第四節 『星』を掴む者 ⑤
ルキウスとセウェルスは、ユリアの手を取り、手のひらを向ける。魔術で一本の指先の皮膚を薄く切ると、小さな赤い玉が膨れ上がっていく。そして、ユリアの持つ不老不死の能力が働いたことで、その傷はすぐに塞がった。
ふたりは指ごと血を口に含み、なめた。
これで、ふたりは血の魔力に刻まれている数多の情報を読み取ることができる──。
「……アイオーンの血だけでなく、さまざまな星霊の血も飲んでいたのか。人間とは思えない魔力構造だ……。お前の体質は、複雑に変化していることが判る──」
口につけてから数秒も経っていないというのに、セウェルスは事実を言い当てた。その他の情報もすでに読み込めているだろう。
それから兄弟は、何かを探すようにユリアから目線を外し、やがて目的のものを見つけたかのように目を見張った。
「──たくさんの力が、すごく複雑に絡まったような感じだけど……そのなかに〈名もなき神〉の力がある」
「ああ……間違いない」
希望が見えた。
やはり、アイオーンは〈きょうだい〉だ。
しかし、どうしてその記憶が無くなっているのだろう──。気になるが、今は〈きょうだい〉と対抗できる力を得られるかどうかだ。
「どうかしら……。役に立ちそう……?」
「……思っていた以上に複雑だな……。解体して、再構成──。ともかく、今は魔力が多くあるところへ行こう。作業には、かなりの魔力が必要となるだろうからな」
「わかったわ。ここよりも魔力がたくさんある場所へ向かいましょう」
すると、ルキウスが何かを言いたげにセウェルスの袖をくいくいと引っ張った。
「兄さん。魔孔の近くだと、あいつらに邪魔されるかもしれないから、魔力を生み出す植物がたくさんあるところがいいと思う」
「そうだな……」
「あと……時を渡る力は、おれがなんとかする。たぶん、できると思うから」
「自信があるならやってくれ。頼んだぞ」
「うん」
そのやりとりに、ユリアの顔に光が宿る。
「もしかして、私の魔力のなかに時を渡る力があったの……!?」
「いいえ……。ですが、姉さんの血にある力を用いて、一から作り上げることは出来ると思います」
「そんなことが、できるの……?」
「……無ければ……作るんです。試してみないとわからないです。諦めたくないので、やってみます」
その言葉は、いつかセウェルスがルキウスに向かって言っていたものだった。その言葉を、弟は胸に秘めていた。
「ありがとう。……お願い」
いいな、そういう関係。羨ましい。
──そうだ。
〈名もなき神〉の力のことが、こうも早く判ったというのなら、その血の魔力に刻まれた記憶のことも──。
「……ねえ、ふたりとも……。もう、判っているのよね……? 私が辿ってきた人生のこと……」
おそるおそる問いかけると、兄弟は頷いた。
「ああ……。お前が見て、感じて、考えたこと──すべて知った」
たったの一滴の血だけで、こんなにも早く──。
ユリア、警戒するように顔を引き攣らせる。暗い感情を抱いたことで、ユリアの身体からはふたたび黒い霧のような呪いが滲み出てきた。
彼女を見つめていれば、嫌な感情を抱かせてしまうか──セウェルスはそう思ったのか、ユリアから目線をそらし、空を見上げた。
「だから判る。この呪いは、きっとお前の意思ひとつで解けるものだ。他者からの浄化は必要ない。──お前は、自分が許せなかっただけだろう?」
「……え?」
彼の言葉に、ユリアは戸惑いを見せた。やがて、彼女は「そういう問題ではないわ」と否定する。
しかし、セウェルスとルキウスには判っていた。
呪いは、力を増幅させたいがために、彼女の心の闇を晴らさせたくはない。そのため、ユリアの口から否定の言葉を言わせた。
今の彼女が発する言葉は、すべて『本心から来るもの』だとは言い難い状況だろう。その理由は、彼女が抑えているとはいえ、呪いは存在しているからだ。
「姉さんは、自分が許せなかった──だから、呪いはそこにつけこんで、姉さんに幻聴を聞かせて負の感情を増幅させていたんですね……。愚かだとか、逃げたとか……ひどい言葉を使って……」
彼ら兄弟が話す内容は、彼女を傷つけないように気を遣っているものではない。
彼らが口にする『自分を許せなかった』というものこそが、偽りのないユリアの感情だった。
