりと植物の葉が風に揺れる音が聞こえてくる。この場所だけは、世界の危機から逃れられたかのような感覚がある。


「セウェルスもひとりになる?」


 ユリアが聞くとセウェルスは首を振った。


「いいや、俺には必要ない。必要な力の構築は、もう済んでいるからな。お前が寝ている間の見張りの時間を使って終わらせた」


「そうだったの!? 早いわね……。そんな魔力の気配はしないけど……」


「普通の人間とは違うからな。あとは、力を展開させるだけだ。ルキウスの準備ができたら展開させる」


 そして、セウェルスは静かに息をついて腰に手を添えた。


「……今のうちに、お前の不老不死の能力を変質させて無効化させておこう。同じ〈きょうだい〉の力なら、できるはずだ。──不老不死など、真っ当な人間のお前には要らないだろう?」


 今まで気にすることなく過ごしていたが、ユリアのなかに眠っていた不老不死の力が覚醒している。これは、アイオーンの核をユリアの体内に直接埋め込んでいた影響で、身体が変質した結果、獲得してしまった力だ。

 人間なのだから、人間らしく時を刻んで死にたい。ユリアには、長生きなど興味はなかった。


「そうね……。これをどうにか出来るのは、あなたかルキウスにしかできないものね。お願いするわ」


「──お前の体内の魔力を、俺がいじることになる。いいのか?」


 そんなこと、気にしなくてもいいのに。

 どうして彼はそんな質問をしたのか。意図が解らず、ユリアは不思議そうに首を傾けたが、やがてあることを思い出す。


「それをされると、人によってくすぐったい感覚がするから気にしてくれているの? 大丈夫よ。たしかに少しくすぐったいけれど、我慢するわ」


「……すっとぼけているのか、本当に頭から抜けているのか──どちらだ?」


 と、セウェルスが不服そうに呟く。どうやら言いたいことはそれではないらしい。

 ユリアは、さらに深い迷宮に入ってしまったかのように眉を顰めた。ややあって、とあることを思い出したことで「あっ」と声を出す。

 そういえば、この時代だと『相手に裸を見せ、抵抗せずに身体を預ける』ということに近い意味合いがある行為だとルキウスが言っていた。

 だから、セウェルスは気にしていたのか。


「『あの』意味合いがあることね──けれど、気にしないで。私が生まれた時代や現代にもない価値観だもの。私は大丈夫よ」


「──俺はこの世で生まれたがゆえに、その価値観が深く刻まれているのだがな……?」


 そう言ったセウェルスは、妖艶な雰囲気をまとってユリアに微笑みを向けた。

 その瞬間、ユリアの顔がはっきりと真っ赤に染まる。

 なんなの、この人。なんなの!? 妙に意味深な言葉と微笑みを向けないでくれる!?

 って、どうしてそんなにも笑いを堪えた顔をしているの──あっ! いつものイジワルね!?


「くくっ……。やはり、お前は面白いな。見たいと思っている顔をすぐに見せてくれる」


「私の照れた顔が好きだなんて──本当にどういうことなのよ……」


 ユリアは赤面したまま悔しそうにそっぽを向くと、セウェルスは空を見上げて思案する。


「半分は俺のせい、もう半分はお前のせいだな」


「私のせい……」


「まあ、深く考えるな。お前に責任はない。──ほら、早く始めるぞ。じっとしていろ」


 訳が分からないまま適当に流されてしまったうえ、急かされてしまった。

 なんなのよ、本当に。

 セウェルスは、ユリア額に指を当てる。ユリアはむくれ面で睨んでいるが、彼は術に集中しているのか気にしていない。

 それから、しばらくの間は小鳥の鳴き声だけが聞こえた。

 体内の魔力が操作され、激しく動いていることを感じる。その感覚が人によってはくすぐったい。ユリアはまだ我慢できるが、長く続くことは遠慮したい派だ。


「──変な感じがするのか?」


 少しずつユリアの顔に余裕がなく、口元を歪ませてきた。


「する……だから、早く……」


「もう少し待て」


 身体の内側から感じていた、自分だけがわかる『人間らしくない感覚』──不老不死の力が溶けるようになくなっていく。その力を封じるのではなく、根本的に解くことができた。

 解けきったあと、開放感があった。不思議と身が軽くなった気がする。

 これで、もう歳を重ねない人間になることはない。


「完了だ。これで、普通の人間らしく身体が時を刻めるだろう」


「ありがとう。……人間らしい人間に少し戻ることができて、安心したわ」


 額から彼の指が離れ、ようやくくすぐったい感覚から逃れられたユリアはホッとした。

 しかし、セウェルスはユリアのそばから離れずに、ジッと彼女の顔を見つめている。


「……ユリア・ジークリンデ。俺は、お前に──」


 その刹那、空に綺麗な歌声のような音が響き渡った。

 セウェルスは何かを知っているのか、言葉を中断して勢いよく空を見上げる。

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