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第四節 『星』を掴む者 ③

 あれは、セウェルスとルキウス。魔力の気配から、そのことがなんとなく判る。人間の姿をとっている時にはまったく判らなかったが、ここまで人間や星霊からかけ離れた大いなる力を隠し持っていた。〈きょうだい〉という存在は、それほどのものなのだ。

 ドラゴンとなった兄弟は、敵のほうへと猛進する。

 地に響く大きな咆哮が飛び交うと、上空には雷、炎、氷、風などの魔術に、純粋な魔力の塊の打ち合いが始まった。

 さらには、長い尾や硬質な翼などを使った肉弾戦。四体のドラゴンの体躯は人間よりもかなり大きいが、かなり素早い戦い繰り広げている。

 このような戦いは、ユリアでも見たことがなかった。

 その時、実体なき声が、また彼女に語りかける。


 ──愛する者らを失いたくなくば、戦えばいい。呪いを操ることができるだろう? それとも、姿と気配を隠しながら見殺しにする趣味でもできたか?


 この声は、かつての戦いで同盟者であった星霊。

 黙れ、呪いめ。戦いに割って入ると、ふたりの邪魔になる。


(……本当に……勝てるの……? ふたりが押されているような気がする──)


 すると、なぜかユリアの本心と相反するこのような疑問が、心のどこかで生まれた。

 その言葉は少しずつユリアに不安を煽らせ、愛する者たちを失う恐怖を生み出した。

 戦いを見ているかぎり劣勢ではない。

 それでも、己の心に生まれた不安感は止められなかった。トラウマがユリアの心を深くかき乱す。

 彼女は気づいていない。

 この不安は、感情のコントロールが呪いによって動かされているため起こったもの。だが、彼女はそれを自然に湧き起こった自らの感情だと思い込んでいる。


(見ているだけなんて、できない──!)


 気配と姿を隠す術を解くと、ユリアは呪いを武器にするために右腕へと力を誘導した。呪いが表面に現れた影響で、地を漂う地縛呪がユリアの右腕に集まっていく。

 さらに予期しなかったことが続く。呪いと集まった地縛呪が、ドラゴンが放った雷の術を魔力に変換を始めたのだ。呪いはさらに力を増していく。

 〈きょうだい〉が作り上げた呪いは、ユリアに力を与えると同時に、さらに不穏なものへと変化していった。

 やがて、ユリアの右腕は呪いに覆われて真っ黒になると、それが異形──まるでドラゴンの体の一部のように指先が鋭く、恐ろしさを抱かせる大きな黒き手──となった。


 ──そのように不安定な呪いを、武器としてお使いになられるなど……。また、誰かを殺す『死神』になろうとお思いですか?


 ──その程度の働きで、貴様の罪が許されると思っているのか


 ──贖罪のために戦い続け、逃げた者として詫び続けなさい


 ──お前がどれだけ頑張ろうとも、許されることはない


 かつての仲間たち、同盟者たちがユリアを責める。

 そうだ。私は許されない。そんなことは判っている──!


(だから、戦わないといけない! 私がここにいる意味が──ない!)


 ユリアが地面を蹴り上げると、姿が消えた。次に彼女が現れたのは、ルキウスが相手をしていたドラゴンの後ろ側だった。


 ──やめろ!


 ユリアの頭のなかで、セウェルスの言葉が響く。が、彼女の心には届いていない。

 ユリアは異形化した腕を振り上げる。

 その時。


「──ユ、リア……いる、のか……?」


 その声は──。

 聞こえた直後、いつの間にか異形と化した右腕の一部が膨れ上がっていた。やがて、それはふたつの瘤のようなものとなり、人間の顔へと変化する。

 それは、ユリアの両親の顔だった。しかも、不信派の異形に取り込まれた『あの日の顔』と全く一緒の表情をしている。


「私たちを……殺せ」


 呪いは、『あの日』とまったく同じ声と言葉を口にした。

 愛する両親を殺した、あの日──。


「──」


 ユリアの動きが止まる。声を出す方法を忘れたかのように、口を少し開いた状態で呆然としている。

 だが、今は戦場の最中。大きな隙を見せてしまったことにより、ユリアはドラゴンの尾の一撃食らって地面に叩きつけられてしまった。


 ──姉さんッ!?