今のユリアは、『信頼できない心の語り手』だ。
「違う……。先ほどのあれは、死者の声よ」
「いいや、違う。あれは、呪いの影響だ。呪いがお前の過去を読み取り、精神を弱らせるためにしているんだ。死者の魂が具現化したものではない。──実感はないだろうが、お前がそう思い込んでいるのも、呪いによる思考操作によるものだ。先の戦いで、呪いを武器にして戦闘に参加してきたのもそのせいだろう」
「そんなこと──」
「呪いはお前を殺し、もっと呪いの力を増幅してくれる新たな宿主を探そうとしているのかもしれない。ユリア・ジークリンデは、呪いにとっては力の増幅人形というよりも、力が抑制されてしまう器のようなものだろうからな。──力を増幅させたくても抑制してくるのなら、宿主を殺さないといけない」
「……」
ユリアは、セウェルスの言葉に困惑した。やはり、呪いの都合に合わせて言葉を紡がされているという実感はないようだ。
呪いは、ユリアにはセウェルスにやったような、精神的かつ肉体的への攻撃よりももっと効果的な方法があると判断したのだろう。
それが『これ』だ。なにせ彼女は、心の闇を抱えて自害を遂げている。
ユリアが呪いを抱えていてもまともな思考を持っているように見せかけているのは、外部からの邪魔が入らないようにするためだろう。心の闇を刺激して闇を増幅し、自己犠牲精神を奮わせ、彼女が死ぬよう誘導しているのだ。
呪いは、ユリアの一番深い心の闇や、それによって形成された自己犠牲精神を利用している。
「ユリア・ジークリンデ。お前が抱えている感情は、『自分が許せない』という気持ちから繋がっているものだろう──。今のお前に必要なことは、『自分を許す勇気』を持つことだと俺は思う。自責して自分を呪うことじゃない。お前の言う『罪』とは、お前自身が作りあげたものだ。お前の複雑な精神がそれを作り上げ、呪いがそれを糧としているんだ」
「うるさい……! セウェルスたちに何がわか──ッ……!?」
その刹那、ユリアは自分の言ったことに気が付き、何度も首を振った。
違う。ふたりにこんな言葉をぶつけたくはない。
呪いの影響下であっても、ユリアは見えていないところで抗っている。
「大丈夫ですよ。姉さんがそう言ってしまうのは、呪いがそうさせているからだって判っています。姉さんは悪くありません──『あんな過去』があったら、おれや兄さんでもおかしくなりますよ……」
ルキウスがユリアの手を握ろうとすると、彼女はその手を避けた。ルキウスは心配そうにユリアの顔を伺う。
「大丈夫だ、ルキウス。俺達の声は、絶対に届いている。だから呪いが反発しているんだ。──〈名もなき神〉の力よりも、まずはこの『呪い』を解くぞ」
「うん」
そして、セウェルスは軽く息を吐き、ユリアを見つめる。
「……この様子だと、少し荒療治のような『導き』になるかもしれんが……今のユリア・ジークリンデなら、前に進めるはずだ。このような過去を持ちながらも、ここまで来れたお前ならな」
その言葉を言った直後、セウェルスは、攻撃をするかのような素早さでユリアの腕を掴んだ。そのことに、ユリアは警戒と攻撃的な表情を浮かべ、掴まれた腕を振り払おうとする。彼がこのような行動をとったのは、呪いによる暴走が起きる前に、念のためある程度の動きを封じておくためだ。
「──聞け、ユリア・ジークリンデ。お前が『あの日』にしたことは、『逃げる』という行為ではない。生き残った民のために、『災厄の火種となりうるものをすべて消すために自害した』という言葉が正しい」
「嘘よ! 離してッ!」
呪いが暴れる。このことが、呪いにとっては都合の悪い事実だからだ。
セウェルスは彼女を抱きしめ、動きを抑える。
「──自害という選択は、王族として、戦士として、立派なものだったと俺は思う。だが、お前にとっては……理由はどうあれ、ここで死ねば使命は果たせないし、民も守れなくなる……。王が病に伏したことで副王の立場となり、戦士として戦えなくなってしまったテオドルスの想いも背負っていたのに、それもできなくなる。『彼の半身』とは言えなくなる──。それらの悔しさは、計り知れないものだったことだろう。そして、お前自身の夢だった『両親と同じ場所に立ち、王となること』が永遠に叶わないものとなった。『普通になる』ことも最期まで望んでいたのにな……」
