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第五節 約束の贈り物 遥かなる時へ ①

 ふたりによると、魔力を作り出す木があるという場所は、エレスドレア近郊にある禁足地の神殿付近にあるとのことだった。

 おそらく、残された時間はもう少ない。

 敵対関係にある〈きょうだい〉たちは、すでに星の内部に入り込み、星の在り方を変えようとしている。

 三人は、ふたたび戦争が勃発していた地域を通った。その時の戦場は静かだった。昨日は激しい戦いをしていたが、停戦状態となったのだろうか。戦いの原因は知らないが、このまま戦いは終わってほしいとユリアは願った。

 やがて、三人はエレスドレア付近まで戻ってきた。


「それにしても……」


 突然、セウェルスが歩きながらため息まじりに口を開く。


「ユリア・ジークリンデがあんなにも思い詰めていたというのに──なんなんだ、あの星霊と男は……」


 そう言った彼は、少し不機嫌な雰囲気を漂わせていた。


「どうしたの? 急に」


 ユリアが問う。


「アイオーンとラウレンティウスという男のことだ。強い恋慕の気持ちを押し付けて、お前を伴侶にしたいだの夫婦になりたいだのと──身勝手な奴らだと思っただけだ」


「それは……私が、そういったことが昔からよく解らなかったせいだと思うわ……」


 と、ユリアはわずかに顔を俯ける。


「ふたりは、これからもきっと私のことを大切にしてくれる──それでも、誰かと夫婦になるということが想像できなかった……。『自分の幸せ』とは何なのかということも、よく解らなかった……。それ以前に、こんな私が幸せになってもいいのかとも思っていたわ……。唯一、はっきりと判っていた気持ちは、この力や学んできた戦闘技能を誰かのために使いたいということだった──。だから、私はどちらの想いも受け取ることができなかった……」


「今もその考えは変わらないのか?」


「ええ。私はこれからも戦うわ。未来の家族や、今を生きる者たちのためにね。──でも……」


 すると、ユリアの様子が変わった。

 言いづらいのか、目線を泳がせて両手の手先を交互にいじっている


「なんというか……少しだけ……本当に少しだけよ……?」


 なぜか念押しする。

 そして、彼女は小さな声でこう言った。


「……恋という感情を──」


 抱いてみたいと思う。

 耳をそばだてないと聞こえないほどに小さな声だった。

 こんなことを言う日が来るとは思ってもみなかった。幼い子どもが恋に憧れているみたいで恥ずかしい。

 それでも、これは素直な感情だった。


「ほ、本当に私にとっては縁遠い感覚だったのよ。なんというか……ふわふわとしたような、甘い感情なんて……抱いたことがなくて……」


 兄弟はまだ何も言っていないが、何か言われる前にユリアは言い訳を述べた。

 恥ずかしい。今思えば、なんてことを素直に言っているのか。顔から火が出てしまいそうだ。


「……お前の血の魔力から読み取った感覚によると、テオドルスは『優しい兄』。ラウレンティウスとクレイグは『負けず嫌いな弟』。ダグラスは『年の離れた兄か親戚のような存在』──お前の近くにいる異性は、見事に『家族』だという認識しかしていないらしいからな」


 ユリアは、ふたりに対して家族の名前を口にしたことはなかった。それなのに、セウェルスはユリアが持つ認識とともに言い当てる。


「そこもすべてお見通しとは、本当にすごいわね。〈きょうだい〉という存在は」


「……ユリア・ジークリンデは、どんな男と恋をしてみたいと思うんだ?」


 恋をしてみたいと思うなら、どのような人と──。

 セウェルスの問いかけにユリアは悩んだ。


「難しい質問ね……。今はまだ、そこまでのことはわからないわ。──むしろ、私は……どんな人と相性がいいのかしら……?」


「俺の直感だが──お前には、表には出しにくい心を受け入れて、それを支えてくれる存在がいいだろうな。お前の複雑な心に理解と共感ができる人だ。あとは、共に成長できるかどうかというところも必要かもしれない。お前には向上心がある。──だからといって、アイオーンとラウレンティウスはやめておいたほうがいいと思うぞ」


