表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
64/113

第四節 『星』を掴む者 ⑥

「姉さん……。今思うと、おれと姉さんは結構似てると思います。おれも、やっぱり『普通』がいいなって思いますから──。みんなからは『現人神』って言われてますけど、そんなのには興味ないし……正直、神みたいになんてなれません……。だから、姉さんの気持ちはよく解ります。──でも、この強い力を持っていたからこそ、好きだと思うものを守りたかったという気持ちもありますよね。その気持ちも、すごく解ります」


 ルキウスが、ユリアの過去を視たことによる素直な所感を伝えていく。


「姉さんは、『普通』を望む心を捨てられなかったことで、自分は『英雄』らしくないと感じて、自分を嫌っていたんですよね……。その感情がどんどんひどくなって、『民たちを騙している』という感覚を生んで、罪悪感を抱いてしまって──自分を『醜い存在』として仕立て上げて、『罰するべき人間』だと責めるようになっていったんですよね……。でも、もう苦しまないでください──おれたちからお願いです」


 ユリアからの反応はない。

 呪いによる動きもない。


「お前は十分頑張ってきて、苦しんできた。少なくとも俺は、すべてを知ってもお前のことを英雄だと思っている。お前は、共存派の人々にとっての希望となり、勇気を与え、他者のために戦い続けた。お前は、使命だと思っていたことを立派にやり遂げてきた。お前は『逃げて』なんかいない。──だから、もう自分を許してやったらどうだ……?」


 変わらずユリアからの返事はないが、呪いも動いていない。

 彼女の精神が、呪いを抑えつけている。


「アイオーンは、お前の身体に核を埋め込んだ時に、これらのことを知ったはずだ。今の俺のようにな──。だから、アイオーンは、お前のことを歴史に残したいと願ったんだろう。それは、お前が間違いなく英雄である行動を選べたからだ。己の望みや命を投げうって民を守った者が、英雄でないはずがない」


「アイオーンは……優しいからよ……」


 セウェルスは、首を振ってユリアの言葉を否定する。


「お前の伯父である当時のヒルデブラント王もそうだ。かの王は、『逃げた』お前を責めたか? 逆に、お前を労っただろう。姪を『英雄』として祭り上げ、お前の本心を問いかけることなく『英雄』として戦い続けるよう求めていたんだ。そのことへの罪悪感は少なからず抱いていたはずだ。それに、お前のことを『罪人』ではなく『英雄』だとはっきりと言っていたはずだぞ。──未来にいる血の繋がらない家族に真実を話したときも、誰かお前を責めていたか? 誰もお前のことは責めなかっただろう」


 そして、彼は小さく息をついた。


「生まれた瞬間から、お前は『逃げ場のない立場』に立たされ続けた。生まれる前から背負わされた責任を最期まで果たそうとした。民への愛を持った立派な王族であり戦士だ。今もそれは変わらない。だから、自分を許していい──許してやってくれ。お前に向けられた失望や幻滅などどこにもない。本当によく頑張った」


 その後、ユリアからの言葉は無かった。

 彼女は、セウェルスに抱きしめられながら小刻みに震えていた。

 しばらく静かな時間が流れる。

 そして──。


「……私は……あなたたちこそが『英雄』だと思っているわ……。不本意な生まれ方をして、普通の生き方もしづらくて──それでも、不完全なこの世を愛してくれるから……」


「いろいろと上手くいかない世の中だが……悪いことばかりではない。お前も同じだろう?」


「……ええ」


 ユリアは、顔を上げた。明るさは無いが、憑き物が落ちたような顔をしている。

 そんな彼女の顔を見たセウェルスは、ゆっくりとユリアから身体を離した。


「姉さん。少しずつ、自分にかけ続けていた『呪い』を解いていきましょう。今の姉さんなら、それができるはずです。それには勇気がいることだけど、今の姉さんならきっと大丈夫です。こうして、少しずつ前に進んできたんですから」


「……そうよね。もう、そういうことをやめないと──本当の意味で、前には進めない……」


 ルキウスの言葉に頷くと、ユリアは肩の力を落とし、空を見上げて微笑んだ。

 彼女の姿を見て安心したセウェルスは、軽くため息をついて彼女の背中を優しく叩く。


「未来に残された歴史には、なにひとつ嘘は無い。間違ってもいない。『あの日』の選択は、大勢の民を守るためであり、悔いる必要もない。──これからの人生は、胸を張って生きていけ。だから、自分を嫌悪して責める性格だけは直せよ」