「違う! 私のせいよ! 全部私なの──!」
呪いが、ユリアの声を使って叫びだす。
表には出せず、ユリア自身の力では解くことが出来なかった心の闇。
「お前は、民のために死を選んでも、英雄らしくない自分自身は最期まで好きになれず、このような結末に至った自身の運命を呪いたかった──。そんな自分に、深く嫌悪し続けていた──。それらの想いが複雑に絡み合った末、『こうなったのは、最期までみんなが望む英雄になれなかった自分のせい。生まれ持った使命を果たせなかった。逃げたからこんな運命になってしまった』という考えが生まれ、それを使って自責するようになったんだ」
「ちが、う……!」
ユリアは顔を歪ませた。掴まれた腕に黒い霧を放つ魔力が集まるが、魔術は放たない。ユリアが呪いの力を留めている。
「違う、だって? お前は、自分がこのような精神になった原因を忘れていただろう? 願っていたことが何も叶わなかった──お前は、その原因をすべて自分のせいにして、無慈悲な現実を受け入れようとしたんだろうが……。〈予言の子〉とは、『自分の望みが何も叶わないかもしれないという重い立場』──そのことは、お前は理解していた。それでも、我慢できない気持ちがあった。本当は、今まで抱え込んできた負の感情をどこかにぶつけたかった。それでも……お前は、ぶつけることができなかった──頑張りすぎなんだ、お前は……。人並み以上の能力を持って頑張れてしまったから、誰もがお前のことを超人のように見てしまったんだ……」
ユリアは俯いて震えている。
セウェルスは、ゆっくりと深く息をついた。
「……お前に『罪』なんてものはない。ただ、『あの日』の絶望で、大切なものが頭から抜け落ちているだろう。昔のお前が無意識に持っていたものであり、それがあったからこそ頑張れていたものだ。これからのお前の人生でも、きっと重要なもののはずだ。──だから、それを思い出すんだ」
──コノ者ハ、使命カラ逃ゲタ罪人。嘘ノ甘言ナド無意味。
ユリアの身から放たれる魔力から、そのような意志を感じた。
「──ッ!? 呪いが、意思を持ちはじめた……!?」
ルキウスが警戒する。
セウェルスは、ユリアの身体を抱き締めたまま、黒い霧となって出続ける呪いを睨みつけた。ユリアの目は虚ろになっており、ぴくりとも動かない。
──ハジメニ生マレタ〈キョウダイ〉。解リ合エヌ、我ラガ長兄。〈星ノ特異点〉ガイナケレバ、呪イ殺セテイタ。ソレガ口惜シイ
「呪いの分際で、敵となった〈きょうだい〉たちの意思を持って偉そうにしゃしゃり出るとはな……。あいつらが作った呪いだから仕方ないことだが──しかし、急に出てくるとはどうした? 呪いが解かれそうで焦っているのか? 俺を呪い殺したければ、今してみるといい。まあ、ユリア・ジークリンデがお前を離さないだろうがな。それとも、余裕があるから出てきたのか? ──では、ユリア・ジークリンデが罪人ではないという解説でもしてやろう。『解釈違い』は不快だからな」
と、セウェルスは鼻で笑い、血の魔力に刻まれていたユリアの過去を語る。
「──『あの日』、こいつは操られたテオドルスによる攻撃によって、体内に不信派の異形による黒い泥を取り込んでしまった。その泥は、呪いに似たものだった。両親と親しい友を失ったことによる錯乱と発狂を好機ととらえた黒い泥は、ユリア・ジークリンデの精神を襲った。彼女は発狂と呪いによる攻撃の抵抗をしながらも、今の自分の精神では呪いに抵抗できないことを心のどこかで悟り、このまま生きていれば、呪いに操られて『死神』となる未来が見えたんだ──心が壊れた殺戮人形といった存在にな……。だからこそ、そうなる前に自害を選んだというわけだ」
その後、セウェルスはユリアを見た。
「ユリア・ジークリンデ。もう自分の不完全さを責めることはやめるんだ。自分を責めることを癖にするな。本当に、そんなので前に進めると思うのか? ──自分の目や足を傷つけるヤツが、しっかりと前に進めるはずがないだろう」
そのようにセウェルスが優しく叱りつけると、ユリアは両手で彼の身体を抱きしめ返した。