「ちょっと、兄さん……」


 ユリアを理解したからこそ真面目な意見を述べていると思われたが、最後はきっと個人的な好みの問題だろう。ルキウスが呆れながら止めに入ると、セウェルスはため息をついた。


「……そもそも、ラウレンティウスは、本当にお前のことを諦めているのか? お前に未練を抱えながらも婚約したように感じるが」


「だから、兄さん。さっきから姉さんの家族に突っかかりすぎだってば……」


「大丈夫よ、ルキウス」


 困ったように微笑むと、思っていることを伝える。


「彼が婚約をした理由は、おそらく社会の目から家族を守るためだと思うわ。魔術師社会は、古くさくて窮屈な考え方が未だに罷り通っていて、面倒なことも多いと聞くから」


 ラウレンティウスの生家であるローヴァイン家は、古くから続く有名な一族だ。彼は、その家のひとり息子であるため、いずれはローヴァイン家の当主となる。

 そんな魔術師社会には、自分たちは魔術師という魔力を操る力を持つ、現代では数少ない人間であるため、その力を社会の平和を守るために役立てなければならない──その力を後世に継いでいくためにも、子どもを産まないといけないという考えが今でも根付いているのだ。

 だから、ラウレンティウスくらいの年齢になれば、婚約をしていることが当たり前とみなされている。


「ラウレンティウスは、それなりの家柄を持った次期当主だったか。それなのに、あいつは家族を守ることよりも、自分の望みを優先していたのか?」


「それを許してくれるのが、彼の家族なのよ。彼のご両親や親戚一同は、彼が当主を継いでほしいなんて思っていないはずだわ。むしろ、覚悟があるのなら、抱えているものをすべて捨てて自由になってもいいと思っているはず──あの人たちを見ていると、そう感じるのよ。……だから、私は……ときどき、ラルスのことがすごく羨ましいと思ってしまう……」


 ありのままの精神でいても、許してくれる──それが許される時代でもある。

 許されない立場にいたからこそ、強く羨望を抱いてしまう。

 ユリアは空を仰いだ。


「ラルスと婚約する女性は、彼と同じように魔術師社会に生き苦しさを感じている人のようだから、一緒にいて苦になることはないと思うわ。それに、幼馴染だからお互いのことはだいたい知っているだろうし。──だから、私は彼の選択を尊重して、婚約を祝おうと思っているの」


「……それは、本当にお前の『本心』なのか?」


 セウェルスに追及されると、ユリアは微笑む。


「あら。そこも見破られていたのね──。ええ……。正直に言うと本心ではないわ。私の素直な感情はね、『私の知らない人間が、ローヴァイン家とベイツ家の人たちに近寄らないでほしい』のよ。……本当にどこの誰なのかしら、その幼馴染って──」


 微笑みながらも、彼女の声色にはわずかに苛立ちがあった。

 独占欲。

 あの人たちは、家族であることを許してくれた。自分を認めてくれた。新たに居場所をくれた──。だからこそ、彼女が血の繋がらない家族へ向ける感情は、他者が思っている以上に大きなものだった。

 ユリアの秘めた感情を垣間見たルキウスは、目をぱちくりとさせて驚いている。


「見かけによらずひどい女だな、お前は」


 セウェルスは、面白いものを見たかのように微笑む。


「知っているわよ、そんなこと……。大好きな家族が、誰かにとられて遠くに行ってしまうことが嫌だと感じてしまう──そんな感情、自分でも子どもだと思うわ……。だから、私はこれからも前に進んでいかないといけない」


 と、ユリアはそんな己に呆れを見せながら言葉を紡ぐ。


「私は、ローヴァイン家とベイツ家だけでなく、ほかのみんなのことも大好きなの。だって、あの人たちがいたからこそ、今の私がいるんですもの。私に、『普通の暮らし』とたくさんの思い出、楽しい時間を与えてくれた。私を、ただの(・・・)ユリア・ジークリンデとして接してくれた──。あの人たちがあの人たちだったからこそ、私はここにいる。だから、あの人たちには傷ついてほしくないし守りたいと思うの。……もちろん、あなたたちのこともね」