 ルキウスの言葉が大きく脳裏に響く。不老不死の力が復活していたことで、ユリアが受けた外傷は即座に治っていく。

 だが、呪いを取り込んでおきながらも心の隙を見せてしまった代償は、すでに起こっていた。

 右腕に武器としてまとわせていた呪いが変形し、彼女の四肢を拘束している。地に伏したままユリアは動けない。

 その時、地面が急速に黒く染まった。

 この魔力の気配──知っている。

 大人ひとりを包めるほど地面に黒が広がると、ユリアは静かにその下へと沈んでいった。


 ──ッ!!


 完全に沈みきる前に、セウェルスとルキウスからなんらかの言葉が脳内に届いていた。同時に声を発したかのように言葉が届いたため、何を伝えようとしていたのかは解らなかった。

 ふたりとの繋がりが、ぶつりと切れた。ユリアが地上から姿を消す。

 沈んだ先にあったのは、非常に濃い魔力で満たされた黒い空間だった。風はないが、魔力が嵐のように荒れ狂うかのように、絶えず流れ続けている空間。肌がピリピリとする。どこかで静電気のようなものが発生しているのか、あるいは魔力の濃さがそうさせるのか。

 このときのユリアは、呼吸をしていなかった。ここには空気がないのだ。だが、彼女は苦しむことなく、身体は生命活動を続けていた。

 幼い頃から、身体が魔力による変質をし続けていたことで、魔力から必要な養分を変換し、それを取り込める体質となっているのかもしれない。


『ここに来ても生きてるなんて、まるで〈きょうだい〉みたいな人間だね──。それに、オイラたち〈きょうだい〉が生み出した呪いを取り込んでるのに、平然としていてまともな精神を保っている……。そんなものを武器にするとは驚いた』


 フュリエンの声が耳に届いた。幻影を使っていたときの声は少しこもっていたが、今は直接隣で話を聞いているようにはっきりと聞こえてくる。だが、どこにも人の姿はない。


『──しかし、ほんの僅かな呪いの働きに心を乱されるとは……やはり、ただの人間。短い言葉であっても惑わされ、負の感情に呑み込まれてしまう……。そのような感情など、忌まわしいとは思わぬか?』


 次に、ガーヴの声が聞こえた。


『だから、あーしたちはね、それが生まれない世の中にしたいんだ』


 と、メチェ。


『敵といえども、このような姿は哀れと感じます。呪いに苦しむあなたを見過ごせません──ですので、これから良い所へご案内しますわ』


 最後にミネリザの声。

 誰も攻撃的な言葉や口調は発しなかった。

 やがて、声が聞こえなくなり、魔力の動きが穏やかになった。

 その後、変わらず真っ黒な空間のなかに、うっすらと透けた青白く細長い何かがたくさん現れた。それらは、うねるように四方へと流れていく。まるで、絵画的に風か川の流れを表現したかのようなものにも見える──あれは、目視できるほどに濃い魔力だ。魔力は月白色をしている。魔力を凝縮させて作るユリアの剣もその色だ。

 どのくらいの時が流れたのだろう。ユリアの身体は、未だ動かない。このときの彼女は、病に冒されたように全身が重くなっており、思考回路も働かなかった。


『ここは、オイラたち〈きょうだい〉の故郷であり、オイラたちにとっては『檻』のような場所だったところだよ──』


 再びフュリエンの声が聞こえた。

 故郷であり、『檻』。声色からも複雑な感情が伺える。


『忌々しい場所ではあるが……今は、ここが何よりも必要。そう思う時が来ようとは、人生とは判らぬものだ』


 ガーヴもフュリエンと同じような感情らしい声で言葉を紡ぐ。


『この中は、〈名もなき神〉とその同等の〈きょうだい〉しか生きられないはずなんだけど……。でも、濃度の高い魔力のなかじゃ活動できなさそうだね〜? 身体が重すぎるでしょ?』


 ユリアの存在を不思議に思うメチェが、彼女に声をかけた。ユリアは目が虚ろで、口すら動かせない。


『感じるのは、身体の重みだけでしょう……。この魔力のなかでしたら、いずれあなたの身体は溶けていくはずですわ。ですが、ご安心を。痛みや苦しみはありません。〈星の特異点〉──ここでゆっくりとお眠りなさい』


 それから、四人の声は聞こえなくなった。

 〈きょうだい〉にとっての故郷──ということは、ここは星の内界ではないか。

 おぼろげな頭のなかで、ユリアは思う。

 私は、ここを知っている──。


(きょす、う……ざひょう、くうかん──)


 虚数座標空間。

 かつて、アイオーンが異空間という名で指していたところであり、やがて特務チーム内でその名称を使うことになった場所だ。

 ユリアとテオドルスは、人間でありながらそこに繋がる『扉』を開けることができる。理由は、アイオーンの血を飲み、そのヒトの血の力に適合したから。

 だが──。


 おかしい。


 記憶が正しければ、ここは未来や過去に行くことができる空間だ。アイオーンは、そのように言っていたはず。

 それなのに、星の内界? 〈名もなき神〉が生まれたところ?

