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第四節 『星』を掴む者 ④

「……ユリア・ジークリンデ。聞きたいことがある」


 三人が地縛呪の気配がほとんど感じないところまでやってくると、セウェルスがその言葉を口にした。


「アイオーンという星霊のことだ。その者について、ほかに知っていることがあれば教えてほしい」


 突然どうしたのだろう、とユリアはセウェルスを見る。先ほどの彼は、何かを考えていたようだった。それと関係しているのだろうか。


「……本人によれば、生まれた時代は覚えていないみたい。けれど、おそらく数千年ほど前だろうとは言っていたわ。星霊の寿命は、長くても千年ほどだけど、アイオーンには不老不死の力があったからとても長生きなの。あとは、時を渡る力もあるわ」


「『時を渡る力』というのは、未来や過去へ行くことができる能力か?」


「そう。でも……私は、その力は『時を渡る力』とは違うと思う……。先ほど、星の内界に閉じ込められたときに感じたの──アイオーンが持っている時を渡る力は、星の内界へ行くための『扉』ではないかって……」


 ユリアは説明を続ける。

 彼女自身も半信半疑のようなのか、あるいは説明の仕方に悩んでいるか、若干の困惑を感じさせる顔つきをしながら言葉を紡ぐ。


「私は、アイオーンから血をもらったことで、その力の片鱗を得ることができているの。このことは、アイオーンも認めているわ。私はただの人間だから、本当に時を渡れるわけではないけれど……時を渡るための道を開く『扉』は作ることができるの。あのヒトによると、その『扉』の向こう側の空間は『権限』のある者にしか生きることができなくて、普通の生き物だと簡単に死んでしまうところだと言っていたわ──」


 そして、ユリアは次の言葉を言いかけるが一瞬だけ戸惑うようすを見せた。だが、何かを決意をしたようにゆっくりと口を開く。


「私は……とある事情で、何度か『時を渡るための扉』を開いたことがある……。だから、その『扉』の向こうに流れていた気配を知っているの。その気配は、星の内界にあった魔力の気配が同じだった──。だから、私は……アイオーンは、自分の力のことを勘違いしているのではないかと思うの。嘘をついているということもないと思うわ」


「自分の力だというのに、勘違い……? 何者かによって、知らず知らずのうちに押し付けられたものだとしても、それは──」


 そう言った瞬間、セウェルスは何かを見つけたような雰囲気を出し、口をつぐんだ。


「……あと……私の名前は、アイオーンが名付けてくれたの。何千年も人間や星霊の社会から離れて生きていたのに、『ユリア』と『ジークリンデ』という人間の女性名だけはずっと憶えていたらしいわ……」


「不思議なことを多く持った星霊ですね……」


 ルキウスがぽつりと感想をこぼす。不思議な存在なのはユリアも感じていた。

 セウェルスはしばらく口を閉ざしていたが、ややあって言葉を紡いだ。


「……それでも、その者が〈きょうだい〉であるならば──俺は、『賭け』てみたいと思っている」


「賭け……?」


 ユリアが問う。


「お前がアイオーンから血をもらって能力を得たように、俺達もお前から血をもらい、アイオーンの能力を調べてみたい」


「アイオーンさんというヒトは、おれたちが持っていない〈名もなき神〉の力を持っている可能性があるもんね……。人間である姉さんには適合できなかった、眠っている能力が──」


 ルキウスがそう言うと、セウェルスは頷く。


「アイオーンが持っていた能力は、お前の血にすべて記録されているはずだ。お前の身体では適合せず、能力が発現しなかっただけで──。星の内界で〈名もなき神〉の力を探せない以上、俺達はアイオーンの血に縋るしかないと思っている。……だから、お前の血を飲み、それが出来るかどうかを試したい」


「……おれも、兄さんの言う賭けをしてみたいです」


 真っ直ぐで、諦めない目。私も、ふたりに賭けたい。

 だが、ユリアは即答できなかった。

 心配なことがふたつある。


「呪いがあるのに……?」


「俺達〈きょうだい〉なら、僅かな量で十分だ。指先を切って滲むほどの血だけでいい。そこに含まれる呪いなど微量だろうからな」


 ひとつめの心配事は、無いようなもののようだ。

 あと、もうひとつは──。


「……だが、無理にとは言わない。その理由は……俺達がしたくないと思っていても、不躾に『お前の過去へ踏み込んでしまう』ことになるからな……。俺達〈きょうだい〉には、微量の魔力からでも、そこに刻まれた情報をすべて勝手に読み取る能力を持っている。たとえ、俺達に読み取ろうという意志がなくともだ──。だから、このことはお前の判断に任せる」