 胸を張って、生きる。

 私は──『英雄』になれていた。

 越えるべき『壁』は、自分の心をひとつひとつ解いていき、澱みの根本を探すことだったのかもしれない。

 それこそが、自分を許せないという気持ちだった。


 ユリアの目に、涙が浮かぶ。

 ふたりが『私』を探して、導いてくれた。そして、認めてくれた。

 自身の心の問題は、自分だけでは決して見つけることはできなかっただろう。人間でも星霊でもない彼らがいてくれたからこそ、ここに至ることができた。

 胸の奥に澱んでいた重苦しい何かが消えていく。ずっと欲しかったものに手が届いたような気がする。

 ずっと前から、誰かに言ってほしかった気がする。

 あの選択を選んだことは間違っていない。だから、胸を張って生きてもいいのだと──。


(現代にいるときは、家族に囲まれて幸せを感じることができていたから──根本的な心の澱みから気をそらせていた……。自分を責める『呪い』なんて『間違っている』のに……よく判らない複雑な感情と向き合えなかったから、その『間違い』を正そうとは思えなかった……。それを乗り越えるための糸口も見つけられなかった……)


 それをふたりが見つけて、私が乗り越えられるように言葉を贈り続けてくれた。それが、勇気と心の支えだ。

 簡単なことのようで、とても難しく、どこか恐ろしいことだった。人の心というものは、本当に複雑で、たまに自分でもよくわからない。

 それでも、本当の意味で乗り越えることはできたと思う。これで、最後だ。


「それと、『頭から抜け落ちているもの』は見つけられたか?」


「ええ……見つけられたわ。『誇り』と『希望』──でしょう?」


「正解だ」


 セウェルスが満足げに微笑むと、次にルキウスが「これは、絶対に間違ってないことだと思うんですけど」という前置きをした。


「姉さんの両親は、姉さんのことを誇りに思っていたはずです。姉さんが小さい頃から、ずっと──。だって、大勢の人のためにこんなにも頑張れる人なんですから」


 その時、ユリアの頭のなかで『あの日』の出来事がフラッシュバックした。

 両親の最期。

 私達を殺せ。お前は、ヴァルブルクの子──。


(あの言葉の、本当の意味……。もしかして、父上と母上は──)


 両親は、娘なら誇りと希望を繋げてくれる──そう私を信じてくれていたから、そのような言った言葉ではないか。

 その想いを込めて、「殺せ」と言ったのではないか。


 父と母にも、戦場で感じる死の恐怖は抱いていたことだろう。

 しかし、誇りを持ち続け、未来を信じて戦っていたことで、その恐怖を打ち消していたのではないか。


 両親のことについては、テオドルスから伝え聞いたことしか知らない。実子の私とは、家族としての関わりは一切なく、個人的な話すらしたことはなかった。

 両親は、我が子を他人として見ていなければ、愛情が邪魔をして『英雄』となることを許せなかったと彼は言っていた。

 両親は、親としての心を殺し、責任を全うする道を選んだ。

 そうするしかなかった。そのことは私も理解している。

 ただ、私自身としては、世を暁に導く〈予言の子〉としてではなく、一時(いっとき)だけでも『自分たちの子』として見てほしかった。

 だが、諦めるしかなかった。

 そのことに関しては、今でもうまく言い表せない複雑な気持ちがある。


 両親のことは、よく知らない。

 だが、戦士としてなら──わかるものがある。『今の私』だからこそ。

 誇りを持ち続け、未来を信じて戦っていたからこそ、異形に取り込まれたときの両親は、娘の私に殺せと言ったのだろう。

 あの言葉は、絶望と苦しみから逃れたい気持ちで口走ったものではない。


 誰かを守るために命を断とうと決心した。

 両親は、民を守るために、死の恐怖と戦っていた。

 『誇り』と『希望』を、私に託そうとした──これが、両親の「殺せ」という言葉の意味だ。


(私は……まだ、両親と同じ『場所』に──ヴァルブルクの戦士たちと同じ『場所』に立てる)


