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第四節 『星』を掴む者 ②

「……まさか……そんな──」


 何者かによって、星の機能を弄られていた──?

 想像もしなかった憶測だった。

 だが、兄が突飛なことを言ったのに、弟のルキウスは特に驚いていない。それを否定できない理由があるのだろう。それを可能とする何かが、存在している。


「けれど、どうしてそう思うの? 星の機能を思うがままにするなんて──」


「〈名もなき神〉なら……どうだろうな」


 〈名もなき神〉──。

 ユリアはハッとした。


「俺達の『前世』は、この星とはきょうだいのようなものだった。〈名もなき神〉にできることは、〈きょうだい〉であってもできるかもしれない。目的に到達するまで、踏むべき手順は多いだろうがな」


「それなら……私が生まれたときから起こっていた、あの戦争は──」


 星から供給されてた魔力が減っていったのは、そのように引き起こされたものだというの?

 何が目的でそのようなことを? 負の感情を疎んでいたというのに──。


「このことは、お前の話を聞いて想像を膨らませただけの話だ。今から数千年は先のことに、〈きょうだい〉が関わっているとは思いにくい」


 と、セウェルスは不安にかられるユリアの肩に手を置いた。

 まだ想像の域を出ない話。時代も違いすぎる。

 だから、このような不安は持つべきでない。


「そう、よね……」


 また不安になることを深く考えてしまった。

 嫌な癖だ。その都度なにかしらの不安に振り回されるなんて、何の利益にもならないのに。


「──話が大きくそれたが、今は魔孔に向かおう。魔孔はこの先にある」


 不安な気持ちも、心配も無意味。

 それでも、この不安を抱いたことでユリアの心に引っ掛かったことがあった。ふと心に浮かんだ疑問だが、聞いておきたい。


「ひとつだけ、聞きたいのだけれど……。予知能力者がいっせいに同じ予知を見ることなんて、あり得ると思う……?」


「いや……。そんな話も聞いたことがない。──この星に『何らかの意思』が組み込まれていたらまた別かもしれないが……それも俺の想像だ」


 そして、セウェルスは「星がそのような意思を持っているはずがないだろう」と付け加える。

 それでも、セウェルスの憶測がもしも事実なら、予知能力者たちがいっせいに視たという〈予言の子〉の内容は、いったい何だったのだろう。

 ユリアは、ただの憶測に心を囚われる。もちろん偶然、皆が予知しただけだったという線もある。

 だが、大勢の者たちが同時に予知を視るということは、やはり何かおかしい気がするのだ。

 当時、大半の民たちが終戦に導く英雄──ユリア・ジークリンデの誕生を待ちわびた。

 しかし、魔術学者や神官、一部の民たちは英雄の予知のされ方に疑問に思っていたと聞いたことがあった。

 星が『意思』を持っていて、そう仕向けた──。

 星の内界に、何者かがいた──?


「……姉さん? 何かありましたか?」


 ユリアが何かを心配するかのような浮かない顔をしていたために、ルキウスが問いかける。


「あ……いえ……」


「そういえば……姉さんは、こちらに来たばかりの頃に、予知能力は少し怖いと言っていましたよね──」


「あれは……予知なんて『未来の選択肢のひとつ』でしかないのに、その予知の内容に振り回されて狂ってしまう者がいるから……。狂ってしまうと、無関係だったはずの星霊や人間にまで被害が及びそうだと感じてしまって……」


 これも嘘ではないが、はっきりとした理由は言えなかった。

 予知された内容のせいで、生きることが苦しかった。心を殺して生きるしかできなかった。

 このことを正直に言ったら、ふたりはどう思うだろう。

 怖い。幻滅されそうだ──。


(……これから戦いが起きるというのに、こんなことに怖がっていてどうするの──。わかっているのに……前に進めない……。ふたりに真実を話すことが、怖いと思ってしまう……)


 このときのユリアは無自覚だった。

 彼女の心は、取り込んだ呪いによって負の感情が増幅しており、それが影響していた──だが、本人は何も判らない。


「そうだな……。未来予知など、この世に生きる者にとっては過ぎた力であり、むしろ不要だとも思う」


 と、セウェルスは軽く息をついて歩きはじめた。

 三人は、荒れ果てた神殿を後にし、魔孔へと向かっていく。やがて、地中から魔力が噴き上がっている地をみつけた。

 魔孔という名称だが、そこに大きな穴が空いているわけではない。地面を目視してもよくわからないほど無数にある小さな隙間から、魔力は噴き上がっている。その隙間は広範囲にわたって存在しており、その地は特に魔力濃度が高い。