 他者の魔力から知識を読み取ることはユリアもできるが、そんな微量の魔力だけですべての記憶や情報を読み取ることはさすがにできない。

 血に含まれる魔力から情報を読み取ることと、人為的に物に込められた情報を読み取ることは、似ているようで違う。前者は、素質があっても複雑な技術を必要とする。それゆえ、その技術を習得している人間はかなり少なく、星霊でも珍しい。

 さらに、魔力から記憶を読み取ることはただの知識や情報と比べて難しい。魔力に記録された記憶には、その時の映像と当事者の感情があり、それらは知識や情報とはまた勝手が違う。それらをまず読み取ることができなければ、何のことだかさっぱり不明なのである。

 体内で生成される魔力がそれらを自動的に行えるのは、やはり〈名もなき神〉は人智を超越した存在であり、彼らがその力から生まれたからだろう。


(今更、何を不安がっているのよ……私は……。ふたりは、未来のために頑張ってくれているというのに……)


 ふたりは、ユリアの心の闇に勘づいている。

 過去を知られてしまうことを恐れてしまう自分がいる。未来にいる家族たちには言えたのに。

 だって、ふたりは、自分とは比較にならないほど、素晴らしい戦士たちだと思うから。ふたりこそが、英雄と呼ばれるに相応しい──。

 その時、ユリアの背後に冷たい気配が現れた。それを見たセウェルスは警戒しながらまっすぐに見据え、ルキウスは睨みつけて帯剣している柄に手を掴んだ。呪いが実体化しているようだ。


『──期待した私たちが愚かだったのです……』


『……皆が思うような英雄ではなかったのですね』


『我々、家臣や民を置いて逃げた恥知らずでは……。ヴァルブルク家に泥を塗った貴女様が、なぜのうのうと生きていらっしゃる?』


 呪いが、ユリアを冷ややかに罵る。ユリアは表情を失い、目線を下に向けた。


「……これは……姉さんの抱える呪いが、見せている幻影ですか……?」


 ルキウスが問うと、ユリアは困ったような笑みを向けた。結局、害があるのか無害なのか──彼女はどっちつかずな反応だったが、兄弟は自分たちを害するものではないと判断し、警戒を解いた。

 背後にあった冷たい気配が、少しずつ消えていく。実体化も解けただろう。


「……これが、お前が抱えている負の感情の一片か」


 セウェルスに見つめられたユリアは、目を合わさずに俯いた。

 彼女の様子が何か変だ。


「ユリア・ジークリンデ……。これは、本当にお前が抱えないといけないものなのか……?」


「どういう意味……?」


 俯いたままユリアは問う。


「俺達は、お前の過去のことは何も知らない──。だが、お前は……呪いを(ぎょ)すことができているようで、心の一部は影響下におかれている。……そのままで良いはずがない」


 その刹那、ユリアの鼓動が激しくなる。


「姉さん……。呪いが言っていたことは……誰かから言われたことなんですか……? そうでなかったら、もしかして──姉さんは、自分のことが嫌いなんですか……?」


 セウェルスとルキウスの言葉に、ユリアは何も答えられなかった。


「たとえ、誰かに言われていたことだったとしても、姉さんはそんな人ではありません。その人の勘違いです」


 ルキウスはきっぱりと言った。

 だが、ユリアは──。


「……呪いが、正しい……。そんな人間ではないのよ。私は……」


 さらに顔を俯かせ、暗い声色で伝える。

 しかし、ルキウスは受け入れられないと言いたげに首を振り、またもきっぱりと答えた。


「姉さんの自己評価は信じられません。だって、今のおれには、姉さんの過去のことは何もわかりませんから。……おれは、姉さんが苦しんでいるところを見たくありません。心に踏み込まれるのは嫌だとは思いますけど……どうして苦しんでいるのか、知りたいと思っています……。その苦しみは、本当にもう取り除けないものなんですか──?」