 両親は、もういない。

 私が、どれだけ両親を求めていたか──ふたりにそれを示すことはできない。

 ヴァルブルク王国も、もう存在しない。

 それでも、両親や戦士たちが持っていたあの気高き魂を、自分も持ちたい──。

 両親と戦士たちが、誇りを持って生きていた証。


 私がヴァルブルクの国王になりたかったのは、立場や肩書きが欲しかったからではない。

 両親が私を『子ども』として見てくれるのではと思ったから──。

 そして、自分も、両親のような精神を持ちたかったから。それを持てた証となるのが、王という立場ではないかと思っていた。


 あのときの自分は、両親が持っていた精神の本質に気づくことはできなかった。

 でも、今なら解る。

 ヴァルブルクの戦士たちが、輝く星のように見えた理由も同じだ。

 誇りと希望。そして夢。悲しみが多い時代だったにも関わらず、各々がそれを抱いて、戦っていた。だからこそ、戦士だけでなく、民や家臣たちの魂や生き様は美しく輝いていた。


(もし、現代に帰れなくなったとしても……私は嘆かない)


 未来にいるみんなに、希望を託そう。

 遥か過去からでも、歴史とヴァルブルク、ヒルデブラントを守る一助になることはできるはずだ。その時は、それを探す旅に出よう。

 私の仲間たちなら、きっとヴァルブルクとヒルデブラントを守れる。

 そのためにも、今は奴らの望みを打ち砕かねばならない。


(こんな気持ち、いつ以来かしら……。心に、気持ちの良い風が吹いているみたいだわ)


 ずっと、暗闇のなかを彷徨っていた気がする。

 道が判らなかったところを、このふたりが導いてくれた。

 それにしても、ここに来るまでずいぶんと時間がかかってしまった。


「──ありがとう、ふたりとも。あなたたちに出逢えてよかった」


 似たような立場、境遇があったからこそ、共感し、寄り添い、そして見つけられたのかもしれない。

 その言葉を聞いた兄弟は、晴れやかに微笑む。


 今思うと、自分を責め続けた日々のなかに、得るものは無かった。

 あの気持ちは、ただの自己満足だった。

 自分のことが嫌いで、どこまでも英雄らしくないことが許せなかったから、自責する気持ちに浸り続けていた。

 そうすれば、叶わなかった夢やほかの苦しみを紛らわすことができたから。

 すべて自分が悪い。自分のせいだ。

 そう思い続けていても、解決することなんて何もないというのに──。負の感情は、想像以上に自分から離れてくれなかった。離れようとしても離れられなかった。

 でも、ようやく離れていくことができる。


 私は、何のために現代を生きようと決めた?

 今度こそ守りたいものがある。それも、たくさん。

 時代が違っても、国が違っても、両親が最後まで持っていた誇りを持って生きていきたい。


 ──見つけた。


「……セウェルスが言っていたとおりね。呪いを消す方法が判ったわ」


「そうか──だったら、頼んだぞ」


「ええ」


 特別な魔術はいらない。

 必要なことはひとつ。

 迷いのない、惑わされない想いがあればいい。

 魔力は、感情に影響される。呪いも負の感情がこもった魔力だ。

 今の私なら、できる。


 もう呪いなんかに同調しない。

 この力は、未来のためにある。


 もう自分を責める必要はない。

 迷うこともない。


 今の私には、誇りがある。夢がある。

 未来を諦めない。最後まで希望は手放さない。


 本当の意味で、私は『私』を見つけた。


 その刹那、ユリアの内側に蠢いていた呪いが消えていく。

 消えるというよりは、変質しているという言葉が正しいか。力が別のものへと変換されている。


 やがて、呪いが完全に消えた。

 ユリアの目には、力強い光が宿っている。

 彼女は、求めていた『星』を手にした。

 顔には自然と微笑みが溢れている。


「……もう大丈夫だな。お前には、そういう顔が一番似合う──いや、やはり二番目だな」


 ユリアの顔をホッとしたように見つめていたセウェルスだったが、急にイタズラを思いついたような顔をして、口元に手を添える仕草をした。


「一番は何なの?」


「拗ねた顔と照れた顔と怒った顔だな」


「ひどい男」


 やっぱり。

 ユリアは軽く睨むように笑う。

 「兄さんって性格悪いよね」と呆れた弟に言われると、兄は「ただの好みの問題だろう」と微笑んだ。

 ユリアは、自身の精神面において少し「信用できない語り手」的なキャラクターとして動かしていた部分がありました。


 そのため、『前に進むきっかけはこれまでに何度かあったけど、本当の意味ではまだ自分と向き合えておらず、いまひとつ前には進めていなかった』ということがようやく書けた気がします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