 そんな場所にも、地縛呪はまだうっすらと漂っていた。


「──〈名もなき神〉の力は、星の内界に返還したと言っていたけれど……見つけるまで、どのくらいかかりそうなの? いまいち感覚が判らないわ」


「そうだな……例えると──魔力を感じる砂でできた広大な砂漠の中で、ほかとは違う気配がある一粒の砂を見つけるような感覚かもな」


「それって、とんでもない時間と労力がかかる作業じゃないかしら……?」


「そうか? いや……そういえば、お前は純粋な人間から生まれた人間だったな……。魔力を扱うための労力は、俺達のほうが軽いはずだ。なにせ魔力から生まれたからな」


 この星ときょうだいと称されていた〈名もなき神〉の力から生まれてただけある。


「それに、おれだけでなく兄さんがいますから。ふたりで探せば時間の短縮はきっとできますよ。──とりあえず、探してみます」


「ええ。お願い」


 ふたりは、魔力が噴き出す地の上に立ち、精神を集中させた。

 その刹那──。


「うわっ!?」


「ッ……!?」


 ルキウスは何かに驚くと後退り、セウェルスは悔しそうに顔を歪ませた。


「なにが起こったの!?」


「拒絶されたみたいに──弾き返された……!」


 と言って、ルキウスが下唇を噛むと、セウェルスは小さく舌打ちをして大声を発する。


「──冗談ではない……! 外界に生きる者たちだけでなく、この星をも玩具のように扱うつもりかッ!?」


 すると、その声に応えたかのように、魔孔から吹き出す魔力が何かを形成しようと動きはじめた。

 姿を表したのは、半透明の人間の形。それも四つ──ユリアたちにとって、どれも見たことがある人物だった。


『玩具なんて思ってないよぅ。にぃにぃのおバカ』


『ひどい言われようでわたくしも少し傷つきましたわ、お兄様』


「メチェ、ミネリザ──」


 セウェルスが呪いを受けた夜、〈名もなき神〉が作った花が咲くあの神殿にいた四人。

 派手な恰好をした活発そうな少女がメチェ。

 上品な雰囲気をまとう穏やかそうな女がミネリザという名前だった。 


「フュリエンに、ガーヴまで──なんだ、その姿は……!?」


 ルキウスは警戒し、剣の柄に手を添える。

 フュリエンがお気楽そうな微笑みを浮かべる青年。そして、物静かで冷静そうな恰幅の良い男がガーヴ。


『ご機嫌よう、〈灰色の兄弟〉。そして……忌まわしい〈星の特異点〉ちゃん』


 そう言ったフュリエンの口元は笑っているが、目は冷たかった。


『──まさか、君が〈きょうだい〉じゃなくて〈星の特異点〉だとはねぇ……。あのときは思わなかったよ……。まあ、もういいけど』


 と、フュリエンは、興味が失せたかのようにユリアから目線をそらし、そのまま〈灰色の兄弟〉へと向ける。


『さっきはゴメンね〜。いきなり星に干渉してきたからビックリして弾いちゃったんだ。もしかして、内側にある力を求めようとしてたの? それとも、オイラたちが考えていることがわかったからそうしたとか? ──どちらにせよ、残念だったね。目の付け所はよかったけど、気付くのが遅いよ』


 その言葉に、ユリアたちは言葉を詰まらせた。

 星に干渉し、拒絶する。

 四人の姿が魔術による幻影のようなもの。

 ということは──。


『長兄と末弟。そして〈星の特異点〉……もう抗うな。無駄な行為に意味はない』


「……誰が諦めるものか」


 ガーヴの静かな言葉に対し、声を絞り出すようにセウェルスが呟く。


『その諦めの悪さは、お兄様の美徳ではありますが……今となっては、少々憐れにも見えますわ』


 呆れと憐憫が含まれてた声でミネリザは言う。そして、彼女は目を伏せた。


『……どれだけ強がろうとも、御三方にはここで完全に諦めていただきたいのです』


「なんだと──」


『実は、あーしたち、ちょっと試したいことあるんだ。それに付き合って! ──おいでー!』


 セウェルスの言葉を遮ったメチェは、空に向かって声を上げた。すると、遠くから大きな生き物らしき咆哮が聞こえてくる。

 感じたことのない大きな気配──これは、何だ!?


