第四節 『星』を掴む者 ①
数日後。
ユリアたちは廃墟の神殿に到着した。
神殿といっても建物の外壁は無く、いくつかの柱しか残っていない。地面には凹凸が多くて荒れ果てている。
なにより、地には這いずるかのように呪いに似た冷たい気配が漂っている。そのせいか植物はどこにも生えておらず、小動物や昆虫すら生息している気配がない。
「思った以上に、地縛呪が濃くあるところなのね……」
ここに来て、ユリアは小さいころに地縛呪について習っていたことを少しだけ思い出した。
地縛呪は、魔力に記憶や情報を保持するという特性があるからこそ、起こってしまう現象だ。
魔力に宿る感情がどのようなものであれ、心から生まれる感情が激しければ激しいほど、魔力に力を与える。
だが、良い感情よりも悪い感情のほうが簡単に生まれ、負の感情のほうが強く生まれやすい傾向にある。そして、それを長く心に抱え込みやすい。だからこそ戦いが起きると、必ずといっていいほど地縛呪が発生してしまう。
しかし、負の感情にまみれた魔力を浄化できれば、その地は正常なところへと戻すことができる。
「ここ以上に地縛呪が濃いところはない。……変わらず嫌なところだ」
〈名もなき神〉の力から生まれたセウェルスであっても、長居してはいけないところだと肌で感じる地のようだ。ルキウスも不愉快そうに周囲を見渡している。
地縛呪は、負の感情や魔力にある程度の耐性が無ければ、精神が異常をきたしてしまうのだという。
「あなたたちは、どのくらい地縛呪に耐えられるの?」
「この程度なら、数日は居座っても大丈夫だ。お前が肩代わりしてくれた呪いと比べれば、ずいぶんと軽い。普通の人間や星霊からしてみれば、平然としていられる場所ではないがな」
「やはり、そういうところよね……。それでも、地縛呪というものは、たしか浄化できるのだったわよね? 地縛呪を浄化する職業もあったような──」
「神子のことか?」
そうだ。神子だ。ずいぶんと昔に学び、それから聞かない言葉となったためすっかり頭から抜けていたが、その単語を思い出すと芋づるのように関連する情報が思い浮かんできた。
地縛呪を浄化する神子になるためには、まず各地にある神殿に務める神官に優れた精神であることを認められる必要があり、それから精神と浄化術の修行を行う。その修行はとても難しいらしく、そのことからこの職業に就ける人間や星霊は、精神や魔術に優れた聖なる者たちだという認識が昔から世間にあった。やがて、神が遣わした存在、あるいは神が生まれ変わった存在ともいわれるようになり、いつしか神子と呼ばれるようにもなったという。
「そう。それだわ。……ここで何があったの? 神子でも浄化ができなかったの?」
「この地の地縛呪は、少し厄介なものでな──今から数百年ほど前のことだ。この神殿には、多くの人間や星霊たちが抱えていた負の想いを受け止めてくれる御神体が祀られていたらしい。御神体は神が造ったとされる『神器』と呼ばれる物で、それに溜まった負の想いの浄化は、神殿に務める神子たちよって行われていた。しかし、時が経つにつれて御神体そのものが負の感情によって変質し、負の想いが受け止めきれなくなった──。多くの神子たちが協力して浄化したが追いつかず、その結果、この地に災厄がもたらされてしまった。その後、この神殿の神官たちは、他の神殿の神官たちや多くの神子たちともになんとか御神体を解体することに成功し、神殿を放棄することを決め、この土地ごと封印したようだ」
「それで、このような状態に……」
「──ですが、この地が封じられた後も、定期的に少しずつ浄化が進められていたんです。そして、ようやくこのくらいの状態になりました」
ルキウスが補足する。
「良くも悪くも、心ある者たちが生み出す強い想いとは、ときに神を凌駕する──だからこそ、神器といえども変質したんだと思います。想いを受け止めて留めるだけのものが、増幅させるものに変わったんでしょう……。変質したとはいえ、神器の力によって発生した地縛呪なので、簡単には浄化できないものとなってしまいました。世間では、この地は呪われた場所だと認識されていて、ならず者や旅人すらも寄り付かないところですが、信心深い人や神官にとっては教訓的な場所であり、現在でも見捨てられていない場所なんです」
「そうだったのね。──ところで、神器というものは本当に神様が造ったものなの? そのあたりのことに明るくないから、よくわからなくて……」