 そう語るユリアは、どこか幼い少女のようだった。

 かつて、決して表に出すことが叶わなかった『少女』がここにいる。


「やれやれ……。まあ、俺はその気持ちを理解できるが──お前の独占欲に耐えられるかどうかということも、お前との『相性が良い人』の条件に追加しなければならないな」


 そんなユリアの本音にセウェルスがいじる。


「困ったものだわ。こんなことまで許してくれる相性の良い人なんて、そうそういないでしょうに」


 ユリアは笑う。


「いや。案外、近くにいるかもしれんぞ」


「いるの? そんな物好きな人」


「──俺だ」


「……え」


 彼が言った台詞は、愛の告白とも捉えられる言葉ではないかとユリアは感じた。

 なぜなら、冗談を言う声には聞こえなかったのだ。


 その言葉は──そういうこと?

 心が火照(ほて)っていく。


 しかし同時に、そんなことを突然言い出す彼に対して、言葉にできない違和感を抱いた。

 敵の状況はよくわからないが、悠長なことはしいていられない。時間も残されてないはず。

 そんなときに、彼がここまで雑談を広げて、こんな発言までしてくることが意外だったのだ。緊迫した空気を緩めさせようとしているふうには見えない。

 どこか、いつもの彼らしくない気がする。

 ルキウスも、少々驚いた様子で兄を見つめている。


「……私のことを知ってもなお、そう言ってくれるなんて──受け入れてくれて嬉しいわ。ありがとう。あなたって、見かけや雰囲気によらずいろいろと受け入れてくれるわよね」


 その違和感のせいで、こういった言葉しか出てこなかった。


「礼には及ばん」


 セウェルスは微笑む。

 ここでその言葉が返ってくるということは、先ほどの言葉は恋愛ではなく友愛だったのだろうか。

 心が落ち着かない。


「──しかし、『見かけや雰囲気によらず』とはどういうことだ? 俺は、そういう『遊び』のない男に見えるのか?」


「あなたの外見は、他人から見ると……その……神秘的で威圧感があるというか……近寄りがたさがあるのよ。なんというか……誰からも素晴らしいと称えられるように造られた彫像、みたいな感じかしら……」


「ほう……? そこまで褒めてくれるとは光栄だな。……なるほど。他人にはそう感じるのか──。なら、ルキウスはどうだ?」


「美しさと可愛さの比率が黄金比だと思う」


 と、ユリアは語彙力が消失したような感想を述べた。声色は真剣そのものであり、真顔である。


「俺以上に心を込めて褒めたな。そうか──ルキウスの外見も褒められるほどか」


 セウェルスは嬉しそうに納得している。

 やはり彼にとって弟というのは、目に入れても痛くない存在らしい。


「おれ……可愛い、ですか……?」


 しかし、褒められた当の本人は、ふたりの言葉を不服そうな目で見つめていた。

 ルキウスの呟きにユリアは満面の笑みで頷くが、当然ルキウスは不服そうにジト目を向ける。


「しかし、絶賛してくれるわりには、お前は特にそういった様子など見せたことはないな」


「だって、あなたとアイオーンの外見はほとんど一緒だから見慣れているもの」


「……見慣れている、だと……?」


 先ほどまで機嫌がよかったセウェルスだったが、その言葉を聞いた途端に不機嫌な顔つきと声に変った。


「眠っていた時間をいれたら、千年は一緒にいることになるのよ? 嫌でも慣れるわよ」


「……それでも、俺とアイオーンは違うぞ」


「ええ。セウェルスとアイオーンは違うわ。ちゃんとわかっているわよ」


「だったら──」


 だが、セウェルスは言葉を詰まらせた。

 悔しそうに目を細め、目線をそらす。


「……いや、いい。気にするな。……無駄口を叩きすぎた。俺としたことが、気を緩ませすぎてしまったな──先を急ぐぞ」


 そう言うと、早歩きで禁足地の神殿の方向へと歩いていった。

 やはり、何か様子がおかしい。突然、雑談を初めて話を広げたかと思えば、急にいつもの彼へと戻った。


「すみません、姉さん……。兄さん、なぜかちょっと様子がおかしくて──。こんな状況のときに、まったく関係のない話を始めたうえに広げていくなんて……なんだか兄さんらしくないです……」

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