「……」


「おれは、姉さんがどんな人でも離れません。何があっても一緒にいます」


「……良い人のように見えたとしても、信じないほうがいい場合もあるのよ」


「それは、おれが決めることです。──大丈夫ですよ、姉さん」


 ずっと迷いのない言葉をかけてくれて、こうして手を差し伸べてくれる。

 すべてを知ったあとでも、ルキウスはこうしてくれるかしら。世界のために、家族と思っていた人たちと戦える兄弟。私は、世界のために両親と友達を殺して……そして──。

 怖い。


「呪いは、わずかな負の気持ちでも、それを増幅させて大きな感情とさせることができる。今のお前は、その影響を受けているんだろう。──それでも、お前なら払いのけられるはずだ。お前はそういう人間だからな。そうでなければ、先ほどの戦いで沈められた空間から脱出するなど無理だ」


 セウェルスも信じてくれている。

 だから、私が呪いを払いのけるときを待ってくれている。現代の家族に真実を話せるときが来たのは、出会ってから十年の歳月が経ったときだった。セウェルスとルキウスの兄弟と出会ったのは、今から半年ほど前。

 しかし、出会ってからどれくらい経ったかという期間が重要なのではない。

 必要なことは、強い心を持つこと。勇気だ。


「ねえ、姉さん──。姉さんが、おれと兄さんの心の澱みを見抜くことができたのは、姉さんも似たような心を持っていたからですよね……? 姉さんは、その心に寄り添ってくれて、おれたちを支えてくれました。おれたちは、そのことがすごく嬉しかったです。だから、おれたちも支えさせてください」


 そう言って微笑むと、ルキウスは差し伸べていた手をユリアへと近づけ、彼女の手を握った。

 ふたりを信じたい。だから、このことだけは聞かせてほしい──。

 そして、ユリアは握られた手を握り返した。


「……『英雄』という言葉を聞いたら、ふたりはどんな人を想像する?」


「英雄、ですか……? おれは、勇敢で強い心を持っていることだと思います。兄さんはどう思う?」


「誰かを傷つけることを良しとせず、困難に立ち向かえる者だな」


 ふたりは、ユリアの突然の問いかけに何かの疑問を持つことなく、すぐに答えてくれた。


「少し、違うのね……」


「英雄という言葉の定義は、正義と同じくそれぞれの価値観によって異なるものだと俺は思う。ある者にとっては、戦いにおいて勇敢な行為をした者が『英雄』であると考え、別の者にとっては、血を流すことなく平和へ導くことや社会に貢献した者が『英雄』だと思うかもしれない」


 兄の言葉を聞いたルキウスは、ユリア対して「おれもそう思います」と言った。


「英雄という言葉は、相対的なものなんじゃないかと思います。個々の視点や経験によって、いろいろと解釈されるものではないかと──。だから、おれは姉さんを英雄だと思っています。帰れなくても未来にいる家族を守ろうと奮闘する人を、英雄と称してもおかしいとは思いません。それに、怖いと思っているはずの呪いとも戦っています。姉さんは強い人です」


 ルキウスは嘘をつかない。嘘をついているとも思えない。


「……そう……認めてくれるのね──」


「当然だ。お前は、恐ろしいものに立ち向かえる勇気を持っている。誰にでもできることではない」


 セウェルスもそうだ。本音だからこそ、そう言ってくれている。

 だから、私はそれに応えたい。


「あなたたちも間違いなく英雄だわ。優しくて、勇敢で、互いを支え合えるとても素敵な兄弟よ。……だから……私の、血が……役に立てるのであれば──」


 と、ユリアは言った。

 そのときの彼女の顔は恐怖心によって引き攣っており、手先がかすかに震えていた。呪いによる影響で、身体からはかすかに黒い霧のようなものが滲み出ている。

 ユリアは、呪いに抗ってこの言葉を言っている。彼女は己の闇と戦っている。

 ──戦うと決めたからこそ、セウェルスを助けるために呪いを取り込んだ。だから、私は負けたくない。ふたりを信じたい。

 彼女の心に覆われた闇のなかで、その気持ちが仄かな輝きを放っていた。


「大丈夫です。おれは姉さんのそばにいます。今度は、おれがあなたを支えます」


「約束だ。何があっても一緒にいる──お前の魂にそう誓う」


 約束よ。

 小さな声で本心と祈りを込めた短い言葉を紡ぎ、ユリアは両手にはめていた黒い手袋を外した。黒い手袋をズボンのポケットに入れ、素手をふたりに差し出す。

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