「神器は、星霊や人間から『神』と呼ばれる存在が造ったものです。とはいえ、『神器』は星霊や人間のために造ったものではなく、別の用途で使われていた道具だと思います。それをみんなが『神器』と呼んでいるだけなんです。──星霊や人間と呼ばれる種族がまだ誕生していなかった遙か昔には、この外界にも星霊や人間よりもはるかに強い力を持った存在がいました。もちろん、〈名もなき神〉ほどの力は持っていませんでしたが、その者たちが今に伝わる神話の基となりました。だから『神器』と呼ばれているんです」
「〈名もなき神〉には及ばないにしろ、星霊や人間よりもずっと強い力を持った存在がいた──。このことも、小さいころに習ったような……。ダメね……神様にあまり興味がなかったから、そのあたりの知識がずいぶんと頭から抜けているわ……」
心の澱みや苦しみはずっと抱えていたが、神に頼ることはできなかった。
〈予言の子〉として大勢の者から期待されているのだから、情けない姿を晒すことはできない。
神は、何もしてくれない。
実際に物事を動かすことができるのは自分の力だ。
甘えることは『悪』──昔はそう思っていた。
「……ねえ、姉さん。魔力がほとんどないという未来でも、戦争はあるんですか……?」
「ええ……。少なくとも、私が暮らしているところやその周辺では起きていないけれど、遠いところでは起きているわ。──未来の人間たちは、魔力に変わる便利なものをたくさん見つけたの。それは、人々の暮らしを豊かにできるものであると同時に、たくさんの人々を簡単に殺せる兵器を作ることにも転用できる技術でもあると気づいてしまった……。遠く離れたところでは、それらの兵器が用いられた戦争が起こっているわ」
「今と、そう変わりない世の中だということか──」
セウェルスがぽつりと呟く。
「そうね……。その点は、今の時代とそんなに変わらないと思う……」
人間と星霊から負の感情を消すというのが敵対する〈きょうだい〉たちの望みだが、本当にそれは無くなるものなのか。
あの者たちが望む世界は、本当に誰もが幸せになれるのか。──想像ができない。
新しい世界ができても、新しい世界ならではの『地獄』がどこかで生まれるのではないかと思ってしまう。
あるいは、負の感情というものを再び芽生えさせてしまうのではないかとも──。心を持つ生き物にとって、負の感情とは切っても切り離せないもののように感じる。
「……複雑な心を持つ生き物は、愚かになりやすいんだと思います。でも、おれは……今の『おれ』のままで生きていきたいです。負の想いが生まれない生き物になったら、平和になるのかもしれないけど……それはもう『おれ』ではないような気がして──殺されてしまうような気持ちになるんです……。『おれ』は生きたい──だから抵抗します」
「私も、ルキウスと同じ気持ちよ。それに、私が知っている未来は、あの者たちが望む世界にはなっていない──だから、私は未来を守る」
「……ユリア・ジークリンデ。未来に魔力がほとんどなくなっているというのは、どういうことなんだ……? 何かが起こってそうなったのか?」
セウェルスに問われると、ユリアは一瞬口ごもった。だが、問われたからには素直に話すべきだ。もう嘘はつきたくない。
「……この時代から数千年後に、すべての魔孔から噴出される魔力量が減衰していくという現象が起きてしまうの。そのせいで一部の星霊は、望まずに死んでしまう恐怖に駆られてしまって……やがては人間を殺し、その遺体に星霊の核を移植して──強制的にやってくる死をやり過ごすための『器』を作るという行動をとるようになるの」
「そんな……。共存してきた種族を、まるで所有物のように……」
ルキウスは信じられないようすでそのまま口を閉ざした。
「一部の星霊は、昔から短命である人間を見下していたわ。だから、そんなことが出来たのでしょうね……。その事件が起った以降、星霊を不信に思う人間たち不信派と、星霊を信じたい人間、そして普通に生きたい星霊たち共存派という勢力ができたの。以降、そのふたつの勢力が百年近く断続的に争う時代がやってくるの。私は……その時代の末期に生まれたわ」
自身が大勢の予知能力者から『いずれ終戦へと導く英雄となる子ども』と予知され、このことから〈予言の子〉と呼ばれていた話には、あえて進めなかった。
ルキウスは、何も言葉が出てこないという雰囲気をまとっている。すると、ユリアの話を静かに聞いていたセウェルスが口元に手を添える。何かを考えているようだ。
「この星にあるすべての魔孔が、噴出する魔力量が減っていく──? おそらく、星の老化などではないはずだ……。となると、それまでの時代のどこかで──星の内界で、何者かが『星の在り方』を外界に影響を及ぼさないように弄ったというのか……?」