 フュリエンたちが、こんなところで嘘をつくだろうか。先ほどの声色だと虚言とは思えない。

 では、アイオーンは記憶違いを起こしているのだろうか。長く生きていたなら、さまざまな記憶が混ざり合ってしまうこともあるだろう。それが特に大切でもないことなら、なおさら。


 どちらにせよ、はっきりと判ったことがある。

 アイオーンは〈きょうだい〉のひとりだ。〈きょうだい〉同士の戦いを生き残った人。

 でも、セウェルスそっくりな〈きょうだい〉はルキウスだけ。

 まさか、アイオーンはルキウスが成長した姿?

 違う。アイオーンは純粋な星霊だ。見かけは人間の姿をしていても、ふたりのような人間や星霊どちらでもあるという存在ではない。

 それなら、あのふたりは──。


「……ぅ……ぁ……」


 頭が、さらにぼんやりしてきた。平衡感覚と時間の感覚がわからない。五感が働かない。


(だから……と、いって……こんな……と、ころ、で──)


 私がこんなことになったら、未来はどうなる。

 なんのために戦っている。


(わた、し、は──未来に……生きる者たちの、ためにッ……!!)


 心を奮い立たせた瞬間、どうすればこの空間から出られるのかが解った。

 理由は解らない。だが、『誰か』が魔力を使って教えてくれたような感覚があった。

 まさか、〈名もなき神〉──? メチェは、〈名もなき神〉の愛情がどうとかと言って、うまくいかないと愚痴をこぼしていた。

 はっきりとは判らない。アイオーンからもらった血の力が働いたのかもしれない。


 ユリアは、異形となった右腕に魔力を込めた。

 私は、守るべき者たちを守りに行きたい。道を開けてくれ。

 願いを込めながら、重い身体を動かした。刺々しく恐ろしい形となり肥大化した右腕を、空間を切り裂くように大きく振りあげる。


(光──!)


 空間に切れ目ができ、そこから眩い金色の光が射した。

 ユリアは、手を伸ばす。



◆◆◆



 外界では、今も四体のドラゴンが空中で戦いを繰り広げていた。ユリアが星の内界に連れていかれてからそこまで時間は経っていない。すると、地面にひとつの大きな切れ目が走った。直後、その切れ目から黒い大きな手を持った人間が飛び上がり、一体のドラゴンを真っ二つに斬り裂いた。


 ──姉さん! 良かった……!


 斬り裂かれたドラゴンの相手をしていたのはルキウスだった。

 引き裂かれたドラゴンの身体はふたつに割れ、青白い魔力へと溶けるように消えていった。ドラゴンは生物ではなく、魔力が凝縮して作られていた傀儡だったようだ。


 ──話はあとだ。ひとまず終わらせるぞ。


 ユリアは頷くと、空中に透明の小さな足場を魔力で作り、そこを蹴り上げて残りのドラゴンの腹部へと突進した。呪いをまとわせた右手がドラゴンの腹部を貫き、そのまま地面に叩きつける。そして、腕を抜き取ると、空中へと舞い上がった。ドラゴンとなった〈灰色の兄弟〉が、腹から光線を放とうとしていたからだ。それが放たれると、眩しい光が発せられて爆風が吹き荒れた。

 ふたつの高エネルギーの光線が収まると、それを受けたドラゴンの姿は無く、地面は深く凹んでいた。ユリアはその窪地に着地する。


(ふたりだけでも問題なく勝てる敵だったのに……呪いの力に影響されて、精神が不安定になって戦闘の邪魔をしてしまうなんて──何をやっているのよ、私は……!)