「ドラ、ゴン──?」


 空に浮かぶのは、大きなふたつの翼を羽ばたかせた白きドラゴン。それも二体。

 どちらも深紅の目を持ち、毛先に癖のついた白銀のたてがみを優雅に靡かせている。

 敵うはずがない存在──普通の人間や星霊でも即座にそう判る強大な気配。


「この二体のドラゴン……メチェとミネリザ、フュリエンとガーヴの魔力が混じってる!」


「お前たち──肉体だけを融合させ、精神は星の内界に潜り込んだというのか……!?」


 ルキウスとセウェルスがドラゴンの気配を感じた瞬間、最悪の状況を理解した。

 融合のことは憶測できたが、精神が星の内界に侵入して星の魔力を操っていた


『せいかーい! だって、あーしたちの精神も〈名もなき神〉から生まれたから、星の内界だろうとそう簡単には消えないし、頑張ったら星だって御しきれるもん! ──にぃにぃたちは、もう敵だから手加減なんてしてあげないよ!』


 メチェが誇らしげに宣言すると、フュリエンは笑顔を作った。


『この世界が恋しいんなら、今のうちに好きなことやってなよ。──あ。でも、こっちに来ようと思ってもきっとムリだよ? 大半の仲間がもう星の内界に居るんだもん。頑張っても追い出されるだけだろうからさ』


『でもねぇ……やっぱり星をどうこうするって、なかなか大変〜……。『〈名もなき神〉の愛情』が星に入ってるかも〜……』


 メチェが愚痴をこぼすと、ガーヴは『素直に言うことではない』とたしなめる。


『そろそろ外界との繋がりを切りましょう。もう敵なのです。気にする義理はありませんわ』


『そうだねぇ、こっちもやることあるし。──そんじゃ、あとはご自由に』


 ミネリザの催促とフュリエンの別れの言葉を最後に、四人の姿は風景のなかに溶けていった。

 それを合図に、飛行していた二体のドラゴンが体躯に電撃をまとって急降下し、それを地面に叩きつけるように突進してきた。


「──ッ!?」


 三人は危なげなく避けたが、ドラゴンの目的は電撃をまとった突進ではなかった。ドラゴンの体躯が地に激突した瞬間、その場に複雑な術式が広がっていく。

 ドラゴンが飛び上がると、地面には電撃が留まっていた。そして、それは一気に広範囲へと広がっていく。

 地面は、ものの数秒で電気の湖と化す。これを防御することは難しくないものだが、根本的に消さなければ戦闘の邪魔になる。


(この魔術は私たちの足枷となるもの。それは判るのに──なんとか防ぐことはできるけれど、ただの人間である私には解除することができない……。そういう術式だと感覚でわかる……)


 空中で戦っても、地上で戦っても魔力を消費させてしまう戦闘となった。ドラゴンは長期戦を狙っている。魔力生成量の差でもわかるが、こちらが不利だ。

 ドラゴンが生み出す魔力量や、この魔術の精度は人間ではあり得ない。そのことが肌で感じる。

 相手は、〈名もなき神〉が生み出した存在であり、その者たちが融合して誕生したドラゴン──ユリアがどれだけ特別な人間であっても、純粋な人間から生まれた彼女にとっても人智を超えた存在だ。

 セウェルスとルキウスは、このドラゴンたちをどう感じているだろうか。気配はフュリエンたちのものらしいが、もはや〈きょうだい〉とは言い難い生命だ。


 ──ユリア・ジークリンデ、下がっていろ。これは『人間』では無理だ。姿と気配を隠して身を守れ。


 ──おれたちが挑みます。同等の存在じゃないと、撃破するのは難しいと思います。


 セウェルスとルキウスの声が脳裏に響いた(・・・・・・)

 なぜ、頭のなかにふたりの声が──。

 兄弟がいる方向に目を向けると、そこにはよく知る青年と少年の姿がなかった。

 だが、上空にふたつの大きな影と気配がある。人間よりも、遥かに大いなる存在だと感じるものだ。

 まさか──ユリアは、上を見上げた。


(敵とまったく同じ姿の……白いドラゴンが二体──)

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