 前に進めていたようで、進めていない。そんな自分が情けなく、嫌気がさす。

 今のところ呪いの力は安定しており、制御もできている。呪いの力をまとわせていた右腕から、呪いが霧のように消えてゆき、もとの白い長袖をまとった腕と手が現れた。

 呪いの力が収まっている今、ユリアは冷静な頭で思い返す。自分が力に影響されはじめていたのは、おそらく昨日の夜からだ。

 今思えば、この世では『英雄』ともいえる〈灰色の兄弟〉の役に立たないといけないと気を張っていた。一応は、自身も『英雄』と呼ばれていた。だから、妙に焦ってしまったのだ。呪いを武器にできると言っておきながら何の役にも立てないのは情けない。戦士として役に立てないことは許されない。

 それに、何らかの戦闘でふたりが傷つく可能性を考えてしまい、不安を抱いたことも原因かもしれない。不穏な状況になると、悪いことを考えてしまう癖が出てしまった。そこにつけ込まれてしまった。


「姉さん、あの黒い腕は……!?」


 いつの間にか、ルキウスが人間の姿に戻って駆け寄っていた。


「大丈夫よ……もとに戻したの。それより、あのドラゴンから〈名もなき神〉の力は感じた?」


「──何にも無かった」


 そう言ったのはセウェルスだった。彼も人間の姿に戻っており、険しい顔をしながら近づいてくる。


「先ほどの〈きょうだい〉たちの姿や言葉を聞くかぎり、やつらは精神の状態で、すでに星の内界へと入り込こんでいる。この星そのものを利用して、自分たちの望みを実現させようとしているようだな……。〈名もなき神〉の力は、ほとんどあいつらの手中にあるようなものだろう……」


 そして、セウェルスはユリアを軽く睨みつける。


「──なぜ、戦いに入ってきた……? 本当に呪いを武器にするなど、どういう思考をしている?」


「……ごめんなさい……。急に、不安がこみ上がってきて、いてもたってもいられなかった……」


「呪いの影響か……。だが、お前は、すぐに影響下から脱することができた。だからこそ、すぐにこちらへと戻ってくることができたのだろうが──。……どうやって、あそこから──星の内界から脱出できた?」


「……やはり、あそこは星の内界で間違いないのね」


 ユリアがそう言うと、セウェルスは静かに目を見張った。


「どうして……沈んでいったところが星の内界だとわかったんですか……?」


 ルキウスも驚いている。


「その空間の中で、フュリエンたちが『ここは自分たちの故郷であり檻でもある』という言葉を呟いていたのよ……。私があの空間で生き続けることができたのは、未来で生き残った〈きょうだい〉のひとりから血をもらって、その際に〈きょうだい〉の力や特性を得ていたからだと思うわ。そして、星の内界には、おそらく〈名もなき神〉の『今の星を守ろうとする意志』と『星の外界で生きる存在を守ろうとする意志』があると思う。だから、〈きょうだい〉たちはまだ星の力を掌握しきれていないし、私はあそこから出られたのだと思うの。──そういう感覚を感じたわ」


 テオドルスが、あそこから脱出できたのも『〈名もなき神〉の意思』のおかげだろう。彼も、ユリアの言う『未来で生き残った〈きょうだい〉のひとり』から血をもらっている。そのため、あの空間のなかで生き延びることができたのだ。


「まだ星を掌握されていないとしても……時間の問題だろうな。──そして、未来で生き残った〈きょうだい〉か……。先日も、同じようなことを言っていたな」


「ええ。それが昨日話した、あなたと瓜二つの星霊──アイオーンだと私は思うの。〈きょうだい〉のように強い力を持った存在は、あの時代ではあのヒトしかいなかったわ」


 ユリアのその言葉を聞いたセウェルスは、何かを考えるように黙り込んだ。


「これから、どうしましょう……。星の内界にフュリエンたちが居るせいで、〈名もなき神〉の力を探すどころか手に入れることすらできない……」


 星の内界に接続できないと何もできない、八方塞がりだ。ユリアもルキウスも、不安と焦燥を感じる目をしながら顔を俯けた。


「……無数の運命を携えし、未来から来た〈星の特異点〉……未来にいる〈きょうだい〉──俺に、そっくりな星霊……」


 だが、セウェルスだけは違った。一筋の光を見つけたように空を見る。


「兄さん……?」


「──ひとまず、ここから離れるぞ」


 と言うと、セウェルスは地縛呪が満ちる地を歩いていった。

 彼は、何かを見つけたのかもしれない。

 ユリアとルキウスは顔を見合わせると、セウェルスを追いかけていった。

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